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日英シンポジウム2002「日英協同で進める地域における障害者・高齢者支援」

Seminar on Japan/UK Collaboration for Reinvention of an Inclusive Community

第二部 基調報告2:「ソーシャル・インクルージョンの理念によるまちづくりの取組み」

炭谷茂
日英高齢者・障害者ケア開発協力機構日本委員会副委員長

今日は、この会にお集まりいただきまして、本当にどうもありがとうございます。ざっと見たところ、私が声をかけました、あまりこの分野についてこれまで携わっていらっしゃらなかった方もたくさんお出でいいただきまして、厚く御礼申し上げたいと思います。
私は今日、時間として10分ちょっとで、現在私どものやっている活動についてご説明をしたいと思っております。

活動の内容というのは、まだ中間的な報告でございます。実はこの試みというのは、まず私自身は、日本でいちばん、社会的な問題を抱えている地域について取り組んでみようというふうに考えたわけでございます。
日本でいちばん様々な社会的な問題を抱えているというのは、たとえば東京であれば山谷もあるでしょうが、大阪の西成区の釜ヶ崎ではないのかなというふうに思ったわけでございます。
そこで、西成区、釜ヶ崎について関心をもっている方々に声をかけました。西成区で商店を営んでいる方々、また実際に地域でホームレスを支援しているNPOの方々、部落解放同盟の幹部、大阪ガス、また労働組合の方であります。

そういう方々に呼びかけまして、去年の5月ごろから始めたのですけれども、10人程度の参加者でした。しかし、当初から、私自身は閉じた集まりではなくてできるだけオープンにしよう、できるだけたくさんの方に参加をしていただこうということでやりまして、関心のある人はどうぞ自由に入ってくださいというようなシステムをとりました。そうしますと、だんだん人づてに、自分も出て発言してみようという方が次から次に増えまして、最終的には50名程度の方々が参加してくれるようになりました。それでだいぶんいい話になりまして、今年はだいたいこういう方向で釜ヶ崎を良くしていこうという結論、というものがまとまり、一区切りがついたので、その内容を今日、お話をさせていただければと思っております。

一つ非常に大きな誤解というのがありまして、私は現在環境省という役所に属しているので、これは環境省の仕事なのかというふうなことを言われます。まったくこれは環境省の仕事ではございませんで、私個人としてやっている仕事でございます。しかし、なかにはこの部分を取り上げて、環境省の役人がこういうことをするのはけしからん、ということで批判を私に対して強く展開し続けている人がいらっしゃいます。よく私の家にまで電話をかけてきて、けしからん、と。おかしい話だなあ、というふうにも思っていますけれども、あまり気にもしておりません。

まちづくりの方向ということですけれども、一つはなぜこのようなことを考えたかと言えば、日本の社会経済的な問題というものが背景にあったわけでございます。これは集まった方々の一致した考えですけれども、一つは、現在日本というのは、どうも夢の持てない社会だなあ、と思います。若者は無気力ですし、無感動、そして現状に満足をしている、と。しかし、将来夢があるのかなあといったら、夢がない。また40代、50代の人は逆にこんどはリストラで、将来に対して不安感がいっぱいである、というような問題があるというのが第一でございます。
第二には、家庭や地域社会の崩壊という問題があります。かつて20年前、30年前は、お互いに助け合う社会だった。しかし最近どうも冷たくなって、お互いに助け合う機能もなくなったなあ、というようなことが時代背景にある。それから最近の長引く不況、経済的な不況もあると思います。

そのようなことから、現在私どもが共通した認識として、大きな問題を抱えているのではないか、というふうに考えております。
一つは、現在社会から排除される、もしくは疎外されている人たちがたいへん増えているのではないか、というふうに思います。
たとえば、東京で、公団住宅のなかで、高齢者の方々が、誰に見守られることもなく亡くなってしまう。私どもはそれを「孤独死」と呼んでいますけれども、孤独死について、もう新聞で取り上げられなくなりましたね。公団住宅のこういう孤独死というのは年間何十件というようなことらしいですね。
また最近、一人だけ家のなかで、若い母親が誰の支援も受けられなくて、子どもに対して冷たく当たっていく。いわゆる児童虐待という問題もたいへん増えております。私が児童虐待について知ったのは、実はイギリスにいるときです。イギリスに行って、ロンドンの北の小さい町の「チャイルド・センター」、子どもの相談所ですね。いまから20年くらい前の話ですけれども、そこのソーシャルワーカーが私に、「日本に児童虐待という問題があるのか」というふうなことを聞いたことがあります。「いや、それはない。日本はむしろ過保護の問題のほうが大きいんだ」というふうなことを答えた記憶があります。しかし、日本では、最近では約2万件ですね。児童相談所に相談もしくは報告のあったケースだけで2万件、というふうになっています。それが10年前は2千件、約10分の1だったのです。これもやはり、地域社会からぽつんと孤立しているために生じてきている問題じゃないかな、というふうに思います。
同じように、ドメスティック・バイオレンスも社会から排除される、もしくは孤立しているから生じている問題ではないのか、というふうに思っています。
一方、地域自身もたとえば先ほど一つのモデルに挙げました西成におきましても、地域社会というものが綻びかけている、崩壊しかけているというような問題点があるというふうに思っております。
結局、一人ひとりが社会から孤立をし、排除されている。それが大きな問題であり、それとともに、その人たちが存在する地域というものが崩れている、という二つの問題があるのではないか、というふうに思っております。
そういう2つの問題に対応するために、去年の5月から西成区の釜ヶ崎で、みんなでどのようにしたらいいのか、というふうに話し合いを進めてきました。
西成区というのは、意外にそういう問題に取り組むには、ある面で有利なところもあるのだということに気がつきました。それは、人々のつながりというのが意外に深いのですね。
路上で寝ている人とか、それから季節労働者の方々、そういうものが集まっている社会ですけれども、地域社会の結びつきというのは意外に深いなと思いました。
しかし、最近の不況というのは非常に影響を与えまして、やはり路上生活者がたいへん増えているな、という印象を受けています。そして、いっそう状況というのは悪くなっているのかな、というふうに考えているわけです。

そこでみんなで話し合った結論というのは、まず基本的な方向、基本理念としては、英語になりますけれども、「ソーシャル・インクルージョン」です。社会で、そこに住んでいる方々、たとえば路上で生活している人とか、また貧困者とか、そのような方を排除することではなくて、西成という地域のなかにみんな迎え入れていこう、という思想が重要ではないか、ということが第一の立場です。これはいわば、人権をいかに大切にするか。また、人間の尊厳というものをいかに大切にするか、ということだろうと思います。これが第一の、このまちづくりの集まりに参加していただいた方々の共通的な認識であります。
第二には、自分たちの町なんだから、みんなが参加をしてやろう。住民参加ですね。住民の参画と言ってもいいでしょうけれども、それぞれみんなが力を尽くしていくことです。私のように外部の人も入っていますが、実際はほとんど、9割以上の方はその地域の人ですから、地域の人たちが自分たちの町をいかによくしていくか。そのために自分たちは何をなすべきか、ということが基本だろう、ということが第二でございます。
これはいわば、やや難しい言葉で言えば、「市民社会」という考えではないのかなと思っています。市民社会、つまり横の。いわば自分たちの縦の権力、たとえば政治が悪いからとか、政治に任せようということではなくて、自分たちの仲間で社会をつくっていこうという考えだろうと思います。
第三番目は、これは先ほどのスモーリーさんのお話と同じだろうと思いますが、みんなで仕事をつくっていくことです。決して公に依存するのではなくて、自分たちで仕事をつくっていこう、という考え方でございます。
この三つの考え方ですね。それが基本になって、まちづくりを進めていこう、要約すれば、一つは人権を大切にするソーシャル・インクルージョンという考え方。二番目には、市民社会というものをつくっていこうという、住民の参加。三番目には、みんなで仕事をつくっていこう、という考え方が基本であります。
そこで具体的に、どういうふうに進めるか。これが非常に、議論があったところでございます。正直言いますと、まだまだ議論が不十分なところもあろうかと思います。皆さんのご意見が出たところでいちばん重要なのがやはり、住居。住むところの確保ではないか、というところでございます。
いま、釜ヶ崎、なかにはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんけれども、簡易宿泊所がありますし、最近福祉アパートというものが建ち始めています。住居、住むところをいかに確保していくか。より健康的な住居をいかに確保していくかということが、いちばんこのまちづくりでは重要だろうということになっています。
第二番目は、自分たちで仕事をつくっていく。そうした場合、どういう仕事がいいのか。今日もスモーリーさんの話のなかに出ましたけれども、なかには、そこの地区に住んでいらっしゃる方々は、手に職を持っている方が非常に多いんですね。だから大工さんなんかがいい。介護保険の対象になるような住宅改造ですね。そういうものもいいだろうとか、なかには農作業とかですね、森林の管理という作業もいいんじゃないか、というようないろいろなアイデアは出ているんですけれども、なかなかカネになる仕事というものを見つけるのが難しい。これが今の実情です。
ですから、今日のスモーリーさんのお話、成功事例がたいへん多く、また、それを支えるお金の集め方もたいへんお上手だな、というふうに感じました。
いずれにせよ、これはどういうふうに組織化していくか、運営していくかというのは私ども、今年からの課題になっているんです。いちばんいい方法というのは、協同組合という、組合方式がいいのじゃないのかなと思います。先ほどもスモーリーさんは学校の給食の方々に、組合をつくったらどうかということを提案されて、成功したということをお聞きして意を強くしました。私どもも地域の人々を中心にして、組合をつくってもらう。組合というのは協同組合ですけれども、その方向がいいのかなあということで、おおかたその方向になっていくのではないかと思います。その場合はあくまで地域の人でやっていただこう、というふうに思っております。

これはあくまで、ある一地域でのモデル的な私自身の試みでございます。このような地域というのは全国にたくさんございます。そういうものを、もしここで成功したならば、いろんな地域で試していかなければいけない。先ほど言いましたように、社会から排除された人というのはまだまだ全国にたくさんいらっしゃいますし、地域が崩れているというところは多いわけでございます。そのためにも、いわば基本理念であるソーシャル・インクルージョンを理念とするまちづくりというものに、私自身、あくまで個人としてチャレンジしていきたい。
どうもご静聴ありがとうございました。

炭谷 茂氏プロフィール

環境省総合環境政策局長, 日英高齢者・障害者ケア開発協力機構日本委員会副委員長
Director-General, Environmental Policy Bureau, Ministry of the Environment
Vice-chairman, Japan/UK Research and Development Organization for Ageing, disability and Technology
1946年生まれ。1969年東京大学法学部を卒業、厚生省に入り、厚生省各局、自治省、経企庁、在英日本大使館等の勤務を経て1997年7月、厚生省社会・援護局長。2001年、環境省官房長、同年7月から同省地球環境局長に就任。この間、埼玉大学、上智大学、日本大学等の講師を兼任。医療、福祉、人権の研究、教育に従事。現在、環境省総合環境政策局長。近著(いずれも共著)『保健、医療、福祉の総合化を目指して』(1998年光生館)、『イギリスの実践にみるコミュニティ・ケアとケア・マネジメント』(1998年中央法規)、『わたしと人権』(1998年ぎょうせい)、『世界の社会福祉イギリス』(1999年旬報社)、『福祉国家への視座』(1999年ミネルヴァ書房)