IFLA/LPD主催「P3会議」報告
野村美佐子
(財)日本障害者リハビリテーション協会 情報センター長
はじめに
IFLA/LPD(Libraries Serving Persons with Print disabilities(普通の印刷物を読むことに障害がある人々のための図書館サービス分科会)がベルギーとオランダの様々な専門図書館(点字図書館等)と共同で主催するP3会議がベルギーとオランダの点字図書館など様々な専門図書館や団体の協力により、IFLA2009年ミラノ大会のサテライト会議として2009年8月17日から20日にかけてベルギーのメッヘレン(Mechelen)とオランダのマストリッヒ(Maastricht)で行なわれた(注1)。この会議は、出版社と公共図書館との連携と協力を通して普通の印刷物を読むことに障害(print disability)のある人に対して行なうより良い図書館サービスの提供にスポットをあてていた。P3とは、People(人々), Public Libraries(公共図書館), Publishers(出版会社)のPを表す。
この会議の背景には、LPDメンバーである盲人図書館がもともと視覚障害者のための図書館であったが、現在では急速に標準的な公共図書館の欠くことができない部分となっていったことや盲人図書館とメインストリームである公共図書館の間にあった壁が取り除かれたという考えが少なくとも欧米において広まっていたことがある。
そこには、よりよい図書館サービスを目指す3つの原動力があるという。ひとつめは、表現の自由や情報へのアクセスの権利を人権であるという概念の推進。2つめは、技術(Technology)、つまり墨字より他の形態での変換がより簡単になるデジタル情報。そして3つめは、大手出版会社が音声やビデオを含むウェブベースの出版といったような革新的で墨字に変わるフォーマットを捜していること。この3つを原動力とした活動が行われているのだが、立ちはだかるDRM(デジタル著作権管理)などの障壁があり、その解決への挑戦、好事例などが出版会社、公共図書館、そして関係する人々から報告された。P3会議の結果として決議文(Resolution)が出された。(注2)
以下会議についてまとめてみる。
基調講演について
開会式ではLPDの委員長であるデンマークのベント(Bente Rathije)氏より歓迎の挨拶があり、次に基調講演としてこの時点でIFLA次期会長(2009年8月のIFLA大会より会長)であった南アフリカのエレン・タイズ(Ellen Tise)氏のプレゼンがあった。タイズ氏は、会長としてのテーマが「知識へのアクセスを推進する図書館(Libraries Driving Access to Knowledge)」であり、LPDの活動はまさにそのための活動であったように思う。彼女は多くのLPD委員が発表の中で述べていた次の言葉を繰り返した。
「世界には、1億6千100万人の全盲と弱視の人たちがおり、その数は増えている。そして通常の本やウェブサイトを読むことができない人の数は大きい。出版物の5パーセント、ウェブサイトの5パーセントはこのような人たちにとってアクセシブルではない。」(注3)
上記の課題として著作権の問題があるとして、2009年7月13日に開催されたWIPO加盟国、視覚障害者及び読字障害者団体、出版社、技術コンソーシアムの代表が、視覚障害者やその他の読みの障害者のアセシビリティについての検討会議(注4)に言及した。特に世界盲人連合(WBU)のクリス・フレンド(Chris Friend)氏の取り組みを紹介した。
また、図書館サービスのアクセシビリティを推進するための関係者の連携、たとえば視覚障害、WBU、DAISYコンソーシアム、IFLA/LPD, 出版会社、公共図書館等の連携であると述べ、LPDが推し進めているGlobal Libraryの概念への期待、知的所有権における著作者と利用者の権利の調和、アクセシブルな技術の標準化、そしてIFLAのタイズ氏自身のテーマとのリンクについて述べられた。前述したように8月以降、会長としての活動が期待される。
出版社に焦点をあてて(8月17日)
1日目は特に出版会社に焦点をあてて、著作権に関するパネルディスカッション。出版会社における障害者のアクセシビリティに配慮した出版などを中心にプログラムは進んだ。
知識や情報のアクセスにおける図書館の役割をテーマにアクセシブルなコンテンツ、著作権の例外などに関してWIPOでのWBUの積極的な活動が話された。E-PUB(電子出版の規格)という標準規格について話されたが、EPUBとは,国の電子書籍標準化団体の1つであるInternational Digital Publishing Forum(IDPF)が普及促進するオープンな電子書籍ファイルフォーマットの規格で、最近日本でも注目されるようになってきているこの規格は、つまりテキストだけでできているDAISYの規格とほぼ同じであるとのことで今後の普及が期待される。このディスカッションにおいては、DAISYコンソーシアムのバーナード・ハインサ(Bernhard Heinser) 氏も参加してDAISYが最初から紙ではなく電子出版になりうる技術であることを説明した。
次に出版社との協力と題して、ここでは、読みやすく改良した出版に焦点をあてたオランダ、ノルウェーの出版会社のプレゼンが行なわれた。ここでは特にノルウェーの「すべての人のための図書(Books for everyone)」財団のCEOであるアン・グーダル(Anne Godal)女史のプレゼンを紹介する。この財団は2002年に改良された本を推進するために設立された。20団体と提携をしている。理念はアクセシブルで質の高い図書を読むことに問題を抱えているあらゆるタイプの人々に適切な図書を提供することである。人は問題でなく、本が問題なのだと考えている。主に文化省から助成金を受けている。確かに国の支援がなければなかなか成立しない。詳細については、彼女のプレゼン(注5)を参照してほしい。プレゼンの後にどのようにして成功かどうかを測るのかという質問に実際に障害者の団体で試してもらい、そのフィードバックをもらうと答えた。あるいは実際に売れるのでそこから測るとのことだった。
公共図書館と点字図書館の連携(8月18日)
2日目は様々な国の公共図書館と点字図書館の連携の事例発表となった。
最初にベルギー・フランドル地域(オランダ語圏)で2008年に設立した「LUISTERPUNT」と呼ばれる図書館、英語ではFlemish Library for Audio and Braille Booksと訳され、普通の印刷物を読むことに障害がある人々のための専門図書館についてのプレゼンがあった。この図書館はフランドル地域政府から年に1.500,000ユーロの援助を受けて運営されている。この図書館の目的は次の5つである。1.リクエストによる点字提供、2.ディスレクシアへのサービス、3.公共図書館でのDAISY図書や再生機の配布、4.DAISY図書のストリーミングとダウンローディング5.音声図書の推進、そのために同じような興味を持つ出版会社との連携、読書推進キャンペーンとして1000の老人ホームに2000台の再生機を配布、そして100タイトルのDAISY図書を配布するなど、公共図書館のサービスにDAISYを組み込んでいくプロジェクトを進めている。
次にオランダの図書館についてのプレゼンがあった。オランダでは2007年に視覚障害者に対する図書館サービスの重要な変化があった。それは教育・文化・科学省が点字図書館を再編成しそのサービスを公共図書館のシステムに組み込んだことである。というのは,公共図書館には大活字本や音声図書などは今までなく、視覚障害者のためのコレクションにアクセスができるところではなかったが、近年、公共図書館はソーシャルインクルージョンの目的で普通の印刷物を読むことに障害がある人々にサービスをすべきだという認識が高まってきたからである。その目的は代替方式での資料が手に入るように公共図書館を改善することにあり、そのための活動を紹介してくれた。今回この会議に参加する前にアムステルダム駅近くにある「アムステルダム中央図書館」を訪問したが、大活字図書、DAISY図書などを見ることができた。
続いて、スウェーデン国立点字・録音図書館(TPB)についてプレゼンがあった。TPBでは、どのくらいの利用者に録音図書が届いているのかを調査した。2008年の統計によると人口の4パーセント(35万人)が印刷物を読むことに障害があり現在録音図書の利用者は5万から10万人となって推定される。また障害種別においては、公共図書館や音声による新聞の利用者の多くが視覚障害であるが、学生の利用者は読み書き障害が圧倒的に多いことがわかったそうだ。TPBはそのような必要とする人にまだ十分届いていないので5年前から公共図書館との連携も行なっているという。2009年においては、現在600の図書館がTPBからダウンロードを行なっており、3000人の学生も直接ダウンロードすることで利用している。またサンプルをストリーミングで聞くことができるという説明があった。
また地域の図書館の好事例発表があり、その中には視覚障害者だけでなくディスレクシアも対象としたサービスを始めたので、名前も盲人図書館ではなく「NOTA」と変更したデンマークの点字図書館の発表もあった。日本でも2010年1月から著作権の改正により点字図書館が視覚障害者以外の方に録音図書を貸し出すことができる。
日本からは枚方市立中央図書館の服部敦司さんが発表した。服部さんは地域の公共図書館の活発な読書障害者へのサービスについて、また充実した中身のあるサービスを実現するためには障害当事者の存在が重要であることをご自身の体験から紹介してくれた。(注6)
マストリッヒ市立図書館での会議(8月19日)
3日目は会場をオランダのマストリッヒに移動して開催された。ここでは利用者である「人々」に焦点があてられた。マストリッヒ市立図書館内を見て回りながらそれぞれのフロアーでDAISY関連のソフトウェアの紹介、ウェブの紹介、触るダイアグラムの紹介、点字制作の紹介、IFLA/LPD(特別なニーズのある人々のための図書館サービス分科会)の紹介、そして最後にユーザーによるディスカッションなどが行なわれた。この図書館では読みやすい図書コーナーもあり、図書を利用しにくい人にわかるように配慮されていた。またDAISY図書も沢山あったがほとんどが音声のみであった。またそれらのDAISYはDedicon(http://www.dedicon.nl/catalogus.do?objectId=71&parentId=1Dedicon)と呼ばれる団体が製作したものであった。この図書館での会議は盛りだくさんのプログラムではあったがグループごとに移動をするので、グループの中で交流もできイベント感覚で参加できたように思う。
ハーレム市立図書館の「Easy Reading Plaza」(8月20日)
またこの会議の次の日に、ハーレム市立図書館を見学した。読むことに困難な8歳から13歳の子供向けの特別なエリアである「Easy Reading Plaza(以下オランダ語のMLPという)」を2002年に最初に開設したところである。MLP創設に関わり、ディスクレシアの2人のお子さんを持つナンダ(Nanda Geuzebroek)さんに案内をしていただいた。2006年に国立国会図書館の佐藤尚子さんがハーレム市立図書館を訪問して、彼女に会い、MLPに関しての資料を持ち帰って来た。その資料は、佐藤さんが翻訳され、現在DINFのウェブサイトに掲載しているので詳細についてはそこを参照してほしい(注7)。ナンダさんより2006年以降のMLP活動についてアップデイトをしていただいたのでここで紹介する。このMLPの概念は教育省が取り入れ、図書館にそのようなサービスを成人や若者たちのために行なうことを命じた。2008年には識字を高める、あるいは非識字者撲滅の活動として教育省から賞をいただいた。そのためMLPは大きく広がり、教育出版社からは読むことに困難な読者に向けた新製品のアドバイスを求められるようになった。また13才以降の若者に対してMLPの概念を取り入れた「4you」という概念を対象グループの青年達と開発した。そして現在は、学校でのMLPに取り組んでいるということだ。調査によれば小学校児童の25パーセントが要求される専門的な読書能力に満たしていない。さらに、中学校の生徒の25パーセントも同様の結果がでた。そのため読書教育は重要である。学校のMLPとは子供たちが読む楽しみを得られるようにすることで効果的に読むことを学び、現代の知識社会に参加し自分自身で選択もできるようになっていくとナンダさんは考えている。漢字を使う日本などの国は、ディスレクシアは存在しないと考えていたがそうではなかったことがわかり、日本の図書館でもMLPの概念によりサービスを行ってほしいと願っている。
さいごに
ヨーロッパからの参加者が多い会議であり、遠方からの参加者は南アフリカ、ケニヤ、そして 日本であったように思う。そのためどちらかというとヨーロッパでは、点字図書館が利用者として視覚障害者だけでなく読むこと・理解することに困難な人たちすべてを対象としているという動きをよく理解ができた。その推進方法として公共図書館との連携、またはアクセシブルな出版を始めたり、パートナーシップを考えていることがわかる。更にはLPDがイニシャチブをとって進めているアクセシブルな「グロ-バルライブラリー」の構築を目指し、そのためにWBUやDAISYコンソーシアムと連携して関係者団体の著作権法に関する取り組みやWIPOに対する働きかけを行なっている。こうした活動の結果として今後のWIPOの動向に注目していきたい。
注釈:
1.P3会議の詳細は以下ウェブサイトを参照
http://oud.debibliotheken.nl/content.jsp?objectid=21907
3. Brazier, Helen, “An introduction to IFLA Libraries for the Blind Section” presented to Libraries for the print disabled conference Zagreb, Croatia February 2008
5. アン・グーダル(Anne Godal)氏の発表「すべての人のための図書」財団(Books for Everyone)