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緊急レポート 池松 麻穂、吉田 めぐみ

精神障害者にかかわる取り組み

池松 麻穂

浦河べてるの家 精神保健福祉士

吉田 めぐみ

浦河べてるの家 メンバー

講師の池松氏と吉田氏

はじめに

●池松 北海道の浦河べてるの家からきました。ソーシャルワーカーの池松です。

 

●吉田 こんにちは。浦河からまいりました吉田めぐみです。べてるの家のメンバーで当事者です。浦河では「自己病名」と言って、診断された名前のほかに、自分で起きていることに名前をつけて呼びます。私は突然のことや予想外のことに弱く、日頃から自分の気持ちを置き去りにして暮らしているので、緊張が高まると、急に固まったりとか突然泣き出したり、感情のコントロールがきかなくなる苦労を持っています。よろしくお願いします。

浦河べてるの家について

●池松 このたび3月11日に東日本大震災があり、被災された方々には、浦河からもみんなで心よりお見舞い申し上げます。

浦河では東北の被害に比べると本当に少なかったほうです。しかし、私たちのところにも津波が来て、精神障害を抱えるメンバーたちが、たくさん避難をしました。私たちの経験が少しでも世の中のためになればと思って、今日は精神障害の立場から発言します。

北海道の浦河町は、襟裳岬のそばにあります。人口1万4000人弱の過疎の町で、日高昆布やサラブレッドの有名な町です。

べてるの家は、精神障害を抱えるメンバーが、働いたり、生活をしたり、SSTという自分を助けるプログラムをしている総称体として活動しています。

仕事として、特産の昆布商品を生産し、全国に販売しています。

本題の前に余談ですが、原発の放射能の風評被害で、地震より前に袋詰めした昆布が欲しいと、問い合わせが来ました。私たちはこれを聞いて少し悲しくなりました。今日も、少し昆布を持ってきています。これは去年の秋とれたものです。今年の秋にとれる昆布も、大事にしていきたいと思っています。

3月11日の浦河の状況

●池松 本題に入ります。3月11日、浦河で何があったか。14時46分に震度4の揺れがありました。直後に浦河町の災害対策本部が設置され、津波は15時19分にマイナス10センチ、15時40分に浦河町内に避難指示、16時42分に最大波が来て2メートル79センチでした。3月12日には避難指示が解除され、その後、対策本部は解散しています。津波の前後では、港は浸水して、物が流れました。

避難人数は497名、被害状況としては、自動車やトラックが流されたり、物的被害がありました。べてるの家は、浦河町内の海の近くに点在しています。その日は、日中でしたので、べてるで通常どおり働いたり、住居で生活していました。14時46分の震度4の後、私たちはすぐに避難しました。

 

●吉田 住居でも仕事場でも、各自すべて避難を開始しました。すぐに避難したので、津波警報が発表されたころ、15時10分ごろには、津波が来る前に全員避難できました。その後、避難場所を移動したりして、夜には解散しました。

 

●池松 避難警報が発表される前からみんなで避難することができました。

避難の際、足が不自由な人を手伝ったりしながらみんなで山をのぼって、避難所では町の人と一緒に時間を過ごしました。

べてるの避難状況は、最大時で約60名ぐらいです。

建物などの物的被害はなかったのですが、精神科に入院した仲間たちが4名いました。なぜ私たちがすぐに避難できたか。防災活動の紹介をします。

べてるの家の防災活動

●吉田 私たちは地域で生活する中で、日頃から病気のため、聞こえない声が聞こえたり、見えないものが見えたり、生活のしづらさを抱えて暮らしています。

浦河町は地震の多い地域で、いつ津波が起きてもおかしくない状況です。その中で、自分を守り、避難することはとても大切で、とても難しいです。

以前、避難訓練を始めるまでは、突然地震や津波が来たときも、「突然」に弱いので、幻聴がひどくなったりパニックになって固まってしまったりしました。また、どこに避難したらいいか、どうしたらいいのかもわからなくて逃げられませんでした。

2003年に十勝沖地震が起こり、浦河では震度6弱の地震と津波を体験しました。この後から、私たちの防災活動が始まりました。

 

●池松 実際の大きな地震の後、自分で自分を守るため、防災の必要性を感じて、関係機関の協力のもと、活動を始めました。活動のポイントは、精神障害を抱える人たちの集団療法の1つ、SST=ソーシャルスキルズトレーニングを活用したことです。SSTとは、実際に苦労している生活の場面を取りあげて、コミュニケーションの練習をしたりする認知行動療法の1つです。

もう1つは、当事者研究です。これは浦河で始まったプログラムです。病気や生活の中で出てくる苦労について、研究というアプローチから深めていくものです。

例えば、精神障害をもって、幻聴さん(幻聴のことを外在化してそう呼ぶのですが、)の影響によりリストカットなどしてしまう人と一緒に、叱ったり止めたりするのではなく、どうしてそうなるのか、どんな時に幻聴さんが来やすいのかを考えます。お腹がすいた時にそうなるなら、食べますし、寂しいときに幻聴さんが来るなら、仲間の所へ行きます。

防災にも、この「当事者研究」の視点から取り組み、SSTを活用しました。

津波や地震がきたとき、どうするか。まず津波は、4分以内に来る可能性があるとか、10メートルの高さまで来る可能性があることを学びました。それに対して、どこに逃げたらいいかとか、どういうふうに逃げたらいいかを、みんなで相談しながら考えました。そして実際に避難訓練をやってみました。

その中で有効なマニュアルは、DAISYです。DAISYは音と写真と文字が同時に再生されるプログラムです。これを使ってよかったことを、吉田さんからどうぞ。

 

●吉田 先ほど、文字情報だけでは把握が難しいという話がありましたが、精神障害や発達障害の苦労をもつ私たちは、なかなか耳で聞いただけではわからなかったり、目で見ただけではわからないことも多いです。DAISYだと、耳で聞いて目で見て、いろんなところから情報を把握できることがとても役立っています。

 

●池松 事前に正確な知識や情報の共有をすることで、私たちは実際の避難ができるようになりました。町や自治会の人と一緒に避難訓練もしました。

「4分で10メートル」を合い言葉に、地震が起きたらとにかく逃げるという取り組みを続けてきて、2010年2月のチリ津波のときも、べてるのみんなで避難しました。そのときは、幸い被害も少なく、また、町内の方はほとんど避難されていませんでした。しかし私たちにとっては「本番の練習」として大きな手ごたえを感じた日でした。昨年行われた日本精神障害者リハビリテーション学会 浦河大会では、「障害者と防災」というシンポジウムを行い、私たちは精神保健福祉分野での防災の取り組みの重要性を、改めて明確なテーマとして提言しました。

べてるメンバーの被災体験

●池松 話は3月11日に戻ります。東日本大震災の当日、精神障害を抱えるべてるのメンバーに何が起こったのか、紹介します。何人か、入院したメンバーもいますが、その1人の女性の事例を紹介します。

 

●吉田 その方は、地震前から妄想があり、仲間の1人が「悪さをしている」と感じたり、「怖いので外に出ないようにしよう」と、ひきこもりがちでした。そんなときに大地震が起こって、妄想さんや幻聴さんの声で、「この地震はAさんが起こしたんだ」と聞こえてきて、その考えにとりつかれて、1人では逃げることができませんでした。同じ共同住居に住む仲間が避難しようと声をかけて、とにかく一緒に避難することができました。

避難所には、実際の仲間のAさんがいて、一緒にしばらく過ごしたのですが、落ち着かず、結局海の近くにある自宅に戻りました。

自宅に戻った後も、「妄想さん」が来たり、「地震がまた来たらどうしよう」とか、「建物の下敷きになってしまうのではないか」という不安がすごくありました。夜中から朝方にかけて、家と外を出たり入ったりしてずっとうろうろしていました。朝にスタッフが応援に来て、一緒に病院に行き、入院になりました。

その後、すぐに退院になりましたが、自宅に戻るとまた不安が募ってしまい、再入院をしましたが、短期で退院できました。退院して落ち着いた後、今まで何が起きていたかなど、みんなの前で苦労の情報公開をしてくれました。もともと苦労をあまり話せない人だったのですが、話をしてちょっと安心したようです。私たちは普段から自分に何が起きているかなど、「弱さの情報公開」というのをやってきたので、それが災害時にも助けになることが、その方と話してわかりました。

 

●池松 この方は、入院中も揺れてるような感覚で、病棟が船になったという妄想があったそうです。さらに妄想の中では、主治医の、浦河赤十字病院の精神科の川村先生が「船の操縦士」だったそうで、そのために「安心して病棟にいることができた」と、後に語っています。

このように仲間たちが入院もしましたが、4人入院したうち3人は早くに退院できました。

被災体験を振り返って

●池松 べてるで3月11日の震災の振り返りをしたときに出された中で、「練習どおり、迅速に避難ができた」というものがありました。また、「現実感があった」というものもありました。これは、精神障害の方がよく災害時に感じる感覚だと思います。

 

●吉田 私たちは感覚として日頃から、現実に起きていることと、聞こえない声が聞こえたりなど自分の中で起きていることが違います。なので、なかなか「現実に起こっていることの中に自分がいる」という感覚がわかりにくい人がとても多いです。

災害時には現実の状況として大変でしたが、逆にそういうときには、病気の症状が一時的におさまったり、症状がいったん落ち着くことがあります。

 

●池松 幻聴や妄想にジャックされた状態ではなく、現実に起こった津波の映像や、町の人との関わりほうが現実感があって、病気から一時的に切り離された状態になった人もいたようです。

また、病院のドクターも、「避難入院していいよ」と言ってくれたこともよかったです。浦河では精神障害を抱えて生活している上で、入院するのはダメなことではない、、「疲れたら少し入院して休めばいい」と考えています。それで早期対応ができました。また、普段から「弱さの情報公開」をして、仲間同士でコミュニケーションをとったり、町の人にも自分たちの苦労を伝えたりしています。役場の人にも普段から関わって頂いています。そのため、避難所でも仲間や町の人、役場の人など、みんなの力を借りることができました。

総合的に、自分たちの行動は、○(まる)だったと評価ができるのですが、その分、苦労したこともたくさんありました。一番多かったのが、薬を忘れてしまったことです。薬を持っていないという不安から入院した人もいました。

「これからどうなるかわからない」、「今後の予測ができない」、「ニュースを見ても心配な内容ばかり」ということが不安だった人もいます。さらに、「夜、家に帰って一人になったときに怖かった」という声もありました。心も体も緊張状態のまま避難所にいて、帰ってきてもそれがとれないのです。本当はよかったこともたくさんあったはずなのに、避難所で、自分たちのよかったことを評価しあう余裕が全くありませんでした。

その他、浦河町内でも、べてるのメンバー以外に発達障害のお子さんをお持ちのご家族などは、避難所に行くことすらできず、高台のホテルに行って、宿泊されたという方もいました。

さらに良くする点として、薬を中心に避難グッズを見直すこと、それから避難後の過ごし方についてが挙げられます。

 

●吉田 避難後の過ごし方については、避難所でもミーティングをして、「苦労やよかったことを分かち合う時間があればいいのではないか」とか、「心と体をリラックスするための方法をみんなで学ぶ」ことが必要だということが挙げられました。また、日頃からの自分との付き合いや病気との付き合い、地域の方との付き合いが一番大切だということになりました。

さいごに

●池松 私たちは、当事者研究が、「被災地でも活用できるのではないか」という活動を始めています。福島などで、当事者研究を活用した障害者、福祉の取り組みにも協力しはじめています。

まとめです。私たちは、やはり事前の正しい知識、情報共有、練習をしておけば、精神障害があっても迅速な避難が可能であるということについて、だんだん手応えを感じています。そのために、ミーティング、当事者研究、DAISYというツールは活用できています。また防災を通じて、障害者と地域とのつながりを日頃から取り戻すことができると考えています。避難先での過ごし方、自分の助け方などには、さらに良くすべき点が多いですが、今後、相談しながら考えていきたいと思います。

避難先での過ごし方や、その後の復興の過程の中でも、やはり正確な現状の把握が安心につながると思います。3か月たってもまだ入院中の仲間がいます。その方は自分の親戚がどうなっているか、今後どうなっていくかという情報が分からず、不安でパニックになり入院してしまいました。被災後の自分の助け方としても、当事者研究が活用できそうです。

 

今回のテーマは情報保障ですが、情報をキャッチしたり、理解しあうのは、コミュニケーションです。精神障害はコミュニケーションの障害とも言われています。大事なのは理解のしやすさ、安心できるということや、具体的であるということです。先ほど浅利さんからも、手話は聴覚障害者以外の人も見る可能性があるというお話がありました。

発達障害をもつ方で、話し言葉より手話のほうがコミュニケーションがとりやすい方もいますので、手話を活用するのもいいと思います。

また、危険を伝えるサイレンによって、発達障害のお子さんがパニックになり、逆に危険につながることもあります。

テレビやラジオを見て普段はリラックスする人が、避難所で見た映像によって逆に苦労してしまうこともあります。私たちも難しいと思っていますが、今回のことを機にまた考えていきたいです。

 

●吉田 今回のことでみんなで課題がたくさん見つかりました。今後、地域の人やいろんな方たちと、ここで聞いたことも持ち帰り、また考えたいと思います

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