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国際シンポジウム
ソーシャル・ファームを中心とした日本と欧州の連携
報告書

報告1 英国のソーシャル・ファーム-真の雇用創出-

サリー・レイノルズ(イギリス)
ソーシャル・ファームUK 最高責任者

フィリーダ・パービス:本日はこんなに多く来てくださいましてとても嬉しく思っています。私はフィリーダ・パービスと申します。リンクス・ジャパンを運営しています。リンクス・ジャパンは主に日本とイギリス間の交流を進めています。いわゆる社会的、非政府セクターの交流を進めています。特に、私たちが大変関心を持っていることはソーシャル・エンタープライズ、ソーシャル・エコノミーです。

これは日本とイギリス、日本とヨーロッパとの交流でも焦点になってきました。非常に認知度も高まってきたと思います。私たちは、知識や経験を共有することによって、下から上への活動を進めていきたいと思います。

政府が主導しているサプライ・サイドの取り組みは、社会的問題の解決に実効性を持っていません。課題が大変多様だからです。ソーシャル・エンタープライズにおいては、人々の福利、あるいは幸福、協力、信頼、そしてコミュニティのネットワークによってしかもたらされることはないということを承知しているわけです。

ソーシャル・ファームというものがあり、ここでは労働市場で不利な立場に立たされている人たちのための雇用を生み出しているわけです。いろいろな国で関心が持たれています。今、炭谷さんからのご講演がありましたけれども、ソーシャル・ファーム、あるいはソーシャル・ファームに似たような組織が日本でも増えています。ヨーロッパにおいてもいろいろ異なるモデルがあります。その歴史的な発展経緯もさまざまでありますし、法体系もさまざまです。今日はいろいろな国からスピーカーがおいでくださいまして、どういうふうにソーシャル・ファームが運営されているのか、そしてどういう問題に直面しているかについてお話しくださいます。

最初のスピーカーとして、イギリスのサリー・レイノルズさんにお話しいただきたいと思います。

ソーシャル・ファームを支援するソーシャル・ファームUKの最高責任者です。そしてソーシャル・ファーム・ヨーロッパ(CEFEC)の事務局長をしておられます。また、官と民のセクターで働いた経験があり、その後、ソーシャル・ファームに関わるようになられました。一般の方たちに対する啓発活動だけではなく、政治家に対する働きかけもしてこられた方です。ソーシャル・ファームがいかに重要であり、発展のために何が必要なのかということについて、尽くしてこられた方です。

それではレイノルズさん、よろしくお願いいたします。

サリー・レイノルズ:ミナサン、コンニチハ。今日は、ここでイギリスの経験についてお話しさせていただくことを大変にうれしく思います。

スライド1
(スライド1の内容)

歴史的な発展についてはあまり詳しくお話しする時間がありません。今までにも資料を提供していますが、イギリスはドイツ、イタリアを手本にしました。1980年代の初めよりヨーロッパ間のネットワークは形成され、それはとても重要な役割を担っています。

スライド2
(スライド2の内容)

89ページ(関連資料1)で、ソーシャル・ファームの定義をお読みいただくことができます。これは、ヨーロッパのネットワークであるソーシャル・ファーム・ヨーロッパ(CEFEC)が作ったものです。

CEFECは94年に始まったもので、定義は1997年に作られたものです。ヨーロッパでは、これが一般的なソーシャル・ファームの定義と受け入れられています。合意するのに5年ぐらいかかりました。

イギリスでは、1999年、ソーシャル・ファーム発展のための全国的な統括組織としてソーシャル・ファームUKが設立されました。

スライド3
(スライド3の内容)

ソーシャル・ファームの価値観は、企業、雇用、エンパワメントの三本柱となっています。この順番には意味があります。つまりビジネス主導の企業がなければ、雇用は成り立たず、雇用されれば真のエンパワメントにつながるので、この順番になっているわけです。構想は、すべての人に雇用の機会を与えたいということです。そして、私たちの使命はソーシャル・ファーム・セクターの支援を強化し、雇用を促進するということです。もちろん、ロビー活動や啓発だけではなく、メンバーの活動に直接関わってソーシャル・ファーム・セクター全体の成長の強化を図っています。

私たちは、会員制の組織で、だれでも入会することができます。当然会費を支払い、毎年会員資格が更新されます。会費によって私たちの活動が支えられます。

スライド4
(スライド4の内容)

イギリスには、ソーシャル・エンタープライズというものがありますけれども、これは第三セクターに属しています。ソーシャル・エンタープライズの定義は、社会的及び/あるいは環境的目的のために商取引を行うものと定義されています。イギリスには約6万2,000社があります。ソーシャル・エンタープライズ連合のウェブサイトがありますので詳しい情報はそちらにアクセスしてください。

イギリスにおいては、なかなかソーシャル・ファーム独自のブランドが育つほど、十分な数がありません。ただソーシャル・エンタープライズ・マークというものがあります。スライドの一番下に出ていると思いますけれども、ソーシャル・ファームもこのロゴを使うことがあります。

ソーシャル・ファームよりもソーシャル・エンタープライズの方が一般の人にはわかりやすい。つまり、より大きなセクターの一部というのがソーシャル・ファームの位置づけになります。それを認識する必要があると思います。

スライド5
(スライド5の内容)

ソーシャル・エンタープライズには、いろいろなタイプのものがあります。開発信託、信用組合、労働者協同組合、住宅協会などがあって、もちろん社会的に不利な立場の人たちの雇用を生み出す活動をしているソーシャル・ファームも含まれます。

WISE(Work Integration Social Enterprises)というものがあります。雇用統合型ソーシャル・エンタープライズです。これは労働市場で不利な立場にある人たちの雇用創出に従事しています。職業訓練や職業準備、就職あっせんなどをするわけです。ソーシャル・ファームの場合には、雇用の創出が中心になってくるわけです。

スライド6
(スライド6の内容)

スライド6を見ていただくと、ソーシャル・ファームは一番下にあります。まず、すべての団体が必ずしも官か民のセクターに属しているわけではなく、第三セクターがあります。ここには任意で運営しているブラウニーズグループ、カップグループやウィメンズ・インスティチュート・クラスなど、大規模なソーシャル・エンタープライズも活動しています。それが6万2,000件あります。恐らくそのうちの5,000~1万が雇用統合型ソーシャル・エンタープライズということになると思います。

労働市場にもっとも縁遠い人のために、質の高い持続可能な有給雇用を創出するという、一番難しい仕事をソーシャル・ファームがやっています。これがセクター全体の中でのソーシャル・ファームの位置づけとなります。

スライド7
(スライド7の内容)

次のスライドはあまり詳しく言及しませんが、障害者雇用において、障害者作業施設、支援事業、ソーシャル・ファーム、そして支援付一般就労という4つのカテゴリーがあります。

スライド8
(スライド8の内容)

ソーシャル・ファーム・セクターには、現在181の企業があります。5社しかなかった1996年の当初から増加してきました。2006年と比べても32%の増加となっています。

最も多く雇用されているのは、精神障害がある人たちです。このセクターでは、極めて不利な立場にある人々(全労働人口の58%)のために1064のフルタイム雇用を創出しました。

ソーシャル・ファームの74%が、その収入の75%以上を製品の販売またはサービスの提供で得ています。イギリスにはソーシャル・ファームへの助成金がありませんので、とても重要な意味を持っています。

スライド9
(スライド9の内容)

ソーシャル・ファームは、市場志向と社会的使命とを結びつけたビジネスで、収入の50%は売上から得なければなりません。そしてフルタイム雇用の従業員の25%は、極めて不利な立場にある人たちでなければなりません。そして、一人ひとりのキャリアが十分に開発できるような支援をそれぞれの職場でやらなければいけないということです。

スライド10
(スライド10の内容)

ソーシャル・ファームは小規模な組織となる傾向があり、これも課題になっています。

そして隙間市場を狙っています。その方が収益マージンが多いからです。しかし、最初の立ち上げ後数年間は、やはり継続的な支援が必要ですし、外部の専門知識や技術が必要になってきます。

当初は起業家精神による指導が必要になりますし、社会起業家といわれる人たちの存在が必要です。つまりソーシャル・ファームの発展、そして成功のためには「チャンピオン〔ヒーロー〕」とよばれるような人たちが必要だということです。

そしてこれが立ち上がりますと、親会社とは別の組織になります。つまり独立した事業体になっていくということです。

スライド11
(スライド11の内容)

ソーシャル・ファームは13年間で5社から181社へと増えました。これを見るとどれくらい早いスピードで成長しているかがわかると思います。

スライド12
(スライド12の内容)

それでは、ソーシャル・ファームの価値は何でしょうか。

一つは極めて不利な立場にある人たちに対する偏見に立ち向かっているということです。つまり、商品やサービスの質がいいから買うということです。それは誰がそれを作ったのか、障害者が作ったから買うということではないということです。そうすることで、偏見に立ち向かうということです。

そして労働市場に縁遠い人たちにも、雇用を創出します。特に精神障害者の回復を助けるという使命もあります。精神障害を隠すことはせず、オープンにした上で仕事をすることを重要視しています。民間セクターにおいて、精神障害を隠して働いている場合、特に夜、不安にかられます。職場の同僚が自分たちのことを知ってしまうのではないかという恐れがあるがゆえ、症状が悪化することがよくあります。

最近はこの不況のもと、ソーシャル・ファームにおいて、人員を削減するのではなく、コスト削減の他の方法を見いだそうとしています。

一方、民間企業では、株主は常に自分たちの投資に対する見返りを求めますし、不況の時代にあっても変わりません。民間企業の場合には、コスト削減のため、まず人の解雇という方法をとります。現に今回の不況においても、何万人もの人たちが民間で解雇されています。

一方、ソーシャル・ファームで解雇された人たちは少ないのです。というのは、ソーシャル・ファームには、社会的目的があるからです。またソーシャル・ファームは雇用や研修の機会を提供します。また、このような不利な立場にある人々を助ける個別就労支援(IPS)/支援付き雇用などの他のモデルと競合するのではなく、むしろそれらを補完することになります。

さて、国にとってどの程度の節約になるかということですが、このセクターで、4,000万ポンドを給付の面でも助けています。180の企業が4万ポンドの節約をもたらしていますし、国民保険も850万ポンド節約しています。

スライド13
(スライド13の内容)

例えば、エジンバラにあるシックス・メアリーズ・プレイズ・ゲストハウスは、95年に設立されたベジタリアンの禁煙の宿泊施設です。現在もそのような菜食主義者のための施設は少ないと思いますが、働いている人たちは精神障害がある人です。この事業がどのくらいの恩恵をもたらしているかを長期にわたって調査しました。その結果、国民医療サービスだけでも、一人当たり年間2万1,000ポンドも節約していることになるという結果が出ています。これは、国の医療サービスにとって大きな節約になります。つまり、ここで雇われている人たちは、まず摂取する薬の量が減ります。診察回数も減りますし、救急施設に入院するケースが減っています。また回復に向かっています。

スライド14
(スライド14の内容)

さて、イギリスのソーシャル・ファームには、旅行代理店、宿泊施設、下請け造園会社、ケータリング、テープ起こし、市場調査会社などがあります。今、増えているのはリサイクル会社です。

私たちソーシャル・ファームUKはこうした企業がどんどんサービスや製品を売り込むべきであると思っています。ここにあるアドレスはソーシャル・ファームから物を買いたいという方々のためのウェブサイトです。

スライド15
(スライド15の内容)

ソーシャル・ファームのセクターですが、まずケータリングが全体の5分の1を占めています。また研修事業も増えており、本セクターの18%を占めています。リサイクルが11%を占め、小売りも伸びています。また20%は清掃業となっています。

いわゆる慈善団体という位置づけを持っているものは少ないと思います。慈善はビジネスを運営する上では成立しません。

また、先ほども申し上げましたが精神障害のある人々が唯一最大のターゲットグループです。

スライド16
(スライド16の内容)

パックITウェールズは、50%が知的障害の方々です。

スライド17
(スライド17の内容)

同じくウェールズのCaeポストは7割の収入がリサイクル活動からきています。

スライド18
(スライド18の内容)

ソーシャル・ファームはどのように始まるのでしょうか。それは既存の障害者作業施設から発生することも多いでしょうし、白紙の状態から始まるケースもあるでしょう。自分たちがどういうビジネスをやりたいかという点からスタートするところもあります。

また、フランチャイズ事業、ライセンス事業、またビジネスモデルその他を模索するケースがこの数年間、起きています。スコットランドにおけるパイロット・プロジェクトでは、これはソーシャル・ファーム・オーストラリアの例を参考としたものですが、企業を買収し、ソーシャル・ファームへ組み込むケースもあります。

また組織として私たちは、効果的な起業のためのプログラムを始めようとしています。起業の段階で失敗することが多いので、ソーシャル・ファームUKとして取り組んでいきたいと思っています。

スライド19
(スライド19の内容)

さて、私たちの共通の課題ですが、サービス利用者が従業員に転身することによって、いろいろな問題が生じます。彼ら自身だけではありません。これまでケアを提供していた人たち、保護者、家族なども、自分たちの子どもが働くことに対して抵抗があるということもあるでしょう。このように子どもが自立していくことへの対処という問題もあります。

例えば障害のある人で給付を受けている人は、給付金の方が働いて稼ぐお金より多いという傾向があります。政府は今この問題に取り組んでいます。

また、過保護の文化があります。特に知的障害のある人たちに対してはそうです。また、知的障害者の雇用を求める場合、雇う側としては難しいと感じるケースも多いという問題もあります。

また、このようなソーシャル・ファームを立ち上げる企業は、しばしば社会福祉関連です。したがって彼らが自ら所得を得るのではなく、助成金をもらうことになじんでいます。そうなりますと企業が困難に直面する際、マーケティングをして経営計画をたてなくてはいけないとき、それができないということがあります。つまり、企業経営の経験の不足という問題です。

設立資金の調達という面での課題もあります。しばしば4~5ヶ所で設立資金の調達を試みますが、いろいろな金融機関を当たっているうちに、市場におけるチャンスを失ってしまいます。

リスクを避ける風潮があります。社会福祉中心であるだけに、人々はビジネスのリスクをとることに慣れていません。また、ビジネスのアイデアも不足しています。ソーシャル・ファームUKはこの点に何とか対応しようとしています。

イギリスにおける課題について少し説明をしたいと思います。イギリスの政府は、昔も今もソーシャル・ファームに助成金を出しません。ソーシャル・ファームUKはこれを変えようとロビー活動を展開しています。というのは、このような障害のある人たち、重度な障害で不利な状況にある人を雇うためには費用が必要です。そのための財政を私たちに向けてほしいと考えています。税金を使って間接的にこのようなソーシャル・ファームに対し資金提供をするということです。

ここではバランスが必要です。

ソーシャル・ファームには助成金がないので、起業家精神がなければ存続できませんが、一方で、助成金に頼る体質にはなっては困ります。

したがって、ここで私たちがとろうとしている方法、政府を説得している内容は、わずかなお金を提供してほしい、何とか苦しい財務状況を克服できるようにしてほしいということだけです。残念ながら政府の説得にはまだ成功していません。しかし、他のヨーロッパ諸国を見ると、給与の助成をしている国もあります。私たちは、これから5年間で何らかの形で政府からソーシャル・ファームに資金が提供されるのではないかと期待しています。

さて、なぜこれまで政府の説得に成功していないかという理由ですが、それは、第二次世界大戦後より存続してきた支援付き一般就労があり、税金負担がかなり大きいのです。少なくとも150のイギリスの工場に多くの税金が投入され、補助金を受けています。レンプロイ社には、54の関連事業所があります。この54ヶ所に毎年、7,700万ポンドの税金が投入されています。これでは企業とは言えないと思います。経営が成り立っていません。そういった中で障害のある人たち、不利な立場にある人たちのための企業づくりへの協力を政府に訴えますと、彼らは支援付き就労を連想し、応じてくれません。税金はすべてそちらに回ってしまっているがためにソーシャル・ファームに回せるものがないというのです。

それからもう一つ、政府には10年、15年先を考えてほしいと思っています。2年先ではありません。彼らはすぐに成果を求めます。即効性のあるものがほしいのです。ですので、成果が出るまでに長くかかるものにお金を投じたくありません。ソーシャル・ファームのモデルに投資すれば、10年後には見返りが必ずあると私たちが言っても、「そんな先のことは考えられない」と言います。

確かに、現在、仕事が不足しています。ロンドン市内でも12の特別区の失業率が高く、合計57万人の雇用の創出が必要だと言っています。民間セクターでこの57万人の雇用を創出することはできません。一方で、この5年で60万人の公共部門における雇用が失われることが見込まれています。解決策は雇用を生み出すことしかありません。景気がいいときでさえ、今申し上げた問題のある特別区において2万人の雇用しか生み出していません。不況なときにそれ以上の雇用を生み出すということは不可能でしょう。

イギリスでは「ビッグ・ソサエティ」(「偉大な社会」「大きな社会」)がさけばれています。これはなかなかわかりづらいものですが、財政縮小がなされている中で進められていることです。このビッグ・ソサエティというのは、残念ながらどんどん節約と結びつけて考えられています。

政府としてはソーシャル・エンタープライズを奨励したい、万能薬であり、すべてを解決してくれると考えがちですが、一方で、政府がソーシャル・エンタープライズを立ち上げるための財政支援をカットしています。これがこれからの10、15年の課題となるでしょう。