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図書館に求められる「合理的配慮」
-LD(学習障害)の人たちへの対応-

井上芳郎

1.はじめに

 文部科学省が2012年に公表した調査結果によると,全国の小中学校の通常学級には「学習面に著しい困難」を示す,いわゆるLD(学習障害)の児童生徒が4.5%,LDの中でも特異的に「読み書き」に困難を示す,「ディスレクシア」の疑いのある児童生徒が2.4%在籍すると推定されます。2016年4月の「障害者差別解消法」施行により,公立学校ではLDの児童生徒たちの学習支援などの場面での「合理的配慮」提供が義務化され,国や各自治体に対しては,そのための「基礎的環境整備」が求められます。この義務化については,公立学校図書館にも同様に適用されます。

2.LD(学習障害)について

 最近はLDという用語は,あまり見かけなくなっています。2005年施行の「発達障害者支援法」により,LDを含む発達障害が公的支援の対象とされたことから,「発達障害」として総称されることが多いようです。もともとLDとは,それまで公式な教育支援の狭間に置かれていた児童生徒たちを,その個別教育ニーズに基づいた指導の対象とするため,文部省(当時)が1999年に定義した用語であり,「障害」自体を定義するのが目的というよりも,対象児童生徒の個別の「困難」に着目して,適切な教育支援をすすめるための,「教育用語」であるととらえられています。
 この文部省の定義では「学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態(以下略)」であるとされています。そして現在では,LDの児童生徒たちは正式に特別支援教育の対象とされています。

3.LDの児童生徒への「合理的配慮」

 LDの児童生徒たちは,通常の紙の教科書や教材での学習が困難なことがあります。最近では紙に代わるものとして,マルチメディアDAISY(以下DAISY)図書や教科書が効果的であることが知られ,広く活用されるようになってきました。
 これは2008年の「教科書バリアフリー法」,2010年の改正著作権法の施行などが契機となり,ボランティア団体などが本格的に製作を開始したことによります。このようなDAISY化などによる教材のアクセシビリティ確保については,「合理的配慮」として文部科学省の検討会議などでの検討結果においても,明確に例示されています。
 しかし,このようなDAISY化された教材などの準備状況については,残念ながら現状ではまったく不十分であるといわざるをえません。例えばDAISY教科書の製作についてみると,そのほとんどがボランティア頼みであり,需要に対して供給が追いつかないのが実態だそうです。ましてや教科書以外の教材や一般図書に至ってはまったく不十分であり,今後このような状態が放置されるなら,全国の学校や学校図書館などで「合理的配慮」不提供といった事案が多発し,憂慮すべき事態を招くのではと危惧しています。

4.図書館サービスに期待するもの

 学校図書館と同様に,公共図書館でも「合理的配慮」提供が義務化されますが,実際にLDの人たちも利用できる,アクセシブルな「図書」や「資料」などが十分準備されているのか,そもそも公共図書館での障害者サービス対象者としてLDも該当することが十分周知されているのか,などといった多くの課題があるようです。
 国会図書館が2010年に公表した調査結果によると,障害者サービスを実施していると回答した公共図書館は全体の66.2%であり,その内容については,主に「対面朗読」や「郵送貸出」などの視覚障害や肢体障害などの方たちを対象としたものが中心であり,サービスの質や予算面,人員配置などでの地域間格差も大きいようです。
 その一方で最近の注目すべき動向としては,LDなど発達障害の人向けのDAISY図書のコーナーを,啓発を兼ねて館内に設置する試みや,地域のボランティア団体との協働により,DAISY図書製作に取り組んだりしている公共図書館など,少しずつではありますが進展がみられます。
 いずれにせよ「障害者差別解消法」施行が目前に迫っているにもかかわらず,「合理的配慮」のための準備は,残念ながら万全とはいい難いのが実態です。国や自治体による「環境整備」の充実は喫緊の課題であり,行政に対し継続的に求めていく必要があります。しかし現実的には現状でも提供可能な「合理的配慮」の範囲を,少しでも拡大させる取り組みが求められると思います。

5.図書館間ネットワーク構築への期待

 2010年施行の改正著作権法により著作権者の許諾なしに,LDの人の必要とする方式(DAISY化,テキストデータ化などデジタル方式含む)でアクセシブルな複製資料を作成できる施設の範囲が,公共図書館,大学図書館,学校図書館,国会図書館などに拡大されました。また複製だけでなくインターネットを介して,自動公衆送信(送信可能化含む)もできるようになりました。
 この法改正に前後して策定された,「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」では図書館間協力について,「視覚障害者等のための複製(等)が重複することのむだを省くため,視覚障害者等用資料の図書館間の相互貸借は積極的に行われるものとする(以下略)」としています。
 特にDAISY資料についてはデジタルである強みを生かし,インターネットを積極的に活用した取り組みが望まれます。具体的には全国の公共図書館や学校図書館がインターネットで結ばれ,さらにはサピエ図書館や国会図書館など,既存のDAISY資料などにもリンクされることで,LDの人たちへの「合理的配慮」提供への途が広がることが期待されます。

6.おわりに-電子書籍への期待-

 電子書籍の国際規格であるEPUB準拠のデジタル図書や,デジタル教科書などが出版され始めています。EPUBのアクセシビリティ仕様はDAISYに準拠しているといわれ,その仕様にしたがい作成すれば,高いアクセシビリティが実現できるとされています。しかし諸般の事情により,本格的な普及はまだこれからのようです。
 2010年施行の改正著作権法では,「著作権者などが自ら障害者に必要な方式でアクセシブルな著作物を提供している場合には,権利制限の対象から外す(要旨)」としています。これは本来権利者などが自らアクセシブルな著作物を提供するのが望ましいという考えから,そのインセンティブを損なわないためであるとされています。
 残念ながら現状では,必ずしもこのようなインセンティブが働いているようにはみえません。これから先アクセシブルな電子書籍が,公共図書館や学校図書館などの蔵書として,広く受け入れられるようになれば,このインセンティブも強まると期待されます。そしてその結果,アクセシブルな出版物全般の普及につながっていくならば,LDの人たちへの「合理的配慮」提供のための環境整備もすすむのではないかと,大いに期待しているところです。

(いのうえ よしろう:埼玉県立狭山清陵高等学校)

[NDC10:015.97 BSH:1.学習障害 2.障害者サービス 3.障害者差別解消法]


この記事は、井上芳郎.図書館に求められる「合理的配慮」-LD(学習障害)の人たちへの対応-.図書館雑誌.Vol.109,No.12,2015.12,p.798-799.(障害者差別解消法と図書館③)より転載いたしました。