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《寄稿》移動図書館活動と障害者との関わりについて

SAPESI Director, 武藤 豊

ローカルの仲間「今度日本から寄贈される図書館車両は何キロ走った車両なのか?」
筆者「この車は今まで2万5千キロ走行したから、結構活躍して走った車だね。」
ローカルの仲間「何言っているのだ?新車同然じゃないか!これから十分、移動図書館活動に発揮できる。これほど嬉しい話はないよ!!」
このような会話のやり取りをしている所は、日本から遠く1万5千キロ離れた南アフリカでの1コマ。

私達SAPESI(正式名South African Primary Education Support Initiative)は、当地南アフリカ共和国(以下、南アと略す)で設立した団体で、主に教育省管轄の教育図書団体と提携して、移動図書館車の運行及び図書普及活動の支援を行っている。その活動の一部として、日本から不要となった図書館車を譲り受けて、移動図書館車に第2の人生を送るサポートもしている。

今回、投稿する機会を頂き、この場をお借りして、南アフリカの現状や弊団体の活動を紹介しながら、当地での障害者事情をご紹介したい。

1.南アフリカってどのような国なのか

読者の皆様、まず「アフリカ」からどのようなイメージを連想されるだろうか。ある方は広大なサバンナにライオンなどの野生動物が群生しているイメージを、又は民族衣装をまとってドラムを叩きながら、宴を催すイメージを連想されることだろう。

当地南アもこのような要素は充分ある。しかし、これだけではない。ニューヨークのような商業ビルが林立する摩天楼。地中海沿岸を想像するようなリゾートエリア。インドのようなモスク。そして華僑もある。ブロードバンドも、携帯電話も何でもある。つまり、欧米諸国のような最先端技術が整った環境と、大自然の中に永年根付いた独自の民族文化を守っている環境が融合している多種多様な国家である。

そして、南アで忘れてはならないのは、「アパルトヘイト」と呼ばれる人種隔離政策がつい14年前まで続いていたことだ。この制度により、今日のような最先端技術と独自の民族文化が融合された国家が今日ある訳だが、政治的に支配者層であった白人社会とそれ以外の有色人種社会で大きな弊害をもたらしたことは言うまでも無い。

アパルトヘイトが崩壊した現在も、その弊害や負の遺産は多く残されており、大きな課題として現在南アは背負っている。現在、どのような負の遺産が残されているのだろうか。

まず、第一は生活格差が大変大きい。一方では欧米並みの生活インフラが整った不自由無い生活が営めるが、都市部を離れると電気水道が不充分な環境で生活を営んでいる所が至る所に点在している。この生活格差は自ずと教育水準格差、雇用格差、所得格差に繋がっている。そしてこの格差問題は、アパルトヘイト崩壊以降更に深刻化となり、アパルトヘイト時代では民族間対立構造から一部の富裕層と圧倒的多数の貧困層の対立構造に移行したのみである。失業率の高さは30%から40%以上ともいわれている。

二点目は、生活格差の拡大、及び、南部アフリカ地区では唯一の技術大国であることからの海外からの不法侵入者の流入などから、治安が著しく悪化している点である。特に南ア第一の経済都市であるヨハネスブルクは「世界一の犯罪都市」という悪名もある程で、摩天楼街はゴーストタウン化し、地元の人々も近づくことが出来ない程のレベルである。街の中を独りで散策するという日本では何気ない行動が、ここでは自殺行為という常識からも治安の悪さは異常とも言える。

そして、三点目は南部アフリカ諸国全体に言えるが、HIV感染率が高いという点である。この問題は、薬品普及問題や医療現場での要因や、HIVに対する予防認識が不充分という教育面での要因、高い失業率で現実逃避や自暴自棄で感染が拡大されるなど、複雑な要因が絡んでいる。

2.南アの教育水準格差事情

上記のように、南アでは様々な格差社会が拡大しているが、中でも一番着目したいのは、教育水準格差である。南アも義務教育があり、学校も地域に応じて設立されている。

しかし、学校での教育インフラレベル格差もピンからキリまであるのが現状である。都市部の私立の学校では、図書館、コンピュータールーム、天然芝のグランド、体育館、アトリエやスタジオ、カウンセリングルームなど日本の私立の学校も凌駕するほど整備された環境、少人数の教室で個性や能力に応じたきめの細かいカリキュラムが整備されている。一方では、都市郊外部でも1クラスが50人近くで教室を複数年で共用している学校もある。また都市部から離れたエリアでは、電気水道の生活インフラが整備されていない環境下で、ノートや教科書も全員分行き渡らない学校もある。学校の教育環境でもこれだけの大きな格差が生じている。

更に家庭の事情で学校に通うことができない、充分教育を受けることが出来ないという現実が多く直面していることから、生まれ育った地域やいわゆる教育にコストを投じることが出来るか否かで教育を受けるサービスが、超エリート教育から読み書きがどうにかできる必要最低限の教育までと必然的に異なるのである。つまり、教育を受け始めるスタートラインが全く違うのである。これでは、子供たちが成長して大人になっても、教育レベルが背景となる環境によって全く異なる為、就業の機会や所得格差が生じるなど、格差社会拡大の悪循環を生み出していると感じざるを得ない。

3.SAPESIと教育省との移動図書館活動

以上のような問題が多面化している南アで、教育格差の縮小こそが、南アの社会を改善する一つのきっかけであると感じた現地人と日本人有志で共同設立したのが前述のSAPESIである。SAPESIは2006年に設立した。

冒頭にも記したとおり、実際に日本から寄贈された移動図書館車を実際に使って学校に巡回しているのは各州の教育省管轄の教育図書団体が実施している。学校への巡回活動は絵本・書籍・参考資料以外にも、雑誌、教材なども貸与している。図書を利用する対象者は生徒と併せて教師も積極的に利用促進を促している。そして教師をより重点に図書推進を促すことが大きな反響につながると思う。多くの教師自身が子供時代に本に携わる機会が少なく、教師になって初めて色々な本に携わる人さえいる位だ。つまり、教師が本に高い関心を持つことにより、教え子も同じように関心を示すことにつながり、同時に他の教師とも良い刺激につながると思う。

次に、図書館車の巡回先は大きく2つに分類される。一つは都市部から遠く離れた田舎の村。ここは、外部との交流が少なく同時に物資も溢れていない為、学校にとっては貴重な情報源でもある。南アの国土は日本の3倍であり、政府としても様々な教育政策をとってはいるものの、隅々までには行き渡らない限界もあり、それ故に教育水準格差が生じてしまうため、この移動図書館車両の巡回が大変効果的な教育波及ツールと言えよう。

もう一つの巡回先は、大都市近郊の居住区エリア。この居住区はアパルトヘイト時代に鉱山労働者や工場労働者など都市部に集まった人々が強制的に指定居住をされた地区で、政策によって生活や社会の発展を限定させられた。アパルトヘイト崩壊後も法の下では平等にはなっても、経済面では大きな格差がいまだ変わらず、生活面の苦しさは今でも変わらない。国策で生活インフラは整備されつつあり、テレビや携帯電話も普及してきてはいるものの、教育水準格差は依然変わらず、移動図書館車両による巡回サービスは遠隔地の田舎と同等の効果が現れている。

更に、移動図書館車活動は、識字率の向上も目的としている。識字率の向上は、単に英語の普及のみを意味している訳ではない。南アでは、英語は11ある公用語の1つに過ぎず、英語はあくまでもビジネスや広域での公用語として用いられており、大多数の国民はそれぞれ独自の言語を持っている。英語の普及とレベル向上も教育水準格差縮小には必要ではあるが、独自の言語の本を更に普及することで、学校でも独自の言語を次世代へ伝承することにも、大きな役割を持っている。

4.公立図書館との関連性について

まず、南アにも公立図書館は街の中に設立している。公立図書館サービスは日本と殆ど同等のサービスである。大都市では公立図書館が何箇所もあり、ネット検索サービスも提供している。また、公立図書館はよく小規模のショッピングモール内に入っている。筆者の近所にも買い物する小さなモール内に図書館があり、自習室の場所もあって、日本の市立図書館と雰囲気は全く一緒なため、日本語の本が無いという程度しか大きな差異は無い。

次に、SAPESIとの関連性についてではあるが、残念ながら直接的な関わりは少ない。SAPESIの図書活動は、主に公立図書館が普及していないエリアを対象としており、また、学校図書普及を第一目的としている為、教育省経由やサポーター団体などから図書管理での情報交換が主な関わりといえよう。

5.南アの障害者について

読者の一番関心事であろう南アの障害者事情についてであるが、SAPESIと障害者との関連性については、上記の公立図書館と同様に残念ながら深い関わりはまだ持っていない。しかし、当地のパートナー企業が障害者事業に熱心で、筆者自身も前職は社会福祉協議会で従事していたこともあり、業務の打ち合わせ後に話が弾み、彼らから色々な事情を知ることができた。そして本業の通訳業務で養護学校を訪問したこともあったので、薄識で恐縮ではあるが筆者の見解を紹介したい。

まず、パートナー企業が支援している障害者団体は都市部にあり、身体障害者や精神障害者の社会自立支援施設を支援している。平日は自宅から送迎サービスまたは家族が施設まで通い、軽作業などを実施、週末(主に土曜日)は、ボランティアと一緒に近くのスーパーやショッピングモールで買い物やカフェを楽しんでいる。筆者も週末買い物先でよく見かける光景である。

次に、筆者の養護学校訪問の件であるが、偶然にも上記パートナー企業が支援している障害者団体も密接に関連しており、養護学校の校長先生と企業担当者が旧知の仲であった。訪れた養護学校は同様に都市部の住宅街の中にあり、大変閑静な環境である。犯罪大国という印象とは程遠い。養護学校の校内は、日本とほとんど一緒である。身体障害者向けのリハビリルーム、言語療法室、心理カウンセリングルームが入っている。図書室も当然あり、点字用の書籍、音声入力機能付のOAサービスがあり、大変充実された環境である。生徒は学校の送迎サービスもあるが、多くは家族が送迎している。

そして養護学校で重要なのは、救急時の対応。いつでも搬送できる専用救急車も用意されており、救急時の医務室には看護士が常駐しており、毎週巡回医師もある。そして、提携先の医療機関は世界的にも最高水準を誇る私立の医療機関である。筆者も幾度となく、ある時は通訳として、またある時は患者として私立の病院を訪問するが、医療水準の高さと看護ケア、とりわけHIV対策には、日本の医療レベルを凌駕しているのではないかと感じる時もある。

少し蛇足してしまったが、話は養護学校に戻して、今日の現状として、養護学校が完全定員制ということもあり、入園待ちの生徒もいるのが実態である。また、殆どの養護学校が私立の学校として開いている為、入学時はかなりのコストがかかる。そして入学待ちの生徒の暫定対応として、私塾の小規模な日帰り養護施設で養護学校での入学に備えるケースもある。また、社会自立に適応できつつある生徒も障害者自立支援施設に転籍する。養護学校がその地域の日帰り養護施設や障害者自立支援施設のネットワーク拠点として機能しており、地域レベルでの包括的障害者ケアシステムの中枢の役割を担っている。日本の介護保険制度のように公的レベルが大きく介入しているかどうか南アの障害者ケアシステムでは定かではないが、少なくても南ア保健省も養護学校運営の補助金交付やカウンセリング業務支援などで介入していると推察できる。

しかし、この障害者ケアも南アでは大きなハードルがある。このような地域レベルでの包括的ケアを享受できるのは都市部に限定している点である。都市部から少し離れた居住区街では、享受できるだけの経済力があれば対応可能でも、居住区内にはこのような施設はまだまだ未開発である。また、田舎の村は、公立病院自体も少なく、病院があっても満足な医療サービスが受けられないのが実情なので、障害者ケア自体の概念が無いところが悲しい現実だと思う。移動図書館活動で居住区外や田舎の村を実際に訪問しても、学校には障害者の生徒は未だにあったことがない。また、学校側も障害者を受け入れるという概念もこれから整備しなければならない段階ではないかと思われる。日本には一般の学校には必ず養護学級があって、時には一緒に学校活動を行うが、最高水準の教育環境を持っている私立の学校でさえ、障害者の入学は、専門の学校で教育を受けていただきたいという理由で受け入れていないし、受入体制自体がハード面、及びソフト面も含めて未整備だと感じる。公共機関の建物やショッピングモール等はバリアフリー化が勧められているが、 教育面でのバリアフリー化はこれからの課題であると強く感じる。

6.最後に

以上、筆者が所属しているSAPESIの活動を紹介しながら、南アでの教育格差の事情や障害者の現状を説明した。確かに課題は山積している。しかし、南アには将来大きな希望と現状が改善できることも筆者は確信している。移動図書館車で訪問した学校や養護学校を訪問した時、どこの学校でも、子供たちの礼儀正しさ、謙虚さ、輝く瞳と屈託の無い笑顔、そして心からの歓待と明るさにいつも感動させられる。あの姿を見ると、逆にエネルギーを貰って、大人が子供たちをうまくリードすれば、確実に次の世代はより良い生活環境に改善できると感じるからだ。SAPESIが提携している教育省の図書団体のキャッチフレーズに"Today, reader. Tomorrow Leader"という言葉がある。このキャッチフレーズが多くの人々に実現できるよう、これからも南アに根付いて将来の動向を見守りたい。

以上