音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

厚生労働省になったら障害者は、働きやすくなるのか?

奥平真砂子
全国自立生活センター協議会(JIL) 前 事務局長

項目 内容
備考 Webマガジン ディスアビリティー・ワールド 2001年6月号掲載

 二〇〇一年一月六日に省庁再編がなされ、それまで厚生省と労働省という二つの省だったものが一つになり、厚生労働省となりました。その昔、終戦直後の昭和二十二年まで、この二つは一つの省庁だったそうです。
いったん分かれた二つを再び一つにする目的は、どのようなことなのでしょうか?
昨年七月に交付された厚生労働省設置法には、その任務に関し「厚生労働省は、国民生活の保障及び向上を図り、並びに経済の発展に寄与するため、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ることを任務とする」(厚生労働省設置法より)となっています。
これは、生活と労働が切り離せないということを意味しているのでしょう。「働くことは人間の基本権利のひとつである」と言っている人がいます。生活権と労働権は、表裏一体なのかもしれません。
 こう考えると今回の厚生労働省誕生により、総合的・一体的な施策の推進が可能となり、障害者や高齢者だけでなくすべての国民の生活がいろいろな側面において良くなるであろうと、大きな期待ができます。
当事者たちの運動も、これまでは生活面の保障に絞られていた感がありますが、これからは労働権獲得にも焦点を置いて展開していくことになるでしょう。施設や病院から地域に出て生活をはじめると、次の目標は多くの場合、生きがいをもつか否かということになると思います。その時に、「働く」ということが重要な意味をもつことになります。

 私は脳性マヒによる体幹機能障害という一種一級の障害をもっていますが、大学を出てからずっと一般就労をしています。しかし、四歳から高校卒業までの十四年間を施設で生活した私は、障害の軽い先輩たちは何とか手に職を付けて働いていましたが、私と同じような障害をもつ先輩の多くは更生指導所や成人用の施設に入所していたので、ずっと「私のような障害者は働けないのだ」と思っていました。
高校卒業を控えて「これ以上、施設にいたくない」と思った私は、大学進学の希望を学校に伝えましたが、「障害者は手に職を付けないといけない」とほとんどの先生から反対されました。幸運なことに、両親と担任の先生が「自分のやりたいことをやりなさい」と言ってくれたので、半ば強引に大学受験をして、幸運が重なり何とか合格しました。大学卒業前にも「この後、どうしよう」と心配になりましたが、知り合いを通じて小さい会社に就職することができました。その頃は、「どんなところでもいいから、働くことができればいい」と思っていました。

 私のその考えを変えたのが、アメリカでの体験でした。
もう二十年ほど前の話になりますが、ダスキンの障害者リーダー育成事業でカリフォルニア州のバークレー自立生活センターの職業開発部門(Job Development Department)に研修に行きました。そこには毎日二、三人の障害者が職を探しにやって来て、私は彼らの職探しを手伝いました。驚いたのは皆、「私はこのような仕事を探している」「私にはこの技術があるが、その技術を活かせる求人はあるか」と自分の意志を明確にして職探しに来ていたのです。日本では、ほとんどそのようなことはなく、「何か私にできることはあるだろうか」や「職があれば何でもいい」と言います。彼らは生活のためだけでなく、働くことに生きがいや達成感を求めているような気がしました。ここに来て私は、障害者にも、自分の望む仕事を得て働く権利と義務があることを知りました。
 その違いは、両国の障害者雇用対策にも現れていると言えるかもしれません。
日本には障害者雇用率があり、一般企業は全従業員の一・八%、役所などにおいては二・一%の障害者を雇用しなくてはなりません。その率に達しない場合は、ペナルティを支払うことで許されています。障害者を雇用するよりもペナルティを払ったほうがよいと考える企業が多く、またここ数年の不況のあおりで、平均効率の伸びは良くありません。
 一方、アメリカはADAにより機会均等が保障されていることに加え、数年前に障害者の雇用率を一般の雇用率と同率にまで引き上げることを課した大統領令が発布され、障害者の雇用状況を改善しようとしています。アメリカでは障害者の労働条件を整えるために、就労時間や日数を考慮するなど、知的障害や精神障害者のためのジョブ・コーチやサポーティッド・エンプロイメントといろいろなシステムが考えられています。

 障害者の雇用に関して、厚生省と労働省が一つになったことで、これからは日本の障害者雇用施策も企業に義務を課すだけでなく、労働権を保障し、職場環境や労働条件を整えていってほしいものです。重度の障害をもつ人が働くために欠かせない仕事の介助と生活の介助の合体や、IT技術を利用した在宅就労の推進などを実行に移し、障害者の雇用率を上げ、一人でも多くのタックス・ペイヤーが増えていけばいいと思います。
今年度、施行事業として障害者就労支援をはじめる自立生活センターがあると聞きました。この分野においても、当事者の提供するサービスが重要となってくることと思います。働くことで生きがいを見つけ、働いて得たお金を有効に使い生活の質を上げ、また、消費することで経済にも寄与できます。厚生労働省がうまく機能することで、障害者や高齢者の生活全般が向上することを期待します。