音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

国際シンポジウム
ソーシャル・ファームを中心とした日本と欧州の連携
報告書

報告3 デンマークのソーシャル・ファーム-福祉を推進する重要かつ強力な手段-

ラルス・レネ・ペテルセン(デンマーク)
デンマーク・ソーシャルエコノミー・センター 所長

フィリーダ・パービス:デンマーク・ソーシャルエコノミー・センター所長のラルスさんをご紹介いたします。デンマーク国内のみならず広い範囲で、ソーシャル・エンタープライズの発展のためにアドボカシー、ロビー活動、またネットワーキング活動も進めていらっしゃいます。

ラルス・レネ・ペテルセン:コンニチハ。このようにお話できることを大変光栄に思います。初めて日本にまいりましたが、これ以上のことは期待できないと思えるほどの視察や滞在を楽しませていただきました。

スライド1
(スライド1の内容)

今日はここ5年間のデンマークにおけるソーシャル・エンタープライズの状況についてご説明します。まず私が所属しているデンマーク・ソーシャルエコノミー・センターについて、そしてその上でソーシャル・ファームの話をしたいと思います。デンマークにおけるソーシャル・ファームとソーシャル・エンタープライズの定義の話もします。

みなさんが北欧の福祉制度にご関心があるということですので、デンマークのような福祉国家で、なぜ今ソーシャル・エンタープライズが盛んなのか。そして最後に、ソーシャル・エンタープライズから私たちが5年間で何を学んだのかということについてお話します。

スライド2
(スライド2の内容)

さて、デンマーク・ソーシャルエコノミー・センターですが、私たちはソーシャル・エンタープライズであり、独立した機関であります。私たちは政策的なサポートを行い、アドボカシーを行い、また中間的組織としてソーシャル・エンタープライズを助け、そして政府に対して政策提言を行っている機関であります。

デンマーク・ソーシャルエコノミー・センターは全国規模の組織です。ソーシャル・エンタープライズの声、社会起業家の声となっています。

私たちの使命は、デンマーク全土のソーシャル・エンタープライズの能力を強化し、セクターを超えた連携を図ることです。この中には、市場、公的機関、市民社会も含まれています。

2本の柱があります。1つは、アドボカシー活動で政策提言をします。議会に行って、そして議員に対して、たとえばソーシャル・エンタープライズの財務問題を取り上げてほしい、法的枠組みを作ってほしいなどと働きかけています。国会議員や各省庁の大臣にも働きかけていますし、またEUでも同じような活動を展開しています。

もう1つの柱は、もっと実践的な柱です。ソーシャル・エンタープライズ、社会起業家を他のセクターと結びつけるという活動です。

ソーシャル・ファーム、雇用における統合のための枠組み作りも進めています。これは本格的な社会福祉、例えば児童福祉や高齢者福祉と組み合わせて進めようと考えています。

また、常に社会起業家とソーシャル・エンタープライズのニーズ、そしてデンマークの政策立案とを関連付ける取り組みをしています。

主な活動としては、既存のソーシャル・エンタープライズだけではなく、ソーシャル・エンタープライズを立ち上げる時や社会起業家へのビジネス・アドバイスです。ソーシャル・エンタープライズを立ち上げたいという人たちはたくさんいます。私たちは経験から蓄積した知識を使ってアドバイスを提供し、研修を行う人たちの研修をしています。デンマーク各地の一般企業専門アドバイザーを対象とした「指導者研修」もしています。

市町村や地方に対し、ソーシャル・エンタープライズをどのように形成するかという戦略を開発しています。それぞれの地方において、雇用創出のため、福祉の解決策を見いだすため、ソーシャル・エンタープライズはどのように使えるかの関心が高まっています。

また高校や大学などの教育機関に対する研修プログラムもあります。若い人たちは、社会起業家に対する関心があります。

後でお話したいと思いますけれども、ソーシャル・エンタープライズはビジネス的な発想を持つ上での難しさがあり、私たちにはその助けをするためのいろいろなツールがあります。

また、私たちには会員ネットワークがあり、デンマークのいろいろなセクターの人たちが協力をしています。

さて、ソーシャル・エンタープライズの一部をなすソーシャル・ファームを中心に話をしたいと思います。はじめに成功例を4つ挙げたいと思います。

スライド3
(スライド3の内容)

まずスペシャルリステナ(Specialisterne)です。このネクタイをしている男性の息子のラルスさんが自閉症です。ラルスさんが18歳になるまでは確かに福祉制度でサポートされますが、大人になれば就職しなくてはなりません。息子の将来を心配した父親自らがこの会社を作りました。彼は自閉症の人の能力をよく知っているのでそれを生かしたビジネスをしています。

自閉症の人たちは数字が得意です。またチェスも得意です。ここはソフトウェアのテストを行う会社で、マイクロソフトのような大手のIT企業を顧客にしています。現在、100人くらいの自閉症の従業員がいます。

TVグラッド(TV Glad)では知的障害者が働いています。映像記録を製作しており、非常に成功している会社に成長しました。デンマークの様々な団体が、例えば会議の記録等の製作を依頼しています。

また、ケータリングの会社、アレハデン・コーケン(Allehånde Køkken)は聴覚障害者を雇用しています。ここは非常においしい食事を作ってくれます。最優秀ソーシャル・エンタープライズ賞(賞金1.5万ユーロ)を受賞しました。

最後に、テレハンデシュセット(Telehandelshuset)は、視覚障害者を雇用しています。会社の電話の取り次ぎ、企業対企業のビジネスを電話で行えるようにするという会社です。

この4社はいずれもソーシャル・ファームとして非常にうまくいっており、それぞれの社員に合わせて会社を作っています。逆ではありません。まず最初に従業員ありきです。一方でビジネスを成功させる。一方で社会的に大きな貢献をするという、その二つを実現しています。

スライド4
(スライド4の内容)

さて、デンマークのソーシャル・エンタープライズとは何か。これは社会的な目的を掲げる組織です。そして製品またはサービスを販売し、それで経費をまかない、利益は使命を果たすべく再投資をします。

ソーシャル・エンタープライズは組織的には公共セクターから独立しています。それは重要なことです。なぜなら、公共セクターは、ソーシャル・エンタープライズのプロジェクトや人材を採用する傾向があり、(ソーシャル・エンタープライズは)公共セクターを利用しているからです。

スライド5
(スライド5の内容)

デンマークにおいて、ソーシャル・エンタープライズは新しいものではありません。100年以上の歴史があります。ただ名称が違っただけです。ソーシャル・エンタープライズは、NGO、また財団、投資信託、協同組合の伝統を踏まえて設立されています。デンマークの社会福祉サービスの重要な部分を占めてきましたが、そのことは十分認識されませんでした。

さて、私たちには世界的水準の社会福祉制度がありますが、特に現在、資金が不足しています。新規プロジェクトも減っています。ですが世界中の大勢の人たちが、私たちのプロジェクトを通じて社会的革新をどのようにやっているか見にきてくださっています。

残念ながら今、プロジェクトがどんどん失われていることも事実です。というのは、私たちは資金が枯渇することなど考えもしませんでした。お金の流れが止まってしまったらどうなるかを考えませんでした。私たちはこれまで、多くの知識がありすばらしいサービスがありましたが、しかしそれが今、失われています。

デンマークは福祉国家です。北欧のスウェーデン、ノルウェー、フィンランドも同じような福祉国家ですが、残念ながら私たちには大きな問題があります。私たちは大きな需要、福祉サービスへの新しいニーズがありますが、資金がありません。そこでジレンマが生じます。どのようにして、将来、高齢化が進み、納税者が減る中で、この仕組みを運営していくのかという問題です。

したがって、私たちは他の方法を模索しなければならないのです。福祉国家が抱える他の問題に関しては、後のパネルディスカッションでお話ししたいのですが、一つ、制度面での問題を申し上げたいと思います。

福祉国家があまりにも大きくなりすぎ、そしてあまりにも制度化しすぎ、もはや人のニーズを考えられなくなっています。制度ができあがってしまっている。したがってその元ですべてが進められてしまうという傾向があります。もう一つは公共セクターにおける独占です。公共セクターが唯一のサービス提供者になってしまっています。公共セクターがこれまではすべて面倒を見てくれました。さまざまな課題、たとえば児童福祉、障害者、高齢者に対する介護、健康の問題等、すべて公共セクターが対応してくれました。しかしこの何年かの間に、公共セクターに頼ることができなくなってきているわけです。他の方法を考えなくてはなりません。こういう考え方が一般の市民にも受け入れられるようになりました。

すなわち、公共セクターではなく、民間あるいは第三セクターと言われる分野の人たちが、例えば雇用の創出、高齢者ケア、子どものケア、住宅問題等、最も重要な福祉のサービスを担ってもよいという考え方が受け入れられるようになっています。

スライド6
(スライド6の内容)

過去5年のデンマークの状況をみると、ソーシャル・エンタープライズという言葉が、全く知られていなかったころから、一種のブームになっているというところまで変化してまいりました。みんながソーシャル・エンタープライズについて話をしています。私は5年前にこの仕事を始めたわけですけれども、4~5年前にアドボカシー活動をしていたときには、頭がおかしいのではないかと考えられたものです。馬鹿な奴だ、こういうものをビジネスとして売り込むなんてとんでもないと考える人が多かったわけです。あるいは何か政治的意図を持っているのではないかとも思われました。しかし今は、一般的に受け入れられる概念になりました。政治的に見ますと左翼も右翼も受け入れるようになりました。

ソーシャル・エンタープライズがこの5年間で一般の人に受け入れられるようになったことを示す指標があります。それはGoogleで調べることです。当初は800件くらいのヒットしかなかったんですけれども、今は5万~10万件のヒットがあります。

また、自らをソーシャル・エンタープライズとして売り込むことが行われるようになりました。例えば新しい人をリクルートするときに、「我々はソーシャル・エンタープライズだ」というふうに売り込むわけです。首相がソーシャル・エンタープライズを将来の解決策だとして売り込むよりも、企業が行う方がずっと効果があるわけです。企業そのものがソーシャル・エンタープライズとして自らを売り込むようになったことは、すばらしい効果を持っています。

また、ソーシャル・エンタープライズというのは大学生や高校生にも、とてもかっこいいことだと思われるようになりました。学生たちはもちろんお金持ちにもなりたいわけですけれども、それだけではなく社会に変革をもたらしたいと考えていますから人気を得るようになりました。社会起業というのも非常に人気が高い科目になってきています。伝統的なマーケティングもあるわけですけれども、公的な分野での貢献をするというのも。

ここに挙げているのは2010年の数字ですが、1年間の起業が500~700に上っています。今はもっと増えていると思います。

福祉国家の中のソーシャル・エンタープライズというものがイノベーションをもたらす手段としても見られるようになってきています。社会福祉がとても手厚い国、福祉国家というのは、非常に財政負担が大きく、なかなかイノベーションができないという傾向にあります。したがって、ソーシャル・エンタープライズならできる、何か新しいことをやるには、これがいいと言われるようになりまして、ソーシャル・エンタープライズという考え方がイノベーションにつながるものとして受け入れられるようになりました。

スライド7
(スライド7の内容)

さて、教訓です。国家的なレベルでどのような教訓があったのでしょうか。この5年くらいの状況を見ますと以下のことが言えると思います。

一つは、政府が国家的な戦略を作ることが必要だということです。国としてソーシャル・エンタープライズ、ソーシャル・ファームを推進していくという野心を示さなくてはならないと思います。例えば日本では、今後10年間にソーシャル・ファーム、ソーシャル・エンタープライズに関しては世界で第一級の国になるんだという野心も必要です。しかし政府が国家的戦略を持つだけでは十分ではありません。地方自治体においても、政府が決めた戦略に応じて自らの政策を調整する必要があります。通常の企業と比べて特別扱いするというわけではありませんけれども、ソーシャル・エンタープライズの起業・運営には最初は難しいことがいろいろありますので、そういう困難を克服しやすい環境づくりが必要だと思います。

イギリスにおいては、例えば、ソーシャル・エンタープライズの一つの形態であるCIC(コミュニティ・インタレスト・カンパニー)というのがあるのですが、それを導入するための変革を急ぎすぎたと思います。ですからその辺は注意する必要があります。

もう一つ大切なのは、公共調達制度の改正です。これはデリケートな問題です。EUは、加盟国の公共調達制度を規制しています。デンマークでは今日、最低価格で最大のものを提供するということが一番よい公共調達制度だと考えられているわけですけれども、いろいろな社会的な問題を考えた場合、それだけで最善とは言えない状況になっていると思います。例えばソーシャル・エンタープライズを、地域の環境の改善に寄与する、あるいは社会的資本の提供という点で貢献をするという場合には、別の取り扱いをするというような規則が必要ではないかと思います。

また、政府あるいはその他の公共セクターが、例えば物資の調達をする場合には、特別にソーシャル・エンタープライズから調達するというような、そういうルールの導入も必要だと思います。ソーシャル・ファームやソーシャル・エンタープライズの製品/サービスを購入するということが最善の支援になるからです。

ソーシャル・エンタープライズは、少なくとも、ビジネスのやり方をしっかり認識し、学習しなければなりません。日本にもあるかもしれませんが、ビジネスアドバイザーという制度があります。すなわちビジネスをやっていくためにはどうしたらいいかというアドバイスをしてくれる、ビジネスコンサルタントです。ソーシャル・エンタープライズの場合も、そういうアドバイスが必要です。プロフェッショナルとして、メインストリームの企業に提供されるようなアドバイスがソーシャル・エンタープライズにも提供されるべきだと思います。

また、日本でも同様だと思いますけれども、一つ難しい問題があります。それは起業するときに必要となる資金の確保です。

私どもの国ではソーシャル・エンタープライズを始めるときには、銀行にお金を借りに行きます。そうすると、アイディアはいいけれどヒッピー的だと言われることがあります。一方、慈善財団などに行きますと、あなたのやろうとしていることはビジネス的すぎると言われたりするわけです。銀行からも、あるいは財団からも資金を得にくいことがありますので、こういうことへの対応が必要だと思います。

また、実践とアドボカシーとを結びつける独立機関の設立も必要です。カウンセリングとアドボカシーの双方をやるのは、非常にためになることだと思っています。こうした独立機関として活動するときに、政治家に対し現場を知った上で働きかけをすることができます。

スライド8
(スライド8の内容)

もう一つ大切なことは、社会的投資収益率です。

ソーシャル・エンタープライズは、社会に対する貢献度が高い側面がありますが、実際にどのような社会貢献をしているのかをはっきりと認識する必要があります。

よいソーシャル・エンタープライズには一体何が必要なのか、一種の「レシピ」が必要だと思います。ソーシャル・エンタープライズを始めるにはもちろんいいアイディアが必要ですけれども、そのいいアイディアをビジネスとして成功させるための手法が必要になってきます。

組織レベルでの教訓です。

まず最初に資金調達をして、ビジネスをはじめます。

日本でも問題となることがあると思いますけれども、経済危機の状況では、助成を得てビジネスを始めるということがあります。しかし、ビジネスとして本当に成功するためには、プロとしてのスキルはもちろん必要です。製品や価格についての知識を持つ、そして適切な販売のタイミング、それからお客様はもちろん王様ですのでお客さまのニーズをしっかり認識することも重要です。お役所言葉を話せるようになるということも重要です。デンマークでは、ソーシャル・エンタープライズ側がお役所は敵だと見ることがありますが、それは愚かなことだと思います。公共セクターも我々の製品を買ってくれるわけですから、上手に売り込むことができるようになるということも重要だと思います。日本ではどうかわかりませんけれども、我々の教訓のひとつです。

ネットワークの結成も非常に重要です。他のソーシャル・エンタープライズのどこがよくて、何が問題なのか知ることも必要です。

ビジネスをしていくためには、クリティカルマス(critical mass)といって、一定の規模が必要になります。一定の規模を持つことができれば、それだけ発言力も大きくなります。先ほどダニエルさんがコンソーシアムには15の企業があるとおっしゃっていましたが、ソーシャル・エンタープライズ、ソーシャル・ファームとして、いわゆる一般企業と同じ言語を使って活動する、つまり同じようなレベルで活動することができるようになるということが重要だと思います。

最後に申し上げたいのは、ソーシャル・エンタープライズとして自分たちのビジネスの価値を認識するということが重要でしょう。スウェーデンでもデンマークでも日本でも、自分のビジネスが社会にどのような貢献ができるのかを認識する必要があります。