音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

第3分科会

共通言語としてのICF

国立長寿医療センター研究所 生活機能賦活研究部 部長 大川弥生

 

先ほどの松井先生のお話にもありましたように、それぞれの専門分野の方たちが集まって、包括的なよりよいリハビリテーションのプログラムやシステムを考えることが、この総合リハビリテーション研究大会の非常に大きな趣旨だと思います。

そのような趣旨を生かすためにも、今後の議論の際にICFを使って整理していただくことが効果的だと思いますので、私が本日お話をさせていただくICFの考え方を頭の片隅に置いていただければと思います。

分科会の進め方

分科会ではまず私からICF全体についてお話をさせていただくつもりです。ICFについては、言葉だけはよく聞くけれど、何に使うのか、どう役立つのか、と思われている方も少なくないと思います。ICFは専門家にも当事者にとっても共通の認識のもとに考えていく、話し合っていく際の有益なツールです。この観点を中心に述べさせていただきます。

昨年WHOからICFの派生分類として出た「ICF―CY」について、以前から研究、実践されてこられた金沢大学の吉川一義先生から次にお話をいただきます。

次に福祉機器についても、これも後で話しますがWHO−FIC(国際分類ファミリー)の関連分類に位置づけられているISOについて、ICFとの関係をもっと密接にしていこうという流れを含めて国立障害者リハビリテーションセンター研究所の工学の専門家である井上剛伸先生にお話をしていただきます。  

その後、フロアの方も含め、ICFとは何か、どう活用できるのかなどについて意見を出しあいながら話を進めていければと考えています。

ICFの目的

ICFは一言で言えば、「“生きることの全体像”についての“共通言語”」です。

今回の分科会では、「共通言語」を重点に置きますが、「生きることの全体像」は後で「生活機能モデル」で示します。

「国際生活機能分類」には「分類」という言葉が最後につくために、項目を使った分類が主たる目的で、人や障害者を分類するのかという極端な誤解さえあったようです。しかし、ICFには一つは分類としての役割がありますが、もう一つは理念を非常に大切にしています。

ICFの理念の観点から見ると、「共通言語」は「共通のものの考え方、見方、生活をする人の人間としてのとらえ方」、と考えていただければといいと思います。では、その共通のものの見方、考え方は、誰との間で共通にもつのでしょうか。非常に狭い範囲でいえば、一つの臨床分野のリハビリテーションのチームです。医療のリハビリテーション、職業のリハビリテーション、教育のリハビリテーションというチームもあります。その中には同じ職種のメンバーからなるチームだけでなく、さまざまな異なった専門家によるチームや連携もあります。異なった職種はそれぞれが長い歴史をもっているので基本的な考え方が違いがちです。

そして、専門家と当事者の間のチームがもっと重視されるべきであり、その観点での共通言語、共通のものの考え方が必要になってきます。当事者が専門家と話す時に、「何か話がつうじない」と感じたり、話を聞く側も「そんな話を聞きたいわけではない」と思うことがあります。また、全く違うことを同じ言葉で語っていることもあります。ですから、共通のものの考え方、とらえ方をこの機会にきちんともつべきで、ICFはこの観点から、専門家だけでなく、当事者の方に積極的に活用していただけるものと思います。

この分科会では、共通のものの考え方を、専門家の間の共通言語、そして専門家と当事者の間の共通言語の2つに分けて、同程度の比率で議論をしていく予定です。

ICDとICF

ICFの前身はICIDH(「国際障害分類」)で、1980年にでき、次の年の国際障害者年の運動に大きな影響を与えました。そして10年ぐらいかけて改訂作業を綿密に行い、2001年にICFにいきつきました。

これは国際障害分類の改訂版と位置づけられていますが、実質的にはまったく異なるものと考えていただいたほうがよいと思います。その理由を申し上げると、ICIDHは、病気の結果(帰結)であり、マイナス面の分類でした。一方ICDは図1に示す国際分類ファミリーでICD(国際疾病分類)とならんで「中心分類」と位置づけられています。ICDは100年以上の歴史のあるもので、ICIDHはこれの補助分類でした。

しかしICFはICDと同じ中心分類に位置づけられています。すなわち、健康を見る時の一番基本的なものとして位置づけられたということです。「健康」とはICDが示す「病気」がないだけではなく、ICFが示す生活機能が高い水準にあるということです。その意味でICFが健康の構成要素として位置づけられているのです。

なお、図1の左側の関連分類の中にあるISO9999については井上先生にお話をいただきます。

それから、右側の派生分類の一番下に国際生活機能分類児童版(仮称):ICF−CYがあり、これについては吉川先生にお話をいただきます。既に厚生労働省では翻訳検討の委員会が発足し、私も委員の一人です。

図1.WHO国際分類ファミリー(WHO−FIC)の構成内容

関連分類

 

プライマリー・ケアに対する国際分類(ICPC)

 

外因に対する国際分類
(ICECI)

 

解剖、治療の見地から見た化学物質分類システム(ATC)/1日使用薬剤容量(DDD)

 

障害者のためのテクニカルエイドの分類
(ISO9999)
  中心分類

 

 

国際疾病分類(ICD)

 

 

国際生活機能分類(ICF)

 

 

医療行為の分類(ICHI)
(現在作成中)
  派生分類

 

国際疾病分類−腫瘍学、第3版(ICD‐O‐3)

 

ICD‐10精神及び行動障害に関する分類

 

国際疾病分類‐歯科学及び口腔科学への適用、
第3版(ICD‐DA)

 

国際疾病分類‐神経疾患への適用、第8版
(ICD‐10‐NA)

 

国際生活機能分類‐小児青年版(仮称)(ICF‐CY)

 

介護保険へのICFの導入

介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士、PT、OT、STなどの国家試験にすでにICFは出題されています。また介護保険の認定を受ける時に主治医の意見書は必要なものですが、介護保険制度がスタートした時の意見書には「特定疾病、または障害の直接の原因となっている」という項目があったのですが、介護保険法改正時に「障害」が「生活機能低下」という表現に変わりました。それから、以前は「介護に関するサービスに対する意見」は、本人を中心とした「生活機能とサービスに関する意見」という表現にも変わっています。

そして「病気の症状としての安定性」と「サービス利用による生活機能の維持・改善の見通し」を別々に意見を書くようになっているのは特に重要なことです。病気としての症状と生活機能を別個のものとして位置づけることになったのです。長い歴史をもつ医療の中で、このように変わってきたのは極めて画期的なことです。

ほぼ同様の意見書が障害者自立支援法で求められていますが、生活機能の概念はまだ導入されていません。介護保険関係が障害関係よりもICF、生活機能の概念については進んでいると残念ながら言えると思います。

ただ、障害者基本計画においては、Ⅰ.基本的な方針の3.障害の特性を踏まえた施策の展開の中で、障害の理解や適切な施策推進等の観点からICFの活用方策を検討する、とうたわれています。

それから、びわこミレニアムフレームワークの中でも、Ⅴ.目標達成のための戦略で、アジア太平洋地域諸国で、障害の定義と分類の共通体系を作成する基礎として、ICFをより広く活用することが望まれる、という文言があります。今回分科会があります障害者権利条約においても、第31条で統計の必要性が述べられていますし、また障害の定義を考えるのに役立つと思います。

生活機能

「生活機能」は、ICFの中心概念ですが、これはICFの「生活機能モデル」(図2)の中で位置づけることが不可欠です。ICFの分類項目だけを評価していくことはお勧めできません。ICFには理念と分類の項目があると初めに申し上げましたが、まずこの理念としての生活機能モデルとして把握していただいて、そのうえで分類項目を使用されることをお勧めします。

図2.「ICF:国際生活機能分類」(WHO:2001)モデル

図2.「ICF:国際生活機能分類」(WHO:2001)モデル

「心身機能」「活動」「参加」の3つを合わせた包括的用語が「生活機能」です。「心身機能」とは生物レベルで、手足のまひ、心臓や呼吸の機能の低下、関節の可動域が制限されているなどといったことです。「活動」は個々人の生活行為で、トイレの動作、家事の動作、スポーツをする動作、本を読む動作といったありとあらゆる目的をもった生活行為です。「参加」は、社会や家庭の中での役割、権利の享受という社会的なレベルです。この3つのレベルがあり、階層性があることが重要です。

そして生活機能に影響するものとして「健康状態」があります。それは病気やケガだけではなく、(ICIDHからICFに変わった時に追加されたものですが)ストレスや妊娠、加齢なども含まれます。それに加えて、背景因子として「環境因子」と「個人因子」があります。環境因子には物的な環境因子だけでなく、人的・社会的や制度的な環境因子があります。

この生活機能モデルを用いて「共通言語」として活用していくのですが、ここで気をつけるべきことは、現状としては、例えば医療分野であれば、「病気から心身機能の問題が生じて、活動、そして参加の問題が生じる」という「医学モデル」の考え方が非常に強くしみついていることです。

しかしこれは、医療関係者だけではなくて、当事者自身も、病気や心身機能がよくならないと、活動や参加が改善できないと深く思い込んでいる、または社会から思い込まされているのかもしれません。こういったことも当事者との共通言語を考える場合には非常に重要だと思います。

環境因子

ICFに環境因子が入ったことは非常に重要なことです。先ほど申し上げましたようにさまざまな環境因子があります。環境因子は参加だけに限らず、活動や心身機能にも影響し、それがまた他の要素に影響していくといったように複雑に影響し合っています。

私は生活機能と廃用症候群を自分のテーマと位置づけていますが、最近は災害のことも調査・研究をしています。環境因子には災害の関係のコードがあり(e230:自然災害、e235:人的災害)、健康状態が変わらなくても、地震、豪雪、高波などの環境因子だけで活動や心身機能、参加という生活機能全体が低下するという調査結果が出ています。

ここで強調したいのは、健康状態だけではなく、環境因子だけで活動、心身機能、参加の低下が生じることはこの他にもあるということです。私ども専門家という存在自体が当事者にとっては環境因子なのであり、実はそれがプラスに働く促進因子になることもあれば、阻害因子になることもあるということです。専門家が何かをする時には、自分たちは生活機能の中のどのレベルのどの項目に、どう影響して、促進因子になっているのか、もしくは阻害因子になっている可能性がないのかを考えていく必要があるかと思います。

ICFモデルとICIDHモデルとの違い

ICFをICIDHモデルと比較をしていきたいと思います。ICIDHモデルは先ほどお話ししましたが、疾患から機能障害、そして能力障害、社会的不利が生じるという関係を示しました。しかし画期的だったのはこの3者の階層性を明確に示したことです。

このICIDHが対象としたマイナスの要素は、ICFでは生活機能のそれぞれのレベルの中に含まれています。マイナス要素はそれぞれの生活機能の中の一部分にあるだけで、機能障害から直接、活動制限が起って、活動制限から直接、参加制約が起ってくるものではありません。マイナスだけの因果関係ではないということは、ICIDHモデルとの大きな考え方の違いです。

ですから、リハビリテーションの専門家として、また当事者として、ICIDHとICFのどちらの考え方をとるのか、たつのかは根本的な考え方の差であると思います。医学モデル、社会モデルから、統合モデルへと向かう流れをつくったものとしても、ICFは非常に重要な考え方であると思います。

以上述べました内容をふまえて、この分科会ではICFの活用法、現状における問題点を専門家の間の共通言語、それから、もう一つ大切な当事者と専門家の間の共通言語の観点から考えていきたいと思います。