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第2部
流れを変えるには

第5章
なぜ知的障害のある人々にとって決める権利が重要なのか

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自分自身で選択し、決定することは、私たちがどういう人間かを示す、重要な部分である。それは、自分の人生を自分で決めるために欠かせない。また、それは他のすべての権利の保障にも重要である。もし自分で意思決定することが許されていなければ、自分にとって重要なほかのことについて、どのようにして意見を述べたらよいのだろうか。意思決定の機会と支援は、知的障害のある人々にとって、多くの理由から重要である。

  • 自分の人生を自分で決めるという意識を育むことができる。
  • 自分自身に責任があること、しばしば、他者に対しても責任があることを教えてくれる。
  • より積極的になることができ、その結果、搾取を受けにくくなる。
  • 他者との前向きな、かつ、健全な関係を築くことができる。

自分自身で意思決定をするための支援を受けるとき、人は他者から、より有能であると見なされる。自分自身で意思決定を行うことが許されていないとき、あるいは、誰かほかの人が代わりに意思決定をするとき、人は有能ではなく、地域社会における価値が低いと見なされる。

決める権利に関する国際的な対話で、知的障害のある人々は次のように語った。

  • 私たちは、どこで誰と生活するか、自由に決められません。家主やほかの第三者が、賃貸契約や電気・ガス・水道の契約を結ばせてくれないのです。私たちは自分の意思に反して施設に入れられたり、自分が選んでいない場所で暮らしたりしています。地域で生活している者も、多くは孤独や孤立感を感じています。
  • 意思決定の権利を実現することは、地域社会で認められ、平等に扱われるために欠かせません。世界のすべての地域で、自分の人生を自分で決められることが、地域社会にとって価値のある貢献者として、そこで生活し、受け入れてもらう権利の実現に欠かせないと、知的障害のある人々は言っています。

知的障害のある人々は語る。

  • 意見を聞いて、認めてほしい。
  • ありのままの自分を受け入れてほしい。
  • 自分自身で決めたい。
  • いろいろなことについて、意見を求めてほしい。
  • ほかの人と同じように扱ってほしい。
  • いろいろなことをするために、同じ権利と機会が欲しい。必要なときにだけ支援してほしい。

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「私が言いたいことを聞いてほしいし、私にはできるということをわかってほしいのです。何かがわからないとき、やり方を知らないときは、母に尋ねると助けてくれます。」(コロンビア 本人)

  • 生活の中で意思決定する権利を否定されているので、発言が限られてしまいます。非公式・公式を問わず、「無能」あるいは「不適格」と見なされているのです。意思決定に支援が必要な場合、不利になります。
  • 発言し、自分で決められることが第一です。

表6:本人への質問:自分自身で意思決定しようとするとき、何が障壁となりますか?

ツール
  • 自分が何を選択できるのかがわからない。
  • 情報を与えられていない。
  • 情報が自分にとってアクセシブルではない。何らかの情報が与えられても、複雑すぎる。
スキル
  • 自分の選択を伝える方法について、知識がない。
  • 自信がない。
  • 恐怖感
人間関係
  • 家族やほかの人たちが過保護なので、自分で決めさせてくれない。
  • いまだに子どもだと思われており、子ども扱いされている。
  • 私にはわからないと思われている。
  • スタッフは支援してくれるはずなのに、私の人生に口を出してくる。
  • 私が自分で決められることを、周りの人は信じてくれない。
機会
  • 過去の嫌な体験
  • ほかの人は私に間違いを犯してほしくないと考えている。
  • 私は無視され、疎外されている。
  • スタッフの都合がよいときや場所ではなく、自分が望むときに出かけ、好きな店で買い物をし、いろいろなことを何時にするかを決められるようになりたい。

「時間の延長、自分で手配した介助者をガイドとすること、書類は大活字版とすることが約束されていたのに、当日、これらの約束は1つも守られませんでした。だから、自分の力を十分に示すことができませんでした。」(マラウィ 本人)

「診察を受けに行くと、医者は両親と話をします。診察室ではいつも、私について両親と話したがります。私は医者と2人きりになりたいのです。そうすれば、先生は薬の飲み方を私に説明できますから。」(英国 本人)

なぜ支援が必要なのか

知的障害のある人々は、意思決定のスキルを身に付け、意思決定を行うには、さまざまな理由から支援が必要だと語っている。

  • 私たちの中には、独力で意思決定をするのが難しい人がいます。聞かれていることや、自分の決定がもたらす影響がわからないからでしょう。
  • 私たちの中には、これまでの方法で意思疎通ができないために、ほかの人に自分の希望や選択をわかってもらうことが、なかなかできない人がいます。意思疎通に言葉を使わない人もいます。絵や、支援技術、ジェスチャー、特別な行動が使われることがあります。
  • 家族やほかの人たちは、私たちの決定について、よく心配しています。私たちの意思決定をどのように手伝えばよいのか、わからないのかもしれません。

「私は自分自身で決めています。それは、アドバイスをもらっても同意しないということではありません。支援は求めますが、許可は求めません。」(英国 本人)

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表7:本人への質問:自分自身で決めるとき、何が役に立ちますか?

ツール
  • 明確でアクセシブルな、専門用語を使っていない、簡単な言葉による、読みやすい情報
  • 映像や音声形式による情報
  • 考えられる選択肢のリスト
  • 意思決定の練習ができる「テストセッション」
  • 自分自身を理解し、意見を表明するため、また、意思決定を行うための時間
スキル
  • 自信! イエスとノーを言うために
  • アドバイスをもらうには、どこへ行けばいいかを知ること
  • サポートワーカー、ソーシャルワーカーおよび家族に、自分の決定について、どのように話したらよいかを学ぶこと
人間関係
  • 生涯にわたる、専門家との良好な信頼関係
  • 選択肢を知った上で意思決定ができるように、自分の問題について人に話せるようになること
  • 特定のことについての決定を支援してくれる中心的ワーカー
  • 初めて銀行に行ったり、アパートを借りたりするときに、一緒に来てくれる人
  • 専門家や第三者に、直接自分と話をしてほしいと主張するために、一緒に来てくれる人
機会
  • 自分が欲しい物やしたいことを見つけるために、新しいことを見て、試してみること

「自分が正しい決定をしたのか、そうでないのかは、リスクを負うまでわからないでしょう。」(レバノン 本人)

選択とインクルージョン

人は社会的な存在である。私たちのアイデンティティと、人生に関する決定は、私たちを取り巻く世界との関係によって形作られる。これは、真の自律が、広く地域社会へのインクルージョンに由来することを意味する。社会的定着(仲間とともに生活し、成長し、同じ人生の目標に向けて前進することによる、インクルーシブな生活の達成)は、自己主導性の達成に欠かせない。

リスクを負う尊厳

世界各地の当事者が、自分が「間違った」決定を下し、失敗した場合、誰も二度と自分に意思決定させてくれないだろうという不安を明らかにしている。「リスクを負う尊厳」は、人生経験を積む一方で、何らかのリスクを負う選択をする権利として説明される。あらゆる取り組みにはリスク要素があり、あらゆる成長の機会には失敗の可能性が伴う。誰もが試行錯誤のプロセスを経て学び、多くの場合、成功と同様に失敗からも学んでいる。

知的障害のある人々の人生において、周囲の人は、通常は善意から、すべてのリスクを取り除き、失敗の可能性を防ごうとすることが多い。その結果起こりうるのは、新たなスキルや学びを得る機会が決してない人生であり、当初は達成できるかどうか定かではなかったことを達成する満足感を決して得ることのない人生である。

「リスクを負う尊厳」は、無謀を促すことと同じではない。決定の支援は、危険な状態に陥らせる支援ではないし、失敗させることでもない。むしろ、確かな情報に基づくリスクをいとわない行動を、互いに支援することにより、また、それによって明らかにされる多くの学びの機会を活用することにより、新しいことに挑戦し、自分の限界を検証し、自分自身決して知ることのなかった能力(ケイパビリティ)を発見する機会を得、人生をさらに豊かにする目標が達成できるのである。

「一緒に暮らそうと決めたとき、支援してくれる家族とそのことについて話し合いました。私たちが信頼する、結婚している友人たちは、家庭生活の責任について、また、自分の感情や健康をどのように大事にしたらよいかを教えてくれました。それで、私たちは決心したのです。」(コスタリカ 本人)

表8:本人への質問:生活する中で、どのような決定をしなければなりませんか?

現在、どのようにして決定していますか?
パーソナルケア
  • 身づくろいと衛生面の管理
  • 食べ物
  • スケジュール調整
  • 自分で決めている!
  • 買い物には母と行き、服を選ぶ。試着室で試着し、気に入らなければ返す。好きな靴を選び、支払いをすると、袋に入れて渡してくれる。
  • フィッシュ・アンド・チップスの店には1人で行くし、自分が住んでいるホームのスタッフを手伝うために、スーパーマーケットにも行く。
  • スタッフは、私が選べるようにいろいろな服を持ってきてくれる。
  • 家の人がどの野菜を買うかを決める。
  • いつ風呂に入れるか、あるいはシャワーを浴びることができるかは両親が教えてくれる。
  • 両親は、私たちが不注意だと言って、新しい服を買ってくれない。
  • スタッフが何もかも決める。
社会生活および社会活動
  • 休暇の計画
  • 友人との外出
  • 学校および学習
  • 宗教に関する決定
  • 趣味
  • スポーツ
  • 就労
  • いつも自分の意見が聞き入れられていると感じており、自分が望むときに外出できる。
  • 働くか働かないかを自分で選んだ。
  • 家族で引越したので、親友に会えなくなった。会いに行くのも難しい。
  • 行きたくはないけれど、デイセンターに行っている。
  • 母は心配して、私にいろいろなことをやらせてくれない。
  • 大学に行かなければならないと言われているが、私が通えるコースは大学側が決める。
  • 学校でも家でも遊ぶ時間がない。学校に行かないときは、家に閉じ込められている者もいる。スポーツをしに外出することは許されていない。
人間関係
  • 恋人
  • 子ども
  • 結婚
  • スタッフからガールフレンドと付き合うことを禁止された。もう会わせてくれない。
  • 周囲の人は、私たちが子どもを育てられないと考えているので、セックスをさせないようにしている。
  • 周囲の人は、障害のある人が増えてほしくないので、私たちが子どもを持つことを望まない。
  • 付き合っている人がいるが、結婚の予定はない。結婚は許されないだろう。
どこで生活するか
 
  • 暮らしたい場所が選べるように、いろいろな場所を見せてもらった。
  • どこであろうと、住める所に住まなければならないと言われた。
  • グループホームでは、ほとんどのことが決められている。
  • 施設では、食事は学校給食のように調理されて出される。たくさんの人が一緒に生活しているので、選択肢が少なくなる。
お金と資金管理
  • どこにお金を預けるか
  • 予算
  • 請求書の支払い
  • お金の使い方
  • どこでお金を手に入れるか
  • どこに投資するか
  • 支払いを済ませ、買い物をした後は、缶にお金を入れている。
  • 姉(妹)が私の年金の管理をしていて、ノートに記録している。信頼しているので、そうしてほしいと私から依頼した。
  • 両親にお金が欲しいと頼まなければならない。そうすると、私に必要だと思われる分だけ渡してくれる。
  • 自分がどれだけの手当を支給されているのかわからない。母がすべて処理している。
  • 学校や試験の費用を払うことを拒否する親もいる。学校で成功する見込みのない子どもには、無駄使いだと言うのだ。
  • 部屋には鍵をかけているのに、お金がなくなったことが数回ある。
保健と健康
  • 医療専門家との面談
  • 生殖に関する決定
  • 妊娠中のケア
  • 服薬
  • 具合が悪いときには医者にかかると決めている。
  • 婦人科の健康管理については、自分で決めている。
  • 自分で服薬することを選んだ。
  • いろいろなことを、なぜされるのか、説明してもらえないことがある。
  • 診察の予約をするときに、まったく発言権がない。
  • セックスをしないなら、婦人科検診は必要ないと言われた。
  • 救急外来に行くと、医者は私が未成年や無能力者であるかのように、両親を呼ぶ。

本人活動の役割

世界の大半の地域で、自分自身のために発言する権利を与えられた知的障害のある人々の意見は、いまだに社会から支持されていない。自分の意見を表明する行動(本人活動)は、知的障害のある人々が自分の人生を自分で決める力を再要求し、自分の権利を行使するためのスキルを再建するために、大いに必要とされている。それは、数十年に及ぶ排除のために、社会によって奪われ、育まれることのなかったスキルである。

本人活動では、本人の意見の共有を支援し、障害のある人の孤立軽減を模索する。本人活動とは、「個々のエンパワメントのプロセスを言い、本人活動の推進には、自尊心の構築と、本人が自分の人生を自分の手に取り戻せるようにするためのスキルの獲得が含まれる。」1多くの場合、家族を基盤とする組織や地域団体が、このような自尊心を育み、知的障害のある人々による本人活動の能力開発のためのスキル研修を行っている。これは確かに必要であるが、知的障害のある人々の集合的な意見を聞き入れてもらい、変化を生むことができるプロセスの開発も必要である。

「本人であることが、自分自身のために発言し、自分自身で決定を下す、後押しをしてくれました。」(スコットランド ジーン)

新たな支援モデル:ピア・ツー・ピア・サポート

知的障害のある成人の多くは、積極的に活動する市民として社会参加する権利を否定されている。ヨーロッパの知的障害のある成人の大多数は、公式または非公式な成人教育や訓練を受ける機会が限られているが、そのおもな課題の1つに、知的障害のある成人が自己決定し、自分の人生を自分で決め、価値のある、役に立つ市民としての役割を実現できるようにするために必要な教育の提供がある。

インクルージョン・ヨーロッパによる、欧州知的障害のあるピア・サポーター研修(TOPSIDE)プロジェクトでは、知的障害のある成人のためのピア・サポート・モデルとピア・トレーニングが開発され、チェコ共和国、フィンランド、オランダ、ルーマニア、スコットランドおよびスペインなど、ヨーロッパ全土の多数の国で実施され、知的障害のある成人が、自分の仲間に支援を提供し研修を行うための能力構築が進められている。

知的障害のある成人はピア・サポーターとしての研修を受け、本人組織、カウンセリングサービスまたは家族を基盤とする組織やサービス機関など、さまざまな場所で、他の人々による支援を補う活動を始めたり、ボランティアとして働いたりしている。ピア・サポーターから研修や支援を受ける知的障害のある成人は、社会参加のための能力(キャパシティ)と、価値のある、役に立つ市民としての役割とをともに強化する、非公式な教育の機会を新たに得る。

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過去数十年にわたる世界の一部地域における本人組織の発展を受けて、知的障害のある成人は、変革に向けた課題を推進するために意見を表明するプラットフォームを得た。自己決定を可能にする支援への投資の必要性を訴える本人組織の役割は、公共政策と制度改革に有意義な影響を与える上で、極めて重要である。当事者の個々の意見はまとめられ、本人にとって重要な問題と地域社会で望まれる変革に関する強力な集合的意見として、政府と地域団体へ提供される。