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平成20年度 国際セミナー報告書
障害者の一般就労を成功に導くパートナーシップ

Report on International Seminar
Success through partnership to promote open employment of persons with disabilities

基調講演:「日本におけるソーシャル・ファームの発展に向けて」

炭谷 茂
恩賜財団済生会理事長
元環境事務次官
日英高齢者・障害者ケア開発協力機構副委員長
ソーシャルファームジャパン理事長

講演要旨

1.適切な仕事を得ることが困難な状況

(1) 困難な人たち
障害者難病患者高齢者母子家庭ニート・引きこもりの若者
刑務所からの出所者被差別部落ホームレスなど
少なくとも2千万人
(2) 現行の制度とその限界
授産施設などの公的制度
一般企業での雇用

2.一つの解決策としてのソーシャル・ファームへの期待

(1) ソーシャル・ファームの定義の整理
(2) 多様な仕事観の実現
自分の個性に合った仕事
事業への参加
(3) これから必要性の高まる事業分野を担う

a.環境

  • リユース
  • リサイクル
  • 自然エネルギー
  • 有機農法
  • 森林管理
  • エコツーリズム

b.福祉

  • 介護ケアサービス
  • 給食サービス
  • 移動サービス
  • アートセラピー

c.農業、牧畜、林業など

  • 特産品作り

d.サービス業

  • コンビニ
  • 観光
  • 芸術作品

これらは国内で展開し、今後成長

荒廃した地域を活性化

(4) これらを支える住民活動のうねり
資金参加
ボランティア
消費者
(5) 教育界の動き
社会的企業家の養成コース
(6) 国際的な動き
ヨーロッパ
アメリカ
途上国
(7) 日本の政治や行政の動向

3.ソーシャル・ファームを発展させるために

  • 上記2の動きをさらに強めること
  • 商品・サービスの開発
  • 支援者の輪を拡大
  • 国際的な連携
  • 政治・行政への働きかけ
  • このためにソーシャルファームジャパンを昨年12月7日発足

最後に

  • ソーシャル・ファームは新しい国家や社会のあり方や人間の生き方につながる
  • 21世紀の福祉国家のモデル
  • 社会的な絆の形成

講演

只今ご紹介いただきました、炭谷と申します。今日はたくさんの方においでいただきまして、ありがとうございます。私は、ソーシャル・ファームについて今日これから皆さんと一緒に考えていくわけですが、その全体のアウトラインと言いますか、これからの流れのご理解に役立つようなものを話していきたいと思っております。

私の今日お話しようと思うことは、今日皆さん方にお配りしているこの冊子の項目に沿ってお話したいと思っております。

1.適切な仕事を得ることが困難な状況

まず、皆様方ひしひしと感じていらっしゃると思うのですけれども、日本の社会は随分変化して、厳しい状態だと思います。失業者が多くなり、また派遣職員が解雇されたりしている状態です。日本社会においてこのように貧困が増加し、沈殿し始めている。これは戦後の日本の中でも少なかったのではないかと思います。みんないつか良くなるのかなと思いつつも、このまま貧困が増加し沈殿していくというような気配さえ見えるわけです。ですから日本の経済や社会の構造というのは、どうも今までとはがらりと違ってしまったのではないかという気さえします。

その中にあって、今日の主なテーマである障害者の方々、また高齢者の方々、それから難病を抱えている人たち、ニートの若者、それから引きこもりをしている人たち、また刑務所から出てきた人たち、母子家庭の人、それから被差別部落の人。いろいろとたくさんの人たちがいらっしゃるわけですが、このような人たちがどうも今の通常の労働市場の中では、自分に合う仕事がなかなか見つけられなくて困っていらっしゃるのではないかと思っています。

このような数を数えてみると、私は最低でも2,000万人くらいいらっしゃるのではないかと思います。そんな大げさなことを言うなという人もいるかもしれませんが、数えてみると、障害者の数は日本の政府の統計ですと750万人となっていますけれども、私はちょっと少ないのではないかと、精神障害を有している方を中心として、調査漏れの人が相当ある。それから、どうも日本の障害者の定義は狭いのではないかと思います。そのように広めにとると、750万人ではなくて1,000万人くらいになるのではないかと思います。

高齢者で65歳以上の人は、2,700万人。そのすべての人が仕事を求めているとは言い難いと思いますが、かなりの人はまだまだ元気ですから、もっと働きたいという人が少なく見ても1,000万人くらいはいらっしゃるのではないかと思います。難病患者も数百万人。ニートについては文部科学省の調査では毎年6万人から7万人ずつ出てくる。引きこもりをしている若者、これはあるNGOの推計で私はちょっと多いのではないかと思うのですが、300万人くらいいるのではないか。刑務所から出てくる人は毎年3万人。そして社会の中でうまく受け継がれない。母子家庭も120万人。挙げていけばきりがない。これらを足せば4,000万人くらいになってしまいますが、重複計算がたくさんありますから、最低でも2,000万人の人が、どうも自分に合う仕事がないな、今仕事をしていてもどうもぴったりこないという人がかなりいらっしゃるわけです。

仕事というのは、言うまでもありませんが経済的な自立が得られる、また人間としての尊厳性、プライドも得られる。また、働くことによって人とのつながりができる。大変重要なことだと思います。

でも、今の日本の状況を見てみると、どうも先ほど言ったような人たちに対する仕事の状況というのは必ずしもよくない。公的な仕事、これをまず仮に第一の職場といたしましょう。例えば市役所などで作っているもの、または社会福祉の法律で作っているような授産施設というものがありますね。これはまだまだ充実させていかなければなりませんが、残念ながら予算の関係で件数が限定、制限されている。また、働いてもなかなか賃金が伸びない。1万円いくのは大変だという状況ではないかと思います。

第二の職場というのもあるでしょう。第二の職場というのは、一般企業ですね。私の済生会は、現在全国に4万5,000人の職員がいます。大企業では1.8%の障害者を雇用しなければならないわけですが、私どもの済生会はかろうじて1.9%、ようやく達成しているという状況です。この1.8%さえ達成できないというのが通常の企業ではないかと思います。ただ、ヨーロッパのほうではこういう割当制度、quotasystemというのはちょっと見直されていると聞きますけれど、一定の機能は日本では果たしているだろうと思います。

第一の職場、公的な職場。第二の職場、一般企業。どうもこの二つだけでは、先ほど言った2,000万人の人たちに対する仕事場というものは不十分ではないかと思います。だから、第一の職場、第二の職場、それぞれ充実させていかなければなりませんが、どうも他に第三の職場というものを作らないと十分にうまくいかないと考えてきました。その一つとして、今日の大きなテーマであるソーシャル・ファームというものがあるのではないかと思います。

2.一つの解決策としてのソーシャル・ファームへの期待

今日も、イギリス、ドイツの方からソーシャル・ファームについて話していただきますが、ソーシャル・ファームの定義、概念をちょっと整理しておきたいと思います。これから今日一日、これについてお話をするわけですから。

ソーシャル・ファームの定義がわからないという人がかなりいらっしゃいます。その通りだと思います。ソーシャル・ファームはあくまで、私の考えによれば目的的な概念なのですね。よく研究者の間ではまず概念を決めて、そして何かをやろうという人がいます。まず概念。そうではないのではないか。あくまで目的があって、何か仕事をしよう。何か事を起こそうという場合に役立つ言葉として使うものだろうと思います。

ソーシャル・ファームというのは、簡単に言えば、先ほど言ったなかなか通常の労働市場では仕事が見つからない。そういう人たちに対して仕事を見つけよう。その中心は障害者ですが、障害者だけではなくて難病患者の人、高齢者の人、刑務所から出てきた人、いろいろな人が対象になり得ると思っております。それが第一の要素です。

第二は、それはあくまで第一の職場のように税金でやるのではない。あくまで基本はビジネス的な手法でやるということを前提にしている。税金は、これは税金による援助があればそれはありがたく受けますけれど、それはあくまで前提にしない。税金があるから、税金の援助を受けるからやるというものではないと思います。それが第二の要素だと思います。

第三の要素というのは、これはあくまで利潤を目的にしているわけではない。つまり、そこにお金を投資して、そこから金儲けで自分の懐に入れようというものではない。だから、そこで得られた収益、でもビジネス的手法ですからあくまで利益はあげなければいけないのだけれども、それはあくまで外に出すのではなく、配当という形で外に出すのではなくて、内部で再び再投資していく。そして、そこでの事業は、できればやはり一緒に働いている人が参加をしていく。

整理しますと、一つは社会、通常の労働市場では仕事がなかなか得られない人の仕事場づくり。第二は、ビジネス的な手法である。第三番目は、利潤を目的にするわけではなく、またできるだけ経営に当事者が参加していく、そういうことだろうと思います。

そもそもソーシャル・ファームについて、イタリアやドイツやイギリスで発展したわけですけれども、日本でもだんだんそういうものをバックアップするものがでてきたのではないかと思います。その追い風を六つくらい挙げていきたいと思っています。

第一は、どうも先ほど言った2,000万人とかという方々は、やはり自分たちの個性に合った仕事をしてみたいという気持ちがあるのだと思います。すべての人がそうとは言えませんけれども、かなりの人が、できればお金はそんなにたくさんなくてもいい、儲からなくてもいいけれども、自分の個性に合った仕事、自分の生きがいに合った仕事、そういうものをしてみたい。そういう気風があるのではないか。そしてできれば、自分もその事業に、経営に参画をしてみたいという気持ちがあらわれているのではないかと思います。こういう考え方が、こういう気持ちが今日本の社会の中に増えてきているだろうと思います。これが第一です。

第二は、このソーシャル・ファームというものに向く事業の分野が今広がっているのですね。むしろ、これが増えて、日本の社会の中にはこの部分が大変伸びていくという現象があるわけです。

そのいくつかの例をこれから挙げてみたいと思います。

第一は、環境の分野です。オバマ新大統領は、皆さんご存知のようにグリーン・ニューディール政策というものを掲げました。これからは、環境によって500万人の仕事を作るのだということを言っています。それにならって日本の政府もまた民主党も同じような政策を挙げています。だから、これから環境というものがどんどん伸びていくだろうと思います。既に日本にはソーシャル・ファーム的に運営しているところがたくさんあります。今日もかなりの人に来ていただいていると思います。たとえば、私自身非常にうまくいっている例として一つ例を挙げますと、愛知県の西尾市というところがあります。トヨタの城下町ですね。そこに「くるみ会」という大変素晴らしい社会福祉法人があります。この西尾市にはデンソーというトヨタの関連会社があります。関連会社とは言っても、トヨタと並ぶような大きな会社に成長しているわけですけれども、自動車のカーステレオやカークーラーを製造している会社ですけれども、そこの工場には1万2,000人の従業員が働いている工場があります。1万2,000人もいますから、その食堂から大変たくさんの食品廃棄物が出るわけです。そこで、先ほど言ったくるみ会。くるみ会は知的障害者の施設ですけれども、作ったきっかけは、そこの理事長の榊原さんという方が、養護学校の先生をしていた。やはり養護学校にいる間は障害児も勉強ができていいけれども、卒業したら行くところがない、働くところがない。それに心を痛めていた榊原さんは50歳前後に早期に退職して、退職金を元手にして作られたわけですね。現在70歳くらいのご高齢になられましたけれども、大変立派な活動をされています。その活動に感銘したデンソーという会社は、その食品廃棄物の処理をこのくるみ会にお願いしています。まさに、食品廃棄物の処理という環境の仕事。それでくるみ会のほうは単に処理をするだけではなくて、それをコンポスト、肥料ですね、コンポストにした。これは大変工夫をして、臭もでない大変いいコンポストにしたのですね。近所の農家は、このコンポストを使えば大変作物がよくとれるということで、競って買ってくれるようになった。約1日1トンですね、かなりの量だと思います。その量のコンポストを作って、いわばデンソーという会社、それがくるみ会という社会福祉法人、それから一方で農家、そしてそれに行政がいろいろと助けている。大変うまくいっている例ではないかと思います。

もう一つ例を挙げさせていただきたいと思います。

これは北海道の北広島市にある会社です。日本環境開発事業という会社ですけれども、これはもともとはオイルリサイクルをやっていた会社ですけれども、さらに家電のリサイクル、家庭から出る冷蔵庫やテレビなどを分解して、そこから有効な金属を取り出してリサイクルに回しているという会社ですけれども、はじめは通常の人を雇って家電製品を分解していたわけですけれども、ある福祉の関係者の人から、これは知的障害者の人にもできるから、是非働く場にしてほしいという申し出がありました。そこでその社長さんは、試しにやってもらったところ、一定のマニュアルに従ってしっかりやれば、本当にうまく分解をして、むしろ通常の人よりもうまくなった。そして、普通は家電のリサイクルの場合、この中にも専門家はいらっしゃると思いますけれども、70%程度しか有効なものを取っていません。しかし、知的障害者を使った手作業でしっかりと分解すると、99%。つまりほとんどゼロエミッションになったわけであります。

このように、リサイクル、リユースという面で大変うまくいっている例。くるみ会とか、北海道北広島市の日本環境開発という会社。そういうことであれば自分のところでもやってやるよ、自分の知っているところがある、と皆さんたくさんご存知だろうと思います。

その他ちょっと変わった例で考えられるのは、私は環境のなかでもエコツーリズムということも場合によっては仕事の関係として使えるのではないかと思うのですね。この中で行かれた人がいらっしゃいますかね、今日もこの関係者の人に来ていただいています。北海道の東の果てに霧多布というところがありますね。大変いいところです。釧路湿原は有名ですけれども、霧多布の湿原も大したものですね。そこでエコツーリズムをやっています。現在は地元の浜中町の住民たちが中心にやっていますけれども、そこに夏の間一週間も行けば、大変気持ちがいい。私はそういうところはエコツーリズムのいろいろな場面に地元の高齢者も働く場、場合によってはいろいろな障害を持っている方も働く場としてやれるのではないかと思っております。

二番目は、福祉の分野があると思うのですね。今日の午後から、豊島区でやっていらっしゃる豊芯会の上野容子先生に話していただきますので、そちらに譲りたいと思っております。でもちょっと目先を変えると、先ほどのエコツーリズムと同じですけれども、福祉の分野でアートセラピー、これも面白いと思っているのです。実は私、昨年12月にアートセラピー教本という本を出しました。自分一人で出したわけではなくていろいろな人に協力をしてもらって作ったわけですが、アートセラピー教本。たとえば音楽が役立つのではないか、絵画を描くことが役立つのではないか。いや、そういう高尚なことでなくても、絵手紙を書くことがいいのではないか、車椅子のダンスもいいのでは、いろいろとあると思います。そういうアートセラピーというものも、うまく活用していけば働く場に使えるのではないかと考えました。

三番目として、農業というものもある。また牧畜、林業。こういう分野は最近日本の社会でも重要になってきたと言われています。今日も来ていただいておりますけれども、これもやはり北海道なので北海道ばかりで恐縮ですが、北海道の中部に新得町という町があります。そこに共働学舎という施設があります。これは30年前に宮嶋さんという方が作られたわけですが、その共働学舎は別に社会福祉法人でもなんでもない、普通の農業生産法人ですけれども、そこはどなたでも来てもいい。たとえば刑務所から出てきて仕事がない、不登校になっていて受け入れてくれるところがない。たとえば私が行ったときは、サリドマイドの薬害で手が不自由な人もいらっしゃいました。いろいろな人が集まって、数十名の方がそこで共同して生活をされている。何をやっているかといえば、チーズ作りをやっていらっしゃるのですね。今日地方から出ていらっしゃった方、東京駅からお帰りになるときに、東京駅の八重洲口の前に北海道の作ったアンテナショップがあります。奥のほうに行くと、いいものがあります。これは北海道の共働学舎のチーズなのですね。素晴らしいチーズです。洞爺湖サミットが去年の7月に行われましたけれども、洞爺湖サミットのときにも使われたのは、なんとこの共働学舎のチーズなのですね。相当質のいいものを作っています。

四番目として、サービス業も考えられます。これは去年、このセミナーでドイツの方が発表してくれました。ドイツでは、ホテルやスーパーマーケットをやっているとか、勇気づけられました。それから、博物館のたとえばお土産ショップをやっている。そういうサービス業というのも大変期待できるのではないかと思います。

このように、環境、福祉、それから農業、林業、牧畜、サービス業。これはこれからどんどん伸びていく分野なのですね。仕事がどんどん出てくる。そして、これはあくまで国際競争にさらされることは比較的少なくて、国内生産としてできる分野が多い。だから、まさにソーシャル・ファームにぴったりなのですね。マイペースでやろうということですね。そしてこれから衰退していくのではなくて、どんどん伸びていく大変ありがたい分野だろうと思います。

そして、このようにソーシャル・ファームを推進する第四番目の要素として、一般の住民の方々の支えというのが大きくなってきているのではないかと思います。たとえば、こういうものであればちょっと自分たちも応援してみたい。たとえば、お金を出していただけるという人もいらっしゃるだろうと思います。また、お金はないけれどもちょっと暇があるから、ボランティアでやってみたいという人もいらっしゃいます。でも、自分はお金もないしそんな暇人でもないという人は、少なくともその利用者、消費者として役立っていただけるのではないかと思うのです。

まず、こういうソーシャル・ファームをやる場合、有機農法を試みる場合が大変多い。成功事例もありますけれども、失敗事例のほうがはるかに多いです。なぜ失敗するかと言えば、結局買ってくれる人がいないのです。有機農法をやる場合、必ず買ってくれる利用者、消費者なりスーパーマーケットとか食品会社とか、そういうものを用意しておかなければいけないだろうと思います。一般の消費者がそれであれば自分たちはお金はない、暇はないけれども、同じような品質で、価格も普通のところで買うのと同じであれば買ってもいいという人はかなり出てくる。それを掘り起こしてくる必要があるだろうと思っています。

第五番目は、教育界ですね。これが一つのうねりと出てまいりましたね。日本の中のいろいろの大学でも、こういうものを教えるのだと。社会的企業、ソーシャル・エンタープライズ、そういうものを教えるのだ、そういう起業家を育てるのだという講座や学科を設けるところができ始めました。アメリカのほうでもそういう学科を設けるところが出てきたと聞いています。こういうものがやはり、後押しをしてくれるのではないかと思うのです。最近都内のある大学の人が私のところへ相談にきました。これから大学としてやはりこういうものは重要だから、何かよい知恵はありませんか、ということでした。そして一方、一般の企業、かなり大手の企業もやはりこれからは大学の知恵を使いたいということでしたので、その二つを合わせて、企業のほうは日本でたくさんの老人ホームやグループホームを持っているということですので、学生が先ほどのようにそのグループホームや老人ホームで使う野菜やいろいろな器具を作ってみる。それをその大手の企業のほうで使う。そういうものを、今年の4月から大学の勉強に取り入れてみるということでした。

第六番目の動きとして、国際的な動きというのがあるのではないか。今日も幸いにイギリスとドイツの人から説明をしていただきますけれども、イギリスやドイツだけではなくて、たとえばイタリアもオランダもフィンランドもギリシャも、いろいろなヨーロッパ全体でこういう動きが起こっています。

私はアメリカはどうかなと思いましたが、アメリカではこんなことはやっていないのではないかと思ったら、そうではなくてアメリカでも大変動きが出ているのですね。ソーシャル・ファームということではなくて、彼らはソーシャル・ビジネスという言葉を使って、同じような動きがあります。途上国も同様なのですね。途上国でも、いわば、むしろ貧民対策といいますか、貧しい人の仕事場づくりとしてこういうソーシャル・ファーム的手法がいいのではないかと言われています。

来週の水曜日、2月11日、休みの日ですけれども、この日はアジアの中でも貧しい国の一つでしょうけれども、ネパールから人がきまして、なんとか炭谷さん、こういうやり方はできないだろうかということでネパール政府の高官が来ますので、一緒になって考えてみたいと思っております。ネパールだけではなくて、去年はミャンマーの人に来ていただきました。また、その他バングラデシュでもベトナムでも、いろいろと可能性のある国がたくさんあるのではないか。またそういうもので、いろいろな試みが今うねりのごとく出てきていると思います。

第七番目は、日本の政治や行政の中でも、ソーシャル・ファームは、もしくはもっと広げて社会的企業ということもこれは重要ではないかということで、注目してくれる人も出てまいりました。残念ながら本家の厚生労働省は無関心に等しいのですが、経済産業省は来年度の予算で、ソーシャル・ビジネスというものの新規予算を4億円獲得して準備を進めています。さらに国会では、こういう言わば社会的な事業で作ったものを何か優先的に買うことができないのか。環境の分野ではグリーン購入法という法律がありますが、それと同じようなものができないかということでいろいろと考えてくれている人もいます。実際そのようなことは、既に関西の大阪市では、障害者を何人雇っているかによって実際の競争入札のときの判断材料に入れるということが既に実施されています。

このようにいろいろな国のレベル、また地方のレベルでも動き始めていると思います。ソーシャル・ファームを今起こそうとしている、いろいろな追い風だと思いますが、しかしそんなに楽な道ではないということは、今日出席の方々がみんな心の中で思っていらっしゃると思います。そのために何が必要だろうか。まず必要なのは、商品やサービスを開発しなければならない。一般の市場で戦うわけですから、他の一般企業の作ったものよりも高いものであってはならない、また質の悪いものであってはならない。この商品やサービスの開発ということが重要です。先ほど言った共働学舎の方々は、まさに日本一のチーズを作っている。農林水産大臣賞をとるような、パリでも優勝するような優秀なチーズを作っていらっしゃるから勝っているのではないかと思うのですね。30年の歴史の積み重ねだろうと思います。また、使用者を拡大している。先ほど言った、消費者をどんどん拡大しているということも重要でしょう。また、このような商品を開発する場合、何かそれについてのアイディアを出していただく、指導をしていただく、そういう人たちも必要だろうと思います。

3.ソーシャル・ファームを発展させるために

三番目に、いろいろな国、同じような関心を持っている人たち、今日もいらっしゃっているドイツやイギリスや、またお隣の韓国では既にソーシャル・ファームに関する法律ができていますから、そういう国と一緒になって連携していくということもあるのではないか。たとえば日本で作った東洋的な趣味のあるものは、ヨーロッパに行けば高く売れるかもしれません。私は1月12日に釜ヶ崎に行ってきました。釜ヶ崎を回って、あるホームレスの方々が働いているところへ行って、あれ?半年前にここでジグソーパズルの絵を描いていた人がいなくなったね、と言ったのですね。というのは、ホームレスのなかに大変絵が得意な人がいたので、デパートからの下請けで絵を描いていらっしゃったのですね。そしてそれが手描きですから、大変好評だったのですけれど、そのデパートは非常に安い、1枚50円くらいで引き取っていて、実際デパートではこれをニューヨークへ持っていったというのですね。そして外国で売って、それが2,000~3,000円くらいにぼんと上がって売られても、収入は50円だけだということで、何かばからしくなって辞めちゃったというのですね。そういうことであるならば、何かせっかくそういうソーシャル・ファームで作ったものを外国で売れば日本的な趣味でうまくいくということもあるのではないか。逆の場合もあり得るのではないかと思っております。

それからもちろん、ソーシャル・ファームについてはいろいろな税制上の問題、行政上の問題、そういうものについて政治や行政への働きかけも重要になってくるだろうと思っております。そのために私は、昨年の12月7日にソーシャルファームジャパンというものを設置しました。今日もそのメンバーの方々が全国から北はもちろん北海道から、南は九州、鹿児島から来ていただいて始めました。このソーシャルファームジャパンというのは、先ほど言ったように、みんなで一緒になって商品やサービスの開発をしようとか、いろいろな利用者、支援者を固めて行こうとか、またそういうもののデザインを工夫してみよう。そのために武蔵野美術大学の教授、工業デザインではかなりの実績のある人ですけれども、それであれば俺たちも助けてあげるよということで、ボランティアとして武蔵野美術大学の工業デザイナーの主任教授が一派を連れてかけつけてくれました。

このように、ソーシャルファームジャパンはこういうものを支援していくという組織として成り立ち、たとえばここで何かを生産するというものよりも、むしろみんなで知恵を出し合っていこうというものです。会費などは一切求めない、みんなで汗を出していこうという組織であります。

4.最後に
ソーシャル・ファームは新しい国家や社会のあり方や人間の生き方につながる

そこで最後に、締めくくりとしてやや堅い話をさせていただきたいと思います。

何かというと、冒頭にお話したように、日本の社会は今大変な混乱時期。経済も社会も、政治も混乱しているのだと思うのですね。我々、日本もそうですけれども、ヨーロッパもオーストラリアもニュージーランドも、第二次世界大戦後、福祉国家を目指してやってまいりました。でもどうも、福祉国家というのは1970年頃には壁にぶつかってしまった。もう高度成長が望めない。福祉国家というのは所詮はケインズ経済に基づく、できるだけパイを大きくして、高所得者から低所得者に対して所得分配をしよう、それだけの仕掛けです。パイを大きくしなければいけない。そういう前提がありました。そこで壁にぶつかってしまった。そこで何が起こったかと言えば、新自由経済という主張が出てきて、今はそれが世界を席捲しているわけですけれども、新自由経済論によって、今、大きい政府ではダメだ。みんな市場原理に基づいて競争していかなければならない。そういう主張が日本やアメリカなどを席捲しているわけですが、それだけでいいのか。その結果何が行われたのか。それは結局は貧困の増加や沈殿、また生きがいを喪失した若者や高齢者や障害者の方々ではないのかと思うのです。するとそこで必要なのは、言わばそれに対する第三の分野。言わば、ソーシャル・ファームはそのあくまで一つですけれども、このような第三の分野によって社会を作っていく。これが新しい福祉国家ではないかと思うのです。それによって、大きい政府のようなものではない。かといって新自由主義経済のように市場原理によるものでもない。そういう分野が一つ必要になってくる。これがすべてを解決するわけではありませんが、この仕事をすることによって人々のつながり、私はそれをソーシャル・インクルージョンと呼んでいますが、その人々のつながりができてくる、新しい福祉の姿が描けるのではないかと思っています。ですから、ソーシャル・ファームというのはもっともっと大きい社会のあり方、国家のあり方、そういうものにつながっていくと考えて活動しています。

今日16時過ぎまで、大変長い時間でございますが、皆さん方と一緒に勉強してみたいと思っております。ご静聴ありがとうございました。