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高校生と絵本―読み聞かせによる生徒の心の成長

千葉県柏市立柏高校
西野起世子 にしの・きよこ

絵本を蔵書に

 本校は、今年創立31年目を迎えました。赴任した創立4年目当時は、図書館の蔵書は5,200冊程度しかなく、いわゆる基本図書・参考図書ばかりが目立ち、中高生向けの本が少なく、あっても他の蔵書に埋もれて目立たない状態で、また、蔵書構成が大人目線でした。そんな図書館でも来てくれる生徒もいましたが、蔵書に絵本・文庫本・風景、動物などの写真集・画集なども入れていきました。

 本が少なくスペースがたくさんあったので、図書館入り口に絵本コーナーを設け、常時、表紙が見えるように配架しました。

 子どもの頃に読んでもらった楽しい記憶がある読書の原点である絵本を入れることによって読書体験を思い出し、読書の喜びを再び感じてもらいたいと、毎年少しずつ購入していきました。職員・生徒からのリクエストも受けていましたので、希望で入れた絵本もずいぶんあります。

 本校は昔から図書館は男子が多く来ます。女子は団体で入って来ることが多いのですが、男子は殆どが個人で来て、次第に図書館で友人関係を築き仲良くなるような感じです。気さくにカウンターにいる私に話しかけてくれ、入り口においてある絵本を見て、その思い出・入れてもらいたい本・絵本などの話になります。「ウォーリー」シリーズもそういった男子生徒2人のリクエストでした。私の一番古い記憶に残る生徒のリクエストです。2、3日後位に納品予定だったのを、リクエストとして入れる形を取り、来たときに私が目の前で透明カバーを張り、装備をパフォーマンス(?)して貸し出しました。そのときの喜びようは、今も心に残ります。自分たちの希望の本が図書館の蔵書になった感激が強かったのでしょう、しばらくして、下級生たちが「ウォーリー」を見ているのを横で見ながら満足そうに、「あの本、オレタチが入れさせたんだよな!」と言っているのを聞いて、心の中で吹き出してしまいました(平静を装っていましたが)。

自発的“読み聞かせごっこ”出現

 15年前に図書館が移転し、その際にブラウジングコーナーの脇に児童書・絵本架を配置し、ソファでくつろぎながら読めるようにしました。絵本の蔵書も600冊以上になりました。図書館に来たことのない女生徒が、昼休みにちょっと図書館に行ってみようかと気軽な感じで来て、知っている本に出会うと、「わぁ!『いやいやえん』だ、懐かしい!」「『ちいちゃんのかげおくり』小学校の教科書に載っていたよね」「『おしいれのぼうけん』もあるよ」などと大騒ぎになり、そのうち“読み聞かせごっこ”が始まることが多い。「この本読みたい」と嬉しそうに本を選び、読む方も聞く方も目がキラキラ輝き楽しそう。そして図書館通いが始まります。

 ある日、毎日図書館にやってくる男性教諭が、絵本の低書架の上に表紙が見えるように立て掛けて置いた『にじいろのさかな』をふと手に取り、「高校生も読むの? ウチも幼稚園で買わされて毎日子どもに読んでいるよ」と私に声をかけたとたん、そばで聞いていた3年女子の“読み聞かせ隊”が猛反発、「エーッ! 私たちだって読むよ~」「ねえ!」の声にタジタジになっていました。また別の日は違う子育て中の男性教諭が、生徒と「おとうさんはウルトラマン」シリーズでどれがおもしろい、と語り合っていました。図書館で、絵本を仲立ちに先生と生徒たちが、教室ではしたことがないだろう話をしている姿に、ほのぼのしてしまいました。

 以前、CMで松嶋奈々子さんが読んで話題になった『いつでも会える』が出たばかりの頃、3年の男子生徒が「この本、いいから入れて」と、すでに手垢で薄汚れ始めた自分の本を見せてくれ、図書館の本を見せて「大丈夫、入っているよ」と言うと、満足して帰っていったことがあります。この本は回転がよく、図書館で見かけない時期があり、皆じっくり読んでいるようで、すぐには戻りませんでした。2年男子生徒は読みたくて毎日やってきて、「返ってきた?」と聞いてはがっかりして帰ることを繰り返し、やっとその子に貸し出したとき、ソファに腰掛け、嬉しそうに友人に読み聞かせ、「いいな~! この本!!」と満足そうに言う声が聞こえてきました。数日後感想を聞くと「毎日読んでは泣いているよ」とのこと。友人に「オーバーだなぁ、お前」と言われ、「ホントだもん、しょうがないだろ!」と言い返していましたが、返却までに何回泣いたのでしょう。

 つい最近、毎日図書館に来る仲の良い3年男子3人グループが、いつもいる場所でなく、初めてソファに座って話をしていました。そのうち、会話でない口調で何か話している声が聞こえ、気になりこっそり覗くと、なんと『おとうさんはウルトラマン』の“回し読み聞かせごっこ”の最中。まじめな顔して1ページずつ読んでは手渡ししている微笑ましい姿にびっくり。目が合うと絵本で顔を覆ってしまいましたが、どうやら、ブラウジングコーナーは新聞・雑誌架、絵本、児童書に囲まれた狭い空間が功を奏したようで、落ち着いた気持ちになるらしい。

生徒への読み聞かせ

 本校での生徒への読み聞かせは、読書へのアプローチとして随時行なっています。昼休み、休み時間などのフロアーワーク中、カウンターで生徒と読書案内しているときなど必要に応じて行なっています。男子生徒のリクエストで『ぼくのいもうとがうまれた』をカップルに読み聞かせしたとき、2人で泣きながら聞いていたのも、忘れられない読み聞かせの風景として心に強く残っています。また、図書館清掃時間中も、清掃終了した生徒たちが「何か本を紹介して」と言うとき、紹介がてら本を囲んで行います。『戦争で死んだ兵士のこと』を紹介したときは、「すぐ読めるけどとてもいいから、一人ずつ声に出さずに読んでみて」と言って本を渡しました。一人が読み始めると、周りの生徒は固唾を呑んで見守り、徐々に読んでいる生徒の眼に涙が溜まり、読後静かに次の生徒に本を渡す、次の生徒も。「最後に……、クルねぇ」と、皆で言葉にできない気持ちを共有し、言葉少なに教室に戻っていきました。『小さな犬』も泣ける本で生徒のお気に入りです。

文化祭での絵本作成・読み聞かせ

1981年 絵の上手な図書委員会の女子生徒たちを中心に大型紙芝居『あんぱんまん』大型絵本『はらぺこあおむし』を作成し実演しました。近隣の図書館分館にポスターを掲示・招待券を配布し子どもたちを集め、当日は見に来てくれた子どもたちにはキャンディを配りました。

1995年 絵本『爆弾と将軍』を大型紙芝居に作成し実演しました。

2004年 「神話」を調べ、中国の四神伝説・神話の登場人物のパネルの作成、ギリシャ神話「パンドラの箱」の由来を紙芝居にして展示発表しました。

2007年 校内読み聞かせ講習会・分館での読み聞かせを経て文化祭で発表しました。

公共図書館司書による高校生への読み聞かせ講習会

 昨年より、柏市立図書館司書・高浪郁子さんによる読み聞かせの講習会を始めました。生徒間で読み聞かせごっこが自然に発生する環境にあるためか、図書委員生徒の「文化祭で読み聞かせをしたい」と言ったことがきっかけになります。全校生徒にチラシを配布し図書委員を中心に人を集めました。1時間読み聞かせの基本を話していただき、今年はさらに生徒の実演をする時間を設けました。

生徒の感想

  • 絵本を読んでくださったとき、私は顔には出さなかったけど心ではワクワクしながら聞いていました。聞いていたら幼稚園で読み聞かせしてもらっていたときの「あの本持っていって読んでもらいたい」って気持ちを思い出すことができました。私も先生の読み聞かせを思い出しながら子供たちにワクワク楽しく聞いてもらえるように頑張りたいです。
  • 小さい頃に戻ったような気がして、とても懐かしかった。『さるのおいしゃさんとへびのかんごふさん』の本は読んでもらった記憶があります。今日は、本当にいろいろなことを学べました。参加してよかったと思いました。読み聞かせ方が聞いている人に話しかけるように優しく読んでくれて、とてもよかったと思います。絵本の楽しさを思い出せました。本当にありがとうございます。
  • 読み聞かせはとてもおもしろかったです。ただ本を読むのではなくて、事前に読んでおくだとか、本の持ち方やめくり方なども教えていただいて、とても参考になりました。よい本、悪い本や読み聞かせに向いている本の選び方もとても参考になりました。先生の本の読むペースや声のトーンなども、聞いていて引き込まれるようで楽しく聞くことができました。読み聞かせの話はとても参考になり、良い経験にもなったのでよかったです。
  • 今回高浪さんの話を聞いて、読み聞かせとはどういうものなのか、少しだけどわかりました。年齢によって本をかえてみたり、話し方などの大切な部分がたくさんあることに驚きました。それに高浪さんが読み聞かせをしてくれたとき小さい頃のこと思い出しました。声が思い出させてくれるみたいです。私も高浪さんみたいにやさしく読んであげたいと思いました。

読み聞かせの活動・地域への貢献と生徒の感想

 昨年図書委員が5名、柏市立図書館分館のお話会へのボランティア参加を3回行い、今年は3名で2回お話会に参加しました。5回全てに参加した生徒は、子どもたちへの対応も慣れたもので図書館の方にお褒めの言葉をいただきました。

  • 私が読んだ絵本は、『ももんちゃん』というキャラクターが電車ごっこをするお話でした。ぽっぽー、しゅっしゅっぽっぽっ。何回もこのフレーズが出てくるので、恥ずかしかったです。特に、練習のときは……。けれど、本番で小さい子どもたちはしっかりと喰い付いてきて、とても嬉しかったです。この子どもたちも、いつか次の世代の小さい子に読み聞かせをしてくれればいいな。
  • 『どかんねこ』を読みました。すごく緊張しましたが子供たちが熱心に聞いてくれたのはとてもうれしかったです。最後に手作りのプレゼントをあげた時は喜んでペンダントをつけて帰ったのでかわいいなぁっと思いました。「ありがとう」、「バイバイ」って笑顔で言ってくれた時は、しあわせな気分になりました。
  • 学校での練習も先輩の前で恥ずかしいと思いましたが、「子どもの前でやると結構ノッてくれるから」と言われ、本番ではその通り元気に楽しそうにしていたので本当に嬉しかったです。

効果

 おもわぬ効果があったのは大学受験の実技で役立ったことです。読み聞かせ講習会への参加が、幼児教育へ進路を決めた生徒の受験に役立ったと担任から礼を言われ、びっくりしました。今年は進路指導部から幼児教育を目指している生徒の名簿をもらい、担任を通して本人に連絡をして全校生徒へのチラシとピンポイントで生徒を誘いました。

地区での図書委員生徒への読み聞かせ講習

 千葉県の高等学校図書館は、学校図書館関係職員で組織されている千葉県高等学校教育研究会学校図書館部会にほとんどの高校が所属し、地区ごとに研修会などを行っています。本校と同じ地区(柏市・我孫子市)には公・私立高校18校が所属しています。

 地区の5月の総会時に、年1回行っている図書委員会連絡協議会で本校と同じ読み聞かせの講習会の実施希望があり、11月に32名の生徒を集め行いました。午前中は柏市立図書館司書高浪さんの読み聞かせ講習、午後は生徒の実地練習をしました。恥ずかしがりの高校生たちが初対面で読み聞かせ出来るだろうか?と心配しましたが、3人ずつのグループにし、お互いがアドバイスしあうやり方で、和気あいあいと楽しい時間が過ぎたようです。練習成果報告に代表で3人の男子生徒の発表、読み聞かせ・エプロンシアターを実施している2校の生徒の実演もあり、会は盛り上がりました。

第1回読み聞かせ講習会風景

《第1回読み聞かせ講習会風景》

地区の図書委員の生徒の感想

  • 奥が深いと思いました。小学校の頃本や紙芝居が大好きだった私は、大人の方々がこんなにこだわりをもって本を読んでくれていたんだと思うと、とても嬉しかったです。
  • 読み聞かせは聞き手に楽しませることはもちろん、自分も楽しむことが大切と知りました。そして楽しみつつも相手に分かりやすく伝えることの大切さも知ることができました。

原点の楽しさを“気づかせる”

 絵本を見ると、皆、能弁になり目が輝き出すのは、しばらくぶりにみる絵本から心は幼い頃に戻り、覆い被さっていた「もろもろ」から解き放たれ、絵本に抱いていた気持ちが蘇るからでしょう。区切られた空間の手に取りやすい場所に常設したことが、読書の原風景の気づきの場所として効果があるのかもしれません。“読書は楽しかった”ことに気づくと、“楽しかった記憶”が友人と共に“絵本を語る楽しさ”につながり、読み聞かせの時期以降本から遠ざかり、「読書」を敬遠し壁を感じていた生徒も、その気持ちが払拭されていくのだと思います。

 高校生への読み聞かせは、「読んでもらっていた喜びを思い出させ、読む楽しさを気づかせ、読んでもらう喜びを相手に伝えることを喜ぶへ、つながる」と、感じています。

読み聞かせの時期以降の読書の大切さ

 読み聞かせの体験があっても、その後の生活から「本」が切り離されると、読書離れが始まるようです。本校の読書意識アンケートで読み聞かせの体験と読書の好き・嫌いの相互関係を調べたところあまり差がなく、顕著に数字に現れたのは、“図書館でよく本を利用する”生徒数と、“現在家族と本について話をしている”との回答数がほぼ同数だったことでした。利用統計でも生徒の利用の動きが職員と一致するという結果もでています。生徒たちは、大人の動きを敏感に感じ取っているのかもしれません。家庭でも同じなのでしょう。保護者が読み聞かせの時期以降も共に楽しさを語る日常が本を好きにさせるのではないでしょうか。


この記事は、西野起世子.特集,みんなに本を―読書に障害のある子どもたちへ:高校生と絵本―読み聞かせによるの心の成長.みんなの図書館.No.383,2009.3,p.28-35.より転載させていただきました。