音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

東日本大震災と被災障害者
高い死亡率と生活支援を阻んだ背景に何が、当面の課題を中心に

報告者:藤井克徳
(日本障害フォーラム幹事会議長)

国連専門家会議「ICTと障害-アクセスと共生社会、すべての人のための開発へ」
特別セッション「障害とアクセスを組み込んだ自然災害・緊急事態への対応と政策」
共催:国連経済社会局、国連広報センター、日本財団
期日:2012年4月20日 9:30~11:30
会場:日本財団ビル2階

to English Version

はじめに

 東日本大震災(以下、大震災)は、障害分野にも広域かつ深い爪痕を残している。大震災から1年1カ月余を経るが、障害者に関する被災実態は未だに詳らかではない。日本障害フォーラム(以下、JDF)は、政府に対して(厚労省を窓口に)①障害者の犠牲者数、②震災直後から今日に至るまでの障害者の生活実態、③「障害」の観点からの既存の防災政策の有効性、の3点にわたって精緻な検証を求めているが正式な回答はない。
 こうした中で、地方自治体ならびに各種報道機関、NGOが独自に調査を実施している。本報告は、これらの調査結果を元に、①障害者の犠牲率の高さとその背景、②「障害」からみた震災政策の問題点について略述する。なお、JDFの震災直後から今日までの支援活動の紹介ならびに被災障害者をめぐる最新の課題についても言及したい。

1.高い障害者の死亡率

(資料1参照)

 大震災から半年目に当たる2011年9月11日に、NHK(Eテレ)は「取り残される障害者」と題した番組を放映した。この番組の冒頭部分で「東日本大震災で被害にあった障害者数」(死亡者の実態、行方不明者は除く)の発表がなされた。これは、NHKが主要な被災自治体を対象に聞き取り調査を実施したもので、27市町村から回答が寄せられている(調査対象は、死亡者が10人以上に上った30市町村)。これによると、総人口に占める死亡率は1.03%であった。これに対して、障害者の死亡率は2.06%となっている。ここで言う「障害者」とは、身体障害者手帳、療育手帳(知的障害者対象)、精神保健福祉手帳(精神障害者対象)の所持者である(難病による障害や発達障害、高次脳機能障害にある者などのうち障害者手帳を所持していない者は含まれていない)。この後、2012年3月11日の関連番組で部分的な修正が加えられているが、全体的な傾向に変わりはない。
 その後、初の行政調査として宮城県当局より2012年3月29日に「東日本大震災に伴う被害状況等について」(2012年2月28日現在)が発表された。これによると、宮城県沿岸部の大震災による死亡率は、総人口比で0.8%、障害者手帳所持者比で3.5%となっている。死亡率を総人口と障害者手帳所持者で比較すると、前述したNHKの調査で約2倍、宮城県の調査では約4.3倍と、それぞれ障害者の死亡率が高くなっている。私たち障害者にとっては大きな衝撃である。
 なお、調査結果を詳細にみると、(1)自治体による差異(宮城県女川町での障害者の死亡率は約15%)、(2)障害種別による差異(聴覚障害者の死亡率が最も高い)が大きいことがうかがえる。

2.高い死亡率の背景に何が

 私たちにとっての最大のテーマは、「なぜ障害者の死亡率がこうも高くなったのか」である。正確な結論については、今後の検証を待つことになるが、現段階で少なくとも次の二点を指摘できよう。第一点目は、「障害」という観点からみて、既存の震災政策が有効性を欠いていたことである。地震とこれに続く津波は、天災として市民すべてに対して公平に襲いかかったと言えよう。ただし、障害者の死亡率の異常な高さは、天災だけでは片付けられない。そこには、明らかに「障害ゆえに」が横たわるのであり、震災政策の問題性を含めて人災という観点を重ねるべきである。
 第二点目は、平時の障害者に対する支援策の水準と死亡率(被害の度合い)が関係しているのではということである。元々、被災地帯の多くは、障害者を対象とした社会資源(働く場、住まい、人的な支援体制など)が十分でなかった。このことが被害の拡大と相関しているものと推測される。
 なお、障害者への震災の集中的で集積的な影響は、死亡率だけではなく、震災発生後のあらゆるステージ、すなわちライフライン途絶下での生活、避難所や応急仮設住宅での暮らしなどにも付きまとうことを付言しておく。

3.無力だった災害時要支援者名簿、障壁になった個人情報保護法

 弱点が顕在化した「障害者と震災政策」であるが、ここでは代表的な問題点として二点をあげておく。一点目は、日本政府の中央防災会議が策定した「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」(いわゆる災害時要援護者名簿、2005年3月30日)についてである。各地の証言から、ほとんど有効性が確認されていない。問題点として、①災害の規模によっては限界があるのでは、②援護者に高齢者をあて込んでいることからくる非力性、③そもそも障害者自身による登録者数が少ないなどの根本問題があげられている。精緻な検証が求められる。
 二点目は、「個人情報の保護に関する法律」(2003年5月30日施行)についてである。初動期の安否確認や今日に至る生活支援の障壁となり、結果的にNPOの支援活動を縮減させるものとなっている。一部の自治体にあっては、首長の英断で要援護者や障害者手帳の名簿の開示に踏み切っているところもある。いずれにしても、「大規模災害時における個人情報の開示について」は深い検討が求められる。

4.JDFによる支援活動

 震災発生直後より、JDFは関係団体と連携しながら支援体制をとってきた。具体的には、3つの支援センターを設置し、ここを中心に支援活動を展開している。

  • 宮城センター(2011年3月30日開設、主な活動は同年12月末より現地の団体に引き継ぐ)
  • 福島センター(2011年4月6日開設、現在活動中)
  • 岩手センター(2011年9月22日開設、現在活動中)

 主な支援活動としては、①初動期の安否確認、②避難所での生活支援(必要物品などの搬送を含めて)、③障害者事業所の再開支援(清掃、修復など)、④避難所から仮設住宅などへの移転支援ならびに修復箇所の点検、⑤仮設住宅などからの移送支援(病院や買い物など)、などがあげられる。また、福島県南相馬市、岩手県陸前高田市にあっては、市側からの依頼により障害者手帳所持者の悉皆調査を実施(南相馬市は終了、陸前高田市はこれから)。なお、これまでの延べ支援者は、宮城センターで5000人余、福島センターで3000人余となっている。なお、支援活動に必要な経費はすべて日本国内もしくは海外の団体及び個人の寄付によるもので、この機会に謝意を表したい。

5.今後の課題

1) 基本的な課題

 当面は、今般の東日本大震災の復興政策が問われようが、同時に、早晩避けられないとされている東南海大震災を含めて次なる自然災害への備えが求められる。「大規模震災と障害分野」という観点から、国と自治体を中心に、また民間との連携の下で、少なくとも次の諸点の検証や検討が必要となろう。

A,国による「東日本大震災と障害者」に関する検証

  • 死亡者・行方不明者の正確な把握
  • 震災発生直後からの生活実態(ライフライン途絶下、避難所、仮設住宅、県外避難など)
  • 既存の震災政策の有効性(災害時要援護者名簿精度、個人情報保護法など)

b,国及び自治体における復興政策への障害者の実質参加

  • 政府に新設された復興庁における障害分野への体制整備
  • 国、都道府県、市町村での復興政策への障害者参画

2)当面の課題

A,被災障害者への生活支援

  • 仮設住宅(みなし仮設住宅含む)の修繕
  • 移動支援
  • 雇用・就労支援(雇用の場の確保、作業所での仕事確保など)
  • 自営業支援(はり・灸・マッサージの休業等への支援)

B,東京電力原発事故に伴う補償問題への対処(障害者の不利益解消)

3)JDFの課題

A,国への提言・要望
B,被災地帯のニーズへの対応(支援員の派遣、調査活動など)
C,支援活動の記録化(ドキュメンタリー映画の制作、報告書など)
D,長期的な支援活動前提としての資金調達

 報告の終りにあたり、私共JDFの報告を含めて、本専門家会議の成果が、来たる7月3日・4日に外務省が宮城県仙台市において開催する閣僚級国際会議に、さらには2015年の国連防災国際会議につながることを期待する。