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講演2 「日本における誰もが読める本の取り組み」

野村美佐子
日本障害者リハビリテーション協会情報センター長

 こんにちは。私は電子図書という切り口で、「誰でも読める本」についてお話をしたいと思っています。

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 マルチメディアDAISYについて、初めて聞くという方、何人いらっしゃるでしょうか。 お二人の話を聞いていまして、自分と二つの共通点がありました。一つはボローニャで講演をなさったトーディス・ウーリアセーターさんについて渡辺さんがお話しになったことです。トーディスさんはノルウェーに住む障害のあるお子さんをお持ちの教育専門家ですが私の話の中にも出てまいります。もう一つは、野口さんが鴻池守さんのお話をしたことです。鴻池さんには、私も大変おせわになりました。残念ながら昨年亡くなりましたが、鴻池さんについても私もお話しをしたいと思っています。私は、トーディスさんや鴻池さんの影響を受けて、布の絵本とかさわる絵本、そして誰でも読める絵本といった概念を育てていただいたかなと思っております。

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また、世界バリアフリー絵本展が各地で行われていると思いますが、そちらについては、参加者である石井みどりさんからお話をいただけるかもしれませんが その事業をおこなっている国際児童図書評議会(International Board on Books for Young People-IBBY)(注1)という団体がございます。ここでは障害のある青少年が本を楽しむ機会が広がるよう、すぐれた本を選定するプロジェクトを2年に1回行っていますが、選書の責任者はノルウェーのハイジ・コートナー・ボイエセンさんです。彼女には2005年に、初めてお会いしましましたが、その出会いをきっかけとしまして、誰でも読める絵本というのは、紙だけでない様々な素材があることを学ばせていただいたように思います。 またハイジは、南アフリカで開催されました2004年のIBBY大会でお話をされていますが、その時の彼女の演題は、「本の力、世の中を変える」(注2)でした。彼女のスピーチの翻訳は、私どものウェブサイト(http://www.dinf.ne.jp)に載っておりますのでぜひ読んでいただきたいと思います。スピーチの中で、ノルウェーの教育専門家であるトーディス・ウーリアセーターさんの言葉を引用しています。 「読むことができない。また、話すことに大きな障害をかかえている場合でさえ、どの子もどの若者も本によって人生を楽しむ権利がある。絵本は言語の発達を促し、社会参加を助けることができる。本は孤独感を減らし、芸術的体験や文化的体験や喜びを与えてくれる。」

本を読む権利があるというアプローチは、とても重要なことで、そのアプローチと共に私たちは、DAISYの普及活動を行っていかなければならないといつも思っています。

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DAISYについてですが、私どもの協会により1998年から2001年にかけて日本におけるDAISYの最初の導入を行いました。このことがきっかけとなりまして点字図書館でのDAISY図書の貸出しが始まったわけです。
そして2001年、認知・知的障害者対象のマルチメディアDAISYの研究開発事業が立ち上がりました。それから、かれこれもう10年が立ち、今やっとDAISYの花が咲いた、つまりその活動の成果が出てきているように思います。

最初に、やさしく読める本のベースとなる「EASY-to-Read」という概念を活用して、知的障害者を対象にしたマルチメディアDAISY図書を作ろうとかんがえました。そのために、関係者に集まっていただいて、「どういうことをやったらいいのか。」とか、「どういうふうに作っていったらいいのか。」ということを話し合いました。

またDAISYに関連する情報の収集及びウェブサイトでの提供。ここがたぶん、私どもの手法の特徴かなと思うのですが、収集した情報をDINF(障害保健福祉情報システム)と呼ばれるウェブサイトで提供を行っています。DAISYを普及するだけでなく、DAISYを通して世の中をもしかしたら変えられるかもしれないと思ったわけです。そういう意味では、DAISYの普及と同時にDINFも進化していったように思います。

更に、サンプルマルチメディアDAISY図書の製作も始めました。またDAISY図書を製作したい方に対して製作ツールの無料提供や研修会の開催も行いました。

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DAISYについてご存じない方がこの会場に5~6人いたような気がするのですが、DAISYは、Digital Accessible Information Systemが正式名称で、アクセシブルな情報システムの略です。デジタル録音図書の国際標準規格で、その対象者は、当初は、視覚障害者だったのですが、開発が進んでいくうちに、print disabilityの人たち、つまり、印刷物を読むのが困難な人々と私たちは訳していますが、学習障害者、知的障害者、聴覚障害者の方々、精神障害者など読んでもなかなか理解ができない人たちに変わっていきました。
現在、「DAISY 3」という仕様が米国の標準規格になっています。その標準規格の開発と維持はDAISYコンソーシアムが行っていますが、DAISYコンソーシアムの現在の会長は日本の河村宏さんがなっております。

DAISY図書の種類は、大きく分けて3つあります。

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まず音声DAISYがあります。音声のみで、ほとんどの点字図書館で利用されている図書がこのタイプだと思います。 次に、テキストDAISYがあります。最近このテキストDAISYという言葉を聞いている方がいらっしゃるかと思いますが、構造化されたテキストで構成されており、音声合成エンジンなどを利用してDAISY図書を再生することができます。最近では、DAISYトランスレーターというソフトをインストールしてワードに機能追加しDAISY図書を作ることが可能となっております。 それからマルチメディアDAISYがあります。これは音声とテキストがシンクロ(同期)して、私どもが現在、積極的に製作・普及をしている図書です。

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また、再生プレイヤーにはいろいろなタイプがあります。例えば視覚障害者の場合は、パソコンを使わないで、専用の機器で聞いたほうがいいとか、個々のニーズによっていろいろな使い方ができるのではないでしょうか。点字ディスプレイがありますがこれを利用することで読むこともできます。

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DAISY図書の特徴は、テキストと音声と画像が同時に表示され、目次があるので読みたいページに移動することが可能なことです。再生ソフトによっていろいろな個々のニーズに合った読み方ができます。

DAISYの活用方法として次のようなことが挙げられます。

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ソーシャル・スキル・トレーニングに活用ができます。またLLブックなど読みやすい図書(easy to read)づくりのDAISYは有効です。手順や方法を学ぶために活用ができます。私どもでは初期のころ、パンの作り方というのをLLブックにならって、簡単なパンづくりのDAISY図書を製作しました。災害緊急時の対応マニュアル作りにもDAISYが活用されています。また新しく言語を学ぶためにDAISYが活用できます。最近ではDAISY教科書の提供も行っており、そこに注目が集まってきています。そして何よりも一番大切なのが、読書を楽しんでもらうためにDAISY図書を製作しています。

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ここで、私たちが行った「赤いハイヒール」出版プロジェクトについて少しお話をしたいと思います。

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この「赤いハイヒール」(注3)という図書の原本はIBBYのBest book for Young People with Disability(障害児図書推薦)のリストに選ばれております。こちらの本を、本日、その翻訳者の方もいらしているのですけれども、スウェーデン語の原本から日本語に翻訳後、それを易しい言葉に置き換える作業をいたしまして、書籍とDAISY版を同時に出版しました。ここで一番重要なのは、DAISY版が同梱されているので、紙では読めなくても、誰にとっても読めるものになっているということです。つまり、バリアフリー出版と言えるわけなのですが、そこには、先ほど申し上げましたLLブックの概念も追加され、齢相応の内容にもなっています。知的障害者にとっては、易しい言葉だけではなくて、その齢相応のストリー展開が必要ではないかと思っています。鴻池さんには、この部分についてすごく助けていただきました。また実は私どもは編集をしたことがなくて、この本を出すに当たっては、編集についてもとても助けてもらいました。この本の主人公は、23歳になる知的障害者の女の子が初めて恋をする話で、子の親からの自立や逆に親が子どもからの自立といったこともテーマになっているように思います。

この本について、ある知的障害者施設に働く職員から、「こういう本は日本では理解してもらうことが難しい本だ。」、と言われ、施設では読んでもらえそうもないから返したいと言われてしまいました。このことを聞いた鴻池さんは、知的障害者だって大人になっていく過程で本の中にあるような感情は必ずあるのだから、そういうものを周りが拒否するというのはおかしいのではないか、ととても怒っていました。鴻池さんの息子さんも知的障害者だったので彼ことを思って怒っていたように思います。鴻池さんにお会いすると。いつも息子さんのお話になります。彼が一番好きなものがステーキだったそうです。ほとんど会話ができない彼とのコミュニケーションの方法として簡単な手話を教えたそうですが、彼にステーキを食べさせた時、「おいしい?」という手話をすると、息子さんは同じように「おいしい」という手話を返してくれたそうです。このようなことを赤いハイヒールの編集を手伝ってくれている時に語ってくれました。そのときの鴻池さんの嬉しそうな顔は今でも思い出すことができます。

それではDAISY図書を少しお見せしたいと思います。

〔DAISY図書のデモ〕

もう一つ本当はお見せしたいなと思っていたのが、DAISY教科書提供を読みに障害があるお子さんに私どもでおこなっていますが、その保護者の方にインタビューした内容をDAISY化したものです。小学校2年の男のお子さんのお母さんがDAISYについて感想を述べています。

「(音声)……の学生さんが週に1日、担任と相談しながら学習面と生活面での支援をしてくださっています。算数を1日1回、個別指導として1対1で行っています。その中で、国語の対応もしてくださっています。また、本人のレベルに合わせたプリントを宿題のサポートの先生が準備してくださるなど、長期のお休みの際にも彼専門の、彼のレベルに合わせた宿題を出してくださっています。また、現実に翌日の指導内容を担任からご連絡いただき、本人に登校までに説明し、だいたいの流れをつかんで学校へ行くということを続けています。
それからDAISYを使用してですが、2008年の7月頃から使い始めましたので約1年6か月です。頻度としては週4回から5回、音読の宿題と予習を主に行っています。まず音を聞く、それからシャドーイングを行う。音を文節等の区切りごとに止めて、本人が読み、その後でDAISYの音を聞く、ということで確認しています。また、余裕のあるときは段落ごとに何を書いていたか、それから特に、また、学校での導入を是非ともお願いしたいということと、将来、障害のあるなしにかかわらずどの子も使える、勉強の選択肢の一つとして当たり前に提供されるものであれば、ということを非常に強く思います。」

ここで申し上げたいことは、誰でも使える、または選択できるものが必ずあるということは重要だということです。DAISY教科書を普及するためには、国による制度やシステムの整備が必要になってきますし、また多くの方々の理解も必要だということをいつも感じております。
最後に、DAISYが単に読書の支援ツールとしてだけではなく、DAISYを通して、多くの方々が人や本とよりよい出会いができることを願って私のお話しを終わりたいと思います。
ありがとうございました。

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【掲載者注】

1) International Board on Books for Young People:IBBY
http://www.ibby.org/

2) 本の力―世の中を変える? IBBY(国際児童図書評議会)の取組み
ハイジ・コートナー・ボイエセン(IBBY障害児図書資料センター)

3)「赤いハイヒール」
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/multimedia/redhi.html