マルチメディアデイジー教科書を広めよう
田中 和美(元公立中学校特別支援教育コーディネーター)
特別支援相談員をしています田中です。よろしくお願いします。
私は今日は、教科書を保障することの意味と、マルチメディア教科書を広める提案についてお話をしたいと思います。
社会の大きな変化で学力観の転換ということが言われています。学校だけの学習から生涯学習へつながる学習の重視、それから学級集団としての一斉の学びから個として学ぶ主体への重視です。つまり豊かな社会参加をしていくために生涯学び続けられる学力というのが現在求められている学力観です。OECDのPISA調査というのが2000年から始まったのを聞かれたことがあると思いますが、その理念とも共通しています。むしろその影響を受けていると言った方がいいかもしれません。問題解決能力というのも、聞かれる言葉だと思います。
今年度から小学校の教科書が改訂になりました。中学校は来年度、この4月から新しい学習指導要領に基づいた教科書になり、目下デイジー教科書を作っていただいているかと思います。学習指導要領の改訂では、生きる力、要するに問題解決能力ということですね、その理念の共有とか、それから基礎的、基本的な知識、技能の習得、そして、学習意欲の向上や学習習慣の確立、豊かな心、健やかな体の育成のための指導の充実ということをあげ、画面の下の方に書いてありますが、「ともに生きる自分への自信を持たせる必要」ということを言っています。
今、挙げてきた話、自分に自信を持たせる必要とか、基礎的な力、生きる力というところで、読みの難しい子どもがどうなっているかというのが気になります。
読みが苦手だとどうなるかと言われたら、文字が読みにくいので記憶に頼らなければなりません。読みがうまくいかないと、本が嫌いになります。すると知識が入りません。言語の理解が広がらないと語彙も増えにくいということになります。読みの苦手が、そこから学習の遅れになり、そうすると自尊感情も下がってきます。
私は中学校に勤めていましたが、読みが苦手なことが発端だったのではと思われる子どもたちが浮かびます。おとなしいというプラス評価に一見見られますけれども、実は自信がなくて自尊感情が下がっている生徒。学習が遅れてきますので、黙って授業をやり越します。教室で当てられても、わからなくて黙っていたら、「じゃ、次」ということになりそのまま過ごしていくわけです。あるいは学習の時間は黒板を写すだけの手の運動だけになっている子どもたちがいました。眠ったふりをしている子、反抗している子、不登校になっている子どもたちの中に、本当は読みの難しさから、意欲が出せず、持っている力が発揮されない子どもたちがいたのではなかったかと思われます。
一方、教科書は大切という話をします。先ほど、指導要領の改訂で基本・基礎の重視ということが挙げられていると言いました。教科書は、基礎・基本の学力保障のためのものです。系統的で段階的で、網羅され、吟味され、正しい日本語で表現されています。ずいぶんお金もかかっています。また、日本では教科書の学習の力が評価の基準になっているということがあります。だから教科書をその子の読めるもので手渡してほしいと強く思います。
読みの困難な子どもたちが、マルチメディアDAISY教科書と、小学校や中学校といった基本の学力をつける時期にこそ出会う機会を保障して欲しいと思います。
読みの苦手な子どもが、デイジーでうまくいくことがわかれば、それによって学習を進めていったらいいと気づきます。そこから読書をしたりして、デイジーを使いこなす。そしてそのうち、今日も河村先生のとても楽しみな話がありましたが、自分で作ってみて、将来、仕事の書類を読むのに、その形式で読んでいく。デイジーがあれば僕はちっとも困らない、いけるんだ、と自信をもって自立していけるのではないかと思われます。つまり、豊かな学びの読書生活、生涯の学びということで考えたら、教科書のマルチメディアDAISYを子どもたちに届けるというのは大変意味のあることだと思います。
では、その教科書を広めるために提案をしていきたいと思います。
今日、たくさんの進んだ現場の発表がありましたが、やはり学校や先生が理解を広めてもらうことが大変大切だと思います。まずは、子どもたちの身近な学校関係者がマルチメディアDAISY教科書に出会う機会が必要です。
今年、奈良デイジーの会にご協力をお願いしたのですが、教育委員会がマルチメディアDAISY教科書についての研修をされました。そのとき、初めて知ったとか、それだったらうちのあの子にも使いたいという先生方があり、問い合わせが来ました。今後、教室や授業での活用場面報告が次々でると嬉しいと思います。先生方の研究会や研修会を持ってほしい。デイジーを使って、そして伝えるということをやっていただきたいのです。教室で読みのつまずきのある子どもたちが使う、あるいは個別の指導の場で、デイジー教科書を使っていく。そしてそれがどんな読みの子に、どのような使い方でどう変化したかという報告を、していただきたいと思います。
2つ目は本人・保護者の声です。今日も山中さんが話をしてくださいましたけれども、やはり実際に使っている子どもたちの声を届けていただくことが望まれます。どんなケースのときに、どんな使い方ができるかというのがわかれば、じゃ、使ってみようという大きな第一歩になるんじゃないかなと思います。
3つ目にDAISY図書からということでお話ししたいと思います。今日、会場の皆さんにはマルチメディアDAISY教科書も作っているけど、デイジー図書を作っていらっしゃるという方、それから図書館関係の方もいらっしゃるんじゃないかなと思うんです。
実は今日、たつの子の山中さんの話がありましたが、読み書きの苦手な小・中学生が、マルチメディアDAISY図書で本を読んで、読書感想文を書く講座を去年、今年とやらせていただきました。
その中で、デイジーで読みの負担軽減があり、また全体も読めるので理解が進み、書く意欲が保持できたというお子さんがいらっしゃいました。それからこれとは別の話になりますが、たつの子では、子ども自身がデイジーを製作するということで、山中さんが子どもたちに教えたりしていらっしゃるそうです。自分の教材を自分で作ったり、年下の子に作ってあげようかということができるというのは、とてもステキなことだと思います。
また、今年、調布デイジーがDAISY読書会の試みをされて、それに参加させていただくことができました。DAISYで「長靴をはいた猫」を読んで、その後、iPad、iPhoneの操作の講習、さらにDAISYで好きな本を読んで、選んだ本を紹介発表するというものでした。それを見て感動したんですけど、大きな画面をみんなで見る、つまり、同じ本を読んで交流ができるというのは、とても楽しいことだということです。それから、操作に慣れるということもとても大事なことです。
この読書会の発表の取り組みで感じたのは、教室では黙って、事が運んでいく子どもたちにも、ここでみんなに聞いてもらえるよという安心できる場とか、ここが気に入ったよという一文を言って、みんなと、ああそうかなどと交流できる場があるのはいいなと思ったことでした。また、その折、調布デイジーにいらしていた子どもさんのお母さんが、「マルチメディアDAISY教科書を使いたいと思います、申し込みはどうしたらいいですか」とおっしゃっていました。つまり、本から教科書に関心がいくという双方向もあるかなと思います。
最後に、今後、評価もデイジー利用と関わると思います。日本語能力検定試験というのは、実は日本語を母国語としない人たちの検査ですが、ここでは読み上げソフトとかスローテープとかの導入がされているということです。それから2000年から始まったPISA調査ですが、2009年には電子テキストを用いた読解調査が行われています。これらも、生涯学習という、いろんな情報を取り入れてやっていくという中で、電子版テキストを読んでいくということが出てきているようです。こういう変化は、これから私たちが読みが苦手な子どもたちのテストを作ったり、そういうテストをしてもらおうということに、とても明るい未来があるような気がします。つまりデイジー版のテストの可能性です。実際、奈良デイジーがデイジー版テストを作られて、利用している児童の効果は出ています。高校入試、大学入試の発達障害の配慮事項ができました。まだまだですが、関心は向いて来ています。今後、読みの難しい子どもたちに対しての、デイジー化のテストなど、PISA調査の動向などをもとにして何か考えていけるのではないかなと思います。
見えにくいのでメガネを使うように、読みにくいのでマルチメディアDAISYを使うとか、かっこいいオシャレなメガネやコンタクトレンズが、iPhoneやiPadに代わるものにならないかなと思います。読みの苦手な子どもたちがそういう機器を自在に使いこなすことでも、自尊はあがってくるでしょう。
画一から個への教育・生涯学習ということからも、教科書や本などいろんなところからの広がりが必要だと思います。できる人が、できるところからマルチメディアDAISY教科書の発信をしていくといいでしょう。私も、何ができるかなと思いながら関わっていきたいと思います。ありがとうございました。