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資料4 布の絵本の可能性

2010年5月4日(火)
第13回絵本学会大会
R2「子育て支援」

渡辺順子(東京布の絵本連絡会代表・すずらん文庫)

公共図書館で働く視覚障害図書館職員の会
「なごや会」会報30号 2009

 「布の絵本の可能性」というテーマをいただいとき、私の頭の中には多様な可能性が夢として広がりました。どんな運動も「継続」するということは、常に日常活動と同時進行で「可能性追求」があるからです。

 すずらん文庫も今年は36年目です。その間、家庭文庫から始まって、障害をもつ子と共にすずらん第二文庫開設、やがてすべての赤ちゃんが絵本と出会うために保健所文庫開設、そして発展途上国にも文庫をと広がっていきました。

 私の布の絵本の取り組みは1981年にスタートした第二文庫から始まります。第二文庫の準備期間も入れると30年余になります。その第一歩は、すずらん文庫に「布の絵本」がある(偕成社から借りていた作品)ということを聞きつけて来られた、全盲の小学生親子との出会いと、保健所の母親学級を傍聴されていた、点頭てんかんの赤ちゃん母子(第二文庫初期代表)との出会いがきっかけでした。

 テーマの「布の絵本の可能性」については、四つの側面からまとめてみました。第1は布の絵本を使用する子どもたちの側面から。第2に作り手の立場からの可能性。第3に図書館にとっての布の絵本の可能性。第4に現代社会からみた可能性です。

1 布の絵本を使う子どもたちの立場から

 まず布の絵本の特質を確認いたします。布の絵本とは素材が布でできている絵本で、遊具、教具性(絵の具体物がマジックテープ、ボタン、スナップなどで着脱できる)があることです。布の絵本の機能は①ことば・母語を促す(聞く力を育み、母語の音の響きを楽しみながら、ことばの獲得とコミュニケーションの喜びを身につける)②物の認識(衣・食・住、日常生活に必要な物の名前、動作の意味を知る)③色、形、数の認識(コミュニケーションに必要な情報の獲得)④ことばを話す(獲得したことばから日常会話ができるようになり、やがて印刷絵本の世界へも移行)⑤着脱衣の練習を楽しみながら促す(ボタンはめ、スナップ止め、ファスナー、紐結び等、自立に必要な着脱の基本が育つ=生きる自信・自立に)⑥何よりも布の絵本の遊具性は、繰り返し楽しく遊びながら、子どもの自発性、主体性、積極性、集中力、観察力等々が発揮され、結果においてどんな子にも自立に必要な作動能力や言語能力を身につけることができます。

2 作り手の立場からの可能性

 大量生産、大量消費、大量廃棄の時代に、①「手作り」という人間ならではの基本の営みを回復させ、②ボランテイアという社会参加の喜びは、作り手にとっては人生充実であり、③地域コミュニケーション喪失の現代、新しい人間関係の回復の場にもなっています。④リサイクルによる作品制作は環境と創造の喜びにも通じます。何よりも子どもたちへの手づくり絵本作成は、次世代育成でもあるのです。⑥普及活動としては、図書館の制作ボランティア活動のみならず、育児支援として母親たちの講習会、老化予防としての高齢者施設での講習会、学校教育での講師活動など広がっています。働く女性の講習会から「勤労者布の絵本連絡会」も生まれて11年目。病院など50余施設に100冊超える寄贈をしています。

3 図書館にとっての布の絵本の可能性

 これまで布の絵本の殆どは、全国的には「おもちゃ図書館」に寄贈されてきました。そのことの大事さも認めながらも、私は「公共図書館」に布の絵本のあることを、常識にしたいと思っています。それは心の「バリアフリー」実現のためです。私の居住している練馬区では1984年から、その実現のために実践があり、現在延べ1000人を超えるボランティア養成をし、800冊超える布の絵本が一般図書と同じく、すべての人に貸し出されています。私は第二文庫から学んだ一つに障害をもつ子の親子が、利用しにくい公共図書館の問題は、一般利用者の「心のバリア(障壁)」であることに気づきました。老若男女が無料で利用する公共図書館に布の絵本があって、赤ちゃんも障害をもつ子ももたない子も、自由に手にとって楽しむことによって、一般利用者の「心のカベ」を少しでも低くしたいと願っています。その実例は既にありました。2006年訪ねたフランスのツールーズ中央図書館では、地下1階は広々とした乳幼児向け絵本のフロアーでした。そこには市販の布の絵本コーナーがあり、ダウン症の子ものびのび一緒に絵本の世界を楽しんでいました。更に3階は視覚障害者専用フロアーで分厚い点訳図書、拡大図書の書架がずらり。流石、ブライユの国と感動しました。何よりも対応された図書館職員の暖かな眼差し、障害児や障害者への視点の確かさに心打てれました。持参した布の絵本2冊とそのキット、作り方・使い方のDVDの寄贈にも、大変感謝されました。日本の図書館が委託や指定管理者問題で揺れる現実からは、とかく悲観論に陥りがちですが、フランスの図書館事例から希望につなげています。これからの図書館における布の絵本の可能性として、在住外国人の親子の図書館利用に役立つと言うことです。親には生活に必要な日本語のマスターに、子どもにはプラス母語の習得の絵本として。布の絵本の出会いから子ども同志の交流も始まります。国際理解にも役立つのです。日本は子どもの権利条約を批准しているのです。外国籍の子も、障害のある子も、赤ちゃんもすべての子どもに「育つ権利、学ぶ権利、生きる権利」は保障されているのです。その場こそが公共図書館であり、その役割、使命は非常に重いと思います。

4 現代社会と布の絵本の可能性

 私は21世紀における「布の絵本」、それは人類共通の課題である「人権・環境・平和」の実現のために、世界各地の人々と共に「ひと針の行動」から始めたいと願っています。行動は一人一人の意識を変えます。そのためにもまず、すべての子どもに読書の喜びの前提に、ことば、母語の喜びを!と主張しています。特にことばの獲得が困難な障害をもつ子や、テレビ子守、虐待時代に、ぬくもりのある布の絵本で親子コミュニケーションを満たし、豊かなことば育てをしたい。そして何よりもそのことばで考え、判断し、21世紀はなんとしても殺し合う「戦争の世紀」ではなく、対話による「平和の世紀」にしたい。それは可能です。実現させなくてはなりません。黒人オバマ大統領の実現と核廃絶プラハ演説や「貧困の終焉」ジェフリー・サックスの著書を読むにつけ、布の絵本の国際的広がりに向け、「平和」の祈りを託していることに間違いないと確信いたしております。

 詳しくは著書『ことばの喜び・絵本の力―すずらん文庫35年の歩みから』第4章(萌文社(2008年9月発行))を読んでいただきたいと思っています。