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目で聴くテレビと「クローズド手話」放送について

(特)CS障害者放送統一機構 専務理事 大嶋 雄三

 

国の決定として、つまり国策としてデジタル放送の準備が進められています。デジタル放送は、画面が非常に美しい。あるいは音声は前と後ろが4チャンネルでステレオになっていて、そして真ん中からも聞こえる 5.1サラウンド放送というすばらしい内容で放送されています。障害者にとっては字幕の量が随分と増えました。総務省の指針に基づく放送局の努力で進んできたと思います。こういうよい面もたくさんあります。日本の放送法はこれらの放送がすべての国民に対して平等にサービスを提供することを義務づけています。

従ってデジタル放送は国民全てに平等にサービスを提供するということにならなければならないということであります。

この点障害者についてはどうなのかということを少し見てみると、ハイビジョンで画面がきれいになる、視覚障害者の皆さんには、ではどのようにしてサービスが行き届くのだろう。5.1サラウンドですばらしい音が出る、聴覚障害者の皆さんにはどういうすばらしいサービスが提供されるのだろう。こういうことがすべてサービスの中で解決されてこそ、平等にサービスが行われる、いわゆる日本の憲法にある放送法に準拠していると、それに基づいてデジタル放送は実施されていると言えるようになると思います。

権利条約から少しこの面を見てみたいと思います。

第9条では、「情報通信ならびに公衆に開放されまたは提供される他の施設及びサービスを利用されることを確保するための適切な処置をとる」、このことを義務づけています。つまり、テレビで障害者にとっては十分サービスを受けられないのであれば、それを受け取れるような適切な処置をとる、とらなければならないと言っているわけです。

この点から見ると、今進められている日本のデジタル放送には、どうしても解決しなければならない重大な問題が幾つかあります。その中でも一番大きな問題は手話の問題です。この問題については、現在でもなお解決の糸口すら見当たらないという状況です。 2011年にはアナログ放送がなくなり、すべてデジタル放送に変更されるというこの時期にいたってこれは極めて深刻な問題になりつつあります。聞こえない人、手話を言語としている人にとっては、一体どうしてくれるんだという問題だろうと思います。

権利条約では次のように手話の規定をしています。「言語とは音声言語および手話、その他の形態の非音声言語を言う」としています。つまり、手話も音声言語と同等に扱うということです。放送に照らしてこれを表現しますと、テレビジョン放送で音声が流れている。そのときにはその音声と同じように手話に訳された放送がされている。このことを保障しなければならないということです。いわば、聴覚障害者にとりましては、放送に手話をつけることは情報を得る権利、そして放送法にいう「平等」を確保させるという基本的な問題であります。国はその施策としてデジタル放送を進めているのですから、放送法を守るという点からいってもデジタル放送に手話をつけることは、やらなければならない義務なのです。

それでは今のデジタル放送、手話と関連してどのように進んでいるのかという問題です。結論から言いますと、今のデジタル放送では手話を送ることが技術的に不可能であるということです。まあ、不可能ということが適切か、あるいは「できなくしてしまった」というのが適切なのかもしれません。手話をつけた放送をするためには、放送している番組の映像、それとそれを通訳した手話の映像、この二つの映像を放送局は送らなければなりません。そして、テレビの画面上ではこの二つの画面を一つに合成をする。そしてテレビ画面では、放送されているものに手話がついているという形で出てこなければならないわけです。

さらに、それに加えてもう一つの技術が必要です。字幕は皆さんかなりご存じだと思いますが、テレビのスイッチで字幕というボタンを押せば字幕が出てきます。ですから字幕が必要な人は、字幕のボタンを押したら見える。しかし必要のない人は、字幕がじゃまであるかもしれない。字幕は見たくない。だから字幕を見るのか見ないのかは見る人が自由に選べるという状態を作る必要がある。字幕はそういうふうにでき上がっています。

手話も当然、そういうふうにすべきです。手話が必要な人はボタンを押せば手話が画面に出てくる。必要でない人はそれは要らないというセレクトができる状態を作らなければならないということです。

これを、字幕については「クローズド・キャプション」と言いますが、手話については「クローズド・サイン」と言います。これが今の日本で実際にできるテレビ放送は、「目で聴くテレビ」だけです。これは放送局の皆さんもおおむね認めていることです。

日本で進められている今のテレビジョン放送では、先ほど言いました二つの映像を常時送り出すことができるという技術構造になっていません。また、二つの放送画面を合成するということもできない、そういう仕組みになっています。したがって、今のデジタル放送では手話付加放送はできないということです。

少し違いはありますが、解説放送に触れます。解説放送にも同じような問題があります。視覚障害者の皆さんにとっては、この解説放送が絶対に必要です。これも昨年のこのシンポジウムで私は問題提起をしましたが、いわゆる 5.1サラウンド放送時に解説放送はできるのかという問題です。いまだに明確な回答をいただいておりません。私はいろいろ考えたあげく、 5.1サラウンドでも少しの工夫でできると思います。いずれにしても、解説放送には解決の道筋があります。

手話に戻りますが、しかし、手話には解決の方法がありません。なぜこんなことになってしまったのか。調べてみると、日本の放送技術と運営基準を定めているところに、電波産業会というのがあります。ここが決めているのが ARIB(アライブ)という放送基準です。すべての放送局とテレビジョンメーカーは、この ARIBの基準に従って機器を製造するということが半ば強制的に義務づけられています。この基準を守らなければ、テレビ界に入ることはできません。いや、民間が勝手に決めたのだからしかたないよ、とよく言われるんですけれども、しかし現実にはこれが絶対的基準として採用されています。しかもこの機構は総務大臣の承認機関です。

ARIB基準のTR-B14、この中に、二つの放送電波を常時送るということができない。そして送ったとしてもテレビジョン画面に出るのはどちらか一つの画面だけという規定がされています。詳しい説明は時間の関係で省きますが、この規定があること、この規定に基づいて、デジタル放送が準備されたために、結果として手話が送れなくなった。送れなくしてしまった、ということです。

なぜこのTR-B14という項目を入れたのかさっぱりわかりません。質問しても回答は返ってきません。返ってこないはずです。開発過程で手話というものを知らなかった、あるいは必要性は知っていたけれども今回は目をつぶろうとなったのかな、という推測は生まれますが、そういうことは公表はできないですね。この点では、大きな本質的問題を日本のデジタルテレビは内部に抱えているということであります。

さて、こうしたことが生まれたのはなぜか、経過を見てみますと、デジタル放送という障害者にとっては重要な関わりのある課題を国家的規模で決めていく過程の中で、障害者の意見を聞いてこなかった。各種の委員会の中に障害者が誰もいない。この経過が作り出した結果だと思います。

1998年、十数年前、日本のデジタル放送の準備が国家的課題として始まります。10年を超えて、総務省が、このデジタル放送を進めている情報通信審議会で、障害者の意見を聞いたのは昨年2月29日が初めてです。現状の推移を見ても、昨年2月 29日の時点ではデジタル放送の、重大な、しかも基本的な規定まで決まって進められてきた、現状を変えることはもう既に時期遅しです。

さて、日本のデジタル放送は、この手話の問題を見たときに重大な問題を抱えているということはわかっていただいたと思います。次の問題は、今の時点でどのように解決するか、これが次の大事な問題です。この点では二つの提案が出ています。

先ほどお話ししましたように、「目で聴くテレビ」は手話をつける機能を技術的にも開発をし、そしてそれを実践し、既に 10年の実績を持っています。この放送はすぐにでも、デジタル放送ができない手話を付加する放送を補完としてやることができます。したがって「目で聴くテレビ」を当面の解決策として、補完放送として認める、そしてデジタルの不足部分を補う処置をとれば、手話のついた放送を格段に増やすことができます。しかも、世界でも貴重な経験になります。

まさにこの点では、権利条約のいう合理的処置をとる、ということです。この合理的処置について、権利条約を少しだけ見ておきます。「障害を理由とする差別にはあらゆる形態の差別を含む」。合理的配慮の否定を含むということです。合理的配慮とは「障害者が他の者と同様に、すべての人権及び基本的権利を享受し、または行使することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものである」。現実に補完放送をすることができる合理的処置があるのに、これを否定するということは差別に当たるということを指摘しているわけです。またそうした処置をとらなければならないということをはっきりとうたっているわけです。

二つ目のもう一つの問題。補完はあくまで補完であります。本来やるべきことは、地デジ放送、つまりデジタル放送自身が手話をつけて放送ができるという実態を作ることであります。この点では、現在のデジタル放送でも手話をつけることができるための技術開発をやるべきです。この技術開発も過去の苦い経験から学んで、障害者当事者を加えて、そして放送局、企業、そして技術者、すべてが参加して、協力してこの技術開発をやり遂げるということが必要です。そのためのプロジェクトも既に立ち上がっています。これに多くの人が参加をしていただき、そして国もこれを支援して、あるいは放送局もこれに協力をして、この開発を成功させる。そしてデジタル放送がちゃんと手話をつけて放送ができるような道を切り開く。このことが大事だと思います。

もうそんなに時間をかけないでデジタル放送が立派に国民全体に平等にサービスができるようになることを期待して話を終わります。