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自立生活 国際フォーラム 日本語版

第4分科会資料1:ジアでの自立生活運動の展望

アジア・ディスアビリティ・インスティテート(ADI) 中西 由起子

 アジアで自立生活運動や自立生活センターを知っている障害者の数は限られる。世界の当事者運動に敏感な一部のリ-ダーたち、強いて言えばDPI(障害者インターナショナル)に席をおく国内団体に属する人たちである。一番知ってほしいと思うもっとも抑圧された下層に属する障害者、つまり貧しいがために、女性であるために、自分で動き回れない重度障害であるために、希望もなく生きている若い人たちである。アジアだけで世界人口の半分以上を占めるので、彼らの数も膨大である。
 アジアの開発途上の国々は、自然の脅威に常にさらされ、物価や失業率も相対的に高く、都市化の進展によりスラムが形成・拡大され、低レベルの教育、栄養、衛生という問題を抱えている。ここ数年の政情もかなり安定し経済も成長していたが、最近の経済状況の失速の影響をもろに受けて障害者は再び厳しい状況に置かれている。
 彼らは栄養失調、環境破壊と衛生・医療の不備、事故や災害、いまだ戦争も原因として障害者となった。栄養不良は食料不足のみではなく、保健・衛生活動や政府および家族の食料確保の能力が複雑にからみあって生まれる。ポリオ、結核、ハンセン病、狂犬病、トラコーマなどの伝染病による障害もいまだ多い。急激な都市化で交通事故が増え続けていう。車両の安全基準、交通規則、人命の尊重すべてが無視されているためである。ちょっとした事故でも、化膿し切断しか治療方法がないこともある。そのため障害の重度化も招く。労働災害も増えている。最近の中国の洪水のように途上国は自然災害に弱い。
 障害者の増加とともに、障害をもつ人たちの暮らしも各国で大きな問題となってきている。傷痍軍人は医療や雇用、手当など特別な扱いを受けられる。一方戦闘の巻き添えとなった民間人、女性、子供には何の保障もない。特に難民となった障害者の暮らしは苛酷である。しかし差別があっても、大多数の障害者は、逆境をバネにたくましく生きている。
 各国に1ヵ所は立派なリハビリテーション・センターがあるが、一般の障害者には手が届かない。簡単な医療が受けられるはずのヘルスセンターは、充分機能していない。朗報は、障害児教育で統合教育が主流となっていることである。失業率が高いので、障害者の就業は困難を極める。
これらの問題の解決にあたるのは、当事者の団体である。職業訓練、作業所の開設、ローンの貸出し、レクリエーション活動など、広く活動している。所得創出プロジェクトでは、小売業や製造、栽培業などの小規模事業を始めるための資金を障害者個人またはグループに貸与し、経営技術などのノウハウも教える。
彼ら障害者団体の政治活動も盛んである。タイではナロン・パティバサラキッチ氏が国会議員に任命された。彼が会長を務めたタイDPI(タイ障害者協議会)では、バンコクに建設されるスカイトレインのアクセスを保証させるべく1996年に大規模なデモを行った。マレーシアでもクアラルンプールに作られるモノレールのアクセス化を求めるデモがあった。
 法律が整いつつある国も増えてきた。福祉機器も徐々に障害者の手に渡るようになってきた。教育の機会も高等教育にまで拡大され始めた。障害者の自立生活の基盤となるインフラストラクチャーも、大都市を中心に徐々に整備されつつある。今後それがどのような速度で発展するのか定かではないが、障害者自身の権利意識がかなり高くなりつつある現状を踏まえると、アジアで今すぐにでも自立生活運動が始まりそうな気がする。

(添付資料、年表「アジアの自立生活運動に関連する出来事」)

添付資料
アジアの自立生活運動に関連する出来事

年代 出来事
1981年12月 シンガポール DPI(障害者インターナショナル)の誕生
1982年 ネパール 障害者保護福祉法の制定
1982年2月 フィリピン アクセス法の制定
1983年 タイ タイ障害者協議会の設立
1989年 シンガポール アクセスビリティ規定の制定
1989年 韓国 障碍者福祉法の制定
1990年7月 フィリピン フィリピン障害者連合(フィリピンDPI)の設立
1990年8-9月 アメリカ ヒューマンケア協会の自立生活研修プログラムにタイとフィリピンの障害者代表を招待
1990年12月 中国 中国人民共和国障害者保障法の制定
1990年 韓国 障害雇用促進法の制定
1991年 マレーシア 統一建築物細則の改正
1991年9月 スウェーデン ヒューマンケア協会の自立生活研修プログラムにタイとフィリピンの障害者代表を招待
1991年10月 タイ 障害者福祉リハビリテーション法の制定
1992年3月 フィリピン 障害者のマグナカルタ法の制定
1992年4月 タイ DPIを中心とした運動が実り、国連ESCAPの総会でのアジア太平洋障害者の十年(1993-2002)の採択
1992年10月 日本 カトリック障害者連絡協議会の第1回アジア障害者日本自立生活研修プログラムの開催(以後現在まで毎年継続)
1992年11月 中国 DPIアジア太平洋ブロック総会で初めて自立生活運動の分科会が取り上げられる
1993年 ニュージーランド ヒューマンケア協会の自立生活研修プログラムにタイの障害者代表を招待
1994年1月 フィリピン 第1回アジア太平洋自立生活ワークショップの開催
1994年 マレーシア クアラルンプールのモノレールのアクセス化を求める障害者のデモ
1995年8月 カナダ ヒューマンケア協会の自立生活研修プログラムにタイとフィリピンの障害者代表を招待
1995年 タイ バンコクのスカイトレインのアクセス化を求める障害者のデモ
1995年 インド 障害者(均等機会、権利保護、完全参加)法の制定
1996年9月 スリランカ 障害者権利保護法の制定
1996年 タイ 当事者団体を代表するナロン氏が上院議員に任命
1996年 インドネシア 障害者法の制定
1996年10月 ベトナム ESCAPの主催で「障害自助団体育成のための全国ワークショップ」の開催
1996年12月 インド ニューデリーで合同障害者権利活動委員会による法の不履行批判と、予算配分の要求をかかげるデモ
1997年1月 インド DPIアジア太平洋指導者養成セミナーで採択された決議文に初めて自立生活が登場
1997年 韓国 建築に関する老人、妊産婦、障碍者などの便宜促進に関する法律の制定
1997年5月 韓国 第1回韓日障害者自立生活セミナーの開催