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今後の「マルチメディアデイジー教科書」の普及促進について
―文部科学省の「音声教材需要調査」結果などからみえること―

井上芳郎

1 はじめに

 2012年に文部科学省が通常学級の児童生徒を対象に実施した調査結果によると、知的な発達には遅れがないものの、「読む」または「書く」に著しい困難を示す児童生徒が、2・4%程度在籍していることが推定されている。このような子どもたちは学習障害(LD)である可能性があり、その中でも、特に「ディスレクシア」と呼ばれることがある。視力は正常であるのに文字を認知することに特異的な困難があり、特に学齢期になって顕在化するといわれ、学習面の遅れや自己有能感の低下などから不登校につながるケースもあるとされる。

2 マルチメディアデイジー教科書について

 最近、このような子どもたちへの教育支援方策のひとつとして、マルチメディアデイジー教科書(以下、デイジー教科書)が効果的であることが確認されてきている。このデイジー教科書とは、もとは視覚障害のある方たちのためのデジタル録音図書の国際標準規格であるDAISYが機能拡張をされマルチメディア対応になったものであり、パソコンなどの画面上に表示された本文が、文節単位などで「カラオケ」の歌詞のようにハイライトして表示され、それが肉声または合成音声と同期して読み上げられるというものである。最近では、タブレット端末やスマートフォンでも再生できるアプリも、多数開発されている。
 日本障害者リハビリテーション協会の調べでは、2017年3月現在で約4、430人の利用者数があり、2013年度末からみると年々約千人程度の規模で増加してきている。2016年4月の「障害者差別解消法」の施行により、公立学校等での合理的配慮提供が義務化されたことなどから、今後も増加していくものと予想されている。

3 デイジー教科書等の需要数調査について

 いわゆる「検定教科書」は、その使用が法律で義務づけられているものであり、すべての児童生徒に対して「読める」教科書を提供することは、第一義的に国の責務によるものであることは明らかである。しかし、現実は「読めない」教科書の代替であるデイジー教科書の製作については、もっぱら製作ボランティア団体に委ねられており、国からの公的な財政援助もない中で、年々急増するニーズに対し対応しきれなくなっているのが実態である。
 このような窮状を訴えるべく、2016年1月に、製作ボランティア団体が文部科学大臣宛の要望書を提出した。これを受けて、同年3月の参議院予算委員会において、文部科学大臣から「教育委員会を通じてデイジー教材等の音声教材を必要とする児童生徒数を把握する仕組みを前向きで検討する」との答弁があった。そして、文部科学省が主体となり同年7月から10月末にかけて「音声教材の需要数調査」が全国規模で実施され、その結果は同年12月に公表されることとなった。
 とにかく初めての調査ということもあり、また、各学校現場末端まで調査の趣旨が徹底されなかったこともあり、需要数としては全国で6,344人が、31,449点の音声教材が必要であるという、予想される実態を大幅に下回る結果であった。これは義務教育在籍の児童生徒数約1千万人のうち、2.4%程度の出現率とされる「ディスレクシア」の児童生徒に限った推定在籍数と比較しても、きわめて少ない数字だといわざるを得ない。
 特に、需要数がゼロであると報告した県が4県あったことや、全国の半数近くの府県では、前述の「ディスレクシア」の児童生徒の推定在籍数の1%にも満たない把握率であったことなど、今後に大きな課題を示すものであると思われる。
 文部科学省は、今後も引き続き調査を実施するとのことなので、その際には各教育委員会や学校現場末端にまで十分に趣旨が徹底され、正確な実態が反映されるよう調査が実施されることを期待したいところである。

4 文部科学省や民間団体での取り組み

 前述の文部科学大臣答弁では、需要調査以外に、以下の取り組みについても示された。
(1)「民間団体のみならず教科書発行者でも音声教材を開発するための環境作り」
(2)「音声教材を製作する民間団体の経済的負担軽減のための支援充実」
(3)「教育委員会や学校へのデイジー教材等の有効性や活用方法の周知徹底」
 まず、(1)については、デイジー教科書等の製作団体と、教科書出版社との間で懇談の場が持たれたと聞いている。今後、デイジー教科書等の製作や編集のノウハウに関して、情報交換が行われることが期待される。
 次に、(2)については、本稿執筆時点では明確な情報はないが、何らかの予算措置が行われることに期待したいところである。
 最後に、(3)については、各地で開催される教科書展示会での啓発や周知、文部科学省主催による各自治体の教育委員会を対象とした研修会の開催などが取り組まれている。しかし、まだ十分なものとはいえず、あらゆる機会を捉えてさらなる取り組みが必要だと考えられる。

5 「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議最終まとめ

 2016年12月、「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議の最終まとめが公表された。まとめでは、次期学習指導要領の実施(概ね2020年度から)に合わせて、「デジタル教科書」を導入するため、「文部科学省、教科書発行者等は、必要な制度改正や関連する準備作業を着実に進めることが必要である」としている。
 また、障害のある児童生徒への対応としては、教科書バリアフリー法に基づいて「国が一定程度関与しつつ、教科用特定図書等の製作・普及を行う現行の仕組みについては、デジタル教科書の導入後においても維持されることが必要であり、個々の児童生徒に対してよりきめ細やかな対応を行うことができるよう、教科用特定図書等による指導方法の開発等を含めて、より一層の充実を図っていくことが適当」という、やや消極的なものに留められた。そして、義務教育での「デジタル教科書」の無償給与については当面の間困難であるとされ、教科用特定図書としての「デジタル教科書」の無償給与法定化についても保留がされている。
 今後、推進されるインクルーシブ教育をしっかりと下支えするためには、合理的配慮提供のための基礎的環境整備がぜひとも必要である。そのためにも、デイジー教科書のようなアクセシブルな「デジタル教科書」の普及は不可欠である。これら環境整備を後回しにして進めていくならば、いわゆる現場対応での過度な負担を強いられることにもなり、結果として、合理的配慮の不提供という憂慮すべき事態を招きかねないのである。

6 今後の取り組むべき課題

 今後、取り組むべき課題は多岐にわたるが、喫緊のものとしては、製作ボランティア団体への経済的支援があげられるところである。いくら無償給与されたものとはいえ、「読めない」教科書では意味がない。この「読めない」教科書の代替となるものとして、デイジー教科書等の製作に日夜邁進されているボランティアの方たちの負担は、このままでは増えることはあっても、残念ながら減ることはなさそうである。デイジー教科書の今後の安定的な提供のためにも、ボランティアの方たちへの経済的支援はぜひとも必要なものである。
 そもそも教科用特定図書として、点字版教科書や拡大教科書が公費により実質無償給与となっているのに対して、はるかに潜在的需要数が多いと推測されるデイジー教科書等はなぜそうならないのであろうか。不合理なことであるといわざるを得ないところである。事は教育の機会均等の確保や、教育を受ける権利の保障に関することである。今後とも各関係方面への働きかけを、よりいっそう強めていく必要があるだろう。

(いのうえよしろう 埼玉県立坂戸西高等学校)

【資料】


出典

井上芳郎.今後の「マルチメディアデイジー教科書」の普及促進について―文部科学省の「音声教材需要調査」結果などからみえること―.ノーマライゼーション.Vol.37, No.4, 2017.4, p.40-42. http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n429/index.html