音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

日英セミナー「障害者のための社会的な仕事と雇用の創出」

基調講演「日本における社会的な仕事と雇用のあり方」

炭谷 茂
環境省事務次官、日英高齢者・障害者ケア開発協力機構日本委員会副委員長

只今、ご紹介に預かりました炭谷でございます。今日はこれから2人のイギリスからの専門家のお話しを頂く前に、いわばそのガイダンスという位置づけでお話しさせていただきたいと思います。
今日は予想以上にたくさんの方に来ていただきました。私どもは200人くらい来ていただければいいなと思っていましたところ、ちょうどその2倍の400名の方に来ていただきました。本当にありがとうございます。その上、今日の会議は単に福祉の関係者だけでなく企業の関係者もたくさん来ていただきました。それからわざわざ大阪市の関市長も来ていただいて、大変ありがたいと思います。全国各地から来ていただきました。それほど今日のテーマが皆さんの関心を大変呼んでいるのではないかと思います。つまり現在の私どもの社会福祉がこのままでいいのか、どうもよくない、何か足りない、新しい社会福祉に向かって進まなければいけないという問題意識を、皆さんが持っているためではないか。そしてその一つの突破口として今日の、障害者のための雇用、社会企業というところに突破口があるのではないかと皆さんが思ってらっしゃるためではないかと思います。

私もそのとおりだと思うんです。実は今日のテーマの一つの理念というのは、私はソーシャル・インクルージョンという言葉にあるのではないかと思います。実はこのソーシャル・インクルージョン、だんだん日本でも普及、定着してまいりました。実はこのソーシャル・インクルージョンという理念は、この日英の協力機構の中で育ってきたのではないかと自負しております。お手元に今日の私の話の概要を1枚紙(20ページ参照)にまとめておりますので、その紙を見ながらお聞きいただくとご理解いただきやすいのではないかと思います。

私どもがこの日英の協力機構を作りました最初のスタートは、1999年頃です。そして2000年の1月、ロンドンで第1回目の会合をし、そのときに日本もイギリスもともに、これからの社会福祉というのはソーシャル・インクルージョンという理念を基本にしていかなければいけない、そういうことを土台にして日本とイギリスの間で会議を重ねてまいりました。先ほど鴨下先生からお話がありましたように、既に6回の会議を催すことができました。その会議には、この中にも何回か、毎回出ていただいている方もいらっしゃると思います。特に昨年10月に亡くなられた初山先生の指導力が大変大きな役割を果たしたと思っております。初山先生のご努力、ご貢献に対して改めて敬意を表したいと思っております。ソーシャル・インクルージョンというのは、日本でだんだん広がってきた。広がるだけの理由がありました。実はイギリスも日本も同じような状況があります。障害者が排除される状態。また高齢者の孤独死という問題も日本で多くなりました。また増え続けるホームレスも日英共通の課題だろうと思います。これらに共通する問題というのは、社会から排除されていくという問題だろうと考えています。この社会からの排除に対して、日英がともに考えていかなければならないということで会議を進めてまいりました。

その中で一つの問題としてあったのは、これまでの社会福祉の中で考えられてきたノーマライゼーションという考え方とどう違うのかということも提起されました。ソーシャル・インクルージョンというのは、結局はノーマライゼーションの発展の途上にあるのではないか。ノーマライゼーションとソーシャル・インクルージョンというのは、ある意味では同じ方向だろうと思っています。

最近、私は大変すばらしい論文に出会いました。「リハビリテーション」という、日本鉄道弘済会という団体が出している非常に小さな雑誌ですが、その中に片岡豊さんというデンマーク在住の人がお書きになっている、すばらしい論文に出会いました。彼は、この「リハビリテーション」という雑誌の中で、デンマークのソーシャル・インクルージョンの問題を取り上げていました。どうもデンマークでは、ノーマライゼーションだけでは障害児の問題はうまくいかない。そこでソーシャル・インクルージョンという考え方を障害児の教育面で取り上げているということを述べています。なるほどそう考えると、ノーマライゼーションで十分できなかった点が、このソーシャル・インクルージョンということで解決できるのかなと思いました。ぜひお読みいただきたいと思います。

そこで、ソーシャル・インクルージョンの取り組みの基本的な柱というのはどういうところにあるのか考えてみますと、私は三つあると思っています。
一つは、排除に対して、先ほどのように社会から排除されようとする力に対して、抵抗して、それを社会の中に取り込もうとする動的な動きです。待ちの姿勢ではなく取り込もうとする動的な動きが必要だというのが第1です。
第二には、ソーシャル・インクルージョンを行うのは一つの街の中で行う。そういう面的なもので展開する。これが第二番目です。
第三番目は、ソーシャル・インクルージョンを行う場合は、従来の狭い小さい社会福祉だけでは不十分で、今日のテーマになっているような、仕事とか教育とか住まいとか芸術とかレクリエーションとか。そういうような、従来必ずしも福祉サービスで取り上げられてこなかったものについて、行わなければいけない。なかんずく今日のテーマである「仕事」は重要な要素になっています。それをいかに組み合わせるか。今日、かなりの方はソーシャルワーカーだと思いますが、ソーシャルワーカーの仕事だと思います。
この三つがソーシャル・インクルージョンの基本的な要素だとすれば、その三番目の中に占める「仕事」ということについて、どうも日本の社会福祉の中では十分ではなかった。むしろ、これは福祉の分野としては関連分野だというふうに取り上げられていたのではないか。それをこれから考えていかなければいけないと思います。

それとともに、私どもは今日は「障害者」ということで取り上げましたが、福祉の対象者というのは、障害を持っているという明確な人だけではなく、いわば社会的な事由、たとえばひきこもりの青年、登校拒否の子どもたち、失業、または社会から排除されたホームレス。そういう、社会的な事由の人たちにもこの社会福祉の対象を拡大していかなければいけないのではないかと思います。

そこで次に、仕事という面についての考え方というものを考えてみたいと思います。従来、福祉の分野では仕事というものについては、授産施設、また親たちが力を出し合った小規模授産施設、小規模作業所、共同作業所。いろいろ呼び方がありますが、そういう分野で努力がされてきました。もちろんその必要性はこれからもずっと続くと思います。それとともに、これから重要になるのは、1つの分野として重要になってくるのは、「社会企業」ということではないかと思っています。

そこで、この日英協力機構で出会った一つの団体に、CANという団体がございました。正式名、コミュニティ・アクション・ネットワークの略称でCANと呼んでいます。CANの手法というのは、いわば社会企業です。従来の福祉ではなく、ビジネス的な手法でイギリスのスラム街を中心に街の建て直しをやったという実績を、私どもはこの日英協力機構の中で勉強することができました。そして住宅問題、医療の問題、保育所、そのようなものに、このCANという団体が社会企業という手法で整備してきたということを知りました。これも一つの社会企業という分野だろうと思います。

このような目でいろいろな国の状況を見てみますと、最近韓国で「生産的福祉」という言葉が使われていることを知りました。昨年、金大中前大統領の特別補佐官をしていた金さんという方と大阪でお会いしました。そのとき、「炭谷さんが常に言っているソーシャル・インクルージョンにおける仕事というのは、金大中前大統領が提唱していた『生産的福祉』と同じだ」ということを言ってくれました。まさに福祉において仕事というものを通じて障害者などの自立を図っていこうということでした。
最近、スイスでは「開発型福祉」という言葉が使われています。これも、仕事を通じて障害者を自立させようということのようです。同じような意味だろうと思います。

そのような目で全国を見てみますと、実は自分のところも同じようなことを今やろうとしているんだ、既にやっているんだ、ということをおっしゃるんですね。たとえば神戸市長の矢田さん、昔から私が一緒に福祉を考えてきた市長ですが、矢田市長のところは昨年の6月にリサイクル工場を作った。そしてその中で25名の知的障害者を雇用して、普通の労働をやってもらっているということを言ってくれました。25名とこうやってお話ししていると、先週私のところに手紙が来まして、「25名じゃなくて28名です。3名増えているから新しい数字に変えてほしい」と言ってきましたけれども。これも一つの例だと思います。

その他、私はこれから出てくる分野、いろんな地域で試されているものとして、農業も非常に有効ではないかと思っています。たとえば有機農法をやる場合、障害者が農作業を通じて仕事に結びついていくとか、また林業も有望な分野で、いろんなところで試そうとする動きが出てきています。先ほどの神戸市長のところのリサイクル工場というのはいわば環境産業だろうと思います。環境産業もこのような分野で考えられるところではないかと思っています。このように全国いろいろなところで出てまいりますが、今日のテーマであるソーシャル・ファームというのも一つの有効な方法だろうと思っています。
今日はお二人のイギリス人の方からソーシャル・ファームについてお話しいただきます。ただソーシャル・ファームというのは、この中でお聞きになった方は少ないのではないかと思います。ちょっと定義だけ勉強しておきたいと思います。パンフレットの8ページをご覧いただきたいと思います。8ページ目にソーシャル・ファームの定義を載せております

簡単に言えばソーシャル・ファームというのは三つの要素から成り立っていると考えていいと思います。
一つは、あくまで主たる対象は障害者の雇用ということを狙いとしているというのが第一の要素です。それから第二の要素として、あくまでビジネス的な手法。だから賃金もできれば市場価値によって払う。また商品も市場によって売る。いわば通常のビジネス的な要素で行うというのが第二の要素です。第三の要素は、社会的な目的。障害者の自己実現とか自立、社会参加。そういう社会的な目的を要する。この三つの要素がコアの概念としてあるのではないかとご理解いただければと思います。

あらかじめお話ししておきますと、今日お話になるマイケル・フルデンバーグさんは、どちらかというと民間の企業的な色彩が大変強いです。一方、二番目にお話になるマーティン・ロッジさんのお話は、どちらかと言えば日本的な授産施設における取り組みに類似していると受け取られると思います。両者は同じソーシャル・ファームと言いながら、違います。その違うところが面白いところです。ですからソーシャル・ファームというのは、さっきの三つの要素はありますが、ある一定の明確な、「究極のソーシャル・ファームはこれだ」というものは、どうもまだない。むしろない方がいいのではないか。いろいろなバラエティがあるからこそソーシャル・ファームなんだろうと思っております。そのようにご理解いただければ、これからのお二人の講演が理解しやすいのではないかと思います。

社会企業の要素としまして、私は重要なポイントとしていつも四つ挙げております。
法律とか制度がある前に、まず自ら行動していくこと。これは企業的なセンスで行動していく。役人はだいたい90%確実でないと行動しません。企業は逆に、10%の可能性があれば行動する。そこに違いがあります。10%の可能性があれば行動するというのが、社会企業の一つのポイント。二番目には、あくまで必要性。障害者や高齢者や社会から排除している人のために必要と思われる、ニーズ本位に動いていく。これが第二番目の要素。法律があるからやるのではない。第三番目の要素として、利用できるものは何でも利用する。企業の力、一般の国民の力、国で用意されている補助金。何でも大胆に貪欲に利用していくというのが第三の社会企業のポイント。最後に、それまでだったら単に普通の民間企業と変わりません。重要なのは四番目で、いろいろな地域住民の参加を求めていく。これが四番目の要素だろうと思います。

ただ、あくまでソーシャル・ファームといえ、社会企業といえ、一番重要なのは、その究極的な目的は、すべての人が人間らしい生活を送れるようにする。この目的を失っては、社会企業もソーシャル・ファームも存在し得ない。それが一番重要な目的だろうと思います。そういう意味で今日のシンポジウムをいろいろ批判的に、またこれからの仕事の面でお役に立てていただければありがたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

 

 

日本における社会的な仕事と雇用創出のあり方

炭谷 茂
環境事務次官、日英高齢者・障害者ケア開発協力機構日本委員会副委員長

 

1.日英協力機構の歩み
(1)日英の協力の必要性
(2)社会福祉基礎構造改革とコミュニティ・ケア改革
(3)初山泰弘委員長の活躍
 ・「ソーシャル・インクルージョンと社会起業の役割」
(ぎょうせい 2004.12)掲載の初山論文
(4)2001年1月 ロンドンで
 ・ソーシャル・インクルージョンの理念
(5)障害者、高齢者等の対策についての議論

 

2.ソーシャル・インクルージョンからの取り組み
(1)共通した社会・経済状況
 ・排除される障害者、若年失業者、ホームレス、外国人等々
 ・フランス等ヨーロッパに共通
(2)ソーシャル・インクルージョンの理想を中核に
 ・ノーマライゼーションの発展
 ・片岡豊論文(リハビリテーション 2004.12)
(3)取り組みの柱
 ・排除に対抗する動的な行為
 ・まちという面
 ・総合性とソーシャル・ワーク
(4)福祉の領域の拡大
 ・仕事
 ・教育
 ・すまい
 ・芸術
 ・スポーツ、レクリエーション
(5)対象者も広く
 ・社会的事由に着目

 

3.社会起業の方向
(1)CAN
(2)生産的福祉、開発型福祉
(3)全国各地での試み
 ・農林業
 ・環境産業
(4)社会起業のポイント
  ・自ら行動
 ・ニーズ本位
 ・何でも利用する
 ・住民参加
(5)社会的な目的