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国際シンポジウム
ソーシャル・ファームを中心とした日本と欧州の連携
報告書

基調講演

参考資料

炭谷茂
ソーシャルファームジャパン理事長
恩賜財団済生会理事長
学習院大学法学部特別客員教授

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今日は、日本でソーシャル・ファームがどのように発展しているのか、またどのような問題点を抱えているのかをお話し、ヨーロッパの方々のお話の前提の知識を得ていただければと思っております。

日本の就労状況は大変厳しいです。失業率は5%。大学を卒業したけれど内定をもらえない人が3割以上いる。そういう状況になっています。そのような中にあって、なかんずく障害を持っている人や高齢者、難病患者の人、刑務所から出所してきた人たち、それからニートや引きこもりの若者、何かハンディキャップを持っている人の状況はよりいっそう厳しくなっています。

私はこのような人たち、日本で適切な仕事を得られない、もしくは働いていてもどうも自分に合わないと思っている人は、最低でも2,000万人くらいいらっしゃると思っています。そんなに多くはないだろうと、よく言われるんですが、重複計算を除いても最低でも2,000万人いらっしゃると推定しています。少なくないわけです。日本の不況のとき、真っ先に解雇されたのは障害者の人でございます。なかなかよい仕事が見つからない、仕事をしていても合わないという人たちが多いのです。

仕事にはどういう効果があるのかということですけれども、もちろん、収入が得られるということがあると思います。経済的な自立が図られるということです。

一昨日、私のところにスワンベーカリー社長の海津さんが来てくれました。障害者が働いて一番いいことは何ですかと聞くと、障害者の人たちが言うのは、お客さんに喜んでもらえる、自分たちの仕事が感謝してもらえる。それが一番嬉しいと言っていたよと教えていただきました。そのとおりです。障害者にとって働くというのは、人から感謝される、自分の満足感、自尊心が得られる。そういうことだと思っております。

そのほか、人間として成長していく、また規則正しい生活で健康が維持できるというとこがあると思います。

でも、何よりも重要なのは、社会とのつながりができるということではないでしょうか。現代社会は働くことによって人とのつながりができる。日本は今、たくさんの問題を抱えています。よく見るとそれらの問題というのは、社会とのつながりがなくなったために、生じたのではないでしょうか。

例えば児童虐待にしても、社会とのつながりがない。また孤独死にしても、社会とのつながりがない。究極は、高齢者の所在不明事件ではないでしょうか。そこで私は以前からソーシャル・インクルージョン=社会的包摂、これを日本の中でもっと強調していかないといけないと思っています。

その中で一番役立つのは、今申しました仕事ということです。けれども、仕事がいいということは誰でもわかっているけども、仕事自体がない、それが問題だと思っています。

先ほど言いましたように最低でも2,000万人以上の人がいる。それらの人の働く場所ですが、現在の日本では2種類が用意されていると思っています。

1種類は、公的に用意されている職場。税金が投入されている職場。地方自治体または社会福祉法人が作っている、そういう職場があると思います。私はもちろん、これはもっともっと増やさないといけないと思います。しかし、残念ながら予算の制約によってなかなか増えない。また働いても1ヶ月1万円はなかなか届かない。そういう状況だと思っています。

2種類目の職場は、民間企業だと思います。済生会は現在5万人の職員を擁しています。このような職場では障害者を1.8%雇用しなければならなくなっています。かろうじて私どもは1.9%をクリアしているに過ぎないんですね。民間企業を見ると、なかなか1.8%がクリアできないところが多いと思います。

もちろん第1の職場、第2の職場、それぞれ重要ですけれども、これからの情勢を考えると、第3の職場、今日このシンポジウムで使われる言葉で言えばソーシャル・エンタープライズ=社会的企業も重要だと思います。

社会的企業は、第1の職場のように社会的な目的を有しています。たとえば、障害者の仕事場づくり、ニートの若者のための仕事場づくり、刑務所からの出所者のための仕事場づくりです。しかし第1の職場と違って、税金というものをあてにしない。第2の職場のようにビジネス的な手法で行う。第3の職場は、いわば第1の職場と第2の職場のハイブリッド型であると思います。

その社会的企業というものの1つが、今日のシンポジウムの中心課題であるソーシャル・ファームであります。

ソーシャル・ファームは、北イタリアのトリエステで生まれたと言われています。1970年代にトリエステにある精神病院で、精神障害者のために作られたものでございます。このソーシャル・ファームは瞬く間に全ヨーロッパに広がり、今日もドイツ、イギリス、スカンジナビア諸国から来ていただきました。

私はこのソーシャル・ファームの重要性、何よりも重要だと今日強調したいことは、当事者が一般の健常者と一緒に働く。そこが一番重要だと思っています。つまり、障害者だけが働く、刑務所からの出所者だけが働く、そういうものではなくて、当事者と一般の人とが一緒になって働く。ここにソーシャル・ファームの特色があるわけでございます。

社会的企業=ソーシャル・エンタープライズには、例えばコミュニティビジネスというものがあります。例えば家庭のお母さんが環境のためにやる。これもコミュニティビジネスで、第3の職場、社会的企業の一つです。しかしその中にあって、ソーシャル・ファームの特色というのは当事者だけが働くものではない。また一般の健常者だけが働くのではなく、一緒になって働く。ここにポイントがあります。この部分を忘れたものは存在しない。ソーシャル・ファームではないと思っております。

昨日私は岡山の高梁市に行っていました。そこで愛媛県愛南町のNPOの御荘病院という精神病院の院長の長野先生と話をしました。ここは、日本でも大変優れたソーシャル・ファームを展開しているところだと思います。愛南町では、その精神病院の患者さんと住民の方々が一緒になって、日本では多分大規模なものはここでしかないんですけれども、カリフォルニアに勉強にいって、アボカドの栽培を始めると言っていました。その他、レストラン経営をしております。

日本で精神障害者がまさに住民と一緒になって働いている。これが大変すばらしいところだなと感激しました。

私は、北の浦河町、南の愛南町が日本の二大、精神障害者の方が住民の方々と一緒に暮らしている町だろうと思っています。

4年前から私は日本にもソーシャル・ファームを2,000社作る活動をやってまいりました。徐々にこの活動が浸透してきたのかなと思っています。

先ほど言いましたように日本では、2,000万人という数の人がいます。これのすべてに対してソーシャル・ファームが対応できるとは思っておりません。その何十分の一になると思いますけれども、このようにたくさんの人がいる以上、ソーシャル・ファームは各市町村に最低一ヶ所ほしい。この一ヶ所が積み上がってくれば2,000社になるわけです。そのようなことになっていけばいいなということで、活動をやっているわけでございます。

それを支えるために、ソーシャルファームジャパンという組織を作っています。昨年の12月19日、後で話される宮嶋さんや上野先生、また北海道から来ていただいている菊池さん、このような方々と一緒に、ソーシャルファームジャパンの総会を行い、今後についての話し合いをしました。

それでは、日本のソーシャル・ファームの展開について話を進めたいと思います。

日本にもソーシャル・ファームが生まれ始めていますし、今後の日本を背負う分野になっていくと思います。先ほど申し上げましたようにソーシャル・ファームは第2の分野である企業・職場と同じように、民間のビジネス的手法でやります。民間企業と競争しなければいけない、製品の質、価格面で民間企業に劣ってはいけないわけです。

今日、わざわざ私がカバンをもってきたのを不思議に思われたでしょうが、これはエルメスでもなければルイ・ヴィトンでもありません。これはある大阪市のカバンの一流メーカーが、ソーシャル・ファームを作ろうと言って始めているものでございます。実はパリにも輸出されており、また東京でも売っている一流のカバンです。

大変優れているもので、いわゆるエコレザーというものを使っています。通常、皮をなめすときには、クローム類を中心にした重金属を使うわけですけれども、それは環境に悪いということで、これは柿の渋を使って皮をなめすという技術です。ですから環境によいということでエコレザーの認証をとっているものです。デザインもパリで戦っているカバンでございますから、大変良いのです。

これを障害者の仕事づくりとして今、作っていこうとされています。投資額は大変多くなろうかと思います。

ここにポイントがあります。つまり障害者や引きこもりの若者、高齢者が作ったといって、質が劣ってはいけないわけです。このような試みが、現在、いろいろなところでされようとしています。

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この後、お話ししていただくものですけれども、成功している分野、最近始まった分野として一、二をご紹介したいと思います。

まず環境分野では、3R(リデュース・リユース・リサイクル)がこれから発展していくわけですけれども、一昨年から本格的に神奈川県秦野市にある弘済学園が古本の販売を始めました。弘済学園というのは、日本で一番すぐれた障害者施設の一つです。一般の人から本を寄贈してもらう。決して買うわけではなく、障害者のためだということで寄贈してもらう。そしてその本の汚れをサンドペーパーやオイルで消し、また書き込みは消しゴムで消し、本にハトロン紙をかける。パソコンのできる子が本の名前、著者名、値段等を入れ、インターネットのアマゾンによって販売する。このようなビジネスモデルで進められています。

現在ではだんだん軌道に乗ってきています。環境省の環境モデル事業として今年度、採択されています。これが一つのビジネスモデルとして成功すれば、神奈川県を中心とする地域だけでなく、例えば北海道や九州でも同じものができればいいなと思っております。

時間の関係上、主なものだけお話していきますと、帯広で活躍しているNPOあうるずでは、エゾシカの皮を活用してカバン作りをしています。エゾシカは北海道で大変増えて、これを駆除している。単に駆除するだけではもったいないので、その皮を使ってカバンを作ってらっしゃるわけです。私が大阪でやっているエコレザーによるカバン作り。北海道ではエゾシカの皮をもとにしたカバン作り。これがソーシャル・ファームの一つの事業として発展していけば嬉しいと思っています。

二番目に、農業や酪農の分野がございます。酪農については、午後に共働学舎の宮嶋さんが詳しく話してくれます。大変成功しているソーシャル・ファームの一つです。

その他、一昨年から始まりました埼玉県飯能市のたんぽぽの例がございます。ここでは、その土地に伝統的に存在する固定種を利用して、無農薬・無肥料で野菜作りをしています。近所の人から畑を提供していただいて、現在、2万平米という大変広い農地で、約6名の高次機能障害、精神障害、高齢者などによって、野菜作りが行われています。さらに先週の月曜には、飯能市の市街地の中心に旬菜カフェたんぽぽというレストランが開業しました。私も開店のときに行ってまいりましたけれども、大変優れたレストランで、一流のシェフをスカウトして料理に当たっています。

なぜレストランを開いたかといえば、野菜を作っているだけではどうも利潤が小さい。調理をしてレストランとして出すことによって利潤が上がる。そういうことで旬菜カフェたんぽぽというレストランが飯能の駅にできました。ぜひ繁盛してくれればと思っております。なお、このレストランは、地方都市の空洞化の対策にも役立つということで飯能市長も大変期待を寄せているものでございます。

また、福祉も大変有望でございます。これも後ほど上野先生に豊島区で行われている豊芯会の例を紹介していただきます。

サービス業、これも有望な分野でございます。サービス業は労働集約的ですので、大企業が苦手とする分野です。大企業が苦手とする分野こそ、ソーシャル・ファームの出番があると思います。兵庫県姫路市に、門口堅蔵さんという高齢の人がいらっしゃいます。姫路市には世界遺産の白鷺城がございますが、彼は白鷺城に対抗して、ドイツの城をモデルにして白鳥城というものを作り、1昨年4月にオープンしました。一種のテーマパークです。今どきテーマパークは儲からないのではないかと心配したんですが、門口さんはビジネスは俺の方が得意なんだと多額のお金を投入して作りました。そしてこの白鳥城で働いている人は、すべて元ホームレスや障害者、刑務所からの出所者で、約100名の人が勤務していると聞いています。その人たちが働くために作ったものでございます。オープンして2年近くたちますけれども、何とかうまくいってくれればと願っております。

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それでは、これからソーシャル・ファームを発展させるためにはどうしたらいいのでしょうか。

何よりも商品・サービスの開発が重要でございます。日本には「三人寄れば文殊の知恵」という言葉があります。いろいろな人が集まって、まず考えてみる。これが大変有効なわけでございます。

たとえば、一昨年、神奈川県厚木市で、この地域でソーシャル・ファームを作るにはどうしたらいいかということで、障害者の方々などが集まって話し合いをもたれました。このように、ある地域でサロンを作るというのも大変有効な方法だと思っております。

また、企業と戦わないといけませんので、企業が苦手なもの、例えばニッチな分野、または労働集約的な分野をやる。

先ほどの弘済学園の古本ビジネスは、回転率は問題にしない。商売というのは資本の回転を早くすることが成功するポイントですけれども、逆に、回転は問わない、ゆっくりやる。そういう逆のやり方をしているわけでございます。

それから商品はデザイン力も重要でございます。これについても、幸い、ソーシャルファームジャパンには、武蔵野美術大学のグループが支援をしてくれています。

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次に、売らなければいけない。販売力でございます。

このために、ソーシャル・ファームのネットワークを作ろうということです。そしてできれば、アンテナショップを作ったらどうだろうか、商品の共通カタログを作ったらどうだろうか。さらにはソーシャル・ファームブランドを日本において確立したいと思っています。

ソーシャル・ファームのロゴマークというものを作っております。ソーシャル・ファームの製品にはソーシャルファームジャパンのロゴマークが入っている。それによって、同じ品質、同じ値段だったらソーシャルファームジャパンのロゴマークがついたものを買ってもらうという形で進めたいと思っています。

第3に、これはどなたも悩みますね、経営資金の問題でございます。

これは福祉関係者の一つの癖ですけれども、国がちゃんとお金を用意してくれるならやる、国がちゃんと法律を作ってくれるんだったらソーシャル・ファームをやってもいい。そういうのが日本の福祉関係者の大体の習慣でございます。それに対してソーシャル・ファームというのは、それではダメだと。あくまでも公の金はいただければありがたいですが、それがあるからやるという精神ではないわけでございます。

幸い、日本にはいろんな制度があります。探せば、必ず使える財政制度、助成制度があるわけでございます。日本も捨てたものではありません。志が高ければ、それならお金を出してやると。このカバンにも多額の設備投資が必要ですが、それならと出される人が現れるんです。それが日本社会のよさだと思うんですね。志をしっかりと持つ。公の補助金があるからやるという精神では、このソーシャル・ファームはうまくいかないだろうと思っております。

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第4は支援者です。ソーシャル・ファームで一番重要なのは、先ほどから強調していますけれども、当事者と一般の人が一緒になって働くということです。障害者だけがやる、引きこもりの若者だけがやる、それではソーシャル・ファームの意味はありません。やめた方がいいと思います。障害者の授産施設にも一般の人がいるよと言われるかもしれません。でも彼らの役割は授産施設の指導者なんですね。それではダメなんです。あくまで一緒に働くこと。

先ほどの愛南町の例ですが、あれはまさに精神障害者の人と住民の方が一体になって働いているんです。その中心になっている精神科の長野先生も、精神障害者とか住民とかという区別はやめようと。ひとかたまりで住民が働く場というふうになっています。こうならなければいけないんだと思いますね。

住民の方々の協力の仕方はいろいろあると思います。お金を出してもらうのもありがたい。一緒に働いてくれるのもありがたい。でも、それがなかなかできないのが普通の人だと思います。それであれば、消費者としてものを買ってくれる。野菜を買ってくれる。本を買ってくれる。それで十分なわけでございます。

次に国際協力でございます。これは今日のような場を設けて、ヨーロッパの方と一緒になってどのようにソーシャル・ファームを進めたらいいか。これが大変大きな力になるんだと思います。

先日、ニュージーランドの障害担当大臣とお会いすることができました。ニュージーランドでもソーシャル・ファームを作っているので日本と一緒になってやっていこうと、大変心強いお話をいただきました。韓国も一緒にやろうと言ってくれています。このような国際協力によって進めたいなと思っているわけでございます。

最後になりますけれども、新しいこれからの国家のあり方、これにソーシャル・ファームが関係してくるのではないかなと思っています。

まずソーシャル・ファームというのは、新しい生き方を示すものだと思っています。障害者をはじめ、日本に2,000万人以上の何らかの理由で働きづらい人がいらっしゃいます。そのような人が人間として生きるための新しい働き方を示す。そういうものだと思っています。

また二番目には、これに住民が一緒に参加することによって、新しい日本の社会のあり方を提示するものだと思っています。

そして三番目には、今、政府によって税と社会保障制度の改革が検討されています。今日話されるソーシャル・ファームをいかに組み込むか、新しい国家像にも関係してくるのではないかと思っています。

今日は日本のソーシャル・ファームの現状と今後の展望についてお話しさせていただきました。どうもご清聴ありがとうございました。