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国際セミナー報告書「ヨーロッパとアジアのソーシャル・ファームの動向と取り組み-ソーシャル・インクルージョンを目指して-」

話題提供2:「わが国におけるソーシャル・ファーム発展の可能性」

寺島 彰
浦和大学総合福祉学部 学部長・教授

浦和大学総合福祉学部 学部長寺島 彰教授の写真

要旨

1.海外のソーシャルファームの特徴

[共通点]

a.障害者や労働市場において不利があるその他の人々を雇用するためにつくられていること

  • 障害者雇用が目的であることを定めた規則や文書化された指針を有する。
  • 従業員の一定割合(20%―45%)が障害等労働市場において不利がある人々である。

b.企業としての活動を行っていること

  • 独立性やビジネス計画がある等通常の商取引に関する手続きに従っている。
  • すべての従業員が雇用契約を結んでおり、最低賃金以上の賃金を得ている
  • 従業員と企業が成長するように従業員を関与させるように運営管理している。
  • 安全・衛生に関する手続きと指針をもつ 等

c.全ての従業員が、同じ雇用の権利と義務をもつこと

全ての従業員が、雇用契約の形(常勤、パートタイム、臨時)において平等であること、仕事の機会が等しくなければならないこと、仕事に応じた市場賃金または給料を支払われること等。

[相違点]

a.障害種別

ギリシャでは、少なくとも35%以上が精神障害者であることを求めている。

b.独立採算

Social Firm UKの定義では、総売上げの50%以上が商品やサービスの販売によることとしている。

c.委員会による意思決定

Social Firm UK では、意思決定と管理は、企業の従業員や労働者自らの委員会により行われることを求めている。

d.ボランティアの活用

Social Firm UKでは、ボランティアに対して良いボランティア実践を行うための合意を求めている。また、訓練生、就職希望者、ボランティアなどの役割と責任についても言及している。

2.ソーシャル・ファームとわが国の障害者雇用組織と理念の比較

a.障害のある人々や労働市場において不利があるその他の人々を雇用するためにつくられていること

特例子会社、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型においても目的の1つとしている。

b.企業としての活動を行っていること

特例子会社は、企業としての活動をしている。

c.全ての従業員が同じ雇用の権利と義務をもつこと

特例子会社は、原則的には、本理念を満たしている。

3.わが国におけるソーシャル・ファームの可能性

a.精神障害者を対象としたソーシャル・ファーム

海外においては、歴史的に精神障害者雇用との関連が深い。職務遂行能力、特別な補助機器を必要としていない点で有利。

b.協同組合として運営するソーシャル・ファーム

海外においては、社会共同組合として運営されている国が多い。企業的手法を用いつつも利潤を企業主や株主に還元するのではない組織としては協同組合が近い。

c.社会福祉施設からの移行するソーシャル・ファーム

英国では、社会的企業のひとつとしてソーシャル・ファームを位置づけ、従来から障害者雇用サービスを提供していた慈善団体が、市場を志向し変化しつつある。ソーシャル・ファームには、政府や地方自治体からの助成金や補助金が支払われる。ソーシャル・ファームと位置づけ、従来の社会福祉施設が市場で競争するよう導く。

d.特例子会社から移行・拡大するソーシャル・ファーム

特例子会社は、理念は違うものの、企業としての形態をみれば類似している。障害のある従業員の割合を下げ、特例子会社としてのノウハウを生かし、親会社から独立した企業となることで、障害者雇用を目的とした、市場での競争力があるソーシャル・ファームの創出の可能性がある。


寺島:レジュメがありますのでそれに沿ってお話を進めさせていただきます。

海外のソーシャル・ファームには、いろいろな定義がありまして、資料の中にも「ソーシャル・ファームの歴史」に書かれていますが、いろいろな国でいろいろな取り組みが行われているというのが現状です。

海外のソーシャル・ファームの特徴

共通点

そういった各国の定義を調べましたのが「1.海外のソーシャル・ファームの特徴」というところです。

全体的に共通している定義としては、ここにありますように、3つあります。一つは「障害者や労働市場において不利があるその他の人々を雇用するためにつくられている」ということです。これは、定義として共通しておりまして、今日もこういったお話をスピーカーからしていただいていると思います。その中身としては、「障害者等の雇用が目的であることを定めた規則や文書化された指針を持っている」ということ。それから、「従業員の一定割合が障害者と労働市場において不利がある人々であるということ」。一定割合、これは最低の数値を表しております。20%から45%の幅があります。今日、お話しいただいたドイツでは、上限50%となっていましたが、下限が20%だったと思います。最低そのくらいの方は障害者でなければいけない、ということになっております。

そのために、結果としてですけれども、ニッチ産業での雇用創出を図るというようなことが必要になっていることになります。

2番目に、「企業としての活動を行っている」ということ。これが、ソーシャル・ファームやソーシャル・エンタープライズの重要な要素であります。独立性でありますとか、ビジネス計画があるなどの、通常の商取引に関する手続きに従っているということです。

その内容としては、「全ての従業員が雇用契約を結んでおり、最低賃金以上の賃金を得ているということ」が必要です。

また、「従業員と企業が成長するように、従業員を関与させるように運営管理している。」ということも必要です。文章にしてしまうとあたりまえですけれども、会社一丸となって企業の利潤のために努力しているということです。

それから、「安全衛生に関する手続きと指針を持っていること」などの、企業としての活動を行っていることが必要です。

3番目は、全ての従業員が同じ雇用の権利と義務を持っていること」です。障害があるから、ないからということでそこに差があるのはいけない、このような、定義上の共通点があります。

相違点

また、違っているところもあります。主に違っているのはソーシャル・ファームUKなのですが、UKは、私の調べたところでは若干特殊性のある団体であると思います。というのは、英国にはすごくたくさんの福祉制度があるために、ソーシャル・ファームを導入しようとしたときに、いろいろと経過的な措置が必要なのだと考えています。

違いの1番目は、障害種別を区切っている、あるいは、分けているところがあるということです。歴史的にみれば、ソーシャル・ファームは精神障害の方を中心に発展してきました。そういった影響も受けていまして、ギリシャでは少なくとも35%以上が精神障害者であるということを求められています。

違いの2番目は、独立採算制についてです。そもそも、ソーシャル・ファームは市場で競争力があるはずですので独立採算ができていないといけないと考えられますが、UKだけはそうはいっていなくて、基本的には総売上の50%以上が商品やサービスの販売によること、という定義を含めています。ただ他の国では基本的には独立で市場経済の中でやっていける、ということを求めています。

3番目は、委員会による意思決定です。これもソーシャル・ファームUKで特徴的なもので、意思決定と管理が委員会によって行われるということを求めています。

4番目は、ボランティアの活用です。これも同様にUKの特徴で、ボランティアを活用するということまでその中に記載しておりますので、企業としての性格としては少し変わったものになっております。

ソーシャル・ファームとわが国の障害者雇用組織と理念の比較

次に、ソーシャル・ファームとわが国の障害者雇用組織と理念の比較をしてみました。わが国にソーシャル・ファームを導入したときに、どんな形で導入できるだろうかという前提として、こういった理念を前提としている組織があるのだろうかということから、大きく3つについて検討しています。

第1番が、障害のある人々や労働市場において不利のあるその他の人々を雇用するために作られていることです。わが国においても、いろいろな組織が、そのようになっていると思われます。特例子会社でありますとか、以前の福祉工場でありますとか、授産施設でありますとか、そういったものは目的の1つとして障害者雇用を含んでおりますので、このような組織は、この理念を満たしています。

2番目には、企業としての活動を行っているという点です。これにつきましては、特例子会社が唯一、企業としての活動を行っております。

3番目に、全ての従業員が同じ雇用の権利と義務を持つことについてです。これもやはり、特例子会社が原則的にはこの理念を満たしているはずだと思われます。

わが国のソーシャル・ファームの可能性

最後にわが国のソーシャル・ファームはではどういう形があり得るのだろうかということを、4つ考えてみました。

1番目は、精神障害者の方を対象としたソーシャル・ファームです。これは、NPOなどを想定していますが、ソーシャル・ファームは、もともと精神障害者の方に対する組織として始まりましたので、精神障害者の方に対するソーシャル・ファームというのがいろいろな面で有利なのだろうと思います。午前中の話にもありましたが、たとえば、特殊な補装具を必要とする肢体不自由の方などでみますと、労働市場の中では不利な面がかなりありますので、そういった方に対しては、やはり公的な支援も必要かと思われますが、そういったことが必要でない精神障害の方は、有利です。可能性としては、まず精神障害者の方から始めるというのもいいのではないかと思います。現在、いろいろな場所で精神障害関係のNPOの方で、かなり成功を納めておられる方もおられますので、そういったところはすでに実施されているのだと思います。

2番目に、協同組合として運営するソーシャル・ファーム。すでに、障害者雇用を進めておられる生協などもありますし、そもそも、海外において、社会共同体として運営されている国が多いことを考えますと、企業的手法を持ちつつ利潤を企業主あるいは株主に還元するのではない組織として、協同組合が近いということができます。その意味で、この可能性が高いのではないかと思います。

3番目には、社会福祉施設から移行するソーシャル・ファームが考えられます。これは英国タイプのものだと思いますが、英国の福祉団体が一部をソーシャル・ファームに移行することを行っています。慈善団体がソーシャル・ファームとして移行するというやり方をしているところが英国の特徴なのだと思われますが、そういったやり方があるだろうと思います。ただし、その場合はやはり先ほど申し上げましたように、全く政府や地方自治体からの助成金や補助金がないということでは、少し難しいかと思います。イギリスの例でも、助成金や補助金は出ています。

4番目に、特例子会社からの移行の形態があります。特例子会社を拡大したソーシャル・ファームもあり得るのかなと思います。理念的には、特例子会社とソーシャル・ファームは、ほとんど一致していますが、少し違う点は、特例子会社の実際の障害者雇用率が非常に高いということです。多分、平均的には従業員の60%から70%くらいが障害者になっている。でも、そうなりますと、多分、市場での競争力はないのだろうと思います。その結果、補助金があって、さらに親会社からの支援があってやっと成り立っているという特例子会社が多いように聞きますのは、それを示しているのだろうと考えます。できれば、特例子会社の実質的な障害者雇用率を下げて、市場競争力を高めて、ソーシャル・ファームとして進むという可能性があるのではないかということです。

最後に、今後の方針についてですが、いろいろ考えてみますと日本の社会資源はかなり充実しておりますので、ソーシャル・ファームの設立と運営のノウハウを提供できるような組織、できれば資金の貸出などを可能にするような組織、そういった地域の組織、そして、それらの組織の連携によって全国的な組織ができば、日本でのソーシャル・ファームは進むのではないかと思います。それは、午前中に、炭谷先生が言われましたように、ソーシャル・ファーム協議会といったものになるのだろうと思いますが、そういった組織化、ネットワーク化が必要なのではないか、その組織が立ち上げ時の資金集めの支援であるとか、あるいは社会資源のネットワーク化であるとか、その地域におけるニッチ産業を探すとか、そういったものをアドバイスする、支援するという形が、今後必要になってくるのではないかと考えます。以上で、お話を終わらせていただきます。