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アジア太平洋地域におけるDAISYの開発

河村宏
国立身体障害者リハビリテーションセンター(NRCD)研究所 障害福祉研究部長

項目 内容
会議名 2006年 IFLA(国際図書館連盟)年次大会<韓国 ソウル> DAISYワークショップ
発表年月日 2006年8月17日
概要 アジア太平洋地域はDAISY開発の先進地域の一つである。製作ツール、ハードウェアプレーヤー、オープンソースのソフトウェアプレーヤー、そしてPDAベースのDAISYプレーヤーがこの地域で開発されてきた。しかし、エンドユーザーによる実際のDAISYの使用に関しては、ユーザー数の点でも、またサービスの質の点でも、いまだ十分に進んでいるとはいえない。この講演では、現在および過去の状況を分析し、印刷物を読むことに障害がある人々や原住民、一般大衆など、ユーザーとなる可能性のある人々の間でDAISYの利用を促進するために必要なさまざまな地域協力を、特に障害者の教育と東洋医学研修、そして防災へのDAISYの活用に言及しながら提案する。
原文 DAISY development in Asia and the Pacific

1.DAISY開発までの経緯

早くも1986年に、東京で開かれたIFLA総会の一環として、視覚障害者図書館分科会(SLB)が2つの国際シンポジウムを開催した。一つは発展途上国、もう一つはデジタル録音図書に関するシンポジウムで、それぞれ日本のデジタルオーディオ産業を代表する方々と、ガーナのジョージ・アンコビア氏が招かれた。東京でのこのような会議の開催をコーディネートする仕事に携わって以来、私はこれらの問題に関わり続けている。

私の理解では、1986年に東京で開かれたデジタル録音図書に関するシンポジウムの要点は非常にシンプルで、「手ごろな価格のマイクロコンピューター用録音ディスクが使えるようになるまで待つ」ということであった。

1990年代初めのデジタルオーディオ技術の発達とともに、カセットテープの衰退がはっきりと予見されることとなったが、その一方で、デジタル録音図書の国際規格は何も確立されていなかった。

録音図書の国際規格の確立は、印刷物を読むことに障害がある人々のために活動している図書館にとって夢であった。しかし、現実には発展途上国の録音図書利用者は、たとえ幸運にも録音図書を入手できたとしても、一般的な2トラック4.8cm/秒、4トラック半速(4トラック2.4cm/秒)、2トラック半速(2トラック2.4cm/秒)およびクラーク&スミス社のタペットなど、さまざまな録音図書のフォーマットに互換性がないために不便を感じていた。

規格がないままにデジタル録音図書の開発競争が進んでいくことは、特に発展途上国における国際的な図書館相互貸借にとって、大変な脅威だった。

そこで、SLBを代表し私が、1995年4月、トロントにてSLB緊急常任委員会を招集し、デジタル録音図書の国際規格開発プロジェクトを立ち上げた。

1995年8月、イスタンブールで開かれたIFLA総会において、私はSLBの部長として、公開討論会での協議の結果に基づき、1997年にIFLA総会がコペンハーゲンで開かれるまでの2年間、SLBはデジタル録音図書の国際規格を開発するために最善を尽くすと宣言する機会を得た。

1996年北京でのIFLA総会で、日本の厚生省(当時)の出資によるDAISY再生装置、プレクストークの世界的実地試験が開始された。プレクストークの原型となる機器500台が5大陸30カ国に配布され、1000人のユーザーの意見が集められた。

1997年のIFLA総会において、DAISYはデジタル録音図書の国際規格として首尾よく認められた。

現在、DAISY規格開発/維持機関であるDAISYコンソーシアムには、世界全体で14の正会員のうち、アジア太平洋地域からは3会員(日本、オーストラリアおよびニュージーランド、韓国)が、また56の準会員のうち、同地域から16会員が参加している。

2.アジア太平洋地域におけるDAISYの実施

日本では1998年に政府の出資によりDAISYが導入された。日本障害者リハビリテーション協会(JSRPD)に計1200万USドルが支給され、同協会は(1)音声のみの録音図書をDAISY図書に変換し、2580タイトルを国内の100を越える点字図書館に配布し、(2)すべての点字図書館の担当職員を対象とした研修を実施し、(3)すべての点字図書館にDAISY製作機器を配布し、(4)シグツナDARとソフトウェアプレーヤーを開発し、無料配布した。

それ以来、JSRPDおよび日本政府は寛大にも、シグツナDARを非営利目的の場合に限り、世界中に無料で配布し続けている。JSRPDは、世界の発展途上国におけるDAISY実施の機動力として、貢献し続けてきた。

韓国およびANZAIG(オーストラリアおよびニュージーランド)は、TTSやストリーミングなどの最前線の技術を使って積極的にDAISYを導入している。音声にテキストを同期化することは、これらの国で流行しているようである。

日本財団の出資による「すべての人にDAISYを(DFA)」プロジェクトは、アジアの発展途上国におけるDAISY導入の先駆けといえる。プロジェクトマネージャー代理の野村美佐子氏、アシスタントプロジェクトマネージャーのモンティアン・ブンタン氏およびディペンドラ・マノシャ氏、そして研修・技術支援担当の東美紀氏が、DFAで重要な役割を果たしている。これまでにDFAは、タイ、インド、マレーシア、スリランカ、ネパール、ベトナムおよびバングラデシュにDAISYの活動拠点を設立してきたが、パキスタン、ブータン、インドネシアおよびフィリピンにも、まもなく拠点が設けられるであろう。

香港、台湾、シンガポールおよびイランには、それぞれ一団体ずつ準会員がいる。

中国本土には、日本でDAISY製作の研修を受けた者が少なくとも2人はいるが、現時点でDAISYコンソーシアムの会員はいない。カナダ国立盲人協会がかつて北京に人を派遣したことがあるが、これまでのところ、中国本土にはDAISYコンソーシアムの会員はいない。

DFAの活動に関しては、ディペンドラ・マノシャ氏がこの会議のために別の講演を行うので、そちらをお聞きいただきたい。

3.地域共通の課題

3.1ダブルバイトコードの問題

中国語、日本語および韓国語(CJK)は、一つの文字を表すのに2バイトを必要とする言語である。CJKはまた、文字を記述するために特殊なソフトウェアユーティリティーを必要とする。ダブルバイトコードのサポートは、これらの言語に共通して必要である。ユニコードがサポートされている場合、原則としてダブルバイトコードも常にサポートされている。しかし、だからといって、私たちが必要とするすべての文字が自動的に使えるようになっているわけではない。

たとえば、東洋医学または鍼治療に関する教科書には広い範囲にわたる漢字が必要である。CJKは同じ文字を共有するが、それぞれの国の文字セットは、たとえば日本語のJIS、Shift-JISおよびEUC、中国語のBig5、GB18030およびHZは、存在するすべての漢字をサポートしているのではない。ユニコードもまたすべての既存の漢字を扱っているわけではない。「超漢字」は、約170,000の文字を網羅しているが、これはTRONグループの開発による、世界に存在するすべての文字をカバーする独自の解決策である。

ユニコードでさえも、現在利用できるDAISY製作機器ではサポートされていない。これは、私たちが世界の諸民族によって使用されている文字を利用できるようにするため、何らかの打開策を探る必要があるということを意味している。

3.2著作権問題

アメリカ合衆国のRFB&D(視覚障害者およびディスレクシアの人々のための録音図書館)は、「視覚障害、学習障害、或いはその他の標準的な印刷物を読むことに困難をきたすか、それが不可能な身体的な障害のある人など、文書を読むことに障害がある人すべて」にDAISY図書を提供している。

スウェーデンの国立点字録音図書館(TPB)は、「スウェーデンの著作権法では、図書館および政府に正式に認可された機関が、出版されている図書を、印刷物を読むことに障害がある人々に貸し出すために録音図書として製作することを許可している。これは著者や出版社の許可を得ることなく行うことができる。」と発表している。

基本的人権の一つとしての情報へのアクセスの権利が、アジア太平洋地域各国の著作権法の中で繰り返し確認されなければならない。

3.3メインストリーミング化にむけての問題

デジタル技術の発達とともに、印刷物を読むことに障害のある人々は常にデジタルディバイドの脅威にさらされている。たとえば、マルチメディアコンテンツのストリーミングや、デジタルテレビ放送、そして電子出版が、近い将来主流の技術となるであろう。DAISYのメインストリーム化にむけた戦略目標は、「同時期に、同じコンテンツを、余計なコストをかけずに」ということである。

デジタルコンテンツへのアクセスは、次の3つの面で保証されなければならない。

(1)コンテンツのアクセシビリティ(例 本の内容)
(2)ユーザーが利用する機器のアクセシビリティ(例 再生機器)
(3)オーサリング機器のアクセシビリティ (例 製作機器)

欧米諸国では、W3Cウェブアクセシビリティガイドラインおよび国際デジタル出版フォーラムの仕様に、情報源のメインストリーム化におけるアクセシビリティについて、その基礎となる内容が十分に定められている。

私たちが住む地域では、10万を越える文字の使用に加え、テキストの縦書き、双方向的な書き方、および「るび」についても、前述の3つの面でサポートが必要である。いずれにせよ、このような地域特有の取り組みを加えることにより、DAISYをメインストリームに位置づけることが実現できる。

4.結論

創造的な人生のための読書は、図書館と図書館司書の普遍的な目標である。

15世紀にグーテンベルクが活字印刷術を発明して以来、紙にインクで印刷することは出版界の「デフォルト」とされてきた。著作権その他の知的所有権はコンテンツ作成者と出版社の権利を保護するために考案された。

現在、印刷物を読むことに障害のある人々に、ニーズにあったDAISYによるコンテンツをデジタル録音図書の形で提供する技術を、私たちは99%、既に獲得している。私たちが直面している大きな障害とは、技術的なものではなく、社会経済的および法的な問題であるといえる。短期ビジネスモデルに見られる、インターネット上の知的所有権を保護するデジタル著作権管理システムは、印刷物を読むことに障害のある人々にとって、今日直面している脅威であり、将来の世代にとっても重大な影響を及ぼす恐れがある。

DAISYは現在の産業の担い手によるビジネスモデルを尊重するが、同時に、22世紀およびそれ以降へと人間の知識と文化を伝えていくことも視野に入れて考えている。個々の企業の短期ビジネスモデルは、現在特別なニーズを抱えている友人や同僚たちはもちろんのこと、将来の世代に向けた人間の長期的な展望と調和がとれたものである必要がある。

たとえ今は大変一生懸命に働いている「障害のない」人であっても、50年後には多くの特別なニーズを抱えた「ゴールデンエイジ」といわれる高齢者になる日がやってくることは明らかである。私たちの未来を担う世代は、将来高齢者を受け入れなければならない。私自身も、あなたがた自身も、幸運でありさえすえば、障害の有無に関わらず、この高齢者の仲間入りをするのである。

さあ、アジア太平洋地域の知恵と豊かな文化遺産をもってして、DAISYをメインストリームに組み込むための開発活動に、皆さんも参加しませんか?