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マイノリティに対する図書館サービス: IFLA多文化社会図書館サービス分科会 サテライト会議 in コペンハーゲン

平田 泰子(IFLA多文化社会図書館サービス分科会常任委員)

IFLA(国際図書館連盟)は、世界各国の図書館協会、図書館、教育研究機関などを会員に持ち、国際的な規模で図書館活動や情報の全分野にわたって研究、意見交換、協力する非政府機関である。毎年世界各地で大会が開催され、傘下の各分科会が単独、あるいは共同してセッションを開催したり、前後にサテライト会議も行ったりしている。

2010年のIFLA大会(8月10日~15日)は、スウェーデンのヨーテボリで行われた。その後8月16日午後から18日にかけて、IFLA多文化社会図書館サービス分科会(以下、多文化分科会)主催によるポスト会議が、コペンハーゲンで開催された。今年は1980年にワーキンググループとして出発した多文化分科会の30周年を記念する年だった。"Conference on Libraries in a Multicultural Society --- Possibilities for the Future" (「多文化社会における図書館に関する会議:未来への可能性」)をテーマに、ニューカマーや先住民に対する図書館サービス、多文化社会における図書館の果たす役割などについて、15件の発表と、2件の基調講演が行われた。参加者は総勢約80名で、北欧を中心にヨーロッパ諸国、アメリカ、オーストラリアなどから集まった。日本からは筆者を含め2名が参加した。

多文化サービスというのは、図書館サービスの圏域内にあるにも関わらず、サービスや情報アクセスから取り残されている文化的・言語的に多様なマイノリティ集団を主たる対象として行われるサービスである。現代社会は、国境を越えた人間の移動(移民、難民、短期労働など)が増大し、多様な文化や言語が混在する社会になってきている。それが地域社会の中で住民との間に軋轢を生む火種となりやすい。

文化的・言語的に多様なマイノリティ住民にとって、ホスト社会で生きて行くためには、そこで話される主要言語の獲得のほか、さまざまな情報が必要である。また、地域社会に住む人々が互いの文化や生活様式を理解し、多様な文化を共有することは、紛争や摩擦を減らし豊かな社会を実現することにも繋がる。IFLAの中に多文化サービス分科会が発足したのは、移民を多く抱える国の図書館員が集まって、情報交換するための国際的なフォーラムを必要としたことによる。デンマークはIFLAにワーキンググループが設立された当初から関わってきており、その意味では30周年を記念するにふさわしい場所であった。

ここで多文化サービスについて、簡単に日本における経緯を紹介しておく。日本人は長いこと日本が単一民族国家だと思い込んできた。1986年にIFLA東京大会が開催されたとき、次のような大会決議が出され、改めて日本の図書館サービスの現状を振り返るきっかけとなった。その決議は、「日本には在日の文化的マイノリティ(少数派)が相当数いるにも関わらず、彼らのための適当な図書館資料や図書館サービスが特に公共図書館において欠けている」ことを指摘し、「マイノリティが必要とする情報や資料」の調査とそれに基づく解決の道を提示することを要請するものであった。

当時、大阪市生野区など在日韓国・朝鮮人の多い地域では、この決議とは別に、マイノリティである在日の情報ニーズに応えるためのサービスを計画し始めていた。1988年大阪市立生野図書館に韓国・朝鮮図書コーナー、また厚木市立中央図書館に国際資料コーナーが設けられ、その後各地の図書館に徐々に広がっていった。1990年には「出入国管理及び難民認定法」が改正され、それに伴う日系ブラジル人など外国籍住民の急増を受けて、群馬県大泉町立図書館などが多文化サービスを始めている。

従来公共図書館がサービス対象としていたのは、図書館に来ることが出来、資料もそのまま読める健常者だった。1970年代に、視覚障害者を対象に「障害者サービス」として、これまで公共図書館のサービスを受けて来なかった人々にもサービスを開始するようになった。しかし、現在では「図書館利用に障害のある人々」という形で図書館サービスの対象を拡大している。その中には、在住外国人に対するサービスも含まれるようになった。文化・言語の異なる国や地域で、彼らはまさに「図書館利用に障害」があり、情報から取り残された存在になりやすい。

今回のIFLA大会はスウェーデンで開催されたため、EUにおける多文化サービスを学ぶきっかけとなった。EUでは、失業者、移民、障害者などの社会的弱者を社会から除外したり、孤立させたりするのではなく、社会に包み込む(ソーシャル・インクルージョン)の政策を推進している。その一つとして、2008年10月から2010年9月の2年間にわたりオーストリア、チェコ、ドイツ、スウェーデンの4カ国の公共図書館等で"Libraries for All: European Strategy for Multicultural Education"(「みんなのための図書館:ヨーロッパ多文化教育戦略」)1 というパイロット・プロジェクトが実施された。これは、多文化社会におけるすべての地域住民の学習やコミュニケーションの場として図書館を位置づけ、促進しようというものである。サテライト会議でも、いかに移民や移民の子弟を地域社会に包み込むか、そのための図書館サービス――子どもの2言語教育を支援する、ニューカマーを対象にした第2言語の学習を支援する、移民を対象にデジタルギャップを埋める、多文化の対話を創出する――に関する話が多かった。

サテライト会議では、発表のほか図書館見学も行われた。筆者はコペンハーゲン近郊にあるGreve図書館を見学した。入るとすぐに家族連れで過ごせるエリアが設置され、幼児から大人まで同じ場所で本を読んだり遊んだりできる設計になっていた。Greve地域は住民の80%が移民ということで、青少年のためのゲームソフトや専用パソコンを備えたゲームコーナーに加え、学校の宿題などを手助けするコーナーも設置し、青少年に家庭と学校以外の行き場を提供している。また、ニューカマーに向けて、彼らの文化を尊重しつつ、現地社会に溶け込ませるための識字教育、各種イベントなどのプログラムも用意していた。

移民に対する図書館サービスは、一世紀も前から取り組まれていたが、それは受入国に同化させることを目的としていた。現在では、移民の文化を尊重し、彼らのアイデンティティの確立を助けること、彼らとのパートナーシップで図書館サービスを提供することで、地域住民と互いの文化を尊重しあい豊かな文化を創造することを目指している。

図書館の写真1
インターナショナル・コーナー。英語、ドイツ語、スカンジナビア語、 トルコ語、ウルドゥ語、ヒンディ語等の新聞・書籍・映画がある。

図書館の写真2
ホームワーク・カフェと呼ばれる青少年コーナーの一角。学校の宿題などを毎週火曜日にボランティアが手助けしている。

図書館の写真3
幼児エリア。周囲を低書架で囲み(子どもの様子をエリアの外側から見られる)、幼児向けの玩具・遊具・絵本などが用意されている。

図書館の写真4


1 成果物としてマニュアルが刊行されている。
LIBRARIES FOR ALL EUROPEAN STRATEGY FOR MULTICULTURAL EDUCATION (ESME) Manual
http://aa.ecn.cz/img_upload/c6c4a45f33523777ffa714b9a6fc7868/Manual_ESME_ENG_WEB_1.pdf (2010.12.23 Access)

参照ウェブサイト

IFLA多文化社会図書館サービス分科会
http://www.ifla.org/en/mcultp

日本図書館協会多文化サービス委員会
http://www.jla.or.jp/tabunka/

むすびめの会(図書館と在住外国人をむすぶ会)
http://www.musubime.net/