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絵本形式入院パンフレットの取り組み―キャプテン・トンペ「海」へ出る!

大沼郁子

1.はじめに

 A病院の小児科医であるというB女医からメールが来たのは2006年2月7日のことでした。互いの共通の知人から私のことを知ったということで、メールによれば「子どもが入院する時に抱く病気への不安や入院生活への不安を緩和するような、病気・入院をテーマにした絵本を紹介してほしい」ということでした。

 私のこれまでの経験や勉強している児童文学や絵本の知識が生かせるのであればと、早速「からだ」をテーマにした絵本や、「びょうき」「びょういん」といったことが出てくる絵本を担いでA病院に行きました。

 けれども、既存の絵本を手に取ったとき、細部においてA病院の状況とは異なるので、A病院オリジナルの絵本が欲しいという要望がありました。

 B女医としてはまず、①入院時のパンフレットづくり ②病気についての説明を「童話風に書いたもの」③「がん告知」というステップを踏んで行きたいということでした。この段階では、①②については、まず専門家である医師が、必要な情報・正確な知識は書くので、それを私に子どもにも分かる言葉で、ストーリー仕立てにして欲しいということでした。

 児童文学専攻とはいえ、分野違いのことなので少し迷いはしましたが、B女医の真摯な姿勢に、やってみようという気になりました。

2.病院での日々

 A病院は大きな病院です。B女医が勤務していた科は、主に小児癌の子どもが入院するところでした。私は、早速、大量に医療関連の本を買って勉強を始めました。まもなく、B女医から「部外者であるあなたの目で、あなたが感じたことを書いてください。ひいてはボランティアという形になりますが、しばらく病院で過ごしてください」と言われました。病気になっても病院になんか行きたくない私でしたが、本気でこの仕事を引き受けるのなら、これが一番いい方法だろうと思いました。そこで土日を除いて10時から17時までをA病院で過ごすことになりました。2006年3月20日~29日の間のことです。

 ところが、これはA病院として、私に「依頼」した「仕事(ボランティア)」というわけでは無かったのです。

 この「プロジェクト」になぜ私が必要なのか他の医療者には周知されておらず、私が何者で、何をするために病院に入り込んだのか、分かっていないようでした。こういう状況で見知らぬ場所にいることの大変さは、居場所のない転校生のようでした。

 元気な子どもが通う幼稚園や小学校と違って、遊びまわることもできません。しかし、ここまで来て何もしないわけにはいきません。主に院内学級に行って勉強している子どもたちを見たり(結局、一番の協力者は院内学級の先生たちでした)、指定された子どもに絵本を読み聞かせたり、状況を見て付き添いのお母さん方から入院生活についての思いを聞くということになりました。B女医以外の医師と話す機会も得ました。

 この体験では気疲れから寝込むこともありましたが、収穫もありました。病院側と付き添いのお母さんの間に大きな食い違いがあることに気づいたのです。

 まず、医療者側としては「絵本形式」のツールを作ることで、治療をよりスムーズにしたいということが大きな目的でした。現状よりも、もっと治療がやりやすくなるということを期待していました。さらに、「童話」であったとしても医療の知識は正確を期して欲しいということでした。当初、私は「動物のキャラクター」や「背骨の工場で血液を作る小人」を考えていたのですが、動物と人間は体が違うし、背骨に小人はいない、と言われました。…確かに!

 さらに、看護師たちの話から、自分たちのケアの仕方を入れて欲しいという要望も受けました。仕事ぶりを入れることによって不安が緩和される、ということなのだろうな、と受け止めました。

 子どもたちは、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け落ちても、それ以外は他の元気な子どもたちと同じです。院内学級の子どもたちとも話す機会があり、私が医療関係者でないことが分かると、医師や看護師には決して言わないであろう裏話をずいぶんと話してくれました。彼らの関心はなんといっても「注射」。どの先生や看護師が痛くないのか「格付け」をして情報交換をしていました。彼らの不安は「いつ退院できるのか」ということであり、どんな時に不満を持つかということに関しては「1回で採血が終わる、と言ったのに複数回刺されることに一番腹が立つ」であるとのこと。後に医療者にこのことを伝えると、それは治療に必要なことだから仕方がない、ということでした。

 さらに、付き添いのお母さんの何人かに、入院時における不安はありますか、と伺ったところ、「病院からちゃんと説明を受けていない」と言われました。病院側を擁護するつもりはありませんが、「必要な情報」「持参するもの」「病棟図」などはチラシを配布するなどして伝えています。また、入院時にも説明はしています。この齟齬はどこからくるのでしょうか? 重篤な病状の子どもを前に親としては動揺しているはずです。たとえ説明を受けていたとしてもそれが耳に入っていない、理解できる状態でないことが想像できます。私は、子どもにわかるツールを作ることを頼まれましたが、実はその後ろにいるこのお母さんたちにも目を向けなくてはならないのではないか、と考え始めました。

 しかし、ここで問題が発生!最初は、B女医に病気の説明は専門の医師が最初に書き、それをベースに私が書くということでしたが、一から私に書いて欲しいと、要望が変わってきたのです。しかも、白血病だけでなく糖尿病から心臓病まで説明を書いて欲しいといわれた時は、もう駄目だと思いました。医療者としては、私が「動物」や「小人」というアイディアを出したために、訳が分からなくなったのかもしれません。

 分野違いの私が、この仕事を引き受けるのは容易でないことが、この10日間に渡る病院での生活ではっきりしたし、これらのツールにかける予算は0円で、印刷業者や画家に依頼することは不可であると言われました。せめてコンビニエンスストアのカラーコピーの予算をとってもらえないか、ときいてみましたがそれも無理なので、ナースステーションのパソコンに接続されたプリンタで何とかして欲しい…。辞めるなら今だ!と思いました。

 しかし、私を前に一歩押し出したのは、子どもたちでした。A病院の子どもたちはほぼ全員がTVゲームを持っていました。医療者によれば、持ち運びのできるゲームは、音も出ないし(調節できるし)、肉体そのものには負担はかからない、一部屋にみんなで集まってテレビを見たり遊んだりして、余計な菌に触れるよりずっといいということでした。

 無菌室に入って外界との接触を一切断っていた6歳のC君に絵本を読んであげる機会がありました。無菌室に入るために私は、手洗いの指導を受け、さらに私の絵本は「滅菌消毒処理」を受けました。テレビゲームに夢中になっていたC君は最初、あまり絵本に興味がなかったのですが、私が即興で見せた手品に興味を持って仲良くなりました。芸(?)は身を助けるとは言ったものです。やがて彼は、私が来院するのを待っていてくれるようになりました。この子をもっと楽しませたいなぁ、と思ってしまったのが、この面倒な仕事(ボランティア)をはっきりと断らなかった要因でした。(今もC君のお母さんからは年賀状が届きます。学校で元気にやっていること、私の手品が忘れられないことが綴られています。)

 さすがにB女医も今の病院の状態では、②「病気の説明」③「がん告知」は無理だと考えたらしく、せめて入院時におけるパンフレットだけでも作ってみようということになり、ここで折り合いがついたのでした。しかし、私に頼みはしたもののB女医をはじめとして病院の医療者として何をどのように情報として盛り込むかについては、まったく見当がついていませんでした。

3.調査

 私は、まず10日間にわたる病院内で得た患者やその家族の話をまとめたり、B病院以外の大病院への調査へと乗り出しました。また、白血病を克服して現在、医学部の学生として勉強している方にも協力をいただきました。

 そこで、患者やその家族は、入院時に何を不安に思い、何を知りたいのかを10項目にまとめてみました。

  1. 衣類や身の回りの品
  2. 病院での日課
  3. 主治医(その他スタッフ)の名前
  4. 医学用語の説明
  5. 病院の内部の地図
  6. 入院のおよその期間
  7. 病状についての説明(原因・治療・後治療)
  8. 病気・病院についての子どもの本のリスト
  9. 励みになる言葉(アンソロジー)
  10. 病院の周辺の地図

 以上の項目は、箇条書きにすればA4版の紙一枚で済みます。けれども、その形態では患者や家族には伝わりません。ならば、それを子どもにも分かる形で、どう楽しく伝えればいいのでしょうか? 

4.入院案内

 問題がもうひとつありました。私は絵が描けません。私のアイディアをどのように表現したらいいのでしょうか? お金を払えばプロの画家にいくらでも依頼できます。しかし、なにしろ予算0円! こんな虫のいい話を引き受けてくれる人がいるでしょうか? 私が、頼んだのは大学院時代の同級生でした。発達心理学を研究し、10数年の幼稚園教諭の経験があり、なおかつ病気の子どもたちのためにこの手間のかかる作業を真のボランティア精神でやってくれる人はこの友人をおいて他にはいませんでした。彼女に、私のイメージをラフ画にして伝え、キャラクターや小道具などを描いて郵送してもらい、それをこちらで切り貼りし、拡大・縮小カラーコピーして再構成するという手段で1ページずつ進めていくことにしました。

①表紙(コンセプト)

 対象年齢は6歳、小学1年生前後を想定しました。私の念頭にはC君がいたのです。

 入院案内の絵本のコンセプトは、「ビョーイン号」という大きな帆船に乗って「げんき島」に旅に行く、というものにしました。ブタのキャラクターの船長「キャプテン・トンペ」がナビゲーターをすることにしました。(ブタを起用するにあたっては、イスラム教徒の患者の有無も確認しました。30年の間に一人だけということでした)

 汽車の旅ではなく、船旅にしたのは明確に「何時何分に到着する」と断言できないという点からです。患者やその家族がもっとも知りたいのは、「いつ退院できるか、いつ治るか」ということでしたが、医療者に言わせればそれを断言することはできないと言います。両者の意見はもっともです。私が行った病棟は、骨折や盲腸と言った完治に予測がつくところではありませんでした。そこで船旅という発想にしたのです。

 さらに、私としては、残念ではありますが船は沈むこともあるという意図を暗に込めています。白血病はかなり高い治癒率ですが、100%でない以上死に至ることもありえます。患者やその家族に不安を与えないようにするということは重要です。しかしながら「病院」は楽しいことだけが待っている「遊園地」ではありません。意図が伝わろうが伝わるまいが、その厳しさを込めることも重要ではないか、と考えています。

②ビョーイン号にのる時にひつようなもの(衣類や身の回りの品)

 A病院の看護師たちによってすでに、入院時に必要なものの一覧はありました。それを子どもに楽しんでもらうためにこのページは仕掛け絵本にしました。持ち物のリストは、御触れのような貼り紙にして、持ち物はカバンの中にカットを描いて視覚的に認識できるようにしました。このカバンにふたをつけて、めくるようにしました。ふたをめくると内側には、患者個人にメッセージの手紙が貼ってあります。

 このメッセージは、このパンフを手渡す看護師に書いてもらいたい、というのが私の希望でした。手書きのメッセージが添えてあることで、子どもが自分自身を見てくれている人がいるということを感じて欲しかったのです。

③ビョーイン号の掟(病院での日課)

 冒頭に「航海に時間を守ることは たいせつなことなんだ。スケジュールをかくにんしよう。」とし、このページだけは、正確な数字を入れて書きました。朝6時の起床から夜9時の消灯まで、このタイムスケジュールに沿って生活します。

 特に看護師たちの要望として、「ボランティアに遊んでもらえること」「お風呂に入るとき母親と一緒に入れること。母親がいないときは看護師の介助が受けられること」「絵本やおもちゃのあるプレイ・ルームがあること」「外界の菌との接触を避けるために、きょうだい(子ども)たちとの面会はできないこと」がありました。これらの情報は、このページに盛り込み「掟」としました。「検温・血圧・検査」といった言葉は、カットを入れることによって説明しました。

④ビョーイン号のフェロー(医療スタッフ)

 総勢11名のスタッフを入れました。頻繁に人事異動が行われるA病院ではスタッフの個人名を入れるのではなく、「医師」「看護師」「院内学級の先生」「受付クラーク」「心理士」「看護助手」「ボランティア」「理学療法士」「栄養士」「麻酔科医」「ソーシャルワーカー」がそれぞれどんな役割を果たしているのか、という説明を書きました。

 慣れない場所に来て、見知らぬ人たちに囲まれた時、大人であっても不安を感じるものです。自分が質問したい時、誰に聞けばいいのでしょうか? これは患者である子どもだけでなく、付き添いの家族についても同じです。

 医療者の中から、スタッフの名前など3日もいればすぐに覚えるわよ、という声がありました。私は、その3日間の不安を解消したかったのです。これには私自身がA病院で過ごしたあの居たたまれない体験が反映されました。経験に無駄はない、ということです。

⑤ナースステーション(入院に慣れるための工夫)

 A病院では、ユニークな試みがあって、消灯時間になるとナースステーションに子どもたちが集まり、そこからマイクで「消灯コール」ができます。さらに特定の部屋の子どもに「おやすみ」の挨拶もできます。無菌室で外界との接触を断たれている子どもにとっては唯一他の子どもに触れる時間です。看護師の話では、この「消灯コール」ができるようになると入院生活や他の子どもたちとも馴染んだといえるそうです。ならば「消灯コール」にどんなことを言うのかその台詞を書き入れるべきだと思って、このページを制作しました。

 ナースステーションには、子どもにとっては見慣れぬ医療器具や薬品などがあります。これらを「仕掛け」にして引っ張りだせるようにして遊び感覚で慣れるようにしました。

⑥げんき島への道のり(入院のおよその期間、病状についての説明・治療・後治療)

げんき島への道のり

 これは、もっとも困難なページでした。患者やその家族が一番知りたいのは「いつ治るか」ということです。医療者としてはそれを「いつ」と断言することはできないのです。特に白血病の場合、一定期間再発しないことが重要ですが、患者や家族が求める「安心」というのは医師の口からの「完治した」という言葉でした。しかし、医師にはそれは絶対に言えないといいます。どちらの意見ももっともだ、と思いました。

 さらに、この病棟には、他の病気の子どもも入院しています。その子どもたちにも対応できるようにするにはどうしたらいいのでしょうか? 私は「海図」を使うことにしました。右手に「げんき島」をイメージする島を描き、その島に遊園地を思わせる楽しい遊具を配置(島の絵は私が、遊具は当時、私が勤務していた専門学校の学生に描いてもらいました)しました。そして「おうちへかえる道」を描いたのです。

 海図の中心に「ビョーイン号」を配置して、「けんさ」「おくすりをのむ」「あんせいにする」と3つ最低限の項目を書き込みました。これは、入院時すべての子どもがしなければならないことで、あとは、各個人にどんな検査をするか、どんな薬を飲むのかを医師や看護師に書き込んでもらうスタイルにしました。このページはいわば子ども用の「カルテ」です。

 「海図(治療計画)」に従えば、「旅(治療)」は進み、「げんき島(退院)」に行けます。しかし、海図の中には「台風の目(苦痛)」を伴うこともあり、「大きな魚(アクシデント)」もあるので、何月何日に退院できるとは言えないけど、「げんき島(完治)」に向かおうという意図を込めています。

 改訂後はさらに「けんさ島としゅじゅつ城のぼうけん」のページを増やしました。「しんぞうカテーテルの山々」「CTのどうくつ」「しゅじゅつ城」とより詳しい検査内容の説明をしています。透明のポケットをつけて、一人一人の子どもに個別に説明やメッセージを入れられるようにしました。

⑦ビョーイン号の詩人スマイリー・ポエム(アンソロジー)

 病気や看病を経験した方たち(大人)から話を聞く中で、心の支えになるような言葉があったらよかった、いう声がありました。そこで、患者である子どもだけでなく、付き添いの母親にも感じてもらえるような言葉をセレクトしました。

 子ども向けには音楽著作権協会(JASRAC)に規定の料金を支払って、「ひょっこりひょうたん島」「アンパンマンのマーチ」を入れました。

 またそれぞれ出版社の許可を取り、金子みすゞ、八木重吉の詩や、サン=テグジュペリ『星の王子さま』、レーナ・マリア『マイライフ』の一節を吟遊詩人風のスマイリー・ポエムが語るというページになっています。

⑧フィロス博士の事典(医学用語の説明)

フィロス博士の事典

 製作にもっとも時間がかかったのがこのページでした。これは医学用語を解説したページです。36項目(改訂後は53項目に増加)に渡って、この病棟内でよく使われる言葉を五十音順にして解説文を作りました。「安静」「退院」といったごく当たり前の言葉から、「CV」「生禁」など病棟内で使われる独特の言葉までをピックアップしました。病気の子どもに限らず、周囲の人間が自分の理解できない言葉で話していることに、不安感や疎外感を持つことがあります。それを解消したかったのですが、単にそれを一覧表にしては、子どもは手に取ることすらしないでしょう。そこで、このページにも「仕掛け」を用いました。専門用語は別にコピーして冊子にし、新たに小さいページをつけることで「辞書」形式にしました。専門用語は、正確さを必要とするため、B女医に監修をしてもらいました。

⑨買い物(売店の紹介)

 A病院は、大きな病院で、院内にも当座必要な品が揃うほどの売店があります。数々の売店が並ぶ通路があるほどです。病状によっては売店に行けない子どももいます。しかし、パンフレットの中でデフォルメされたお店を眺めるだけでも楽しめるということから、別の階にある売店のページを盛り込みました。大人だって通販のカタログを見ているだけでも楽しいのですから、それと同じです。

⑩びょうとうの地図(病院の内部の地図)

 分かりやすさをモットーにしている入院パンフレットですが、このページだけはわざと分かりにくくしました。病棟の地図に28体、7種類のキャラクターを散りばめました。この病棟でキャプテン・トンペがいなくなったので、キャラクターたちの台詞をヒントに探し出せ、という遊び感覚の地図にしました。『ウォーリーをさがせ!』の絵本をあれだけ喜ぶ子どもたちです。「じっくりと読む地図」にした方が楽しめるのではないかと考えました。

 心理士の部屋にキャプテン・トンペの帽子を描きました。地図を頼りに心理士の部屋に遊びにいくと、プラスティックのカードケースに入ったキャプテン・トンペの絵が「やぁやぁ、見つかってしまったね。ちょっとお茶を飲んでいたとこだったんだよ」と出迎えるという、実際の病棟と、フィクションを含んだパンフレットを連動した仕掛けにしました。これはパンフレット製作中に心理士として勤務していたDさんの協力もありました。

 病棟地図は、カラフルに色分けし、「ナースステーステーション」「個室」「浴室」「処置室」「プレイ・ルーム」など必要な情報は盛り込んであります。

 この病棟地図に登場するキャラクターは「セッケッキュウくん」「ハッケッキュウくん」「イエキちゃん」「イライラ菌」など私が名づけ、台詞付けをしましたが、オリジナルのデザインは当時の勤務先の学生に協力してもらい、授業中に創作した作品を使わせてもらいました。

⑪マダム・ブックの本だな(病気・病院についての子どもの本のリスト)

マダム・ブックの本だな

 当初、私はこの本のリストだけを伝えるつもりでA病院に来たのです。それが、これほどの作業になってしまいました。

 B女医は、病気や病院についての本をということでしたが、私自身が病院で過ごして子どもに接したり、心理士との話から「病気・病院」というカテゴリーだけでなくもっと楽しめる本を紹介したほうが良いのではないか、と思い至りました。また、学校に行けない子どもに対し、親たちはできるだけ学習に関係する本を読ませたがっているのだ、と心理士から聞かされました。そこで、次のカテゴリーに分けることにしました。

  • たのしい えほん(『かいじゅうたちのいるところ』など絵やストーリーを楽しむ絵本)
  • べんきょうの えほん(『漢字の絵本』など文字や、数字、計算、学校生活をテーマにした本)
  • からだの えほん(『おへそのひみつ』などからだそのものをテーマにした絵本)
  • びょういんの えほん(『ひとまねこざるびょういんへいく』など病気・病院をテーマにした絵本)
  • いのちの えほん(『わすれられないおくりもの』など死をテーマにしたものもあるが、それだけでなく命のすばらしさを描いた絵本)
  • つきそいの おかあさんへ(『クシュラの奇跡』をはじめとし、付き添いの母親の心の慰めになるような本)

 マダム・ブックという図書館の司書を思わせるキャラクターを登場させ、本棚の絵に袋を貼りつけ、その中にA4版の紙両面にピックアップした32冊の本(改訂後は46冊)を、全出版社の許可を取って掲載し、折りたたんで差し込みました。ブックリストは表紙のみの掲載で、短い紹介文をつけました。本棚の絵の袋に入れるという仕掛けを作ることで、本のリストを手にとってみよう、という気になります。また、リストの内容を変更したり、増やしたりするときにも差し込むリストだけを訂正できるという利点があります。出版社からの返信のほとんどに、思いがけない励ましの言葉が添えてあったのには驚き、嬉しさでいっぱいになりました。

 私がピックアップしたのはプレイルームに置いていない本が大半なので、読みたいと言われたらどうするのか、という声もありました。「あなた寄付してくれる?」と言われた時は、そこまで面倒みられるかい、という言葉をぐっと呑み込み、「周辺地図のページに紹介した書店や図書館を利用してほしいと思います」と伝えました。

 このブックリストの最後にそっとメッセージが添えました。

〝一冊の絵本のちからは 小さくても 心を潤す 一滴のしずくになりますように。暗い部屋を灯す ほのかな 明かりになりますように〟 ―これは、私の祈りにも似た想いです。

⑫想いの地図 (子どもの心を知る)

想いの地図

 このページの絵は、私が当時、勤務していた専門学校で、「地図」をテーマにした授業をしたことがあり、その時、一人の学生が「自分の頭の中の地図」と題して、考えていることを地図にしてきたものがヒントになりました。このパンフレットのために、彼に改めて子ども向けの作品に描き直してもらいました。「遊園地」や「友達」「ちょっとこわいお化け」といったいろんな要素が含まれていて、見ているだけで楽しくなります。

 次ページでは、その部分をすべて白抜きにして、患者である子どもが描き込めるページにしました。うまく言葉で不安を言い表せない子どもも「絵」や「色」で想いを表現できるようにしたかったのです。この白抜きのページだけは、幾度でも描けるようにコピーして手渡して欲しいと願っています。

⑬病院周辺の地図

 これは、付き添いの家族のためのものです。A病院に入院する患者・家族のほとんどは地元の人ではないので、病院周辺の土地勘はまったくありません。慣れない土地での不安を少しでも軽減してもらいたいと、この地図を作りました。A病院から徒歩20分以内の範囲を地図にしました。私は27軒の店舗すべてに歩いて承諾を取って回りました。

 コンビニエンスストア、ファミリーレストラン、ドラッグストア、スーパー・マーケット、洋菓子店、和菓子店、お弁当屋、宅配ピザ、ラーメン屋、パン屋、惣菜屋、書店、花屋、ホテル、そして美容室と、入院中必要と思われる品々、サービスをしている店舗に協力を依頼しました。28軒中27軒が快諾してくださいました。

 商店街に承諾を取る必要がある、と伝えると病院側にその仕事は誰がやるのか、と訊かれました。はじめから私がやるつもりでした。この地図の作成は地元住民である私が研究や勤務の合間に足を運び承諾をとり自分で作成したので、かなり時間がかかってしまいました。

5.その後の話…

 この絵本形式入院パンフレットは、B女医のメールから、およそ一年の月日を費やしてカラー・コピーのステープラ綴じ、簡易版となりました。私個人の負担がかさんだため、病院内のカラーコピー機を使わせてもらいましたが、単にコピーを綴じるだけでなく各ページに仕掛けがありますから、初回は30部を作るだけで精一杯でした。手作業なので、未熟な点は大いにありました。絵を描いてくれた友人や当時の勤務先の学生たち、掲載に応じてくれた商店街の善意、何より病棟の子どもたちと親御さんたちの想いが詰まったものになりました。

 この簡易版を試験的に使用して改良していかなくてはならないと思っていましたが、現時点に至るまで、A病院の医療者からのご意見を聞くことはありませんでした。さらにB女医は、病院を移られたと風の噂で聞いています。

 一年以上が経ちました。この絵本形式入院パンフレットがA病院全体のプロジェクトとして、発行したい、と事務局から連絡を受けました。今度は印刷会社が製本するということでした。改訂版を作るにあたっては関東地方の2つの病院と個人レベルでの医療者への協力をお願いしてアドバイスをいただきました。

 その意見を踏まえて、新たに「絵本形式入院パンフレット」は、2008年4月に発行されました。これは事務の方から入院する子どもに手渡すとのことでした。改訂版発行後一年が経った2009年5月に事務局を通して、子どもと親御さんからの声を聞くことができました。子どもたちからは「たのしい・面白いキャラクターがいる。リストの本を読んでみたい」という概ね良好な反応の他、「字が小さい」という意見もありました。親御さんからは「周辺地図と医学用語が助かる」との声。絵本形式入院パンフレットとして発行がなされ、子どもに手渡されているということは、病院や医療者としても何らか見るべき点があったのだろうと、今は解釈しています。

 こうしたパンフレットを作るにあたっては、何よりも患者やその家族の声を汲み上げることが必要ですが、病院全体が一つになった必要性や要望の存否も重要だと思われます。そして、子どもにメッセージを伝えるためには「楽しませる」という要素も不可欠です。

 キャプテン・トンペは大海原に一歩、踏み出しました。それは小さな冒険かもしれません。キャプテン・トンペの冒険は、私の知らないところで、誰かを励ましていることだろう、と私は信じています。

【参考文献】

  • 大沼郁子「絵本周辺領域の動向-『医療現場』と絵本」『絵本BOOKEND 2009』P.114-118 2009年
  • 大沼郁子「病児の不安を緩和するための入院パンフレット~その制作・効用・改訂について~」『幼児の教育』第108巻 第12号 P.18~23 2009年
  • 大沼郁子「絵本の試作ノート-A病院小児科病棟の試み-病児の不安を解消する絵本形式入院パンフレットの役割」『日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科』14号 P.205~214 2008年

掲載の画像、及び、絵本形式入院パンフレットの著作権は著者に帰属する。