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第1部
世界の状況

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第1章
世界調査について

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インクルージョン・インターナショナルは、世界各地の知的障害のある人々とその家族にとって重要な問題について、集合的な意見をまとめる場を提供するために、グローバルキャンペーンを利用している。2006年以降、会員組織は、貧困1(2006年)、インクルーシブ教育2(2009年)、地域社会における生活とインクルージョン3(2012年)に関して、声を上げてきた。これらのグローバルキャンペーンと報告書を通じて、知的障害のある人々とその家族および友人は、体験される排除、孤立および差別とともに、革新的な解決策、政策および法制改革と、インクルージョンを促進する戦略を明らかにしてきた。

これらのグローバルキャンペーンに共通しているメッセージは、知的障害のある人々とその家族の声が届かないことと、彼らに選択肢がないことである。声が届かなければ、目に見えない、力のない存在になってしまうと、インクルージョン・インターナショナルの会員は語った。知的障害のある人々は、自分自身の人生をコントロールする権利や、自分がどう生きたいかを決める権利を否定されているため、発言を制限されることがあまりにも多い。非公式・公式を問わず、彼らは「無能」あるいは「不適格」と見なされている。また、意思決定のために支援が必要な場合、不利な立場に置かれてしまう。

このことは、2012年の地域社会における生活とインクルージョンに関するキャンペーンで、特に明らかにされた。知的障害のある人々は、どこで誰と暮らすかを自分で決めることはできない。家主や他の第三者が、賃貸契約や電気・ガス・水道契約を結ぶことを認めないのだ。そこで知的障害のある人々は、自分の意思に反して施設に収容され、あるいは、自分が選んだ場所ではない所で暮らしている。知的障害のある人々は、地域社会で認められ、平等に扱われるためには、自分の人生を自分で決められることが不可欠だと、世界各地で語っている。

(コラム)
「20歳のとき、『大人が話しているときは黙りなさい。大人の会話をさえぎってはいけません』と言われました。同じ年齢のいとこもその場にいたのに、彼は何も言われなかったのです。少し差別されているように感じました。言われたことが気に入りませんでした。私たちは家族なのに。」(スペイン 本人)

過去数十年間にわたる、知的障害のある人々の直接参加と本人活動の進展により、知的障害のある成人に、自分の優先事項を表明する場がもたらされた。知的障害のある成人は、発言権を持ち、自分の人生を自分で決められることが一番の優先事項だと、一貫して語っている。決める権利を持つことは、他のすべての権利の保障に重要であるという声がますます聞かれるようになった。条約の制定は、この権利を国際法で保障する機会となった。過去2年間にわたるインクルージョン・インターナショナルの決める権利に関するキャンペーンにおいて、知的障害のある人々のために、この権利をどのようにして実現するかが検討されてきた。

異なるアプローチ

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この10年間で、知的障害のある人々とその家族の知識と体験に頼る参加型行動研究の手法が開発・促進されてきた。インクルージョン・インターナショナルの報告書はそれぞれ、知的障害のある人々とその家族の集合的な意見に耳を傾け、これを代弁するプロセスの集大成と言える。

私たちは、視点の多様性と問題の複雑性をとらえる方法とプロセスを必要としていた。決める権利を持つことの意味は、場所によって異なる。各国の社会経済的現実、リソースの利用可能性と供給、文化および伝統、意思決定にかかわる「能力(ケイパビリティ)」の概念とその理解には、実に著しい違いが見られる。

過去のグローバルレポートに寄せられた意見を踏まえ、知的障害者とその家族からさまざまな形式で体験談を収集するプロセス、会員組織から国レベルの情報を収集するプロセス、さらに、地域、国および地域社会レベルでの対話型議論に各種団体の参加を得るプロセスが開発された。

インクルージョン・インターナショナルは、過去のキャンペーンとは異なり、情報収集以外にも意識の向上や会話が必要であることを見出した。意思決定について語る人があまり多くなかったからである。キャンペーン中、インクルージョン・インターナショナルは、世界各地の人々が、知的障害のある人々とその家族、地域団体、サービス提供者およびその他のステークホルダー(関係者)と、決める権利に関する会話を始められるよう支援する枠組みを開発した。オンラインセミナー、プレゼンテーション、ディスカッションの手引きなどのツールが、第12条と決める権利の意味と影響について、情報提供し、理解を助ける場を設けるために開発された。これらのツールは、意思決定と法的能力の問題に地域社会を動員し、関与させることにも役立てられた。

これらのツールの開発においては、以下が追求された。

  • 知的障害のある人々の決める権利と法的能力にかかわる問題について、情報を共有し、知識を増やすこと
  • 世界各地で、この問題に関する議論に役立つ専門知識と資料を提供し、プレゼンテーションを行うこと
  • ディスカッショングループを主導するファシリテーターが、決める権利と、それが世界各地の知的障害のある人々とその家族に与える影響について、知識と理解を深められるよう支援すること
  • 知的障害のある人々の決める権利の実現に向けて、知的障害のある人々とその家族、市民社会団体、サービス提供者、各国政府および社会の課題と機会を検討すること

(コラム)
「私の家では、夫がいろいろなことを決めます。家族の休暇も、子どもや私に尋ねることなく決めてしまいます。」(ホンジュラス 母)

表1:開発されたツール4

参考資料
  • 意思決定の権利のキャンペーン5
  • 意思決定の権利:なぜ重要なのか6
  • 意思決定の権利:意思決定に関する背景資料7
ファシリテーションの手引き
  • 意思権利の権利ディスカッション・グループ・ファシリテーター・ガイド8
オンラインセミナーとプレゼンテーション
  • 初心者向けオンラインセミナー
  • インクルージョン・インターナショナルの活動
  • グローバルキャンペーン:背景
  • 決める権利:なぜ重要なのか
  • 知的障害のある人にとって、決める権利とは何を意味するのか
  • 家族にとって、決める権利とは何を意味するのか
  • 決める権利:日々の現実
  • 代替的意思決定と支援付き意思決定
ビデオ映像による証言
  • 個人的な視点:本人
  • 個人的な視点:家族
報告の手引き
  • 決める権利:団体活動の報告9

情報収集の方法

インクルージョン・インターナショナルは、過去のグローバルキャンペーンから得た知識と調査結果を踏まえ、地域会議やオンラインセミナーの開催を通じて、知的障害のある人々の決める権利について学び、知識や情報、身の上話や体験談の収集と共有を進めてきた。

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また、インクルージョン・インターナショナルは、第12条に関する世界的なイニシアティブを計画し、障害者権利委員会による第12条へのアプローチとその解釈を見直した。分析の結果、各国の共通点が明らかになった。例えば、北米および南米、オーストラリア、ヨーロッパの多くの団体が、障害者権利委員会による一般的意見の草案に関して、同じような問題を指摘している10。これらの内容については第8章で取り上げる。

私たちは、会員組織、知的障害のある人々とその家族、各種同盟と連携機関に対し、以下を通じて議論に貢献するよう呼びかけた。

ディスカッショングループ―各組織に対し、地域および国内で、本人および家族との討論会を開催し、決める権利の否定が与える影響について、彼らの視点に立った意見と、人生における意思決定のためにどのような支援を受けられるか、また、実際に受けているか、直に体験談を聞くよう求めた。

国別調査―オンラインおよび印刷物の送付により回答可能。この調査は、意思決定をめぐり、国レベルで進められているイニシアティブに関する情報収集と、自己決定の促進における重要な問題、課題および成功例のスナップショットの提供に役立てることを目的として行われた。11

体験談の共有―知的障害のある人々とその家族に、パーソナルストーリーの提供を求めた。提出された口頭および文書による体験談、写真およびビデオ映像を通じて、知的障害のある人々が自分自身で決定を下し、自分の人生について自分で決められるよう支援するための革新的な実践について学んだ。

地域フォーラム―地域会議では、知的障害のある人々とその家族から、世界各地の固有な問題について聞く機会が得られた。

各組織からの報告―会員組織からは、知的障害のある人々が必要な支援を受けながら自らの人生を方向付け、コントロールできるように行っている、地域社会レベルでの本人および家族との活動について報告があった。

事例研究―会員組織に対し、支援付き意思決定に関する事例研究、現在国内で進められている法制改革と知的障害のある人々へのその影響に関する報告の提出を求めた。

(コラム)
「この活動への非常に重要な貢献と、充実した体験を共有する取り組みに感謝します。これは先延ばしにはできない活動です。」(オンラインセミナー参加者)

調査結果

メキシコでは、知的障害のある人々の意志決定が新たな議題として浮上している。メキシコ知的障害者支援連合(CONFE)が、決める権利に関するキャンペーンのツールを利用したディスカッション戦略を策定した結果、13の機関が、本人、家族、教師およびサービス提供者から成る65を超えるフォーカスグループディスカッションを開催するに至った。グループ内での情報収集や意思決定が容易に行えるよう工夫されたディスカッションと、CONFEのわかりやすい言葉と絵を使った参加ツールにより、参加者は会話に集中し続けることができた。

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ディスカッションは、意思決定に関する5件の文章を中心に進められ、参加者はそれぞれの文章に対してどのように感じているかを、文章カードと絵カードを用いて明らかにした。その後、ファシリテーターが参加者に、なぜその答えを選んだのかを説明するよう求めた。ディスカッションの結果、分析報告書のための情報が得られ、CONFEの活動の強化に役立てられている。

ザンジバル発達障害者協会(ZAPDD)は、アフリカでは知的障害のある人々の自己決定の権利が制度上否定されていると語った。しかし、最近では支援付き意思決定を可能にする支援モデルへと移行する動きが見られる。ZAPDDは、知的障害のある若者とその家族を対象に、意思決定に必要な知識と技能を授けるための研修ワークショップを開催した。ワークショップに参加した本人、ムハメッド・ケシ・サディク(Muhammed Kesi Sadik)は、体験談を紹介してくれた。「私は20歳で、独身です。家畜を飼っています。おばにもらった牛1頭から始め、今では4頭の牛がいます。牛乳を売って稼いでいます。それに、野菜農園でも働いています。そこでの仕事は、野菜の水やりです。お金は母が管理していて、私がお金を使いたいときはいつも、母からもらわなければなりません。母は私の決定を尊重してくれます。」

ブルガリアでは、ブルガリア知的障害者協会(BAPID)が、経験や教訓、「知的障害のある人々のエンパワメント―次の段階」という試験的プロジェクトに関する参加者のパーソナルストーリーを紹介してくれた。この活動を通じてBAPIDは、支援付き意思決定モデルを確立し、現在後見制度の下にあるか、あるいは、後見制度の下に置かれる危険のある障害のある人々のための代替策として、これを実施している。「支援付き意思決定の実施においては、各参加者のおもな生活領域(家庭、学校、職場、余暇)を確立することが適切であることがわかりました。個人的な歴史を築いていくということです。つまり、重要なライフイベント、変化、健康問題、好ましい経験、悲しい記憶、人間関係など。日中、最も長時間ともに過ごす相手は誰か。慕っている人は誰か。ほとんど会わない人は誰か。個別プロフィールの作成に当たり、読みやすい文章で書かれたアンケート調査のサンプルと追加資料を開発し、ファシリテーターのフィードバックを基に次々と改善していきました。成功するかどうかは、その人を認めることと、すべての参加者が責任をもって関与することにかかっています。」

(コラム)
「子どもを受け入れ、その能力(キャパシティ)を信じなさい。兄弟姉妹と同じように接しなさい。彼らの権利を否定してはいけません。」(レバノン 親)

レバノン本人協会(LASA)は、本人の親や子どもを交えたディスカッショングループを開催した。「参加した親は、子どもの能力(アビリティ)を信じていないと語っていました。子どもにはよくわからないだろうと思い込み、親が決定をしてきたのです。しかし、子どもが研修に参加した後は、親も子どもの能力(アビリティ)を過小評価していたことに気づきました。親は子どもが見せた成長に驚いています。ついに、子どもの本当の姿を知ったわけです。そして、子どもの人生を、より生きやすい、実り多く価値のあるものとするために、自分がどれだけ闘えるかを見出したのです。」

ミャンマーでは、障害のある人々のための学校で学生によるディスカッションが始まり、彼らに意思決定を練習する機会や、実家を離れて自立する機会が必要であることが明らかになった。多くの親は、自分が子どものために「何もかも」してやっていることを認めた。学生に、どの野菜を買うか、食事は何にするかなど、日常生活での簡単な選択を自分でするよう促すために、週末学校に宿泊することが提案された。週末を過ごすと、学生は自分のスキルに誇りを持つようになった。「スーパーマーケットに買い物に行きました。皿洗いもしました。」「玉ねぎの皮をむき、にんにくを刻み、自分でシャワーを浴びました。」「兄は夜更かしをしないように言いましたが、友人と泊まるのはとても楽しかったです。」

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表2:情報源

国レベルのグループディスカッション アルゼンチン、ボリビア、カンボジア、チリ、コロンビア、コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、インド、日本、レバノン、マラウィ、ミャンマー、メキシコ、ニュージーランド、ニカラグア、パラグアイ、英国ピープル・ファースト、ペルー、スペイン、アメリカ合衆国、ザンジバル
地域会議 インクルージョン・ヨーロッパ主催によるクロアチアでの本人会議:ベルギー、ボスニア・ヘルツェゴビナ、カナダ、クロアチア、チェコ共和国、フィンランド、フランス、ハンガリー、レバノン、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国、モルドバ共和国、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、セルビア、スロベニア、英国、アメリカ合衆国

インクルージョン・アフリカ主催によるケニアでの地域会議:ケニア、ジンバブエ、エチオピア、南アフリカ、ナミビア、ウガンダ、ザンジバル、カナダ、レソト、アメリカ合衆国、ガーナ、モーリシャス、ベニン、マラウィ

インクルージョン・MENA主催によるアラブ首長国連邦での地域会議:バーレーン、ドバイ、エジプト、イラク、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、パレスチナ、シャルジャ、チュニジア、イエメン
会員組織による支援付き意思決定イニシアティブに関する投稿 バルセロナ、ブルガリア、ハンガリー、インド(2)、スペイン、台湾、アメリカ合衆国(2)
パーソナルストーリー アルゼンチン、ブルガリア、カンボジア、コロンビア、エジプト、ハンガリー、日本、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、スペイン
会員組織との構造化インタビュー イスラエル 全国知的障害者・児ハビリテーション協会(National Association for the Habilitation of children and adults with intellectual disability:AKIM)
アルバータ地域生活協会
コミュニティ・リビング・オンタリオ
メキシコ 知的障害者支援連合(Confederacion Mexicana de Organizaciones en Favor de la
Persona con Discapacidad Intelectual:CONFE)
ニュージーランド IHC(Intellectually Handicapped Children:)
インクルージョン・ブリティッシュコロンビア
ドイツ レーベンスヒルフェ(知的障害親の会)
英国 メンキャップ
アメリカ合衆国 全米発達障害サービスステートディレクター協会(National Association of State Directors of Developmental Disability Services USA:NASDDDS)
ニューブランズウィック地域生活協会
アメリカ合衆国 ARC
オンラインセミナー 以下の各国より、100名を超える参加:アルゼンチン、ベルギー、ボリビア、カナダ、チェコ共和国、コロンビア、エクアドル、メキシコ、ニカラグア、パナマ、ペルー、ポルトガル、スペイン、スイス
調査 スペイン 知的障害者協会(AFANIAS)
イスラエル AKIM
フランス 国家社会施設および医療社会施設・サービス評価局(National Agency for Evaluation and quality of institutions and social and medico-social:ANESM)
スロバキア共和国 知的障害者支援協会
ボリビア 社会経済開発研究センター(Centro de Investigacion para el Desarrollo Socioeconomico:CEINDES)
メキシコ CONFE
コンゴ民主共和国 医療社会支援協会(AEMS-ASBL)
チョーズン・パワー(ピープル・ファースト香港)
エクセレンス・イン・アクション
スペイン ガリシア4地域に拠点を置く知的障害者協会連盟(Federacion Ecuatoriana Pro Atencion a la Persona con Discapacidad Intelectual, Autismo, Paralisis Cerebraly Sindrome de Down:FADEMGA FEAPS GALICIA)
エクアドル 知的障害者心理教育支援財団(Fundacion de Asistencia Psicopedagogica para Ninas Adolescentes y Adultos con Retardo Mental:FASINARM)
スペイン 知的障害者団体連盟(FEAPS)
エクアドル 知的障害・脳性まひ・自閉症・ダウン症支援連盟(Federacion Ecuatoriana Pro Atencion a la Persona con Discapacidad Intelectual, Autismo, Paralisis Cerebraly Sindrome de Down:FEPAPDEM)
ホンジュラス 全国障害者親の会(Federacion Nacional de Padres de personas con Discapacidad de Honduras)
コロンビア 黎明財団(Fundación Amanecer)
コロンビア ファンダウン・カリブ(Fundown Caribe)
ニュージーランド IHC
全日本手をつなぐ育成会
ケニア 知的障害者協会
インド MUSKAAN
台湾 知的障害者親の会(Parents’ Association for Persons with Intellectual Disability, Taiwan:PAPID)
知的障害者の地位向上を図る親の会

決める権利は国連障害者権利条約の心臓部とされてきた。また、決める権利を持つことは、他のすべての権利の保障に重要であるということを、ますます耳にするようになってきた。政策決定がなされる場で、知的障害のある人々の意見に耳を傾けてもらうには、まず、彼らの声が日々の生活の中で聞き入れられ、認められなければならない。

知的障害のある人々とその家族および友人は、この対話に参加した理由を、知的障害のある人々が自分自身の人生を自分で決められるようになるためには、それが極めて重要であるからだと語ってくれた。600人を超える当事者、家族、障害のある人々の権利擁護者、専門家が、インクルージョン・インターナショナルによる決める権利に関するグローバルキャンペーンに刺激を受け、議論に参加してくれた。さらに、インクルージョン・インターナショナルは、世界40カ国以上の80を超える団体の声にも耳を傾けてきた。体験談は今も届けられている。多くの地域において、この議論はまだ始まったばかりなのだ。