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第3部
今後に向けて

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第8章
実施における課題

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知的障害のある人々が自分の人生において意思決定をすることができ、その決定に基づいて行動する権利を持つという考え方は、ますます広く受け入れられつつある。同時に、本人、家族、友人および支援団体からは、困難な状況の中で意思決定の権利を尊重する方法について、懸念と混乱を訴える声が寄せられた。

国連障害者権利委員会によって作成された第12条に関する一般的意見の草案に対して、各国政府、障害者組織、学術機関および家族を基盤とする組織がコメントを提出した1。これらのコメントの中で多くの問題と課題が明らかにされたが、それらは決める権利の実施におけるインクルージョン・インターナショナルの役割を検討する際に、会員によって提起された懸念を反映している。

意識向上、アクセシビリティおよび理解

第12条の効果的な実施は、家族、本人および地域社会が、知的障害のある人々の意志決定の権利行使を可能にし、支援する方法を変えることにかかっているため、第12条の文言をよりアクセシブルで理解しやすいものにし、日常生活における支援付き意思決定の実践例を開発する必要がある。法的能力や代替的意思決定の権利という専門用語の域を超えて、本人と家族はこの権利をどのように理解しているのだろうか。意思決定を支援するツールにはどのようなものがあるのか。地方自治体、雇用主、政策立案者、サービス提供者、地域団体などの参加を得るために、実質的な理解をどのようにして深めていくのか。

世界のほとんどの地域で、知的障害のある人々の意見表明の促進と発言に対する支援は、たとえあるとしても、ごくわずかしか見られない。本人組織の育成は、本人が自分の選好を表明し、自分の人生を自分で決定する権限を得られるよう支援するために、また、知的障害のある人々の集合的な意見を、彼らの人生に影響を与えるプロセスにおいて確実に聞き入れてもらうために、重要である。家族もまた、家族の一員である障害のある人が成長し、自分の人生に責任を持てるようにするための支援ネットワークの構築に役立つツールと支援を求めている。ときには、障害のある人々の意思と選好を家族が認識できる極めて基本的な手段もあるが、家族はネットワーク構築に向けた支援と、地域社会におけるサポートを必要としており、さらに、より複雑な意思決定の支援方法を見つけようと悪戦苦闘している。

地域社会で生活する知的障害のある人々が増加しているため、支援のモデルと実例が開発され、一層広く認められるようになってきている。しかし、これらのモデルと実例を共有するためのプロセス、あるいは、それらを地域社会の他の人々(医師、雇用主、サービス提供者など)に合法と見なしてもらうためのプロセスは、ほとんどない。

行為能力

政府と政策立案者は、法的能力と意思決定能力、すなわち、権利を有するという法的地位と、それらの権利に基づいた行動に対する法的保護の区別について、さらに明確にする必要がある。これまで、知的障害のある人々の法の前における人としての地位そのものが、彼らの投票の権利や雇用契約を結ぶ権利などを直接排除する法律によって脅かされてきた。(この「人間であること」(personhood)の概念については、第2章でより詳しく検討されている。)知的障害のある人々は、権利を有するという権利が確立され、尊重されている所でも、行動の権利を否定され続けている。

障害者権利委員会は、法的能力と意思決定能力が同一視されることが多く、意思決定能力の限界が、意思決定の権利を否定するためにしばしば利用されていると指摘している。

これまで委員会が審査してきた締約国の報告の大半において、意思決定能力と法的能力の概念は同一視され、多くの場合、認知障害又は心理社会的障害により意思決定スキルが低下していると見なされた者は、結果的に、特定の決定を下す法的能力を排除されている。これは単純に、機能障害という診断に基づいて(状況に基づくアプローチ)、あるいは、否定的な結果をもたらすと考えられる決定を本人が行っている場合(結果に基づくアプローチ)、もしくは、本人の意思決定スキルが不足していると見なされる場合(機能に基づくアプローチ)に決定される。機能に基づくアプローチでは、意思決定能力の評価と、その結果としての法的能力の否定が試みられる。(ある決定の性質と結果を理解できるかどうか、及び/又は関連情報を利用したり、比較検討したりできるかどうかによって決まることが多い。)機能に基づくこのアプローチは、二つの重要な理由から誤っている。第一に、それは障害のある人に対して差別的な方法で適用されている。第二に、それは人間の内なる心の動きを正確に評価できるということと、その評価に合格しない場合、法の前における平等な承認の権利という、中核となる人権を否定できるということを前提としている。これらのアプローチのすべてにおいて、障害及び/又は意思決定スキルが、個人の法的能力を否定し、法律の前における人としての地位を下げる合法的な理由と見なされている。第12条は、法的能力に対するそのような差別的な否定を許容するものではなく、むしろ、法的能力の行使における支援の提供を義務付けるものである。2

障害者権利委員会は、個人の意思決定スキルが、その法的能力を否定する合法的な理由にはならないと明確に説明しているが、多くの政府と支援提供者は、法的能力の行使を支援するさまざまな方法について、さらなる明確化と方向付けを求めている。カナダ地域生活協会が障害者権利委員会に提出したコメントは、1つのアプローチを示すものである。

「法的能力を行使する方法は極めて多様であり、締約国はこれらを認識しなければならないと、私たちは考えている。また、法的能力を、法的に自立して行使することと、支援を提供することを法的に認められた他者からの支援を受けながら行使することとを、法律の上で常に区別することが非常に重要であると、私たちは考えている。(中略)

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第一に、一部の知的障害のある人々は、意思決定プロセスにおいて、支援(わかりやすい言語、非公式なアシスタンス、コミュニケーション技術など)と配慮が受けられれば、法的に自立して意思決定を行える。第三者は、そうした人たちが、決定の性質と結果を理解し、評価できることを自ら実証することを求めなければならない場合がある。一部の知的障害のある人々は、自分たちが自立して行動できることを他者に示すために必要な支援や配慮が得られなければ、法的能力の行使という点で弱者となる可能性がある。

より重度の、あるいは『深刻な』知的障害のある人々の場合、彼らの独自のコミュニケーション形態を理解でき、その意思と選好を育む支援をし、法的能力の行使を可能にする特定の行動および決定へとつなげてくれる他者(意思決定支援者)が必要となる。このような手順で行われる意思決定のタイプを、特に『支援付き意思決定』として区別する。この集団は、とりわけ、意思と選好の解釈を自ら依頼した相手から、決定を押し付けられやすい。そのような相手としては、信頼のおける家族、友人およびサービス提供者があげられる。彼らは善意をもって支援してくれるが、結局最後には、保護のための温情主義の再現となってしまうことがある。3

人によって感覚能力や運動能力、ニーズが異なるという認識が差別的ではないように、人によって意思決定能力が異なるという認識も差別的ではない。ニーズへのさまざまな対応において、人々の権利が危うくならないようにすることが課題である。

例えば、インクルージョン・インターナショナルの協議では、多くの当事者が、自分自身に関する決定を「独力で」下すことができると明確に言える場合と、支援者が当事者の独自のコミュニケーション形態を解釈する重要な役割を果たす場合とを、区別する必要性があると述べた。公式な、または法的な関係および取引において、医師、弁護士、銀行家およびその他の専門家は、本人が決定の性質を理解し、結果を評価できるという確信を得る必要がある。本人の意思と選好を解釈し、法的契約やインフォームドコンセントへとつなげる支援者が必要な場合、政府は法的に認められた意思決定支援者と、金銭面およびその他の面での濫用を防ぎ、これに対応するための保護措置へのアクセスを、確保しなければならない。

保護措置

支援付き意思決定を可能にするさまざまなツール(公式および非公式ともに)の開発に伴い、誤用や濫用の可能性、本人の「意思と選好」の解釈をめぐる対立、支援者による自分の意思の押し付けに関する懸念が生じてきた。

第12条(4)には、次のように明記されている。 「締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象となることを確保するものとする。当該保障は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。」4

著しい努力がなされた後も、個人の意思と選好を決定することが実行可能ではない場合、「意思と選好の最善の解釈」が「最善の利益」の決定に取ってかわらなければならない。これにより、第12条第4項に従い、個人の権利、意思及び選好が尊重される。「最善の利益」の原則は、成人に関しては、第12条に基づく保護措置ではない。障害のある人による、他の者との平等を基礎とした法的能力の権利の享有を確保するには、「意思と選好」のパラダイムが「最善の利益」のパラダイムに取ってかわらなければならない。

すべての人は「不当な影響」の対象となる危険があるが、意思決定を他者の支援に依存している者の場合、これが悪化する可能性がある。不当な影響は、支援者と被支援者の相互作用の質として、恐怖、敵意、脅威、欺瞞又は改ざんの兆候が見られることを特徴とする。法的能力の行使に関する保護措置には、不当な影響からの保護を含めなければならない。しかし、この保護は、危険を冒し、間違いを犯す権利を含む、個人の権利、意思及び選好を尊重するものでもなければならない。6

第12条には、導入されるべき保護措置の性質がまとめられているが、支援付き意思決定の手順の認識、調整および監督を確実に行うための具体的なメカニズムと保護措置を、入念に組み立て、共有する必要がある。

  • 支援者の法的義務
    非公式には、本人は自分の意思と選好を解釈してくれる支援者を選ぶことができるが、支援者の役割と義務を法律や政策で認めるプロセスにより、本人が支援を受けながら下した決定の合法性の承認が確保され、支援者の意思を誤って表明したり、押し付けたりすることから本人を保護する措置が提供される。
  • 支援者を任命するためのプロセス
    支援者(または支援の輪/支援ネットワーク)を任命するための公式なプロセスを確立することにより、任命された支援者と本人との信頼関係を確保できる。
  • 紛争を解決するためのプロセス
    誰が意思決定支援者になるか、また、どのようにして意思と選好を解釈するかをめぐる紛争が発生した場合、これに対応し、解決するためのプロセスが必要となる。紛争解決プロセスはさまざまな形をとるが、独立したプロセスでなければならず、また、本人の「最善の利益」ではなく、意思の解釈に基づいて紛争を解決するものでなければならない。5

コミュニケーション

家族がフォーカスグループディスカッションで明らかにしたおもな課題の1つは、会話などの手段を使って意思疎通をしない(場合によってはできない)当時者の「意思と選好」をどのようにして判断するか、であった。これは以下のニーズを示すものである。

  • 支援付きコミュニケーションのモデルを拡大、共有し、訓練を行うこと
  • 本人の意思と選好を反映したプロフィールと記録を、時間をかけて作成すること
  • 最善の利益という評価基準ではなく、意思と選好の最善の解釈の利用を提唱すること

困難な状況における支援付き意思決定

家族と支援者は、特に「困難な状況」において、支援付き意思決定を実際にどのように適用できるかに関するさらなる指針の必要性を、重ねて表明した。これらの「困難な状況」には、別の障害や精神衛生上の問題の併発、非自発的治療、制限的慣行、監禁、精神病治療、複雑な健康状態、多大な支援のニーズを伴う人々などが含まれるとの意見が寄せられた。また、支援付き意思決定への革新的なアプローチを開発している地域社会との協議では、生活のあらゆる分野に関して、本人の「意思と選好」を記録し、追跡し、説明する方法を多数耳にした。この「人生記録」は、本人を知る者による「生の声」を提供し、支援ネットワークがさまざまな状況の下で、本人の意思と選好を解釈する際に利用できるツールとなりうる。しかし、ほとんどの人々にとっては、このようなツールはまだ開発されておらず、たとえそれらが存在する場合でも、困難な状況における明確な方向性を示すものではない。このような状況を踏まえ、「意思と選好の、最善の利益解釈」を提案する者もいる。

このような現状を認識し、私たちは一般的意見(GC)において、これらの状況下で適用される最善の利益という評価基準を、「意思と選好の最善の解釈」に置き換える考えを促進するよう勧告する。この評価基準は、意思と選好を常に確実に解釈することはできないが、他よりも優れた解釈は常に存在するということを認めるものである。さらに、締約国がこのような状況にある人々に必要な決定を促す際に、この評価基準に従うよう導くものでもある。実際にこれは、本人による意思決定の明確な方向付けを可能にするために利用できる支援が何もない場合に、法的能力の行使を可能にする第三の方法となる。カナダ地域生活協会(CACL)は、この法的能力の行使方法を、「促進された(ファシリテートされた)」意思決定と名付けた。これは、代替的意思決定制度を打ち切る根拠を示すと同時に、このような状況において提供することを締約国に義務付けるべき、より優れた保護措置も提供する。7

困難な状況を支援するための、紛争解決とファシリテーションのプロセスの確立は不可欠であるが、このような例外的な状況の事例を、支援付き意思決定プロセスの合法性を否定する理由として用いることはできない。

地域社会における支援

施設や分離型プログラムによって、あるいは、地域社会において今なお続けられている「施設収容」という支援のために、孤立し、隔離されてきた人々にとって、後見制度などの代替的意思決定の規定を撤廃するだけで、決める権利の実現が自動的にかなうことはない。知的障害のある人々の大半は、意思決定を可能にするために必要な支援を、長い間否定されてきた。家族および/またはサービス提供者以外の人々との関係を地域社会で育むには、地域社会の開発戦略と投資が必要となる。これは、政府による直接的な支援の提供方法および資金調達方法の大幅な変更、そして、本人の生活に即した支援ネットワークを構築し、承認するプロセスへの投資を意味する。

さまざまな法域で、法的能力を行使する権利を強化する重要な法的決定がいくつか認められるが、法的能力の権利の拡大と、法廷による代替的意思決定の代替策の承認には、実際に行われている支援付き意思決定を明示した、実践的な戦略が伴わなければならない。

障害者権利条約の下での法的能力の保護は、まだ同条約を批准していない国でさえも、法廷で重視され始めている。例えば、アメリカ合衆国のニューヨーク遺言検認裁判所では、クリステン・ブース・グレン(Kristen Booth Glen)判事が、知的障害のある女性の夫、親類を含む家族、近隣の人々および地域社会の各機関が、女性が自分で意思決定をするための支援を十分に提供しているとの確信を得た後、彼女の後見人を解任した。このような支援を受け、ダメリス・L.(Dameris, L.)は、自信を失った内気な若い女性から、思いやりのある妻、そして母へと開花し、成功を収めた。後見人を解任するに当たり、グレン判事は、「障害者条約はニューヨークの後見法に直接影響を与えるものではないが、すべての人の法的能力の保障、支援付き意思決定を受け入れ、尊重するという保障が、国際的に採択されたことは、国内法および憲法上の保護を解釈する際の『説得力』となる」と記した。8

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漸進的実現

国会議員と地域社会活動家は、第12条を「漸進的実現」の対象として、法的能力の権利の段階的な実現を容認するべきか否かを議論してきた。「漸進的実現」は、政府が基本的な権利の改革を避けている、あるいは先延ばしにしていることを意味するので、障害コミュニティは「漸進的実現」の要求に疑念を抱いている。一部の国では、代替的意思決定に関する法律をめぐる法制改革について、政府が即時的な義務を果たしているとしておおげさに宣伝しているが、これらの改革は、多くの場合、第12条の完全な実現には及ばず、また、支援付き意思決定のメカニズムへの関連投資を伴うことなく行われてきた。改革のプロセスが、後見人申請の却下、支援ネットワークの開発、本人活動の推進および/または家族の意識向上など、地域社会レベルでの変革を通じて始められた他の法域では、支援付き意思決定は、今なお法律で承認されていない。

政府、政策立案者、地域団体、家族および本人自身が、第12条の実施における自らの役割について検討し始めた結果、これらの権利の実現に必要な改革の複雑性に対する認識が高まった。改革に向けて共通の課題を策定し、実施のためのベンチマークとモニタリングを確立するプロセスの導入が求められている。