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日英シンポジウム2002「日英協同で進める地域における障害者・高齢者支援」

Seminar on Japan/UK Collaboration for Reinvention of an Inclusive Community

第一部 地域におけるディスレクシア(読み書き障害)支援の事例報告

マーティン・ターナー
ディスレクシア・インスティチュート心理学部長

講演をするマーティン・ターナー氏

はじめに
はじめに、このたびの思いがけないご招待に感謝の意を表したいと思います。私はかねてより日本についてとても強い関心を持っており、ご招待を受け、はるばるこの国へと旅して来られましたことをとても嬉しく思っております。私にとって日本とは、三島由紀夫の作品、英訳もされました、「豊饒の海」を通じて得た不確かなイメージしかありませんでしたが、今回の旅で、それが新しくされることと期待しています。

今日は皆さんと、イギリス国内での地域におけるディスレクシアへの支援について、できるだけたくさんの事例を見ていきたいと思います。とりあげるのは、親、学校、大学、職場そしてメディアによる取り組みです。

ディスレクシアとは?
はじめに、ディスレクシアとは何を意味するのかをお話ししておいたほうがよいでしょう。これは日本ではまだなじみのない言葉のようですから。合わせて、私が所属するイギリスの慈善団体、ディスレクシア・インスティチュートについても少しお話ししなければなりません。これからご説明いたしますが、私達は最近、ディスレクシアの定義を改めました。

科学のジグソーパズルは、今やたくさんのピースが収まるところに収まったという状況で、大変多くの事柄が解明されています。遺伝子に関する詳しいことはまだあまり分かっていませんし、脳と行動との関係もいまだに様々な仮説が認められてはいますが、ディスレクシアに関するおもな診断と対処方法については、現在専門家により明確に定義されています。

私達は、ディスレクシアがどのようなものか、どうやってそれを見つけ、診断を下すか、そしていざディスレクシアとわかった場合、どのように対応したらよいか理解しています。

“ディスレクシアは読み、書き、綴りの学習において困難を生じる発達障害である。短期間の記憶や数学、集中力、物事を整理したり、順序づけたりする分野にも影響が出る場合もある。

ディスレクシアは一般に、言語に基づく情報処理が苦手であることから起こる。また生物学的な原因によるもので、遺伝する傾向もあるが、環境要因も関わっていると思われる。

ディスレクシアはどのような知能レベルにおいても起こる可能性があり、やる気がないこと、情緒障害や感覚器官の障害、或いは読み書き等の機会がないことによるものではない。ただしこれらの原因が伴うケースもある。

ディスレクシアの障害は、優れた専門家による指導と、障害を補う別の方法を用いることによって、大部分克服することができる。“

ディスレクシア・インスティチュート
2002年7月

この定義により、ディスレクシアが特異的学習障害(SpLD)と同義語ではなく、その一部であることがこれまでよりもよりわかりやすくなりました。SpLDのグループ全体には、この他にも多くの新しい障害が含まれています。例えば、結合運動障害やADHD(注意欠陥多動性障害)、アスペルガー症候群やNLD(非言語学習障害)などです。

更に、新しい定義では、ディスレクシアを生物学的な異常としていることから、この障害が誰のせいでもなく、親や教師、そして子供達は、自分を責めるべきではないということがより明らかになりました。しかし、早期教育と積極的な指導及び学習の努力が状況を改善できることはいうまでもなく、何の対策もとらず、或いは読み書きの指導が行き届かない場合は、状況を悪化させることになってしまうでしょう。

英語は大変語彙が多く、また世界中に広まっている言語で、外来語の数も多く、綴り方でその語源が分かるようになっています。一般に、英文法は覚えやすいけれども、綴り方は多くの他の言語の書き言葉に比べずっと難しいとされています。そのため、他のどこよりも、ディスレクシアの認識とこれに対する特殊教育サービスが早くに発達し、また高い水準に達しているのです。

ディスレクシア・インスティチュート
ディスレクシア・インスティチュートは、公式に認められたイギリスの慈善教育団体で、ディスレクシアの人々の学習を成功させるための支援活動をしています。1972年にミドルセックスのステインズで創立され、現在では22の教育及び診断センターと、地域や学校に125を越える活動の場を持っています。約3000人の学生が常時指導を受けており、毎年8000件を越える心理学的診断が下されています。また、毎年4000人もの教師に、通信教育や短期講習、公認の研修コース、ディスレクシア・インスティチュート・ギルドなどを通じて、トレーニング・サービスを提供しています。そして、正式な学術パートナーとしては、世界的に有名な読書・言語センターを持つイギリスの最高学府、ヨーク大学と緊密な関係を結んでおります。

ディスレクシア・インスティチュートはボランティアが運営しており、理事を中心に、各部の部長によって構成される運営委員会が、これをサポートしています。各センターには所長がおり、各地域に少なくとも一人のシニア・ティーチャーがおります。

ディスレクシア・インスティチュートは経済的には独立していて、資金はサービスに対する費用や個人及び企業からの寄附、そして募金によってまかなわれています。

中心となる活動は、診断と教育、そして教師向けの研修となっています。

ディスレクシアと地域の支援 ----- 親
イギリスにおけるディスレクシアへの支援活動は30年から40年前に始まりました。はじめは、親が我が子の特異的学習障害に対する社会的認知を得るために闘うことからスタートしました。この、1969年から1970年までの段階では、親や教師の活動の指針となるような、ディスレクシアに関する科学的な知識はほとんどありませんでした。科学の分野ではこの問題に関心を示していましたが、公的な教育現場では冷たい反応しかありませんでした。

1970年代の終わり頃と1980年代の初め頃には、バンガーのノース・ウェールズ大学とバーミンガムのアストン大学の二つで、ディスレクシアに関する研究センターが設けられ、研究がはじめられました。また、次第に親達は団結し、1972年に二つの団体を設立しました。それが、英国ディスレクシア協会(BDA)とディスレクシア・インスティチュートです。この二つの団体は、これまで独自の影響力を持ち、また専門知識を提供してきました。

1980年代の終わり頃から1990年代にかけては、多くの親達が子供達の法的・教育的権利を守るために、法律に訴える活動をはじめました。このような初期の活動は、たびたび素晴らしい勝利をおさめました。公的なガイダンスや専門家の対応、更には法律自体の変更が実現した例もあったのです。

ディスレクシアの子供達が特別なサービスを受けられるように経済的な支援をする必要性は、ディスレクシアを克服する主要な要素であると考えられるようになりました。現在、人口の93パーセントが通う24,000の学校を抱える公教育システムでは、ディスレクシアの障害がある子供達すべてを認め、効果的な教育を行っているとはいえません。しかし親達には、法律に基づいた権利と力とがあり、これを慎重に行使していけば、適切な処置がとられるようにできるのです。

7パーセントの生徒が通う私立学校の部門では、状況は大きく異なっています。授業料を払わなくてはならない私立学校は、学力の点でも、また経済力の面でも、選び、そして選ばれた所なのです。私立の学校は常に親、つまりお客の訴えをよく聞いてくれます。ですから事実上、すべての私立学校は、現在、ディスレクシアについてある程度対応する準備があると主張しています。もちろん、親はそのために追加費用を支払わなくてはなりませんが。

ディスレクシアと地域の支援 ----- 学校
最近、英国ディスレクシア協会によって大成功をおさめたキャンペーンが行われました。“ディスレクシアにやさしい学校”というものです。たくさんの公立、私立学校が、ディスレクシアの障害がある生徒達のために最善のそして最多の支援を行っているとして認められようと参加しました。現在の学校は以前ほど地域の教育委員会の支配を受けなくなっており、ディスレクシアの生徒達のニーズによりよく応えられる柔軟性を持っています。(ディスレクシアは特殊教育のニーズの中では最も大きな部分を占め、また一番明確に定義されています。)

クラス担任の教師の主張によれば、特殊教育は、教室の中では行うことはできません。これはもっともなことですが、とはいうものの、ディスレクシアの生徒と担任教師の両方にとって役に立つ、教室でもできる指導もあります。次にあげるのが、最も重要な四つのポイントです。

  1. 社会認識
    ディスレクシアの子供を特別扱いするのは望ましくありませんが、教師がその子供に、クラスメートの前で声を出して読ませることは避けたほうがよいでしょう。同様に、ディスレクシアの子供をみんなの前に出てこさせて黒板に字を書かせるのはよくないでしょう。しかし、もしその子供が口頭でかなりの知識を披露することができるのなら、授業の流れの中でその子供を指して答えを言わせることで、自信をつけさせることができるでしょう。
  2. ディスレクシアの生徒用の作業プログラム
    教師は25人から35人の生徒全員を教えながら、ディスレクシアの生徒に代わりの作業プログラムを考えたり、監督したりする事はなかなかできません。そこでディスレクシア専門の教師を配置して、プログラムを企画したり、例えば不適切な読み書きの作業の代わりに、クラスの中でもできる書き方などの練習問題をやらせたりするとよいでしょう。このようにすれば、クラス担任の教師を助けることにもなりますし、苦手な分野で妥当なレベルに到達することができないディスレクシアの子供に恥ずかしい思いをさせることも少なくてすみます。
  3. 綴り方に印をつける
    どんなに教育熱心な教師でも、ディスレクシアの子供のほとんど書けていない文章の間違った綴り方を、赤インクで大量に訂正することはやりたくないでしょう。綴り方の訂正は必要ですし、役に立ちますが、黄色い蛍光ペンで印をつけてやることの方が赤インクで直すよりも望ましいですし、間違った部分だけを指摘することができます。綴り方の間違いすべてを直したものを覚えることができないディスレクシアの子供でも、間違った部分だけを覚えることならできるかもしれません。子供それぞれの、その時その時の学習プログラムの段階に適した方法を採るとよいでしょう。
  4. 宿題の方針
    家庭と学校で同意できるなら、宿題は大変効果的です。ただ、宿題の課題を完成するのには毎晩長い時間かかってしまうことがあります。他の家族が巻き込まれると、やらなければならないという恐怖が長い影を投げかけることになる可能性もあります。どんな課題でも、それを完成させることよりもずっと大きな問題が生じてしまうのです。宿題はやっかいなものになってしまってはいけません。しかし、いったんそうなってしまうと、子供の学校に対する態度に悪影響を及ぼし、将来に向けて意欲を失わせてしまうのです。ですから宿題の条件を修正するのが、長い目で見て効果的だといえます。時間と量の制限をしたり、他の作業をさせたりすることがよいでしょう。他の生徒と同じ課題を与えてもかまいませんが、一晩に1時間以上はやらないという指示を出すとよいと思います。これには課題が終わっていなくてもがまんする必要があります。或いは、別の方法として、ごくの少量の宿題を出し、少しずつ増やしていくという手もあります。時には、あまり多く書きすぎないようにという、ディスレクシアの子供に対しては一見矛盾しているような要求が、功を奏し、それが刺激となって大きな進歩を見せることもあります。

ディスレクシアと地域の支援 ----- 大学
高等教育の場は他の分野に比べ、これまでディスレクシアの障害がある人にとって、常に好意的であり、かつ開かれた環境でした。というのは学生達が、大学へ進む際に、自分がディスレクシアであることを言うことがよくあったからです。1970年代からはディスレクシアに対する偏見や議論も少なくなり、受け入れられやすくなりました。その後1999年の1月に、シングルトン・レポートと呼ばれる高等教育におけるディスレクシアについて研究する団体が、公教育の場での専門的な水準が次第に風化していったのに対する措置として、一連の実用的な勧告を出しました。この勧告は、130もの高等教育機関で、満足のいく教育への主要な手段として採用されるようになりました。今日ではすべての大学がディスレクシア・コーディネーターを置き、ディスレクシアに対する方針をたてたり、試験で特別な措置をとったり、インターネットで講義のノートを配信したり、普段から、論文で表現された読み書きの能力によるのではなく、課題に関する知識や進歩の点で試験の成績を判断しようとしています。

ディスレクシアと地域の支援 ----- 職場
軍隊や航空管制局を含む多くの職場では、当然のことながら、雇用者側は、ディスレクシアの人々の解読に関する障害が深刻な過ちを引き起こす可能性があるため、ストレスがたまる職場や重要な責任のある部署に配属することを懸念しています。

しかしながら、雇用者や研修機関は、正当な雇用のため、特に採用と昇進に関して、どんなことが必要か、繰り返し私達の団体にアドバイスを求めてきました。多くの雇用者は実際にスタッフに対し、自主的に心理学的診断を受けるよう資金援助をしており、必要であれば個別の特別指導を受けるよう取りはからっています。これはディスレクシアの従業員達が喜んでその組織で働き続け、生産性のために自らの可能性を発揮できるようにするためなのです。

そしてなによりも、雇用者は正当な採用をするよう心がけなければなりません。このことは、従業員や採用予定者が筆記試験を受けなければならないときに、公平を期すということを意味します。私はかつてゴルフ団体からも相談を受けたことがあります。その団体は、上級技術の認定を得ようとしていたディスレクシアのゴルファーを不当に差別することがないかと心配していました。また、1996年から1997年、はじめて交通規則の知識を問う筆記テストが導入された際に、ディスレクシア・インスティチュートはイギリス運転免許試験委員会のコンサルタントとして活動しました。しかし、このテストは、多くの読み書きができない人々に、イギリスの運転免許試験の受験を思いとどまらせるという悪い結果をもたらしてしまいました。

1995年にはイギリス議会が障害者差別法を可決し、最近職場をはじめ学校でも施行されるようになりました。これにより、障害のある人々を、障害とは関係のない場で不当に差別することは、法律違反とされます。例えば、不当な解雇に対しては、法律で保護されます。

地域の支援に関する結論
それでは、これまでお話ししてきたことから、イギリスにおける地域によるディスレクシア支援のありかたについて考えてみましょう。

第一に、ボランティアが一番大きな役割を果たしてきたということです。現在効果的だと考えられているディスレクシアを改善する方法は、当初親達やボランティア団体によって苦しい経験を通して作り上げられたものでした。政府は、はじめは非協力的で(地方政府)、その後も熱心ではありませんでした(曖昧な言葉を使った法律や、経費を出し渋るなど)。

第二に、ディスレクシアへの優れた対処方法は伝統によって守られているということです。教えるのが難しい相手(ディスレクシアの子供達)に対する過去の指導の試みを通じて、多数の感覚器官を使った方法が、このような子供たちの不安定な記憶痕跡を改善するために必要であることが明らかになりました。先駆者達によって洗練され、伝えられてきた昔からのやり方が、ディスレクシアに対する洞察と技術を伴う、熟練した指導方法と考えられるようになったのです。

第三に、ディスレクシアに対応するサービスを提供しているのは商業界だけであるということがあげられます。親が子供達をやめさせる権利(或いは力)がある私立の学校だけが、ディスレクシアの問題を認識し、それに対処する真摯な努力をしているのです。

様々な試みがなされ、さかんに改革がおこなわれてきました。そして今、地域の民間部門において、必ずしも営利を目的とした動機からではなく活動している、献身的な人々の努力を、私達は存分に目にすることができるのです。

マーティン・ターナー氏プロフィール

ディスレクシア・インスティチュート心理学部長
Head of psychology at Dyslexia Institute, Staines
1975年、エクセター・カレッジ心理学部卒業。ストラスクライド大学教育心理学修士取得。1989年に英国心理学協会認定心理学者となる。15年間スコットランドとイングランド両地域の教育機関で教育心理学者として勤務。1991年よりディスレクシア・インスティチュートの心理学部長。1990年の著書“Sponsored Reading Failure”で7歳児の読書力の低下を分析し、学校試験、アセスメント・カウンシルの国語委員会(1992-1993)、学校カリキュラム・アセスメント委員会-SCAA(1993-1994)のKS(Key Stage)1および2の国語テスト評価グループ(1992-1997)の委員に任命された。1980年代の読みの教授法に関する彼の評論は幅広く受け入れられた。1992年詩集“Trespasses”を、1997年”Psychological Assessment of Dyslexia”(ディスレクシアの心理学的評価) を出版。