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国際セミナー「世界の障害者インクルージョン政策の動向」

基調講演 「ソーシャル・ファームの普及・拡大の戦略」

炭谷 茂
環境省事務次官/日英高齢者・障害者ケア開発協力機構副委員長

ただいまご紹介いただきました環境事務次官、またこの日英高齢者・障害者ケア開発協力機構副委員長をいたしております炭谷でございます。今日はこのようにたくさんの方に来ていただきまして本当にありがとうございます。ソーシャル・ファームというものはどういうふうに日本の中で考えたらいいのか、そういうものの全体像を把握していただくということでお話をさせていただきたいと思います。

皆様方のお手元にパンフレットをご用意いただいていますが、ご覧いただきながらお聞きいただきますとご理解を得やすいのではないかなと思います。 (参照「要旨」)

皆様方、福祉というものはどういうふうにとらえていらっしゃいますでしょうか。私は福祉というのは、例えば今日のテーマである障害者の方々を例にとれば、その人たちが人生において一人の人間として尊厳ある生活ができるようにする、それが福祉だと思っております。もっと硬い言葉で言えば、一人ひとりの人権がしっかりと保たれ向上する、それが福祉であるというふうに考えています。

そのような観点で我が国では十分努力がなされてきたと思います。世界もそうだと思います。現在、世界の福祉の理念として引っ張ってきたのが「ノーマライゼーション」という考えだと思います。1950 年代、デンマークのバンク・ミケルセンが唱えたノーマライゼーションです。これは今日でも主導的な理念だと思います。バンク・ミケルセンは障害のある人も通常の人と同じような生活ができるような環境を確保しなければいけないということをノーマライゼーションという言葉で表しました。これは今日でも私は正しいと思います。しかしこのノーマライゼーションということだけでは何か限界にぶつかり始めているというのが、日本でも、これからお話しになるヨーロッパでもそうではないのかなというふうに思うのです。

ノーマライゼーションは障害者の方々に通常の生活ができるような環境を用意しました。しかし一方社会の中には、この人たちを排除しよう??これが今日のキーワードですけれども、「エクスクルージョン」(排除しようとする動き)が起こり始めて、単に環境を用意するというだけでは不十分ではないのかなと思います。そのときに必要なのは、排除に対抗してその人たちを社会の仲間に包み込んでくる、ソーシャル・インクルージョンという理念が重要になっているのではないかなと思います。ノーマライゼーションの発展方向にソーシャル・インクルージョンというものがあると理解されるのではないかと思います。

ノーマライゼーションとソーシャル・インクルージョンの違いというのは、私は三つあると理解しています。一つは、今のように排除に対抗する動的な動き、その人たちが社会から弾き飛ばされないように社会に入れていく、それが一つ。二番目には、あくまでソーシャル・インクルージョンというのは一つの面、町の中での動きであるというのが二つ目です。三つ目は、そこにいる人たち、住民の方々、それは障害者の方々も含めて住民がすべて参加をしてやっていく。これがソーシャル・インクルージョンの要素、三つの重要な要素ではないかなと思っています。

しかしそれだけでは具体的には何もわかりません。具体的に、しなければならないことは何なのかと考えると、これまでの日本の福祉、既存の現在の福祉というのは、このように援護の必要な人に対して金銭を支給する生活保護が代表的です。またホームヘルプのようなサービスを提供する。この二つが大きな手法です。現在でもその通りだと思います。しかしそれだけでは不十分ではないのか。

私はそのような金銭やサービスを行う前に重要なことが四つあるのではないかと思っています。一つは今日のメインのテーマである仕事。二番目には教育。三番目には住まい。四番目には生活の創造―これがちょっとわかりにくいのですが、生活の創造というふうに言っています。最初の三つはわかりやすいので時間の関係で省略しますけれども、最後の生活の創造、これが重要ではないか。我々は別に、食べて、寝てという生活だけではなくて、日常の生活の中には、例えばいろいろな人とコミュニケーションする、これも重要です。話し合う。どうも障害者の中ではこのようにコミュニケーションが十分確保されてないのではないか。先ほど、英国大使館の方からいい話を聞きました。英国では障害者のコミュニケーションを円滑にするため、力を入れているという話が先ほどありました。大変心強く思いました。コミュニケーションというものも重要。また余暇活動、特に例えば芸術の活動、障害者にも芸術の活動というものがあったらいい。私の役所の部屋の中には自閉症児が描いた絵があります。大変立派な絵なのですね。いつも励みになります。力をもらえます。こういうような活動もあります。

それから、食べて寝てというだけでなく、食事についても楽しく食事をするということが必要ではないか。私の友人に堤さんという方がいらっしゃいます。56 歳のときに全盲になられました。農林省のお役人をされていたので、食事ということに大変関心がある。そこで点字図書館に行って料理の本を探しにいったけれども、視覚障害者向けの点字の本はなかった。視覚障害者は料理をしちゃいけないのかなと堤さんは思ったらしいのです。そこで自分で「すこやか食生活協会」、という協会を作って、視覚障害の方も料理を楽しもうじゃないかということを訴えられています。

このような生活の創造、暮らしの要素も重要ではないかと思っています。今日は4つの中で一番重要な仕事の話ということで、今日、シンポジウムで皆さんと一緒に考えてみたいと思うのです。障害者の方々について仕事が重要だと誰でも言います。そして現在の日本の障害者の仕事づくりと言えば、どうも限界にぶつかっているのは雇用政策じゃないかなと思います。つまりどこかに「雇っていただく」。これが日本の労働政策の大きなところだと思います。でも障害者だけでなく長年閉じこもりをしてきた子どもたち、また刑務所から出てきた人たち、このような人たちを積極的に雇おうとする企業というのはあるのでしょうか。これはなかなか期待できない。

であるならば、「雇われる」という雇用政策とともに、仕事というものが障害者やその他の社会から排除されている人たちに対して重要だと言うならば、むしろ、仕事を「自ら作っていく」、このようなものが今、望まれているのではないか。これが現在、日本の労働政策の中で、本来二本の柱であるべきものの一本が弱いところがあるのではないか。それゆえに十分確保されていない。その大きなヒントになるのがソーシャル・ファームということだと私は思っています。

ソーシャル・ファームに入る前に、一つ大きな社会の話をさせていただきます。社会の経済、社会のシステムの中には二つの要素がまず通常あります。一つは公の仕事。行政がやる仕事。そして二番目には、企業がやる仕事。これが最近非常に拡大してまいりました。市場原理に基づいて企業が、また世界の中で競争していく。これが第二の分野。どうもこの第二の分野がどんどん大きくなって、これに必ずしも乗り切れない人たちが、かなり出始めるのではないか。それが社会的な弱者なのだろうと思います。

そのために今必要なのは、第三の分野。公でもない、かといって企業でもない、第三の分野。英語では「ソーシャル・エコノミー」とか、場合によっては「ソーシャル・エンタープライズ」と呼んでもいいだろうと思いますけれども、この分野の確立というのが日本で望まれているのではないかと思います。その一つが、今日話題になるソーシャル・ファームということであります。ソーシャル・ファームについては先ほど司会の寺島さんが要領よくまとめていただきました。これからシュワルツさんもお話をしていただきます。1970 年代からイタリアで精神障害者を中心にして始まりました。

目的は社会的な公益。障害者のための仕事。ではあるけれども、手段はあくまでも企業の手法で行うという、両者の合わさったものがソーシャル・ファームであります。このようなことはうまくいくのかなと思われた方も多いでしょう。昨年、イギリスから二つ、ソーシャル・ファームの方に来ていただき勉強しました。私も大変よい勉強をしたと思っています。

というのは、一つのソーシャル・ファームは成功していました。もう一つのソーシャル・ファームは経営に苦しんでいました。成功ばかりじゃないということを知ったのは大変よかったなと思うのです。一つのソーシャル・ファームは、英国ではローン・ボーンリングが盛んなので芝生の手入れとか、また室内のインテリアの改装を引き受けるとか、またカフェもやっていると言っていたと思います。このようなところで大変成功していると言っていました。2000年に作られたリンケージ・コミュニティ・トラストというところでありました。これを聞いていて、「これだったら成功するな」と思ったんです。秘密はバックにある団体が強いのです。二つの学校を経営し、12 の障害者、主にLDの方々の入所施設を経営している。これだけの強い財政力があるのでリンケージ・コミュニティ・トラストというソーシャル・ファームが、その財政的な援助を受けながら成功しているのだと私は思いました。

一方、必ずしも順調にいっていないソーシャル・ファームが、FEAT エンタープライズというところでした。これはソーシャル・ファームしかやっていない。やっていることは地方自治体から仕事を受けて街路樹の手入れをするとか、またホステルという一種の旅館だと思うのですが、小さい宿泊施設を経営する。そういうことをやっているとのことでした。毎年2 万ポンド、ですから400 万円位の赤字が生ずるということでした。毎年400 万ということは累積していけば大変。それを何とか寄付金を集めて穴埋めしようという努力をされていました。失敗の原因はいろいろあるけれども、一つはどうもマネジメントがうまくいかない。いくら障害者の雇用を確保すると言っても、やはりプロのマネージャーでないとうまくいかない。二番目には、街路樹の手入れに行く移動機関ですね。仕事場に移動する時間がどうもロスになる。三番目には、障害者だからというわけではないけれども、よく突然休んでしまう。仕事の計画が立たない、ビジネスが成り立たない、というようなお話がありました。ですから英国のソーシャル・ファームもなかなか苦労されている面もあるのかなと思いました。

でも、今日もお話をしていただきますけれども、日本にもソーシャル・ファームとは言わないけれども成功しているところもかなりある。クロネコヤマトのヤマト福祉財団もうまくいっている。それから豊島区にあるハートランドひだまりという精神障害者のための仕事場作りもうまくいっているという日本の非常に意欲的な挑戦もありました。ですからヨーロッパではこれからお話もありますように、ソーシャル・ファームはいろいろたくさんできています。日本にもその芽というのは出始めているのではないかと思います。障害者が、ソーシャル・インクルージョンというものが本当に日本に根ざすためには、先ほど言った四つの要素のうちのトップの「仕事を作る」ということが大変重要なことだろうと思います。

そのためには具体的にはどのようにしたらいいのだろうかと考えてきました。障害者の仕事場作りという公益。手段は一般企業。そしてできればそのソーシャル・ファームで得られた収入で暮らせるように。わかりやすく言えば、日本では最低10 万は超える月収だろうと思います。それを確保する。こんなうまいことってどうしたらできるのかということが、昨年、また今回のテーマです。

私はいろいろと考えてみました。一つは、ソーシャル・ファームと言ってもやはり質が問題だ。障害者が作ったものだから少々質が悪くても我慢してくださいねというのでは、この社会では通用はしない。やはりしっかりとした質のある商品やサービスを作る必要がある。それはヤマト福祉財団もハートランドひだまりの商品も立派です。実は私、今年の年賀状はハートランドひだまりにお願いしたんです。そうしたら、まず値段の面でも他の印刷業者よりやや安めでした。ややというどころではなくて4 割くらい安めでした。そしてなかなか立派な印刷なのです。質も負けません。もし質が落ちていたら、「ちょっとね」という感じがしますけれども。これが第一です。

第二は、やはりここが一番重要だと私は思うのですけれども、常に新しい商品やサービスを開発していく。これはヤマト福祉財団が参考になります。ダイレクトメールをやる。ダイレクトメールをやると犬にかみつかれそうになるので、これは効果があるかどうかわからないけれども、ドッグフードを売る。ドッグフードを売るから犬に好かれるとは、ちょっとこの辺りが難しいところですけれども。そういう新しい商品をどんどん開発をしていく。私は、ここがソーシャル・ファームの一番重要な成功するかしないかのカギだと思っています。

私は三つの分野が有効じゃないかと思っています。私もソーシャル・ファームについていろいろ相談を受けたり試したりしています。その中で三つの分野が有効ではないかと。一つは、たまたま現在私は環境省の仕事をしている関係上気がつくのですけれども、これからの産業で成長するのは、環境産業なのです。わかりやすく言えばその代表例はリサイクル事業なのです。現在日本のGNP は500 兆円あります。これはほとんどが動脈産業です。これではこれからの世の中は成り立ちません。すべて新しい資源をもってゴミとして廃棄する、これでは地球があともう一個ないと足りなくなります。世界はリサイクル、資源をできるだけ無駄にしないというものになっていきます。しかしリサイクル産業はまだまだ発展の余地があるのです。いや、発展の余地があるどころではなく、未開拓の部分の方がはるかに大きい。この分野を担う人材が不足している。日本の高度成長を支えたのは農業に携わっていた人たちです。労働移動が起こりました。環境産業がこれからの未来の産業、私は現在のGNP の3 分の1 程度が静脈産業にまわらないと日本の経済が行き詰まると思っていますけれども、とすればその労働力というのは、現在労働市場に入っていない障害者の方々、高齢者の方々、また20 代のニートの方々。そういう人たちが環境産業を支えていただく重要な労働力になるのではないかと思います。

二番目には、第一次産業です。農業や林業です。先日、小池環境大臣をお伴しまして、埼玉の方の間伐材ですね、森の間伐のまねごとをしてきました。一緒に、有名になった杉村太蔵という国会議員も一緒に行きましたけれども。杉村さん、名前が杉という通り、けっこう木を切るのがうまかったです。まさに杉村さんはニート対策をやっているというので、ニートにこのような木の手入れの仕事は向くのじゃないかと思います。木じゃなくて農業もいいのではないか。こういうのを一緒にやろうという声が、全国いろいろと起こっています。部屋の中に閉じこもるよりも、青空の下で仕事をする。晴れ晴れとします。これもこれからのまさにソーシャル・ファームの大きな仕事になる。そして先ほどの環境産業と結びつけた有機農法。これもいろいろなところで試していただいております。これもいわば環境産業と第一次産業を結びつけたものとして、いいと思います。

第三番目は、やや抽象的ですけれども、新しい技術、新しいサービス。特に何かのすき間にあるような産業。こういうものがこれからのソーシャル・ファームの成功の分野になるのではないか。環境産業、第一次産業、そして新しい技術、新しい産業。この三つがソーシャル・ファームの大きな分野を担ってくれるのではないかと期待しております。

第三番目の要素ですけれども、ソーシャル・ファームと言っても不利だけではないんですね。むしろソーシャル・ファームであるがゆえの特性を生かして、有利さを生かしているということがいいのではないか。これのヒントになったのがハートランドひだまりの弁当の宅配サービスです。普通のハートランドひだまりの弁当の宅配は、昨年教えていただきましたけれども、区役所から仕事を請け負っているんですけれども、障害者だからゆえに仕事をもらっているわけではないんです。他の民間の弁当屋さんと争った上で、やはりハートランドひだまりの方がいいということで選ばれているんです。これはなぜか。つまり、普通の弁当屋さんであれば、忙しいので機械的に、「おばちゃん一つ持ってきました。はい、さようなら」と言ってさっと帰っていくと言うのです。それに対して精神障害者の方々は一つひとつしっかりと確認をして、「おばさん、一つ持っていきましたね、なぜ一昨日は残したの?」 と会話をしながら、温かく接しながら確認に確認をついでやるという特性があるんです。それゆえ、高齢者の方々にとっては大変ありがたいというのです。

今度の私の年賀状でもそれを感じました。何カ所か、ここがおかしいんじゃないかということで私が訂正を出しました。年賀状と言っても100 文字程度もない年賀状です。私の郵便番号は153-0043 なのですけれども、ファクスで送ってくると3 が8 に見えるんですね、つぶれてしまって。それで「これは8 じゃなくて3 だ」と言って出します。そうすると向こうから、「いやこれは確かに3 になっています」と戻ってくるのです。私はこれ以上はいいと思って放っておいたのです。そうすると翌日また連絡がありまして、「本当に大丈夫ですか」と。普通の印刷屋さんは一回原稿を出しただけでポンと製品が返ってくるだけです。しかし丁寧なのですね、仕事が。考えてみますとこれはNTT を儲けさせているだけかもしれませんけれども、その丁寧さに感銘を受けます。ほっと安心します。このような特性を生かしていくということが重要だと思います。

第四番目は、仕事にあたっての支援体制。これは英国のソーシャル・ファームもそうでした。必ず25%の人が障害者ですけれども、75%の人は通常の人で、それをいかに支援していくか。そういうものもやはり必要だろうと思います。

第四番目は、やはり社会的な支援のシステムというものが必要だろうと。ソーシャル・ファームの製品を積極的に購入していただくというネットワークというものも重要だと思いますし、これを支援するシステム、例えば最近は環境の面で言えばエコファンドというものがあります。環境のためだったらどんどん自分たちのお金を使ってほしいと、寄付ではなく、融資してもいいというものがあります。このようなソーシャル・ファームにおいてもソーシャル・ファンドというものが考えられるのじゃないかなと思います。

今日は幸いヨーロッパの状況、イギリスの状況についいて聞きます。ヨーロッパやイギリスではどういう社会的な支援がなされているのか。日本ではこれが全くありません。そういうものもこれから重要ではないかと思います。

最後に、このような動きというのはヨーロッパ全体で広まっています。できれば日本も、世界と一緒になってやるとよいと思います。私のところに昨年、韓国の前大統領の金大中の特別補佐官をした方から連絡があって、韓国でもこういう動きがあり、金大中大統領は生産型福祉という言葉で障害者が働く場を作ろうとしている、日本では炭谷さんが同じようなことを言っているから一緒になって何かできないだろうかという申し出がありました。このように世界各国が一緒になってやれば、力が盛り立っていくのではないかと思います。

先ほど控室でシュワルツさんからお話を聞きました。ヨーロッパでは1 万のソーシャル・ファームが既に活動をしているということです。日本でもソーシャル・ファームと名付けないけれども、そういう活動がいろいろあります。私はヨーロッパが1 万であるならば、その人口規模、GNP からすれば、その5 分の1、2,000 程度のソーシャル・ファームができてもいい。また作らなければいけないと思います。2,000、ちょうど合併後の市町村の数と一致します。各市町村で最低1 カ所ずつ。このようなソーシャル・ファームを作る動き、実際そのようなことを作ろうという声が、昨年来私のところにどんどん届いています。これは決して不可能なことではなく、具体的な行動というものを、できればこのシンポジウムを機会に動き出していきたいと思っています。今日はこのような見地でセミナーに参加していただければありがたいと思います。

ご清聴どうもありがとうございました。