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支援者と利用者の立場から
パソコン・ボランティア利用と提供 双方の立場から

林 美恵子 企業組合ユニフィカ代表理事

●はじめに

私が最初にパソコンに触ったのは1996年です。10年後の今、パソコンは安く、とても身近なものになりました。そして重い障害がある人も、パソコンを使って意思を伝えたり、在宅で働いて収入を得られるようになりました。

私自身、パソコンに出会わなければ、今の自分にはなれなかったと思います。パソコンを通して学んだこと、知ったことは、私を大きく変えて、コレと決めた生き方を実現するための強力な力になりました。

今でも問題や悩みがあると、まずパソコンとインターネットで役立つ情報を探します。何も見つからないときもありますが、大抵は活用できる機器やサービスについて発見できます。おかげで昔みたいに、どうすれば良いか判らなくて落ち込んだり、途方にくれることもなくなりました。

今では快適に使いこなしているパソコンも、最初は悪戦苦闘の連続でした。

初代機は一ヶ月で起動しなくなり、二号機は三ヶ月間に三度もメーカーへ里帰りしました。

最初の頃に比べれば、回数は少なくなりましたが、今でも一年に一度は、メーカーで修理しなければならないほどの大トラブルが発生します。そのために我が家では毎日バックアップを取り、パソコンも六台に増やして、万が一のトラブルに備えています。

こうして備えてはいても、一旦、大トラブルが起きてしまうと、私にはどうしようも出来ません。メーカーのサポート担当者に電話すると、コードをつけたり外したり、ソフトをインストールしなおしたりと、「手」や「足」が必要な操作を求められます。でも私には障害があるので出来ません。そこで私の「手」や「足」となってくれる人が必要になります。

このように私たち障害者は、パソコンを使う限り、パソコン・ボランティアを必要とします。

けれど、その必要の中身は、パソコンについて学び、技術を習得する段階で大きく変わってきます。ここでは私自身がパソコンについて学ぶ段階で必要とした支援と、その理由についてまとめてみました。(※以下、パソコン・ボランティアの支援を受ける人を「利用者」と呼び、それ以外の障害者と区別します。)

●パソコンを学ぶ 障害者、家族、パソコン・ボランティアそれぞれの思いの中で

今では生活に必要不可欠な道具となったパソコンですが、私との出会いは、かなり変則的なものでした。

私は機械音痴で、ビデオのリモコン操作も苦労します。パソコンは便利だよ、と薦めてくれる友人もおりましたが、ワープロで十分と考えていました。

ところが、そんな私に友人の一人が突然、中古のノートパソコンとプリンター、モデムの一セットをプレゼントしてくれたのです。そして荷物に添えてあった手紙には、使い方を説明するから電話するように、とありました。事情が良く飲み込めないまま、私は友人に電話し、一日かけて電源の入れ方からメールの送受信、ヘルプファイルの使い方を教わりました。最後に友人は「メール送るから読んでね」という励ましの言葉を残して電話を切りました。

こんなカタチで出会ったパソコンですから、テレビや雑誌で宣伝されているような「夢」や「希望」は全くありませんでした。けれど、友人の心遣いが嬉しくて、なんとかパソコンを使えるようになりたいと思いました。

ここまでの私の経験から、パソコン・ボランティアの皆様に留意いただきたい点が、一つ見えてきます。

今の私からは想像も出来ないことと思いますが、当時の私は、パソコンを使いたいとは思っていませんでした。そして当時の私が、友人の心遣いに応えたいという、学ぶための動機を早い段階で失ってしまったなら、結果は今と大きく変ったかもしれません。

同じように、障害者本人の意思を十分に確認できないまま、パソコンの学習を開始すると、予想外の強い抵抗と拒絶を引き起こすことがあります。そうなると、障害者本人と家族はもちろん、パソコン・ボランティアとして支援された方の心にも深い傷を残します。 この障害者本人の意思を確認する際に、大きな壁に直面するのが、次で扱う意思伝達装置の導入です。

●パソコンの役割 意思「伝達」と「自発」意思の違い

パソコンが福祉機器として給付される場合、意思伝達装置と名前を変えます。そして意思伝達装置という名前のとおり、障害や病気ゆえに阻害されていたコミュニケーションが円滑に行えるようになることを期待されます。

テレビ番組などで、パソコンを活用して意思を通じ合っておられる様子をご覧になり、感動された方も多いことでしょう。実際、意思伝達装置は、障害や病気ゆえにコミュニケーションを奪われた人と、その家族や友人に「会話」する道を開きました。

しかし少数ではありますが、テレビ番組とは全く異なる結果に至ったケースも存在します。これらの事例について考えるため、立場を変えて考えてみましょう。

パソコンが意思伝達装置として導入されるとき、パソコンを使用する障害者自身と、家族の間には、既に障害や病気に起因するコミュニケーションの問題が存在します。

では、誰がパソコンで意思を伝達したいと願っているのでしょうか。そして、意思を伝達する方法としてパソコンを選んだのは、誰ですか?

当たり前のことを今更、と思われるかもしれません。

しかし、ここで立ち止まり、「パソコンの導入を決めたのは、本当に障害者自身でしょうか」という質問に答える必要があります。

皆様が既にご存知のとおり、そして私自身にとってもそうであったように、パソコンは大きな可能性へつながる扉です。ですから家族や周りの人たちが、パソコンがあれば、こうなるかも、ああなるかも、と考え、ぜひ実現したいと願われるのも当然のことでしょう。けれど、これは全て「周り」の気持ち、また願いに過ぎません。実際のことろ、障害者本人は何を望んでいるのか、障害者自身が自分の意思を表明できない現段階では、誰にも判らないのです。

医療関係者やパソコン・ボランティア、そして家族が相談に相談を重ねて、多くの時間と労力をかけてパソコンをセットしたものの、利用者本人はパソコンを使用したがらず、実は使いたいとは思っていなかったことが判ることもあります。また「今の」パソコンは使いたくないけれど、他の機能が付けば使いたいと考えている「らしい」ことが判る場合もあります。いずれにせよ、意思伝達のためにパソコンを設置するときは、障害者本人の意思を確認するための一つの段階に過ぎないことを忘れないようになさってください。そうすれば、多くのオン・オフを積み重ねることで、一つの結果を目指すパソコンと同じように、パソコン・ボランティアも、利用者から多くのYesとNoを繰り返し受け取ることで、その望む結果へ至るのを支援できると思います。

●パソコン・ボランティアへの信頼 トラブルへの上手な対応

ここで少し話題を戻し、前述の私自身の経験談の続きをお話ししましょう。

友人との電話を終えた後、私は友人の期待に応え、パソコンを使えるようになりたいと望みました。とはいうものの、僻地住まいの悲しさ、今のようなパソコン教室もなく、パソコンに詳しい知り合いもおりません。

仕方なく、一人でヘルプを読み、そこに書かれている機能を一つ一つ、確認してゆきました。その過程で、Windowsという名前のフォルダの中には、とても面白いものが入っていることに気がついた点と、元に戻す技術もないのにイジリまわしたことは、友人にとっても予想外だったようです。このノートパソコンは一月後に起動しなくなり、私は真っ黒なモニターを前に、真っ青な顔で頭を抱えることになりました。

今から考えれば当然の結果です。しかし、友人の気持ちに応えるどころか、大切なプレゼントまで壊してしまい、私はパニックに陥りました。頭が真っ白になり、何も考えられなくなった私は、近所の電器店へ急ぐよう家族に懇願し、当時の価格で36万円もしたパソコンを即座に購入、主人名義でローンを組んだのです。

ここで次のご留意いただきたい点が見えてきます。

パニックに陥り、電器店へ連れて行ってくれるよう懇願する私に対し、家族はプレゼントしてくれた友人に電話して、助けを求めることを提案しました。しかし私は、期待を裏切ったと思われるのが怖くて、連絡できませんでした。

パソコン・ボランティアとして活動される際、私とよく似た反応を示す利用者に、時々、出会われると思います。そして、安心して、気軽に相談してくれれば、もっと良い結果になるよう手伝えたのに、と残念に思っておられることでしょう。

実は、今の私も同じことを考えます。そして今の私が、当時の私を観察して判ったことが一つあります。

それは私が友人の善意を完全に信頼できていなかった、ということです。

友人は純粋な善意から高価な機械をプレゼントし、時間をかけて使い方を教えてくれました。その友人が、私が一生懸命に努力した結果、大切な機械を壊してしまったとしても、私を責める筈はないという、非常に常識的な考えは、私の頭に全く浮かびませんでした。それどころか、ただひたすら友人に知られることなく、事を済ませる方法を捜し求めました。

もし私が友人に助けを求めたなら、また友人が私の窮状を知り、再び、働きかけてくれたなら、私は電器店に駆け込んで、ローンで36万円もする機械を即座に購入するという暴挙をせずに済んだかもしれません。しかし遠く離れたところに住む友人は、私が陥っている窮状を知らず、私も友人を失うことへの怖れから知らせませんでした。

三年ほどたって、友人にこのことを話しました。すると笑いながら「なんだ、電話してくれたら、すぐに直せたのに」と答えてくれました。

今、私は笑って答えてくれた友人同様、パソコン・ボランティアとして活動される皆様も、

私たち障害者の窮状を心から心配し、喜んで助けを差し伸べてくださる方々であると確信しています。しかしパソコンについて学び始めたばかりの利用者は、そのことを確信できないでいるかもしれません。

この気持ちの揺らぎが少しでも見えたなら、不快に感じることなく、私の友人のように明るく笑って、私たちの信頼感を強めてください。そうすれば私がしでかしたような暴挙を食い止め、より一層学ぶ動機を強めて、進歩するよう助けられると思います。

●パソコンのフィッティング その一 障害に起因する個別ニーズへの対応

ここまではパソコン・ボランティア全般に関することを扱ってきましたが、ここから少し、技術的なことに話を移したいと思います。

障害者向けのパソコン教室や、パソコン・ボランティア養成講座の講師としてお招きいただくと、「使いやすい入力機器を教えてください」とか、「このソフトの使い方を教えてください」という質問を沢山頂戴します。そして一つ一つの質問には、本当に千差万別な答えを出せます。

それもそのはず、障害者の抱える障害は千差万別です。障害者が百人いれば、まさに百種類の障害があるといえるくらいに、程度、状態が異なります。その上、やっかいなことに障害が及ぼす影響は体調や環境によって強まったり、弱まったりします。障害者本人である私たちにさえ、把握できるのは「今」の状態だけで、半月後や半年後の状態は「たぶん、こんな感じ」としかいえないのです。

これほど変動しやすい状況に対して、ジャストフィットした素晴らしい対応を取れるはずがありません。ということで、一人一人の障害への対応も、完全無欠を目指すというよりは、とりあえずは使える、という程度を目標にすることが成功の秘訣と思います。

●パソコンのフィッティング その二 二次障害を防止する

先ほど「とりあえずは使える」を目標に、と書きました。これは当然のことながら、いい加減でも大丈夫、という意味ではありません。逆に、パソコンを使用する環境、特に姿勢を左右する机とイスについては十分考慮して選ぶ必要があります。

ここで再び、私の経験に戻ります。

前のほうでご説明申し上げたとおり、私の初代機はノートパソコンでした。机は、それまでワープロを打つときに使っていたものなので、高さについては問題ありません。しかしワープロの一部であったプリンターは、別個に分かれてしまいました。そして新しくモデムも加わりました。マウスについては、本体キーボードの前部分にトラックボールを備えていたため、このときは問題になりませんでした。

一ヵ月後、パソコンは二号機に変りましたが、この段階でマウスが加わります。余分のスペースが無かったため、プリンターを退けて、もっとサイズの小さいFAXで代用するようになりました。

こうしてノートパソコンからデスクトップ型パソコンに変ったとき、私は首と手首に強い痛みを感じました。これはモニターの高さが変り、視線を高くするために首の角度が変った事と、ノートパソコンでは手前中央にあったトラックボールがマウスに変り、操作位置も右へ20cm移動して、腕の可動距離が大幅に増加したためです。プリンターについては、元々の使用頻度が低かったため、位置が変っても身体への影響はありませんでした。

皆様も二次障害という言葉はご存知と思います。医学的には、既存の障害(一次障害)の増悪や、あらたに出現した障害のこといいます。この二次障害は、パソコンの利用に際しても発生します。

私が意識した痛みは、パソコンが変ったことで姿勢が悪くなり、二次障害にいたる変形が始まったことを警告する体のサインでした。私のように痛みの感覚がある場合、二次障害は防ぎやすくなります。しかし頚椎や脊椎を損傷して、痛みを含む感覚が失なわれていると、二次障害として褥瘡の発生する確立が高くなります。また痛みの感覚が正常でも、脳性まひなどによる緊張が強い場合は、パソコンを操作するときの負担が大きく、骨が磨り減ったり、変形することもあります。

一旦、二次障害が発生すると、手術や長期にわたる入院など、専門的な治療を受けないと治せません。そして、いずれの場合も、退院後はより一層ケアが必要な状態になってしまいます。こうしてパソコンを使って得た自由を、パソコンにより失う悪循環が始まります。

しかし正しい姿勢で、また体に負担を掛けない入力方法でパソコンを使えれば、二次障害は防止できます。私の表現で申し上げますと、痛みを伴う無理な姿勢では「とりあえず」パソコンを使うなど無理な話です。そして逆に、ある程度の時間パソコンを操作できるなら、「とりあえず」は使える環境になったと判断できるわけです。

●パソコンのフィッティング その三 机とイスの選び方

ここからは良い姿勢を保持して、パソコンを操作するために、机とイスに焦点を絞って考えてみます。

パソコンを購入すると、分厚い説明書はもちろん、簡易説明書でも必ず、冒頭で操作時の姿勢に注意を促しています。この点、長くモニターと向き合ってこられた皆様ご自身が、ご自分のお体で問題の重要性を理解されていることと思います。

私たち障害者は、その障害が肢体にある場合、長時間、良い姿勢を保持するのが困難になります。その上、身長や四肢の長さと形、不随運動、補装具、車いすのサイズなどのために、イスに座れない、机に入れないなどの問題が起きます。

一例として私自身のことをお話します。

私はアメリカ製の電動車いすを使用しています。操作スティックは右側にあり、左側よりも15cm近く出っ張っています。そのために、机に対して真っ直ぐ体を差し込むことが出来ません。座面も高いため、市販の机では低すぎて膝が入りません。また足に水が溜まって腫れるため、主治医から出来るだけ、足先を上げて過ごすように注意されています。そして腕の届く範囲は狭く、奥行きの深い机は使えません。

以上に加えて、イスは車いすなので、パソコンと机に合わせてイスを乗り換えるのは無理です。それで机のほうを車いすに合わせることになりますが、私が必要とする条件にあう市販品は見つかりませんでした。そのために家族が手作りすることになりました。

こうして出来上がったのが、お店の倉庫などで使用するスチール棚に、集成材の板を置いた「机」です。板を置いただけだと、物を載せたとたんに板が傾いて、落ちてしまいます。ですから一番奥のところを金具で押えて、動かないように固定しています。そして板の角のところで、腕の皮がむけるため、周囲にゴムホースを打ち付けてもらいました。このとおり「机」らしからぬ材料でできているため、見た目はスゴイですが、単純なつくりなので、体の状態の変化に合わせて簡単に作り直せます。

私の机とは対照的に、市販の机はスマートで魅力的です。しかし実際に使う際に、痛いところや、不便なところがあるとしたら、その魅力はあっという間に失せてしまうでしょう。

私自身の例からお判りのとおり、机とイスに関連して必要となる条件は、個々の障害者により大きく異なります。ですから場合によっては手作りも考慮しつつ、二次障害を起こさない正しい姿勢を楽に保てるような環境に整えてください。

●パソコンのフィッティング その四 入力機器の選び方

先ほどの机とイスにも関係していますが、ここではキーボードやマウス・タッチパッド(またはタブレット)など、机の上に並ぶ入力機器を取り上げてみたいと思います。

一例として私の入力環境をお話します。

私は上肢に障害がありますが、コンパクトで軽いタッチのキーボードなら使用できます。それでパソコンはキーボードに傾斜がついたノートパソコン「ThinkPadG40」を、同じく傾斜がついたCoolerMasterのファン付き冷却台に載せて使用しています。この二重の傾斜で、打ち込む際の指の動作を補助します。そしてマウスはパソコンの右側、キーボードから手を滑らせると、すぐに操作できる位置に、ロジクールのマーブルマウスを置いて使用しています。

これが今の私の環境ですが、この状態に落ち着くまでには、家族も呆れ果てるほどの紆余曲折がありました。下の写真は、私が所有しているキーボードとマウス・トラックボールの一部です。一番手前が一般的なキーボードとマウスです。比較すると、個々のサイズが小さいことをお判りいただけると思います。

様々な入力機器の写真
様々な入力機器の写真

この中には、障害者用に開発された入力機器は一点も含まれておりません。一部、健常者用に開発され、後ほど障害者にも使い勝手が良いとわかり、障害者向けに特別販売されたものが混じっています。しかし開発の段階では、障害者対応など全く念頭におかれず作られたものばかりです。

障害者向けの入力機器というと、キートップの大きなキーボードや、指の震えで間違ったキーを押さないよう補助するキーボードガード、様々な大きさ・形のスイッチ類を思い浮かべる方も多いと思います。しかし、私のように指の力が弱く、腕の可動粋が狭い場合、大きなキートップのキーボードでは端まで指が届きませんし、キーボードガードは不要です。また、スイッチも今のところは大袈裟すぎます。ということで、机の上が狭く、私と同じように腕を大きく動かせない事情を抱えた、健常者向けに作られた入力機器、つまりはミニ・キーボードが最適となるわけです。

このように環境のせいで「少しの不自由」を経験する健常者向けの製品には、障害のせいで「不自由」を経験する私たちにも使えそうな機器が沢山発売されています。ただし、障害の重い人には向きませんし、障害が軽い人でも、そのままでは使いにくいことがあります。ですから少し手を加えたり、他の機器と組み合わせるなどの工夫が必要です。また商品サイクルが短く、すぐに廃盤になることも多いので、メーカーのニュース・リリースを見るなどして、いつも最新の情報を得ることが大切です。

こうして安価ながらも入力が楽な環境を用意できたら、次はソフトウエアの選定に掛かりましょう。

●支援用ソフトウエア その一 役割について考える

ここまではパソコン・ボランティアに関連した技術のうち、ハードについて扱ってきました。利用者の状態と部屋の状況に合わせて、きっと千差万別な答えと結果を出せたことと思います。けれど、その全ての答え、また結果は「パソコンを楽に操作できる」という一つの表現にまとめられるでしょう。こうして環境を整えたなら、続いて、もっと楽にパソコンを使えるようになるためのソフトウエア探しを開始します。

さて、ここでまた質問を一つ。

これから探すソフトウエアは、何のために使うソフトウエアでしょうか?

即座に「障害者のパソコン利用を支援するためのソフトウエアです」とお答えくださる方もおられるでしょう。では私たち障害者は「なぜ」パソコンを使うのでしょうか。

実際のところ、私たち障害者がパソコンを使いたいと思うときは、必ず「パソコンを使う」とは違う、本当の理由や目的があります。しかし、この本当の「したい」ことは、大抵「パソコンを使えるようになりたいのです」という言葉の裏に隠れて、最初の頃は見えません。時間がたって、パソコン・ボランティアとの信頼関係が強まり、気兼ねなく話せるようになると、チラホラ、本当に知りたい、興味のあることについての質問が始まります。

私の場合は、前のほうで申し上げたとおり、友情に応えたいという気持ちでした。そして沢山の障害者が、大勢の人と知りあって会話したい、ブログなどで情報を発信したい、動画を思う存分に見たい、自分で選んで買い物したい、などの本当の「理由」と「目的」を思い描いて、パソコン・ボランティアに支援を依頼します。

既にご存知のとおり、障害者向けのソフトウエアには得意とする支援技術がある反面、苦手な分野や、他のソフトウエアとの相性の問題があります。そのために「このソフトウエアが視覚障害者向け」もしくは「肢体不自由向けだから」という理由だけで選んでしまうと、上のような本当に「したい」ことに向いていない場合もあります。

ですから「障害にあったソフトウエア」を探すときは、必ず、パソコンで何をしたいのか、本当の理由と目的を確認するようになさってください。その上で、本当にしたいことをするためのソフトウエアと、スムーズに連動できる支援用ソフトウエアを探してください。そうすれば「障害者を支援する」という本来の役割を十分に果たせる、とても良いソフトウエアを見つけられると思います。

●支援用ソフトウエア その二 優先順位を決めよう

先の項目では、ソフトウエアを選定する際の基本的な考え方について、ご説明申し上げました。続いて、予算について考えてみます。

本来であれば、というか、理想としては、高機能なソフトウエアを選びたいと思います。そして福祉の給付制度を活用できれば一番です。

ただし、障害の程度や年齢などの条件により、給付制度が使えないこともあります。そのため、重度の視覚また肢体不自由者以外の人、おそらくはパソコン・ボランティアの皆様に支援を依頼する障害者の大半が、給付制度を活用できず、自費購入になると思います。このように給付を受けられないと、予算的には苦しい選択を強いられます。しかし限られた予算でも、必要なソフトウエアをそろえることは可能です。

限られた予算を有効に活用するためには、優先順位を決めることが大切です。そして常に、最優先すべきは利用者の本当の理由と目的、つまりパソコンを使う最終目標です。少し過激な表現になりますが、パソコン・ボランティアにおける最重要課題と考えられている使い勝手ですら、この最終目標の前には二次的な要素になります。

驚かれるかもしれません。でも少し思い出していただきたいのです。楽しいことに没頭していると、空腹や眠気すら感じなくなります。これと同じで、普段なら「絶対に出来ない」と障害者本人が主張し、回りも認める「不可能な筈の」操作を、目指していた目的のことをする時だけは出来てしまう、という笑い話のような事例は沢山あります。

本当に必要な支援機能を見つけるには、時間と手間がかかります。しかし、必ず見つかりますし、探す過程で、利用者は新しい「自分」を発見できるかもしれません。一番大切なのは、利用者が目指す最終目標を実行できるパソコン環境を作ることであり、ソフトウエアはハード同様、いろいろと工夫できることを忘れないで下さい。

●支援用ソフトウエア その三 有料と無料のメリット

この項目では、予算という限界枠を最大限に生かすために、メーカーのサポートを上手に活用する方法について考えてみたいと思います。

最近ではパソコン購入時に合わせて契約すると、とても安価な保守サービスを利用できます。これと同じで、メーカーから発売されているソフトウエアには、利用者向けのサポート・サービスが用意されています。そして大抵のメーカーでは、無料で相談できるようになっています。ソフトウエアによっては、次回のバージョンアップ版を無償、または格安で提供されることもあります。

当初の予算を節約するために、フリーウエアと呼ばれる無償のソフトウエアを選んだ場合、このような手厚いサービスは期待できません。もっとも、バージョンアップについては初回同様、無償で利用できます。しかし、いざというときに相談にのってもらえるかどうかは、ソフトウエアの提供者次第です。

またフリーウエアの場合、他のソフトウエアとの相性は自分で調べねばなりません。インターネットで検索すれば、トラブルの報告や利用者の感想を探せますが、障害者向けソフトウエアとの相性についての情報は少ないのが普通です。

視覚に障害があったり、四肢に重い障害を持つ利用者の場合、万が一のトラブルが起きてしまうと自力で元の環境に戻すことが難しく、パソコン・ボランティアの到着を待つしかなくなります。この間に味わう心細さや喪失感は、パソコン・ボランティアの皆様も既によくご存知と思います。

このように当初の予算の使い方は、後々の使い勝手や維持経費にも影響します。ですから、ソフトウエアを選ぶときは、無償サービスを上手に活用できるよう、少し先のことも考慮に入れつつ、決定なさってください。

●支援用ソフトウエア その四 重さと軽さの経済学

ここでもう一度、予算に関連して、ソフトウエアの「重さ」について考えます。この「重さ」ですが、ソフトウエアのパッケージなど箱の重量のことではありません。

パソコンを使う際、早く動くソフトウエアと、動作の遅いソフトウエアがあります。この操作スピードについて、パソコンのユーザーたちは、早いを「軽い」、また遅いときは「重い」と表現します。

無償で提供されるフリーウエアなどの、軽いけれど限られた機能しか持たないソフトウエアとは異なり、高機能なソフトウエアは様々に優れた機能を備えています。当然、高機能であれば高機能であるほど、ハードディスクやCPU・メモリの使用量も大きくなります。実際に、どれくらい使っているかはタスクマネージャーで確認できます。

この負荷の大きさは、最新のパソコンなら問題になりません。しかし古いパソコンだと、高機能なソフトウエアを動かしたとたんに(画面が)固まったり、(電源が)落ちたりします。10年くらい前のパソコンには良くあったことですが、最近はパソコンの高機能化に伴い、ほとんど経験しなくなりました。

ところが、施設などの場合は、数年前に購入した「最新機種」を今でも使用しています。また私のように譲り受けたパソコンを、そのまま使用する障害者もおられることでしょう。このように古いパソコンの場合、OSのバージョンも古くて、最新のソフトウエアが動作しないこともあります。

これらの問題については、購入時に対応しているOSとハードについて確認すれば回避できます。しかし視覚に障害を持つ利用者の場合、墨字で記された情報は確認できませんし、パソコンについて勉強中の利用者も難しくて判らないと思います。

ソフトウエアは一度開封してしまうと、使えないと判っていても、まず返品はできません。ですから、ソフトウエアの選定また購入するときは必ず、パソコン・ボランティアの皆様が利用者のパソコンのスペックを確認し、必要な情報を利用者に伝えてくだされば、とても助かります。

●支援用ソフトウエア その五 ソフトウエアを使う「理由」

予算について話を終えて、いよいよ本番、実際にソフトウエアを選ぶ段階に進みましょう。

ここで大切になるのが、個々の利用者がパソコンを使用する際に、障害となる状況また条件を正確に把握することです。これは、音声で読上げれば良い、とか、スイッチ入力だから、という単純なレベルの話ではありません。また少し前の項目でお話ししたとおり、このソフトウエアが視覚障害者向け、もしくは、肢体不自由向けだから、利用者が希望する結果と目的に適うはず、という思い込みも禁物です。

何度も繰り返し申し上げてきたことですが、目指すべきは利用者の「したいこと」を実現することです。ですから最初に選ぶのは、その「したいこと」に直接関係する、一般向けのソフトウエアになるでしょう。続いて、その目的を果たす点で主要な役割を果たすソフトウエアとスムーズに連動して動き、なおかつ利用者が必要とする機能を提供できる支援用ソフトウエアを選びます。

以下に、パソコンの入力と出力に関係した支援用ソフトウエアの簡単な紹介と、私が見聞きしたことについて記します。ただし、本当に簡単な紹介ですし、私の感想にいたっては一利用者の意見に過ぎませんので、あくまで参考程度にご覧下さい。

<視覚障害出力について>

視覚障害で全盲の場合は、音声読上げ機能を持つ支援用ソフトウエアを用います。これらの製品は大抵、インターネットなどで試用版を入手できます。それぞれ、ブラウザやメールソフトなどのインターネット関連、ワード・エクセルなどのドキュメント操作、そしてスキャナーなどで取り込んだ墨字を変換するOCRなどの機能についての特徴があります。そして聞き取りの速さも人によって大きく異なりますので、購入前に必ず、試用版で使い勝手を確認なさってください。

また数は僅かですが、単純な文章なら読上げられるフリーウエアもあります。私も体調の関係で、声が出せないときなどに使用しています。これらのソフトウエアは、かなり限定した機能しか備えていません。しかしスペックの低いパソコンでも動作が軽いので、初めてチャレンジする利用者が「音声読上げ」の雰囲気をつかむのに使えるかもしれません。

印刷については、点訳ソフトや点字プリンターと連動するソフトウエアがあります。これらのソフトウエアは、特定の機種でしか動作しない場合もありますので、メーカーや販売店に、またフリーウエアの場合は提供者に確認するなどしてから、購入・入手されると良いと思います。

同じ視覚障害でも、色覚異常や弱視になれば、程度によって、選択肢は有償のものから無償のフリーウエアまで様々に広がります。OSがWindowsの場合、ユーザー補助などで画面に表示される文字サイズや表示色を変更できますし、拡大鏡機能も備えています。障害の程度にもよりますが、パソコンに慣れて、自分なりの使い方が決まるまでの間、試すには便利かと思います。パソコンの操作に慣れてくると自然に、一番欲しい機能と、なくても構わない機能を区別できるようになります。その段階で再度、必要な機能を備えたソフトウエアを探すことをお勧めします。

<視覚障害と肢体不自由入力について>

発語機能に障害がない利用者であれば、四肢を使わず、音声で入力するソフトウエアを使う方法もあります。最近は認識機能が格段に向上しましたので、以前に比べて、使用前の設定も楽で、誤変換も少なくなりました。パソコンによってはプレインストール、つまり購入時からインストール(導入)されている場合もあります。また辞書を追加することで、専門的な用語も扱えるようになりますから、予算と必要に合わせてお選びください。

<肢体不自由入力について>

センサーやボタンなどでワンスイッチ入力する重度障害向けの支援ソフトについても、有償のものと、数点ですが、フリーウエアが発表されています。有償のものについては音声読上げソフトウエアと同様、インターネットなどで試用版を入手できます。フリーウエアについては、「窓の森」「Vector」などのソフトウエア・ダウンロードサービスで探せます。

もう少し障害が軽い利用者なら、マウスで入力するソフトウエア・キーボードも考慮できるでしょう。こちらについては、IMEなどの日本語入力ソフトウエアから起動できるものもありますし、エディタ(テキスト入力用ソフトウエア)が備えている同様の機能を活用する方法もあります。

私の場合、インターネットについては、サイズが小さくて画面上でも邪魔にならず、「http://」などを簡易入力できる英字のタイプを、通常のテキスト入力はフル・キーボードタイプに使い分けています。

またクリップボードを活用して、事前に登録しておいた文字列や文章をワンクリックで入力できるペースター、ソフトウエアやファイルをワンクリックで起動できるランチャーも便利です。中には、マウスカーソルを画面端にぶつけるだけで起動させたり、決まったキーを押すだけで良いというユーティリティープログラムもあります。「窓の森」や「Vector」で探すと、数百のソフトウエアが見つかりますので、使いよいものを気長に探されると良いでしょう。

これらのソフトウエアを必要としない利用者でも、Windowsのユーザー補助などでアイ コンや、タイトルバーのボタン類を大きくしたり、スクロールバーを太く設定すれば、より使いやすくなると思います。

以上は一例にしか過ぎず、この他にも沢山のソフトウエアがあります。全国各地の障害者ITセンターや福祉関連サイトでは、もっと詳細な情報が得られますし、実際に試すこともできます。そして皆様も、パソコン・ボランティアとして沢山のソフトウエアについて学び、紹介されたことと思います。それら全てのソフトウエアに共通して、ご理解いただきたいことがあります。

私たち障害者にとって、支援用のソフトウエアは車いすや補装具、杖などと同じく、道具に過ぎません。そして道具の使い方を学ぶことが最終目標にはなりえないのと同じように、ソフトウエアの使い方を学ぶことが最終目標になることもありません。言い換えますと、「●●という最終目標を実現するのに役立つソフトウエア」だからこそ、その使い方を学びたいのです。

この点を、どうかお忘れにならぬよう、そして今後も、私たち障害者の本当の理由また目的を達成するのに役立つソフトウエアをご紹介・ご教授いただけますよう、心よりお願い申し上げます。

●いまどきのパソコン・ボランティア その一 選択に伴う責任と自立

ここまででソフトウエアの選択と購入ついて、順を追いつつ説明してきました。中には、そろそろ気付かれた方もおられると思います。この段階まで、私は特定の支援用ソフトウエアの使い方や使い勝手については、全く触れずに話を進めてきました。

皆様もご存知のとおり、支援用ソフトウエアの進歩は速く、ようやく慣れたと思う頃には、もう次のバージョンに変っています。そして別のメーカーから、新しい機能を備えた、もっと使いやすい製品が発売されます。

このように激しい開発競争が繰り広げられる活発な市場であるにも関わらず、直接の消費者である障害者の大半は、商品の特徴はモロチン、名称や、場合によっては存在すら知らずにいます。それどころか、本来の消費者ではないパソコン・ボランティアである皆様が、新しい情報を知らせてくれるものと考え、まさに任せっきりの状態です。

これでは消費者として失格です。そして、このような態度で商品に接する限り、メーカーは私たち障害者を消費者として認めることに難しさを感じるでしょう。場合によっては、私たち障害者よりも、自社の商品に深い関心を示す、パソコン・ボランティアの皆様に焦点を当てて、商品を開発したほうが良いとすら考えるかもしれません。

私は障害者の自立活動に関わる一人として、全ての障害者が消費者として認められ、直接、商品についての情報を知らされ、逆に提案できるような社会になることを願ってきました。そのため今回は、支援用ソフトウエアという商品についても、利用者が消費者として調べて選ぶよう、個々の商品説明を敢えて省きました。そして「調べて選ぶ」過程こそが、パソコン・ボランティアの皆様によるご支援であると考え、選び方の基礎になる考えに重点をおきました。

今後も支援用ソフトウエアは日々進歩し、次から次へと新しいバージョンが発表されることでしょう。そして進歩については入力と出力機器についても同様です。ITが普及し、ユビキタス時代が目前に迫る今、パソコン・ボランティアの皆様は、これまで以上に障害者を支援するITコーディネータ(ITC)としての役割を求められることと思います。その際、パソコン・ボランティアの皆様が全てを担うのではなく、適宜、利用者に「消費者」としての自覚を持つように促し、その成長をご支援くださればと思います。

●いまどきのパソコン・ボランティア その二 全国的な動向についての感想

続いて、私がパソコン・ボランティアとして活動する中で、見聞きした現状についてお話したいと思います。たぶん、皆様もパソコン・ボランティアとして活動される中で、同じようなことをご覧になっていると思います。しかし同じ内容でも、障害者側からの話になると、受け入れやすくなる利用者もおられますので、そのようなときにでもご活用いただければ幸いです。

まず私のような肢体不自由、そして視覚障害がある人のパソコン利用についてです。障害の重い人向けの機器や支援用ソフトウエアが給付対象に加えられたことも後押しして、全国的に利用者が増加しています。利用者が都会に住んでいる場合、給付後に必要とする細やかなケアは、パソコン・ボランティアによりカバーされることが多いようです。しかし都市部から遠く離れた施設に住む利用者の場合は、引き続き、業者に頼らざるを得ません。そのため都市部ほどには、IT機器導入による成果が出ないケースも見受けられます。また公民館などのバリアフリー化に伴い、そこで開催される一般向け講習会に参加する障害者も増えました。しかし障害にあわせた機器や支援用ソフトウエアについては学べないために習熟度が遅く、時には、それと意識せずに二次障害を引き起こしてしまうこともあります。

同じ身体障害でも聴覚障害の場合、通常のパソコン利用に際しては、特別な機器や支援ソフトウエアを必要としません。それで障害の程度が軽い人は、同じように難聴という事情を抱える高齢者などに混じって学ばれる人もおられます。完全な聾については、パソコンに関する手話言語の問題もあり、他の障害に比べると若干の遅れが出ています。しかし主要都市を中心に、手話通訳や手話の出来る講師を備えた講習会が数多く開催され、ビデオなどの教材を活用して、手話と字幕の両方で学べるような取り組みがなされています。それですから、いずれは他の障害を追い越す勢いで普及するのではないかと思います。

知的障害については、シンボルによるコミュニケーションを中心に、四肢に重い障害がある場合はパソコンで、また四肢の障害が軽度な場合は、パソコンよりも操作が簡単なIT機器を用いた取り組みが定着しています。特に操作の簡単なIT機器は、生活管理などにも用いられるため、高次脳機能障害を持つ人たちのリハビリにも活用されています。

続いて内部障害です。この障害の場合、視覚や聴覚、四肢に二次的な障害が発生しない限り、入出力についての特別な機器や支援用ソフトウエアを必要としません。そのため多くの障害者が一般向けの講習会に参加します。しかし環境変化に伴う体調管理や通院日などの問題から、継続して通いつづけるのが難しい人もおられるようです。体力を必要とする職種から、室内での事務職へ転職また就職するために学び始めることも多いので、就労と絡めた支援が必要と思います。

最後に精神障害についてですが、視覚と聴覚・四肢に障害がない場合は、内部障害同様、特別な機器と支援用ソフトウエアは不要です。ただし、講習に際しては特別な配慮が必要となるため、パソコン・ボランティアとしては一番遅れた分野になっています。この障害の場合、季節や体調の変化に合わせた、息の長い学習支援が必要です。しかし限られた時間しか対応できないパソコン・ボランティアでは、長期にわたり、継続して支援する体制を組めません。少数ではあっても、一部の障害者がパソコン技術を習得できた地域では、その障害者がパソコン・ボランティアとして活動することで、他の障害者を助ける良い流れが出来始めた地域もあります。

いずれの障害者も、その成長過程に応じて息の長い支援を必要としますので、パソコン・ボランティアの増加が望まれるところです。

●いまどきのパソコン・ボランティア その三 導入から維持継続、そして活用の支援へ

さて話をパソコン・ボランティアの技術論に戻します。 この段階までくると、皆様がパソコン・ボランティアとして、利用者と共に作り上げてきたパソコンは、きっと使い勝手の良い、まさにオーダーメイドなパソコンになっていることでしょう。そして利用者も、パソコンを使う「本当の目的」を達成できて、とても喜んでおられることと思います。

時が過ぎ、利用者のパソコン・スキルも上達しました。こうなると、色々と試したくなるのが人の常です。また利用者がインターネットも活用しているならば、リンクを辿った回数だけ、危険に直面することになります。

私は、この長文の冒頭で「障害者は、パソコンを使う限り、パソコン・ボランティアを必要とする」と申し上げました。そして、ここからはパソコンとの出会いを終えた後に、必要とする支援について、ご説明申し上げたいと思います。

具体的には、次から続くサブタイトルのとおり、パソコンのメンテナンスと、利用者に対する継続した支援についてです。パソコンのメンテナンスについてはパソコン本体及び周辺機器の管理と、OSを含むソフトウエアとファイルなどのデータ管理に分かれます。導入支援の場合は、ハードについての説明から始めましたが、メンテナンスについては逆にソフトから始めたいと思います。

そして利用者の支援については、二次障害の防止と、就労など次なる目的の達成に関する支援です。何度説明しても覚えてもらえない、や、パソコンを使って自宅で働きたい、など、パソコン・ボランティアの集まりでは必ず出てくる課題についても扱いますので、最後まで気長にお付き合いください。

●パソコンのメンテナンス その一 ウイルス対策は全員で

ソフトウエアのメンテナンスで、一番重要なのは「ウイルス対策」です。

「インターネットを使わないから感染しない」は、あり得ません。他の人から受け取ったフロッピーやCD-ROM、またゲームソフトや音楽CDにまで感染は拡大しています。

一度感染すると「被害者」は即座に「加害者」になってしまいます。ですから「パソコンを起動させたら、まずウイルス対策」が習慣になるよう、ご指導いただきたいと思います。

もちろん、音声読上げや、肢体不自由者向けの支援用ソフトウエアをご使用なら、相性確認の後にインストールする必要があるでしょう。

ウイルス対策用ソフトウエアは頻繁に更新されるため、インターネットに接続していれば、最新版に自動でバージョンアップするサービスも提供されています。自宅でのパソコン利用に際してインターネットの回線は引いておられない利用者や、障害などのためにバージョンアップの操作が難しい場合は、パソコン・ボランティアの皆様が最新の状態を維持するよう、配慮を払ってくださると助かります。

稀にですが、パソコンの操作に慣れてくると、「スタートアップ」フォルダ内のアイコンを削除して、ウイルス対策用ソフトウエアが起動しないようにする利用者もおられます。理由はそれぞれにおありと思いますが、マナー違反者にパソコンを使う権利は無いことをご説明いただき、マナーを守ってパソコンを利用するようご指導ください。

最近では、ウイルスの監視を終了しようとすると、何度も確認して、終了しにくくしているソフトウエアも出ています。フリーウェアのウイルス対策用ソフトウエアでも、高機能なものが出回っていますので、利用者の状態に合わせて選んでください。

●パソコンのメンテナンス その二 泥棒とスパイを撃退する

銀行口座やカードなどの大切な個人情報が、パソコンから流出また漏えいした事件を、新聞やニュースなどでご覧になったことがおありと思います。皆様ご存知のとおり、これらの流出また漏えいは、ファイル共有ソフトやスパイウエアなどにより発生しました。

このうち、ファイル共有ソフトの大半は利用者自身がインストールします。しかしスパイウエアの場合は全て、利用者に無断でパソコン内部に入り込みます。このようにソフトウエアに対する自己責任の点で違いがありますので、以下からはスパイウエアに話の焦点を絞ります。

スパイウエアは、その名のとおり、パソコンの内部でスパイのように行動します。巧妙に身を隠し、大量の個人情報をインターネットを通じて第三者に送信します。この間、利用者は自分のパソコンの中が覗かれ、大切な情報が他人に送られたことに全く気付きません。また一度入り込まれると、パソコン内部、そしてLANなどで繋がっている全てのデータが危険にさらされます。そのため、被害は利用者だけに留まらず、その友人や知り合いにまで広がってしまいます。

これらのスパイウエアは発見が難しく、簡単には削除できません。ウイルスの場合と同様、専用のソフトウエアによる常時の監視が必要になります。

監視方法が同じなので、ウイルス対策用のサービスの中には、少しの料金でスパイウエア対策を追加できるものもあります。

ウイルス対策の場合と同様、スパイウエアの対策も、常に最新の状態でないと意味がありません。ですから、何らかの事情により、利用者自身で最新の状態に維持するのが難しい場合は、パソコン・ボランティアの皆様によるご支援をお願いいたします。

●パソコンのメンテナンス その三 「最新」にはご用心

長くパソコンを使用していると、OSを含め、様々なソフトウエアのバージョンが変ります。最新のバージョンには、魅力的な新しい機能だけでなく、違法行為の防止など、重要な対策も講じられています。ですから、すぐにでもインストールしたいところですが、少しお待ちください。

どのようなソフトウエアであっても、作るのは人です。そしてソフトウエアのように複雑なものには、必ず何かの小さなミス、専門用語ではバグと呼ばれるものが紛れ込みます。このバグを取り除くために、出荷前には様々な環境でのテストが行われます。しかし、完全に覗き去ることは不可能に近く、ユーザーの利用環境で発見されることも多々あります。

パソコンに通じた皆様であれば、このバグによる影響を最小限に留めることも可能と思います。しかし、やっとパソコンが使えるようになったばかり利用者、また自力でパソコンの利用環境を復元できない重度な障害を持つ利用者は、バグによるトラブルを回避また解決できません。

ですから、ソフトウエアの最新バージョンが発表されたときは、少しだけ待って、バグその他の不安定さの原因が取り除かれた後にインストールするよう、利用者にご助言ください。そうすれば、新しいソフトウエアを入れたとたんに動かなくなる、などのトラブルを事前に回避できます。

●パソコンのメンテナンス その四 ゴミ処理と責任感の関係

Windowsパソコンを長く使用していると、「.bak」や「.tmp」「.~??」などの拡張子を持つファイルが溜まってきます。これらは一般的に「ゴミファイル」と呼ばれています。実害はないので、そのままにしておいても良いのですが、パソコンのスペックが小さいときは削除したほうが動作が速くなります。

パソコンを使い始めたばかりの利用者には、削除しても大丈夫なゴミファイルと、そうでないものの見分けがつかないかもしれません。そのような場合は、有償また無償で提供されている管理用ソフトウエアを使うと良いでしょう。

「ゴミファイル」の管理と共に大切なのが、スキャンディスクとデフラグです。スキャンディスクは、ハードディスク上のファイルに発生するエラーを検査・修復します。そしてデフラグは、ハードディスクにバラバラに保存されたデータの断片をまとめる、つまり最適化する機能です。

皆様ご存知のとおり、ハードディスクは消耗品なので、ある程度使えば、必ず壊れます。そしてハードディスクが物理的に壊れた場合、保存していた大切なファイルも壊れてしまいます。物が壊れれば二度と元の形には戻せないのと同じように、壊れたファイルの復元も、まず不可能です。利用者の大切なファイルを保存するハードディスクを長く、また無駄なく使うために、「ゴミ」は処理し、「散らかったもの」はデフラグで一つにまとめ、エラーについてはスキャンディスクで小さなうちに処理する習慣をつけるよう、ご指導ください。

この習慣が身につくと、利用者は自分の使い方、管理の仕方一つで、パソコンを長く快適に使える反面、管理をサボればトラブルが発生するという事実に気付くようになります。この実感は、利用者に、パソコンの管理者は自分であるという自覚と、パソコン利用についての責任感を育てます。そしてトラブルに際して、すぐに助けを呼ぶのではなく、とりあえず自分で原因を調べてみる、自立性も身に付けさせます。こうしてパソコン・ボランティアの皆様は、パソコンの管理についてご指導くださることで、利用者に「自分で管理する」ことの大切さと喜びも体験させてくださるのです。

●パソコンのメンテナンス その五 住み慣れた我が家のごとく

ここまでは、ソフトウエアに起因するトラブルを回避する方法について、ご説明申し上げました。ここからは、上記にてご説明申し上げた方法を講じていたにもかかわらず、「パソコンが壊れた」ときに備えることと、出来るだけ早く、元の利用環境に復元する方法について扱いたいと思います。

皆様も、ワードやエクセルを使っている最中にパソコンが固まってしまい、ご自身も画面の前で固まった経験をお持ちと思います。またハードのトラブルで、電源ボタンを押しても全く起動せず、いつまでも静まり返ったままのパソコンを前に、頭を抱え込んだことがおありかもしれません。

冒頭でお話ししたとおり、私も同じです。私事な感想で申し訳ないですが、このときのショックは、何度体験しても慣れるものではないと思います。そして、この体験を重ねた私は、パソコン利用暦に似合わないと笑われることも多い、バックアップ術を身に付けてしまいました。

その私の場合、システムを二種類、そして別に個人で作成したファイルを保存する、三段階に分けてバックアップしています。ファイルについては毎日決まった時間に、外付けのメディアへ丸ごと同じものをコピーして保存します。システムについては、ソフトウエアの関係で、同じメディア内でしか保存できないため、レジストリ関連のものを「Config Safe」で週に一回程度、そしてシステム全体の完全バックアップを「Think Vantage Rescue and Recovery」で月に一回保存しています。

そして少し調子がおかしいな、と思うときは、「Config Safe」でワンクリック、ほぼ数秒で一週間前の環境に戻します。また、それでも駄目な場合は「Think Vantage Rescue and Recovery」で文字通り数分のうちに、システム全体を一ヶ月前の状態に戻します。いずれの場合も個人で作成したファイルは除外して操作しますが、万が一、書き換えられた場合に備え、毎日保存している外付けメディアのファイルで元に戻します。

こうして今は、メーカーに送り返すような大トラブルにならない限り数分で、元の環境へ戻せるようにしています。

私が使用しているバックアップ用のソフトウエア「Config Safe」はプレインストール版で、私が購入したIBMのノートパソコンに元からインストール(導入)されていました。また「Think Vantage Rescue and Recovery」は、IBMがユーザー向けに無償提供しているものです。この他にも、高機能なものからシンプルに同期を取るだけのものまで、様々なバックアップ用のソフトウエアがあります。ただし、ごく普通に使われるだけならば、私のように三つのソフトウエアを組み合わせる必要はないと思います。ですから、利用者の状態に合わせて使いやすいものを選ぶようになさってください。

●パソコンのメンテナンス その六 本体と周辺機器の管理

バックアップで復元できるのは、ハードディスクの中身だけです。その外にあるパソコン本体内部の機器と周辺機器は、別に管理する必要があります。しかし私自身は肢体不自由なため、こまかな指先の動作と力仕事が伴う、この作業を自分で出来ません。ですから今も、私の専任パソコン・ボランティアである主人に頼みます。

主人がパソコン・ボランティアとして担当している作業は二種類あります。

一つは普段の掃除で、作業手順については今更、パソコン・ボランティアである皆様にご説明申し上げるようなものではありません。本当に、ごく普通の掃除で、一時間たらずのうちに終了します。そして主人がパソコンを掃除している間、私は側で見ているだけなので役に立ちません。どちらかというと「口を挟まれると手元が狂うので、どこかに行って欲しい」んだそうです。掃除だけですので、私も素直に他所へ行って、お茶でも飲んで待つことにしています。

掃除と違って側を離れられないのが、パソコン・ボランティアとしての二つ目の作業、本体内部の機器交換と、周辺機器の増設です。私は肢体不自由とはいっても、出来る限り、全ての機器を自分で操作したいと考えています。ですから文字通り、ミリ単位で置き場所を指定します。そして実際に操作感を確認し、納得がいくまで位置を微妙に変えて試します。

この間、今度は主人が口をふさいで、私が出す指示のとおりに手を動かしてくれます。思い通りに位置が決まらないときは、周りで見ていた母が心配するくらい、きつい語調になることもあります。しかし、一旦、二次障害の兆候である痛みが出れば、苦労するのは私の体を管理している主人です。それでお互いに譲れない一線を認めつつ、黙っていて欲しいと言われたときは、大人しく黙って待つようにして、作業を終えます。

これらのハード管理については、専門業者による保守サービスでも対応が可能です。私のような僻地住まいでは業者も見つかりませんが、都会なら安価で利用できるでしょう。また、お住まいの地域でパソコン・ボランティアが少ない場合、有償のサービスなら素早く対応できるということもあると思います。決めるのは利用者自身ですが、選択可能な情報としてお知らせいただけるならば、緊急な状況下で最善の方法を選ぶ際、精神的に少し楽になると思います。

●利用者を支援する その一 スケジュールを決めよう

使いやすいパソコンに、楽な姿勢で過ごしやすい環境、もう最高ですね!!

こうなると何時間でも、モニターの前で過ごしたくなります。

ということでメンテナンスの続きはスケジュールについて、別の表現に言い換えると「利用者の体調管理」についてお話しましょう。

二次障害に関連して、前のほうでもお話しましたが、私たち障害者は、その障害が肢体にある場合、長時間、良い姿勢を保持するのが困難になります。そのために、私たちの姿勢保持に適した環境の整備をお願いしたわけです。

この段階まで支援された利用者の環境は、とても快適な、たとえるならば、私がこの項目の冒頭で「!!」まで付けた状態になっていることでしょう。とはいうものの、いくら環境が良いからといって、無制限に座位または適切な姿勢をとり続けられるわけではありません。

不自由さが当たり前の障害者にとって、パソコンで得られる自由は魅力的です。中には、一度、この自由を味わい知るならば、二度と元の不自由さに戻ることは出来ない、と言い切る人もいます。実際、私自身も、パソコンの前に座っているときと、パソコンから離れて体を休めているときのうち、どちらが好きかと問われれば、即座にパソコンの前に座っているときと答える一人です。

だからこそ、障害者の体と健康を管理される方にお願いいたします。

いくら好きでも、やりすぎは必ず悪い結果をもたらします。ですから、パソコンの利用は、日常生活において常識的と考えられる範疇に留めるよう、スケジュールを組んでください。そして障害者本人が希望し、大丈夫だと言い張っても、その利用をスケジュールで定められた時間内に限るようにしてください。

二次障害を起こせば、何をおいても味わいたいと願った「自由」は失われ、私たち障害者は再び、悪夢のような「不自由さ」の中で長い時を過ごすことになります。そして、そうなってからでは全てが手遅れになります。

ですから、パソコンを使うのが楽しくて、パソコンを使っているときは生き生きしている人ほど、スケジュールの管理を徹底し、長く、そして楽しく使いつづけられるように、お手配いただけますようお願い申し上げます。

ちなみに、私自身は自分で管理しています。家族が、そして友人が何を言おうと、ちゃんと自分で管理しています。だから二次障害は軽微なままです。そして今後も、軽微なままで留まるよう、頑張るのです!!

●利用者を支援する その二 覚えないのは誰のせい?

先ほどは、楽しくて仕方がないという利用者について、ご支援いただきたいことを書きました。次に「頑張ってるんだけれど、なぜか覚えられない」という問題を扱いたいと思います。

このような利用者の場合、楽しくて仕方がないというほどではないにしても、かなりの熱意でもって学びつづけられます。そのため、教える側にも熱が入り、何とかして覚えてもらえないかと工夫を重ねます。この努力が実を結べば問題はないのですが、反対に、いくらやっても覚えられないと判ったときには、双方共に我慢するのが精一杯、というくらいにストレスが高まります。

私も側で何度か拝見したことがありますが、見ていて痛々しく、というか、許されるなら、すぐにでも逃げ出したくなる場面です。講習の後で「大変でしたね」と話し掛けると、パソコン・ボランティアと利用者が口をそろえて、「こんなに一生懸命やっているのに、どうして覚えられないのかな」とため息を付かれます。そして側で見ているだけの私としては、たぶん「指」が原因だろうと思いつつ、口に出せずにおりました。

パソコンは主に手、それも指を使って操作します。ところが利用者の皆様は、障害ゆえに細かな動作が不得手な方が多くおられます。このような方たちがパソコンを操作しようとすると、まず、どのような操作をするか考えて、次に必要なキーを思い出して、それを叩くべく手を動かす、またはマウスを動かして、右または左のボタンをクリックする、という過程を意識して行うことになります。これは、脳と手にとって、かなりの負担です。

この文章を読んでくださる皆様も、幼い頃、箸の使い方を覚えるのに苦労された経験がおありではないでしょうか。箸の使い方を覚えるのと同じで、パソコンを指の条件反射で操作できるようになるまでには、一定の時間、触って、脳に手と指の動きを「学習」させる必要があります。

同じように脳と手をダイレクトにつなぎ、途中の思考なしで操作するものにピアノやソロバンがあります。これらの技能を修得するには、一にも二にも反復練習しかありません。そして、この反復練習には時間が関係しており、短い時間差をおいて繰り返すことが有効です。逆に、この反復練習の回数が少なかったり、間をおく期間が長いと、脳の記憶が強化されず、いつまでたっても「覚えられない」ことになります。

結局は短い期間に集中して繰り返せば、嫌でも覚えられるということですが、ご自宅にパソコンがなく、施設などでしか練習できない利用者も多いですし、中々に難しい問題だと思います。

●利用者を支援する その三 やる気ある?

続いて、熱意が感じられず、今ひとつ楽しそうでない、時には、嫌々やっているようにも見える利用者について、私が見聞きしたことをお話したいと思います。

このような利用者に対し、パソコン・ボランティアとして何が出来るのか、そして何をして差し上げればよいのか判らなくなった、という悩みは、皆様もよく耳にされることと思います。そして先ほどの項目で説明したのとは別の意味で「何度、説明しても覚えてもらえない」という問題に頭を抱えられることでしょう。

実際、このような利用者は、暇つぶしに来ているようにも見えます。そして事実、中には暇つぶしで来られる方もいらっしゃいます。このような場合は、文字通り、暇つぶしなのですから、関心が薄く、熱意がないとしても当然でしょう。しかし、関心が薄いとしてもゼロではありません。ですから、関心を持っていただけるテーマが見つかるまで、利用者にあわせて、のんびりパソコンを触り、色々なことを試してみるのが最善かと思います。

また別のタイプとして、パソコンを学びたい本当の理由また目的を言い出せないまま、そして今やってることは本当にやりたいこととは少し違う気がすると思いつつ、通っておられる利用者がおられます。こちらの場合、問題は深刻です。

パソコン・ボランティアとして真の意味で利用者に応えるために、何をしたいと考えておられるのか、丁寧に聞き出す必要があるでしょう。その際、無理強いは禁物です。「支援用ソフトウエア その一 役割について考える」の項目でご説明申し上げたとおり、パソコン・ボランティアとの信頼関係が強まれば、自然に話せるようになります。それまでは「パソコン・ボランティアへの信頼 トラブルへの上手な対応」の項目でお願い申し上げたとおり、どのような反応も大らかに受け止めて、利用者自身の自発意思で話し始めるのを待ってください。

ところで、私自身は、本当の意味で「やる気がない」利用者には会ったことがありません。中には「家族の意向でパソコンを学ぶことを受け入れはしたが、本当はやりたくない。今は何かわからないけれど、別のことをしたい」と、きっぱり宣言されたこともあります。このときは、まず本当の思いを打ち明けるに足る、信頼できる人間と見てくださったことに感謝しました。

そして、その信頼に応えるべく、パソコン学習の目的を「本当にやりたいことの発見」に据えました。続いて、講習内容は「本当にやりたいこと」を見つけるための情報探索に絞りました。幸い、指が動く方でしたので、操作方法をお教えするのは、マウスとブラウザの使い方のみで済みました。そして残りの時間は全て、一緒に色々な情報を検索して過ごしました。結果、二週間の講習期間中に「本当にやりたいこと」として「料理教室に通う」という答えを出されました。

そのため、講習の依頼者であったご家族には、今後のパソコン利用は期待薄であることをお伝えすると共に、利用者ご本人の意向にそって見つけた、車いすでも通える料理教室の一覧をお渡ししました。パソコン・ボランティアとして出来たことは、マウスとブラウザの操作方法をお教えしただけという、ある意味、不完全な講習と思います。しかし、利用者ご本人はもちろん、パソコンの使い方を教えて欲しいと依頼されたご家族までが喜んでくださり、恥ずかしいやら、嬉しいやらと、不思議な気分を味合わせていただけました。閑話休題、余談が長くて申し訳ありませんでした。

●利用者を支援する その四 障害を考慮した接し方?

ここまでで、パソコンを学ぶのが楽しくて仕方がない人、パソコンを学ぶ意欲はあるけれど覚えられない人、暇つぶしにパソコンを学びに来ている人、パソコンを学びたい本当の理由また目的を言い出せないまま学びつづけている人などについて書いてきました。

この他にも、何かあるとすぐに投げ出して「やめる」と言いつづける人や、会場に入ると暴れて手がつけられなくなったり、悪態しか口にしないのに、なぜか通いつづける人など、パソコン・ボランティアの皆様が手を焼かれるタイプの利用者がおられることと思います。そして中には、このような反応が、その人の障害に起因して起きているように思える場合もあるでしょう。

では、このようなケースで言われることの多い「障害を考慮した接し方」とは、どのような対応を意味するのでしょうか。

私自身は「基本的な人権を尊重する」ことが鍵になると考えています。

実際のところ、身体・知的・精神、どのような種類の障害を持っているとしても、私たち障害者に共通しているのは、自分たちの人権を守り、人としての尊厳を得たいという強い願いです。

パソコンを学ぶ動機は様々ですから、時には、パソコン・ボランティアの励ましに応えない利用者がいても当然でしょう。しかしパソコン・ボランティアが、利用者の「人」としての尊厳を重んじ、常に利用者の意思を優先してくださるなら、徐々にですが、心を開らかれると思います。このようにコミュニケーションが成立すれば、お互いに何を求めているのかを理解しあうことが可能になります。そして利用者の方が、学ぶという姿勢が求められていると理解すれば、パソコン・ボランティアの支援に応え応じ、進歩なさることでしょう。

ということで私は、人と人の関わりで一番大切な「基本的な人権」を尊重することが、障害者ごとに大きく異なる、その障害の影響を乗り越えて、パソコン・ボランティアと障害者を結ぶ「絆」になると考えています。そして「障害を考慮した接し方」とは、基本的な人権を尊重した接し方である、というのが私の持論です。

果たして、パソコン・ボランティアとして活動される皆様は、どのようなご意見をお持ちでしょうか。いつか、皆様の豊富な体験に裏打ちされた興味深い、沢山のご意見を拝聴できることを心から願っております。

●利用者を支援する その五 インターネットにおける自由と責任

個人情報の保護については、「パソコンのメンテナンス その二 泥棒とスパイを撃退する」のスパイウエアに関連して少し扱いましたが、もう一度、今度は範囲を広げて考えてみたいと思います。

私たちは自分自身の個人情報を毎日、様々なところで開示しています。パソコン利用に際しても同様で、操作の度に「自分」に関する情報をHDD内に記録してゆきます。個人情報の保護に関する法律で話題になったように、このような記録の閲覧は違法とされ、意図的に覗くことはモラルに反する行為とされています。しかし覗きたい、知りたいと思う人がいる限り、このような違法行為はなくならないでしょう。ですから、覗かれないための自衛が必要です。スパイウエア対策は、その一つですが、他にも簡単で、即座に実行可能な方法があります。

それは意図的に記録を残さないことです。たとえば

  • メールアドレスなどの個人情報を知りあったばかりの人に教えない
  • 知らない人から届いたメールはすぐに削除して、絶対に読まない
  • インターネットのリンクURLに見慣れぬ英語が入っていたらクリックしない
  • 知らない人から送られた、身に覚えのない請求書は支払わない

などは、「しない」ことで身を守る方法ですから、自衛用のソフトウエアについて学ぶ前でも簡単に実行できます。

この他にも「ネチケット」と呼ばれる、インターネット利用に際してのエチケット集には、インターネットを快適に使い、そこで身を守るための方法が沢山含まれています。

ウイルスやスパイウエアの例でお判りのとおり、インターネットでは被害者が簡単に加害者に変身してしまいます。そのため、インターネットの安全は、全ての利用者が協力して守るものであると考えられています。そしてインターネットの安全性を脅かす、ネチケットに違反する行為は、たとえインターネットの利用暦が浅い人でも許されることはありません。

パソコンを使い始めて間がない利用者は、このような自主的に運営される世界には不慣れかもしれません。しかし一度、加害者になってしまうと、利用者本人はもちろん、周りにも感情的な「しこり」を残します。ですから、インターネットに参加する際には、大きな自由を謳歌できると同時に、強い責任感を持つ必要があることを、事前にご指導いただければ幸いです。

●利用者を支援する その六 働きたいを叶えたい

このサブタイトルをご覧になり、「パソコン・ボランティアの範疇ではない」とお考えになった方もおられると思います。また逆に「利用者がパソコンを学ぶ本当の理由また目的として、ぜひとも叶えたい」とお考えくださる方もおられるでしょう。実際、パソコンを活用した障害者の就労にまで、パソコン・ボランティアが支援を広げることについては、激しい議論が繰り広げられ、賛否両論が飛び交っています。

この文章を書いている私自身、様々なボランティアの皆様にご支援いただいて今の「私」、つまりパソコンで在宅ワークするまでに成長出来ました。ですから、同じように在宅ワークで働くことを希望する障害者の気持ちは、痛いほどに理解できます。そして私自身がパソコン・ボランティアとして活動するときは、「働きたい」を阻む多くの問題に取り組み、悩んできました。

皆様もご存知のとおり、働くことは基本的な人権により保障された「人」としての権利です。

そして同時に、多くの人の協力によって実現される社会の仕組みでもあります。ですから、一人の障害者の「パソコンを使って働きたい」を叶えるためには、当人はもちろん、パソコン・ボランティアと、それ以外の沢山の人に協力をお願いする必要があります。

話が少し飛びますが、昨年改正された「障害者の雇用の促進等に関する法律」、いわゆる改正障害者雇用促進法には、これまでの支援団体に加え、新しく「在宅就業支援団体」が障害者の在宅就業を支援する組織として加えられました。この団体は、在宅で働きたい障害者を育成・支援すると共に、自治体や企業などから仕事を請け負い、在宅で働くことを希望する障害者に配分します。障害者は自分のことを良く知る支援者から、無理のない量の仕事を受け取れますし、発注者は仕事を小分けして契約せずに済みます。双方に負担の少ない形で仕事の受発注を仲介できる、この仕組みは、今までのパソコン・ボランティア任せ、また障害者の孤軍奮闘という、いずれも好ましくないやり方を解決する助けになると思います。

私の参加するNPOも含め、既に多くのパソコン・ボランティア団体が「在宅就業支援団体」として認可を受けるべく、必要な準備を進めています。それで私たち障害者の「働きたい」を叶えたいとお考えいただいておりましたら、ぜひお近くの労働局職業対策課地方障害者担当官までお問合せください。

●パソコン・ボランティアと障害者 その一 パソコン利用における「自立」

成長を遂げた利用者は、パソコン利用に際しても自力で出来ることが増え、同時に、パソコン・ボランティアの皆様に支援を仰ぐ機会が減ったことでしょう。しかし、私が冒頭で申し上げたとおり「パソコンを使う限り、パソコン・ボランティアを必要とする」状態からは未だに抜け出せずにいると思います。実際、この文章を書いている私自身、今でも主人というパソコン・ボランティアを必要としています。

ではパソコン利用に際して、私たち障害者が「自立」するとは、どのような状態になることを意味しているのでしょうか。

私は「いまどきのパソコン・ボランティア その一 選択に伴う責任と自立」の中で、障害者が消費者として認められるために、商品についての情報を知らされ、同時に商品についての提案を行えるようになりたいと書きました。

多くの利用者は、パソコン・ボランティアである皆様のご支援のもと、パソコンの使い方を学ぶ段階で、個々の商品の使い勝手や、改善をお願いしたい部分について、必ず何がしかの感想、また考えを持ちます。このように気付いたことを誰にも言わず、黙っているのは簡単です。でも少しだけ勇気だせば、パソコン・ボランティアの皆様に、そして仲間の障害者に、「こんな感じ」という感想や「こんな工夫はどうだろう」という提案が出来ると思います。そして、このような情報を、地域を越えて共有できれば、もっと多くの障害者が、もっと楽にパソコンの使い方を学べるようになるでしょう。

受けるだけ、支えられるだけなら「自立」とはいえません。しかし、パソコン利用に際して、僅かでもお役に立てることがあるならば、「自立」したといっても許されるのではないか、と私自身は考えています。

●パソコン・ボランティアと障害者 その二 ゆりかごから墓場まで

皆様ご存知のとおり、パソコンの急激な普及に伴い、パソコン利用を希望する人は、全ての年齢層で増加しています。高齢者はもちろん、子供たち向けのパソコン・ボランティアに対するニーズも高まる一方です。そして、この傾向は障害者についても同じです。

最近では、養護学校などの先生方が、各地で開催されるパソコン・ボランティアについての勉強会に参加されることも多くなりました。しかしパソコン・ボランティアとして活動できるほどのノウハウをお持ちの先生は、まだ少数しかおられません。

私たち大人の障害者と違って、子供たちの障害は、その成長に伴い変化します。そしてパソコン利用に際しては、私たち大人の障害者以上に細やかな調整を必要とします。しかし多くの養護学校では、このような調整に必要な支援が得られず、一般向けのパソコン設備のまま使っていたり、フィッティングは業者任せというところもあります。ですから障害を持つ子供たちのパソコン利用については、私たち大人の障害者以上に、パソコン・ボランティアであられる皆様のご支援を必要としています。

実際、障害を持つ子供たちが幼い頃からパソコンに親しめるなら、成人後に学んだ私たちのような苦労はせずに済むでしょう。そして子供たちは、私たち以上にパソコンを使いこなし、もっと素晴らしい自立を目指すことでしょう。

ですから、パソコン・ボランティアとしての支援の輪に、障害を持つ子供たちも加えていただき、まさに「ゆりかご」から「墓場」まで障害者のパソコン利用をご支援いだたけますよう、どうか宜しくお願い申し上げます。

●パソコン・ボランティアの皆様へ まとめ

パソコンは障害によるハンディを取り除き、大きな可能性の扉を開く素晴らしい道具です。

けれど、利用者の自発意思がなければ動きません。そして利用者の自発意思を生み出すのは、パソコンという機械や、その中で動作するソフトウエアではありません。それは私たち障害者と関わり、パソコンを使って意思を表すよう働きかけてくださる、パソコン・ボランティアである皆様ご自身です。

人の自発意思は、他の人の働きかけに応じて生まれ、育ち、そして最後に、その人から出て、刺激を与えた人に戻って行きます。時間が掛かったとしても、働きかけつづけるなら、必ず何らかの成果が生まれ出ます。それがパソコン・ボランティアとして、皆様の目指されたところとは違っていたとしても、皆様がパソコンを通じて関わってくださったことにより、生まれ出たことには違いありません。

人はそれぞれ十人十色、パソコンに対する思いも千差万別です。中には真っ直ぐ進むことに怖れを感じ、少し止まったり、曲がってみたりする利用者もいることでしょう。そのようなときに、私たちの側に寄り添い、支援しつづけてくださる皆様パソコン・ボランティアの存在は、私たち障害者が学びつづけるために必要な「勇気」の源になります。

私たち障害者にとって、パソコンの学習をご支援くださるパソコン・ボランティアの皆様は、素晴らしい未来への道先案内人です。どうか引き続き、私たち障害者にご支援賜りますよう、心からお願い申し上げつつ、この長文を締めくくりたいと思います。長い間お付き合いくださり、誠にありがとうございました。