入院中の子どもと本―小児病院における患者図書サービス
静岡県立こども病院図書室
塚田薫代 つかだ・しげよ
はじめに
静岡県立こども病院は、静岡市北部に位置する病床243床の小児専門病院である(1977年開院)。筆者は、1993年より病院図書室(以下当室)に勤務する司書である。
当室には3つの機能がある。医学図書室と患者図書サービス(2種類)である。【A】医学図書室は、医学書・医学雑誌の専門図書であり、医療従事者(医師・看護師など)に対して医学情報を提供するものである。一般には開放していない。これに対して患者図書サービスがある。【B】患者ご家族向け医学情報サービス(患者ご家族対象に当室を開放して医学情報提供)と、【C】わくわくぶんこ(入院中の子ども対象サービス)である。本稿はわくわくぶんこについて述べることとする。
《静岡県立こども病院図書室
―【A】医学図書室(医療者向け医学情報提供)
―【B】ご家族向け医学情報提供サービス
―【C】わくわくぶんこ(入院中の子ども向けサービス)》
《図書室全景》
わくわくぶんこ概要
1995年スタート。当室に棚を設置し、児童書・絵本を置いている。ここは本来ストック用だが、入院中の子どもが、親や看護師と一緒に借りにきてもよい事になっている。ブックトラック16台に本を載せ、入れ替えながら各病棟をローテーションさせる方式。病室から出られない子がほとんどなので、ベッドサイドに本を届けるのが目的である。定期的に替わるブックトラックの本は新鮮である。蔵書およそ4000冊、選書基準は概ね公共図書館に準ずる(別項にて詳しく述べる)。ビデオ・DVD約150本。分類はせず、ラベル、ブックカバーを貼る。貸出手続きは一切ないので、好きな本を好きなだけ読んで良い。病棟での読み聞かせ等は特別しないが、院内学級でブックトークを行う。運営は司書1名+成人ボランティア8名+大学生1名+高校生サマーショートボランティア(8月のみ)。
「貸出手続きなし」と書くと、驚かれるかもしれないが、院内だけの閉じたスペースなので、利用人数も限られている。字を書けない年齢の子どもも多い。看護師は多忙な上、面会時間に必ず親が来るとは限らないので、思い切って手続きを省いた。
筆者は、本来の医学図書室業務の傍ら、患者図書サービスを行うので、省力化は重要なポイントである。
《病棟プレイルームに置いたブックトラック》
小児病院という特殊な環境
親・兄弟・友達と離れる入院生活は、子どもにとってストレスフルである。その上、痛い検査や治療、手術が行われる訳で、大変危機的状況にある。
当院は、完全看護制であり、面会時間は12時~20時。感染防止のため、兄弟の入室制限もある(小学生未満入室不可)。0歳から15歳までの異年齢集団が、タイムスケジュールによる入院生活を送る。
一方、心身ともに成長発達期にある子どもは、年齢の発達段階に応じた対応が大切である。5歳の幼児と中学生では病気に対する理解度もまったく違う。大人の入院と大きく異なる点であり、エリクソン自我発達理論(太字は後掲の用語解説参照)は、小児看護必須である。
また、その家族にたいするケアも大切である。当院では遠方からの入院も珍しくない。家族は第2の患者と言われ、我が子の病気に不安を持つ若い親を支えるのも、医療者の役割である。
わくわくぶんこの意義
入院中でも“子どもらしく”生活するという事はとても大事である(QOL(後掲の用語解説参照)の向上)。楽しい本を読みたいというニーズは強く、不安・不満・退屈を紛らわすのに役立っている。病気をした子どもは、自尊感情が低い場合が多い。本を読むことで、それを払拭して欲しいと願っている。
長期入院児(3か月以上)のための院内学級もあり、調べ学習やブックトーク等、学級文庫の役割も担っている。そのため、図鑑・事典も揃えている。
兄弟への配慮も欠かせない。親の気持ちが病気の子に集中する中、寂しい思いを我慢している兄弟のために、病棟待合室の本棚へ本を届ける。
選書について
絵本・児童書・YAの情報を入手するため、市内学校図書館司書と連携している。メーリングリストに参加し、学校図書館だよりを送ってもらっている。
公共図書館の新着案内、メールマガジンも貴重な選書資源である。
マンガも置く。内容は取捨選択する(手塚治虫全集全400巻、1998年講談社より寄贈)。折り紙・お菓子・迷路の本・季節感のある本・しかけ絵本・大型絵本・図鑑などが人気。
医療の現場なので、死について扱った本は慎重を要する。例を挙げると、
『わすれられないおくりもの』『ずーっとずっとだいすきだよ』
→ブックトラックには入れる ブックトーク・読み聞かせはしない
『おにいちゃんがいてよかった』『ひかりのなかへ』『泣こう』(パット・パルマー)
→グリーフケアとして司書が見極めて手渡す(親・兄弟・看護師へ)
命については、患者さんから教わるもので教えられるものではないと筆者は考えている。
子どものために心がけている事
医療の現場であるため、清潔・安全が基本である。本には抗菌カバーを貼り、汚れたり破損した本は廃棄する。角の尖った製本・ボタン電池付きの本も要注意である。
病棟入室の際は、手洗い、マスクをする。これは、私達が菌を持ち込まないようにするためである。無論、風邪気味の者は入室しない。
ボランティアの方には、安全のためボランティア保険に加入していただいている。
子どもと侮らず、絶対に嘘をつかない、その場しのぎの返事をしない事は肝心である。医療は信頼関係が大切、たとえ絵本1冊でも約束したら必ず届ける! それも一両日中にである。子どもは容態が急変することがあり、まったなしなのだ。
もちろん「笑顔」も忘れずに。
マネジメント
院内
非採算部門(保険診療点数がつかない)である当室において、患者へのサービスという点で評価されている。2008年11月に受審した病院機能評価では、患者図書が評価され、図書室は最高点5をマークした。病院管理者に対してアピールする事も大切である。
院内他職種(事務局・医師・看護師・保育士)との連携も欠かせない。病院内での活動は、スタッフの理解と協力なしでは到底できるものではない。
院外
バックアップしてくださる個人・団体・企業により支えていただいている。
今般、伊藤忠財団子ども文庫助成事業「病院施設子ども読書支援部門」へ、わくわくぶんこボランティアの方々が応募し、平成20年度助成が決定した。
小児医療をとりまく厳しい環境に対し、QOLを大切にするという明るいイメージをアピールし、マスコミにも「わくわくぶんこ」の名前を積極的に取り上げてもらっている。
利用者に聞いた意見
*病棟に新しい本(ブックトラックで入れ替えする)が来ると嬉しい。(小学生)
*学校の図書館と同じシリーズがあって良かった、続きを読めるから。(小学生)
*図書室へ本を借りに来るだけで、嬉しい。まったりする。新しいマンガも買って欲しい。(中学生女子)
*“ぜったいもう一度行ってやる!”と思って、頑張った。(無菌室から出た翌日に車椅子で来てくれた中学生男子)
*良い絵本がたくさんあって助かります。面会の度に買ってくるのは経済的に大変ですから。(3歳児のお母さん)
司書のつぶやき
別人のような笑顔で退院する親子を見送るのは、私達医療者の最大の喜びである。
その上、外来の度に元気な顔を見せてくれるのであれば、冥利につきる。
一方、長い闘病の末、医学の力及ばす亡くなるケースは、“最後の砦”小児専門病院である以上避けられない事である。入院が長い分、本を通じて親子と顔馴染みになる事が多く、筆者も涙をこらえ難い。
自身の健康にも留意し、出来るだけ長くわくわくぶんこを続けたいと思う。
今後の展望として
- 子ども、親への病気の説明(インフォームドコンセント)
文頭【B】の機能の充実を計っている。判りやすい医学書・資料を集め提供し、病気・治療に対する理解を深め、医療者とのコミュニケーションに役立っている。 - 退院後、復学する学校の図書館との連携
入院は通過点にすぎず、その後の生活にどうソフトランディングするかが大切である。 病気を理解してもらえる本を勧め、正しい知識を得てもらい、偏見や無理解を払拭することが目的である。一般児童生徒のヘルスリテラシー教育にも繋がると確信する。そのためにも、専任の学校司書が学校図書館に必要なのである。 - 公共図書館との連携
1、2の活動を深めてゆくと、おのずと公共図書館との連携が不可欠になってくる。当室は、静岡県図書館協会の会員であり、県内公共図書館とのネットワーク・研修等お世話になっている。当室から医学情報について提供することもある。健康・医学情報サービスは、最近クローズアップされてきたが、選書等お悩みの公共図書館員の方々も多いのではないだろうか。ぜひ我々医学図書館員にアプローチしていただきたい。正しい医学情報を広く知っていただくためにも、意義は深い。1~3については、参考文献の拙稿3)、4)に別途述べている。
最後に
全国各地の小児病院、小児病棟で同じようなサービスを展開している方々に敬意を表し、これから着手される方々にエールを送ります。
そして、わくわくぶんこを応援してくださる方々、ボランティアの方々に心より御礼申し上げます。
【用語解説】
エリクソン自我発達理論:ライフサイクルを通しての8つの「発達諸段階」が、看護学における基礎理論のひとつとして使われる。参考文献2)参照。
QOL:Quality of Life(生活の質)身体的健康、満足感や幸福感、自己実現などで評価される。
グリーフケア:愛する者の死に遭遇し、悲嘆のプロセスを経て受容へと向かう過程を支えるケア。
病院機能評価:患者が適切な医療を安心して受けられるよう、財団法人日本医療機能評価機構が多方面にわたって医療機関の評価をおこなうもの。
無菌室:可能な限り病原体が存在しない清潔な環境。免疫機能が著しく低下している患者治療に用いられる。持ち物、食品すべて滅菌し、入室可能な人間も制限される。
(出典『看護学事典』日本看護協会出版会 ほか)
【参考文献】
1)宮本孝一:“本の消毒”考,図書館雑誌,vol.102(6),p.403-406,2008
2)石浦光世:子どもの成長・発達に特徴的な認知や発達課題をとらえたかかわり,小児看護,vol.30(13),p.1789-1796,2008
3)塚田薫代:静岡県立こども病院図書室における医学情報の提供,LISN,2007年11月冬号(通巻134号),p.11-14
4)塚田薫代:医学情報は学校図書館にも役立ちます!,ぱっちわーく,2008年7月号(通巻182号),p.17-21
5)全国患者図書サービス連絡会 http://kanjatosho.jp/index.html
*この原稿をお読みになっての感想をお知らせください。著者のメールアドレス stsukada@jun.ncvc.go.jp
この記事は、塚田薫代.特集,みんなに本を―読書に障害のある子どもたちへ:入院中の子どもと本―小児病院における患者図書サービス.みんなの図書館.No.383,2009.3,p.21-27.より転載させていただきました。