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国際連合と障害者問題- 重要関連決議・文書集 -

第1章 基本的な法概念

中野善達 編
エンパワメント研究所


 D.地域文書

54.三つの地域政府間組織-「ヨーロッパ評議会(Council of Europe)」、「アフリカ 統一機構(Organization of African States)」、「米州機構(Organization of American States)」-が、障害者の人権を含む、人権に関する国際的文書を採択して きた。
55.1950年11月4日、ヨーロッパ評議会の後援の下、「人権および基本的自由の保護に関 する条約(Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms)」がローマで採択された。この条約は、世界人権宣言に示された人権の多く を組み込んでいるし、その第3条に規定された拷問、残虐な、非人道的な、もしくは品 位を傷つけるような処遇や刑罰の禁止も含んでいる。
56.1961年10月18日、トリノ(イタリア)で採択された「ヨーロッパ社会憲章(European Social Charter)」では、障害者の権利に関し特に取り上げており、その第15条は次 のような権利を認めている。すなわち、「身体的もしくは精神的な障害者の職業訓練、リハビリテーションサービスおよび社会復帰の権利」。
57.1986年7月24日、「ヨーロッパ共同体(European Communities)」評議会は、ヨーロッパ共同体における障害者の雇用に関する勧告を採択した{9)}。この勧告は、障害 者は訓練や雇用における機会均等の権利をもつという原則に基づいている。また、ヨー ロッパ共同体評議会、閣僚委員会およびその小委員会は、障害者のリハビリテーションに対する適切な政策に関するさまざまな決議を採択したが、そこでは加盟各国に、インペアメント、ディスアビリティ、ハンディキャップを除去する予防手段の設定、包括的 で調整のとれたリハビリテーションの実施、リハビリテーションや地域社会の生活への障害者の完全参加の勧奨を求めている。
58.「人および人民の権利に関するアフリカ憲章(African Charter on Human and Peoples' Rights)」は1981年、ナイロビで採択された。その第18条第4項は次のように規定している。「高齢者と障害者は、彼らの身体的もしくは道徳的ニーズを維持することを保護する特別な手段を得る権利も有している。」
59.「米州人権条約(American Convention on Human Rights)」はヨーロッパ人権条約、市民的、政治的権利に関する国際規約と同じように、障害問題にそれとなく言及はしているが明示はしていない。しかし、1948年、ボゴタ(コロンビア)で採択された「人 の権利と義務に関する米州宣言(American Declaration of the Rights and Duties of man)」では、次のように明確に述べている。その第VI条は次のようである。「すべての人は、公共の資源や地域社会の資源が許す範囲内で、食糧、衣類、住居、医療ケアに関連する保健上の、また社会的手段を通じ、健康を保護する権利をもっている。」さらに第XVI条は、「失業、高 齢および生計を得ることを身体的および精神的に不可能にするような、自己ではどうしようもない原因によるなんらかの障害」の結果に対し、すべての人が国の保護を受ける 権利を宣している。
60.1988年11月14日、経済的、社会的および文化的権利の分野に関する米州人権条約への付属議定書が採択された。この議定書の第18条は、障害者が特別な保護を受ける権利を有するとしている。それによると、障害者は適切な労働計画に参加し、彼らの家族や社会グループに対する特別な訓練に参加し、都市開発計画における障害者要件への配慮を受ける権利がある、と宣せられている。

 E.国際的人道法の基準

61.その侵害がしばしば障害をもたらしたり、障害を悪化させたり、障害者に特有な結果をもたらすことへの、国際的人道法の基準の例として、それぞれ、戦争捕虜の取り扱いに関する、また戦時における文民保護に関する{10)}、1949年の第3、第4ジュネーブ条約を挙げるのが適切であろう。さらに、両条約に共通している第3条は、武力紛争が国際的性質を有しない場合、各紛争当事者による四肢切断、残虐な取り扱い、生命や人への暴力はいついかなる場所においても禁ぜられるとしている。
62.1949年のジュネーブ条約に追加された第I議定書の第二編は、その第8条から第34条で、国際的武力紛争のさいの、余分の危害または不必要な苦痛を生じさせる性質の傷者、病者および難船者の状態を悪化させることに関する規定を含んでいる。第35条は、自然環境に対して広範な、長期のかつ重大な損害を生じさせることを意図する、または生じさせると予想される戦争の方法または手段を用いることを禁止している。第44条では、戦闘員で敵の権力内に陥った者は、いずれも捕虜となることを規定し、第45条は、戦時捕虜の保護に対する手段を規定している。
63.第四編(第48条から第79条)は、敵の権力内に陥った文民の保護を扱っている。第48条から第71条は、軍事行動の危険性に対する文民および非軍事物の保護に関する第4ジュネーブ条約の規定に追加されたものであり、このことを達成するための一連の規準を設定している。これらのうち主要なもの(第48条)は、紛争当事者が常に、文民と戦闘員とを区分しなければならず、また、その行動を軍事目標に対してのみ向けなければならないことを保障することである。文民の飢餓や自然環境への攻撃といった戦闘方法は、とりわけ禁止されている。第72条から第79条は、紛争相手の権力内にある者の取り扱いを扱っている。第76条から第78条は、女性と子どもの保護、とりわけ強姦、強制売春、なんらかの形のわいせつな暴行に対する保護のための手段が示されている。第79条は、武力紛争地域で危険な職業的任務に従事する報道記者は、文民とみなされなければならず、条約および議定書の下で保護されなければならないことを述べている。
64.第II議定書は、政府の武力と反政府武力、もしくは地域一帯を支配している他の組織化された武装グループ間の紛争を含む、国際的性格のものではない武力紛争に関するものである。第4条は、敵対行為に直接に参加しないか、または参加することをやめたすべての人は、いかなる不利な差別もなく、人道的に待遇されなければならない、と規定している。そして、とりわけ、殺人、ならびに拷問、傷害や体罰はいかなる時にも、また、いかなる場所においても禁止されるとして、その行為リストを掲げている。第5条は、武力紛争に関係する理由で自由を剥奪された者に関する最低限の規定および、武力紛争実行者の保護および武力紛争に関連した犯罪に対する処罰の規準を示している。

 F.条約ではない、宣言などの諸規定

65.20年以上にもわたって、国連総会(General Assembly)、経済社会理事会ならびに人権に関する他の諸機関は、障害者の人権を直接もしくは間接的に促進したり、保護することを目的としたさまざまな宣言や決議を採択してきた。
66.1969年12月11日、総会によって採択された決議2542(XXIV)「社会進歩と開発に関する宣言(Declaration on Social Progress and Development)」はその第10条で、社会進歩と開発は人権と基本的自由を尊重し、人権と基本的自由に従い、宣言の主目標達成を通じて、社会の全成員の物質的・精神的生活水準の持続的上昇を目指していることを明示している。これらの目標は、生活水準の着実な改善、もしも可能ならば無償の、すべての人を対象とした最も高い健康基準や健康規定の達成であり、さらに宣言の第11条8(c)には、障害者の権利の保護と福祉の保障、ならびに身体的・精神的に不利な条件の者の保護という目標が含まれている。
67.国連総会は1971年12月20日の決議2856(XXVI)において、「精神遅滞者の権利に関する宣言(Declaration on the Rights of Mentally Retarded Persons)」を宣し、それが、宣言に含まれた権利の共通の基盤として、また準拠枠として使用されることを保障する、国内および国際的な行動を要求した。宣言によれば、精神遅滞者は適切な医療ケアや経済的保障を受ける権利、訓練やリハビリテーションを受ける権利、彼自身の家 族や里親と共に生活する権利を含む、他の人びとと同じ権利を享受すべきである。さらに総会は、精神遅滞者が、もしも彼らの権利が制限ないし否定が必要となる場合は常に、その手続きはあらゆる形の濫用に対し、適正な法的保護を含むものでなければならない、と宣した。
68.国連の関連機関は現在、「精神疾患をもつ人びとの保護および精神保健ケア改善の原則(Principles for the Protection of Persons with Mental Illness and for the Improvement of Mental Health Care)」を検討中である。これは各国政府、専門機関 、国内組織、地域組織、国際的組織、有能な非政府組織、個人に指針を提供し、また、その採用や適用のさいの経済的また他の実際的な困難を克服するための持続的努力を刺 激することを意図している。というのも、これは精神疾患をもつ人びとの基本的自由や人権、法的権利に対する国連としての最低基準であるからである。
69.1974年12月14日の決議3318(XXIV)は国連総会で採択され、「非常時および戦時における女性および子どもの保護に関する宣言(Declaration on the Protection of Woman and Children in Emergency and Armed Conflict)」と宣せられたが、全加盟国の完全遵守が要求された。第1条では、無数の被害を生じさせる文民に対する攻撃や爆 撃、とりわけ、最も傷つきやすい女性や子どもへのそれは禁止され、非難されるべきことであることを述べている。第2条では、軍事行動中に生物・化学兵器を使用することは、1925年のジュネーブ議定書{11)}、1949年のジュネーブ条約、国際人道法の諸原則の最悪の侵害であると非難をおこなっている。
70.宣言はまた、以下のように述べている。「武力紛争に関与している国々によって、…女性や子どもを戦争による破壊にさらさないよう、あらゆる努力がなされるべきである。」また、「とりわけ、女性や子どもからなる文民に対し、迫害、拷問、処罰手段、品 位を傷つける処遇、暴力などの手段の禁止を保障するため、あらゆる必要なステップがとられるべきである。」と述べている。
71.1975年、総会は、障害者が他の人びとと同じ市民的ならびに政治的権利をもつと宣する「障害者の権利に関する宣言(Declaration on the Rights of Disabled Persons)」を採択した。宣言は、障害者は彼らの能力や技能を最大限に発達させること、また、社会的統合や再統合の過程を急ぐことを可能にする、平等な取り扱いとサービスを受けるべきであることを述べている。
72.この宣言はとりわけ関連が強いので、第5項から第11項までをそのまま掲げることにする。
  第5項:障害者は、可能な限り自立することができるように企図された諸手段を受ける資格をもっている。
  第6項:障害者は、義肢・補装具を含む医学的・心理的・機能的治療を受ける権利をもち、その能力や技能を発達させ、彼らの社会的統合もしくは再統合の過程を促進する医学的・心理的リハビリテーション、教育、職業教育、職業とリハビリテーション、援助、カウンセリング、職業斡旋サービスやその他のサービスを受ける権利をもっている 。
  第7項:障害者は、経済的・社会的保障を受ける権利ならびに、しかるべき生活水準を保持する権利をもっている。彼らはその能力によって、雇用を確保したり維持し、あ るいは有用で生産的で報酬が得られる職業に従事したり、また、労働組合に加入する権 利をもっている。
  第8項:障害者は、経済的・社会的計画立案のあらゆる段階で、彼らの特別なニーズ が考慮される資格をもっている。
  第9項:障害者は、その家族および里親と共に生活し、また、あらゆる社会的・創造的活動もしくはレクリエーション活動に参加する権利をもっている。いかなる障害者も 、彼もしくは彼女の居住に関する限り、彼もしくは彼女の状態のため必要であるか、ま たは、彼もしくは彼女がそれによってなしうる改善に必要である場合以外は、差別的な扱いを受けないものとする。もしも、障害者が専門施設に入ることが不可欠であったとしても、そこでの環境および生活条件は、彼もしくは彼女の年齢の人たちの通常の生活に可能な限り近づけなければならない。
  第10項:障害者は、差別的、虐待的もしくは見くだすような性質のあらゆる搾取、あらゆる規則およびあらゆる取り扱いから保護されるものとする。
  第11項:障害者は、その人格および財産の保護のために的確な法的援助が必要不可欠とわかる場合には、それらを利用できるようにしなければならない。
  もしも彼らに対して訴訟が起こされたならば、適用される法的手続きは、彼らの身体的・精神的状態を十分に考慮しなければならない。
73.1976年12月13日の決議31/82で、国連総会は、「あらゆる加盟各国が、政策、立案、計画を設定するさい、障害者の権利に関する宣言に示された権利および原則を考慮すべきであること」また、「関連するあらゆる国際組織や機関が、彼らの諸計画の中に障害者の権利および原則の効果的実施を保障する規定を含めること」を勧告した。
74.1979年5月9日に採択された決定1979/24において、経済社会理事会は、1977年9月1 6日に「盲聾青年・成人へのサービスに関するヘレン・ケラー世界会議(Helen Keller World Conference on Services to Deaf-Blind Youths and Adults)」によって立案され、採択された「盲聾者の権利に関する宣言(Declaration on the Rights of Deaf-Blind Persons)」を、国際障害者年と題されて提出される報告の一部として国連 総会に提出し、これに留意を求めた。
75.この宣言の第1条は、次の基本的原則を繰り返している。
  「すべての盲聾者は、世界人権宣言によってあらゆる人に保障されている普遍的権利および、障害者の権利に関する宣言によってあらゆる障害者に与えられている権利を享受する資格をもっている。」
76.すでに挙げた諸規定に加えて、人権を保護するための他の多くの国際的文書がある。これらは、障害を引き起こす虐待を防ぐことを企図しているので、その予防的価値を認識する必要がある。例えば、1955年の「犯罪防止および犯罪者の処遇(Prevention of Crime and the Treatment of Offenders)」のための第1回国連総会は、犯罪者処遇のための最低基準原則を採択した。その第31条は、体罰、暗黒の小部屋に措置する罰、あらゆる残虐な、非人道的もしくは品位を傷つける処罰は、懲罰としては完全に禁止される、と述べている。
77.1979年12月17日の決議34/169で、国連総会は、法執行強制官の行動規定を採択し、各国政府に対し、国内立法や実践の枠組み内で、法執行強制官による遵守の原則の主体として、これを使用するにあたり好意的配慮がなされるべきである、と勧告した。この規定の第5条はこう記している。
  「法執行強制官は、拷問もしくは他の残虐な、非人道的な、あるいは品位を傷つける取り扱いや刑罰のなんらかの行為を与えたり、促したり、認めたりすべきではないし、法執行強制官は、より上位からの命令だとか、あるいは、戦争状態とか戦争の脅威があるとか、国内治安への脅威、政情の不安定、もしくは他の公的な非常事態とかいった特殊な状況を、拷問や他の残虐な、非人道的もしくは品位を傷つける処遇や刑罰の正当化に用いてはならない。」
78.1982年12月18日の決議37/194において、国連総会は、犯罪者や拘置者を拷問や他の残虐な、非人道的なあるいは品位を傷つける処遇や刑罰から保護するため、保健関係者とりわけ医師の役割に関連する「医療倫理原則(Principles of Medical Ethics)」を採択した。この原則に、次のような記述がなされている。
  「犯罪者や拘置者の医療ケアに携わる保健関係者とりわけ医師は、彼らに対し、刑務所に入っていなかったり、拘置されていない人たちに提供されるのと同じ質と基準の、身体的および精神的保健の保護と、疾患に対する治療を提供する義務がある。」
79.原則2はこう述べている。
  「適用可能な国際的文書の下での反則と同じく、保健関係者とりわけ医師が、積極的にせよ消極的にせよ、拷問や他の残虐な、非人道的な、もしくは品位を傷つける処遇や刑罰に参加したり、従事したり、共謀したり、扇動したり、企てたりすることは、医療 倫理の重大な違反である。」
80.冒頭で述べたことに加え、1976年12月6日の国連総会決議31/123が、1981年を「国際障害者年(International Year of Disabled Persons)」と宣言した。この障害者年のテーマと目的は、障害者が、社会生活や社会の発展に十分参加し、他の市民たちと同等の生活条件を享受し、社会-経済的発展からもたらされる状況の向上を等しく分けあう権利があることを示している。さらに他の目的として、公衆の意識の向上、障害者への理解と受容、効果的に意見を表明したり、状況改善への行動をする組織の形成を勧奨することが含まれた。
81.1982年12月3日、国連総会は決議37/53で、1983年から1992年までを「国連障害者の10年(United Nations Decade of Disabled Persons)」と宣言し、加盟各国に、この期間を障害者に関する世界行動計画を実施する手段の一つとして活用することを勧めた。現在、実施されつつあるこの世界行動計画は、本報告でも各所で引用されるが、社会的、文化的また経済的生活のあらゆる領域に完全参加を達成する手段と同じく、目的として「機会の均等化(equalization of opportunities)」を掲げている。「機会の均等化」という、すべての人の権利の認識は、障害者に関する問題の法的扱いに、明確な法的一貫性を与えており、また、以前には認識されていなかった人権の次元を付け加えることになっている。
82.最近の最も重要な展開は、1990年5月24日の経済社会理事会決議1990/26である。ここでは「社会開発委員会(Commission for Social Development)」に対し、障害児童 ・青年・成人の機会均等化に関する基準原則を練り上げるため、政府諸専門家による制 限明示のない特別作業部会の設置をする権限を与えた{12)}。現在策定中のこの文書は、われわれにとって基本的関心のあるものである。実際、世界的視野でもっぱら障害者のことを取り上げるだけでなく、機会均等への障害者の権利の、きわめて幅広い包括 的な記述がなされる最初の国際的文書となる筈である。さらに、この原則の基準としての性格は、高度に法的な性格や命令的な性格をもつことになる。

 G.要約とアセスメント

83.これまで分析してきた広範な国際的文書から、次の三つの結論が引き出せる。
 (a) 権利の平等という原則-人権の概念に固有であり、これはまた、あらゆる文書に組み込まれている-は、一般に、他の人びとと同じ権利を障害者に与えている。
 (b) 障害者はまた、特有の権利をもっている。これに関しては、例えば次の項や第IV章を参照されたい。
 (c) これらの権利は、なんらかの公式のリストとしてあげられているわけではないが、多くの法的文書に散在しているし、法廷によって認識されてきている。実際、障害  者の特有な権利を表示しているものは、地域社会や政府が、こうした人びとが一般に  他の人びとによって享受されている人権すべてを平等な基礎の上に享受できる、ということを保障することに向かってなすべき最低の貢献に関する、実質的・法的表現だけなのである。厳密にいうと、これは法律用語での「差別解消積極措置(positive  discrimination, affirmative action)」として知られているものでさえもなく、単なる均等化でしかない。
84.最後に、障害者の特有の権利-事実審理のさい通訳者を得る聾唖者の権利など-は本質的な権利に加え、また、この場合における抗弁の権利のような、平等の基礎の上に立つ他の基本的人権を現実化する手段でもあるのである。聾唖者にとって、犯罪審理のさいに通訳者がいないことは、手続き上の規準に違反するだけでなく、純粋に、抗弁の権利を否定していることになるわけである。
85.さらに、障害者の人権の保護という問題は、二重の次元をもっている。一方で、特有 な法的保護の問題がある-通訳者、公正公平な判断を保障する専門的法的支援など-他方、犠牲者としての障害者への権利侵害を終わらせるための、特定の効果的資源を欠いているという緊急な問題がある。これら二つの問題は、第IV章で扱われる。

 H.用語、定義および統計

  1.用語

86.予備的報告(E/CN.4/Sub.2/1985/32)において、特別調査報告担当官は、障害や障害者に関する過度に幅狭い解釈について記述したり、ある場合には、日常用語や法令で使用されている用語の侮辱的意味内容について記述した{13)}。例えば、スペイン語には、障害者を記述する数多くの用語がある。すなわち、minusvalidos, invaidos, impedidos, lisiados, incapacitados, paraliticos, mutilados, retrasados などで あり、また、それぞれの表現はそれ自身の意味内をもち、ときにそれらは無差別に用 いられ、多くの場合、当該人の価値下落に関与している。例えば、スペイン語のinvalido という用語は、「無価値」を意味している。しかし、この後に記した表現は 現在、字義通りの意味とは異なる意味で国際的に使われている。ILO はそのさまざまな 条約の中で、ふつうスペイン語では invaidos o personas invaidas という表現を使っ ている。一方、さまざまな国連の諸機関が、impedidosという用語を使用している。現在の傾向は、例えば losciego(「盲人」)といった、その人の機能的制約という点で 記述するやり方はとられないようになってきており、una persona con una deficiencia visual(「視覚障害をもつ人」)といった表現が好まれる傾向がある。フランス語でも同じような傾向があり、non voyant といった表現が、しだいしだいにaveugle という用語の代わりに用いられてきている。
87.スペイン語の場合にみられるような用語をめぐる厳しい論争は、他の言語ではそれほ どひどいようには思われない。予備的報告の第8項と第9項に示した分析をもとにし、また、小委員会の早期の会期になされたコメントや示唆にかんがみ、特別調査報告担当 官は、「障害者」という用語に等価なものとして、(英語では)disabled、(フランス 語では)handicape、(ロシア語では)   、(スペイン語では) personas con discapacidad を使用することに決めた。障害者に関する世界行動計画の場合と同じく、小委員会の決議1984/20にも impedidos という表現が使われたが、特別 調査報告担当官は、スペイン語では personas con discapacidad を使うことにした。というのも、discapacidadという用語は、規準からはずれている能力を記述する、より明白でより科学的に正確な仕方だからだし、persona con という語が先行する場合は、あらゆる軽蔑的ニュアンスを排除することになるからである。最後になるが、幸いなことに、用語の標準化ということが、enfermos mentales という表現をめぐって表面化しはじめた。というのも、精神疾患患者に関する人権委員会作業部会が、enfermos mentalesという用語の使用を全会一致で採択したからである{14)}。
88.用語問題が、定義の問題と密接に関連していることを指摘しておきたい。それは、国際的文書やさまざまな国の国内法を検討するさいに重要になる。そこで、各機関、組織、政府によって使用されている現存する定義と用語について検討する必要がある。このことは、特別調査報告担当官がその研究の遂行中、多くの他の用語を使っているし、とりわけ、国際的文書、国内法の諸規定や報告、各国政府や組織からの返答を引用するさい関連してくる。

  2.定義のための規準

89.WHO はその保健経験をもとに、インペアメント(impairment)、ディスアビリティ(disability)とハンディキャップ(handicap)の区別をおこなった。これは世界行動計画の中に組み込まれた。
  「インペアメント:心理的、生理的もしくは解剖的な構造もしくは機能のなんらかの喪失もしくは異常。
  ディスアビリティ:人間にとって通常とみなされるやり方、もしくは通常とみなされる範囲内で活動をおこなう能力の(インペアメントからもたらされる)なんらかの制限もしくは欠如。
  ハンディキャップ:インペアメントもしくはディスアビリティからもたらされる、年齢、性、社会的・文化的要因に依存するが、個人にとって通常である役割の遂行を制限する、もしくは妨げる当該人にとっての不利。」
90.障害者の権利に関する宣言に含まれた定義によると、「障害者(disabled person)」という用語は、「先天的か否かにかかわらず、身体的もしくは精神的能力における障 害の結果として、通常の個人生活と社会生活の両者もしくは一方の必要性を、彼自身も しくは彼女自身では全面的にもしくは部分的に満たすことができない人」を意味している。ILOはその「職業リハビリテーションと雇用(障害者)第159号条約(Vocational Rehabilitation and Employment (Disabled Persons) Convention No.159)」、「障害者の職業的リハビリテーションに関する第99号勧告(Recommendation No.99 concerning Vocational Rehabilitation of the Disabled)」および、「職業リハビリテーションと雇用(障害者)に関する第168号勧告」において、「障害者は、正式に認定された身体的もしくは精神的インペアメントの結果として、適切な雇用において、保障、保持、昇進の期待が実質的に減退している個人」を意味している。上記文書の実施における注釈では、ILOは明確化の目的のためWHOの定義を再現したという。しかしなが ら、「インペアメント」、「ディスアビリティ」、「ハンディキャップ」という用語は、ILO文書の規定に適用したさいは、ある種の解釈困難を引き起こすことであろう。
91.世界行動計画によれば、ハンディキャップは障害者とその環境との関係との関数であるという。障害者が、他の市民に利用可能な社会のさまざまなシステムへのアクセスを 妨げる、文化的・物質的あるいは社会的障壁に出くわすさい、ハンディキャップが生じる。そこで、ハンディキャップとは、他人と同じレベルで地域社会における生活で役割を演じようとする機会の喪失もしくは制限であり、インペアメントもしくはディスアビリティの社会化を表示したものといえよう。
92.1981年に開催された「障害予防とリハビリテーションに関するWHO専門委員会{15)}」は、インペアメントとディスアビリティが可視的なものであるかもしれないし、不可視的なものかもしれないこと、一時的なものかもしれないし、恒久的なものかもしれ ないこと、また、進行性のものかもしれないし、退行性のものかもしれないことを「イ ンペアメント、ディスアビリティおよびハンディキャップの国際分類(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps: ICIDH)」の定義に関 連づけることに合意した。メンバーは用語解釈を明示するため、以下の例をあげている 。過緊張(疾病)をもつ患者は、脳血管が冒され(インペアメント)、それが歩くこと、書くこと、話すことの困難さ(ディスアビリティ)を引き起こす。もしもその患者が、仕事にもどれるほど十分に回復しない、もしくは自立して生活することができるほど十分に回復しないならば、彼の不利はハンディキャップとみなされる{16)}。
93.委員会によると、WHOによるICIDHのような疾病や外傷の長期的結果を特徴づける分類は、最近になってやっと試みられたものだという。疾病の過程は、以下の方法で積極的 な状態を越えて進行していく諸点から記述された。
 (1) 原因もしくは起源から(病因)
 (2) その積極的状態に(病理)
 (3) 健康状態もしくは器質的機能の長期的結果に(インペアメント)
 (4) 身体的外観もしくはディスアビリティをもつ人と環境的制約間の相互作用に帰せられる、社会-経済的もしくは生活維持の役割において出くわす制限の観点から(ハンディキャップ){17)}
94.ICIDHの概念と分類の特定の部分に関しては、保健関係と医学界間の穏当な合意が表明された。例えば、それは以下のことを一般的に認めている{18)}。インペアメントは、器官もしくは解剖上の構造あるいは機能のレベルでの心理的、生理的もしくは解剖 上の構造もしくは機能の喪失または異常性の記述を含んでいる。ディスアビリティは、人のレベルでの人間の機能と活動の記述を含んでいる。ハンディキャップは、社会的役 割や経済的役割のレベルでの制限のある環境もしくは不利についての記述を含んでいる。しかしながら、これら概念と特定の操作的定義をリンクさせたさい、不一致が生じてくるし、また、ICIDH を社会政策や計画形成や実施に適用させようとすると問題が生じてくる。
95.特別調査報告担当官は、インペアメント、ディスアビリティ、ハンディキャップの定義における諸要素間に密接な関連があることや、かなりの重なり合いのあることを指摘しておきたい。これは、しばしば、ハンディキャップの予言者であるディスアビリティの程度の重さをはっきりさせることができないことや、精神障害の分野においてとりわけ重要な、ハンディキャップとインペアメントの程度の問題や境目の問題で例証される。いずれにせよ、WHO の定義は、国内での法律制度や、国際的な規準を標準化するさいにさえ、きわめて有用である。とにかく、ある程度の同質性を提供してくれたことで、少なくとも統計的目的にとっては、きわめて有用であったといえる。国連統計局は、国勢調査や人口に関する調査に対する障害のクロス集計をするさい、その国の分類と同じく、この定義を使用している。
96.WHO による分類の定義は、保健経験をもとにしてなされているため、基本的に臨床的なものであって、ディスアビリティやインペアメントに必然的に関与する社会的・文化 的諸側面を組み込んではいないということに留意することが必須である。例えば、臨床 的な観点からは実際に障害者ではないにもかかわらず、あたかも障害者であるかのように取り扱われたり、多くの種類の制限(職業的、社会的、教育的など)を受けたりする人もいるかもしれない。しばしば、火傷によって顔形が傷つけられてしまった人は、能 力的に問題はないにもかかわらず、単に外観だけから障害者として扱われたりする。同じようなことが、頭の形や顔形が通常とかなり異なってはいても、精神的・身体的能力はそこなわれていない人びとの場合にも生じている。
97.WHO が ICIDH を1976年に採択し、公刊して以来、分類を改訂し続けることが勧奨されてきたし、とりわけ、ハンディキャップの定義に社会的・環境的要因を組み入れること、また、精神保健と精神障害に関するインペアメントとディスアビリティの問題に特別な関心を向けることが要請されてきた。国連総会決議37/53は、1987年2月18日から20日までウィーンで開催された第5回機関間会議{19)}で前進をみた、この点に関するWHOの提案がこの文脈で想起されている。しかしながら{20)}、改訂はまだ実質化されておらず、国連障害者の10年の最終年である1993年までになされることが望まれる。
98.定義を洗練することの重要さは、特別調査報告担当官に回答を送付してきた各国政府の3分の2が、世界行動計画に含まれた国際的なWHOの定義を使用していることからも明らかである。先進諸国と同様に、開発途上国や低開発途上国の大部分でさえ、この定義を使用していると報告している。さらに18の国々が、彼らの政府はこれら用語の法的定義は採択していないが、国際的定義を参考にしているという。これらのうち16か国は また、開発途上国や低開発途上国に属している。センターに情報を提供した他の国々は、障害や障害者に関する一般的な法的定義はもっていなかったが、さまざまな法制(社 会保障法、特殊教育法、労働法など)の中で法的定義をおこなっており、またそれを、さまざまな障害者グループ(労働事故や傷害の犠牲者、障害児、精神病者){21)}に適用していた。
99.同時に多くの国の国内法が、上記に基づき、社会的環境、労働環境や他のタイプの環 境における個人の機能的能力に関連した、「障害者」の概念を規定している。「障害者 」の定義は、国によってかなり異なっているが、同一国内でさえ、法律ごとに定義が相違していたりする。病気や事故のため、労働能力が全体的に、また部分的にそこなわれるという概念は、産業事故{22)}のための障害保険システムや労働者への補償システムの国際的規準として示されているし、それはまた、多くの国々{23)}における障害 者に関するあらゆる立法の基礎を構成していると思われる。返答のうちいくつかは、より広い概念を採用する傾向を示している。すなわち、平等の基礎の上に参加する可能性や-ときに明白に述べられてもいるが-余暇活動やレクリエーション活動を含んだ社会 生活のあらゆる側面に自立したやり方で参加する可能性を考慮している{24)}。こうした新しい概念が、いかに法律や行政上の実践や司法決定にどのように滲透していくかは、今後に残された課題である。
100.障害者を定義するさい、国内法は異なる規準、特性あるいは分類を使用している。例えば、感覚や身体的能力や知的能力の完全なもしくは部分的なインペアメント{25)}、社会的性質のハンディキャップもしくは逸脱{26)}、傷害や疾病{27)}、あるいは生理的機能を遂行できないこと{28)}、あるいは雇用{29)}されたり、それを保持することを取り上げているものもある。いくつかの定義は、障害{30)}の一つの要因として年齢を挙げている。これらの定義は通例、障害から派生する個人に対する-文化的、社会的、経済的および環境的な-結果も反映している。これらのうち、以下の ものが挙げられるであろう。社会生活のいくつかの分野で通常に機能することができないこと{31)}、また、教育、リハビリテーションおよび雇用の可能性が制限されていること{32)}。
101.WHO の国際分類の改訂はまだなされておらず、障害者に対する機会均等化の基準原 則も準備中であることから、特別調査報告担当官は、今後の定義は障害の医学的・文化的要因を包み込んだものになるべきで、その基礎規準を概説することで十分であろうと考える。小委員会のメンバーがその第40会期で定義を形成する提案に合意したこと、その不可欠の規準は、障害者や障害者の行動に影響を及ぼす特有の長期的問題の存在や、人権の享受や機会の均等化や処遇、社会参加や自立生活にとって主要な長期的妨害となるものの存在に関するものである。
102.討議のさい、多くの専門家たちが、WHO の分類はあまりに広範なものとなっているわけでもないし、あまりにも制限的なものになっているわけでもないので、好都合であると強調した{33)}。また、臨床的側面と文化的側面の両者について、定義の中でバランスがとれていることが要請された。臨床的観点からすると、あまりに幅広く、あまりに漠然としたものは、真に保護を必要としている人びと、換言すると、なんらかのタ イプの障害があり、そのため、まがうことのない不利な状況にある人たちの人権を保護するという、第一義的目的を崩してしまう危険性がある。他方、社会-文化的観点からすると、狭い定義は、明らかに保護が必要な人びとの大多数が切り捨てられてしまうかもしれない、ということを意味している。換言すると、この側面が関わっているところでは、人権に適用可能な概念と共存するために、また、全世界的な参照物として役立つために、幅広い解釈が可能な定義が望まれる。
103.特別調査報告担当官の見解では、医学的観点からすると、「機能的変化」あるいは「障害(disorder)」、「恒久的もしくは長期化した」、「身体的もしくは精神的」といった表現は、WHOによる国際的分類に含まれている臨床的要素を素直に、明確に、一般的に反映しているとみなされる。「かなりの不利」(年齢や社会的・教育的・職業的統合およびあるいは人権の享受の目的のため)という考えは、国際的分類からは抜けてしまっている社会-文化的要因を導入することになるが、これらは多くの国の国内法に すでに組み込まれてきている。
104.特別調査報告担当官は、世界的に妥当な定義を形成することを主張しているわけではないが、-その草案作りは、障害者のための機会均等化に関する基準原則を練り上げ る政府専門家による、制限明示のない特別作業部会の責任であるべきである-明白な合意の上でこれら臨床的・社会-文化的要素を結合することが、障害者を次のように規定するのを可能にする、と考えられている。「年齢や社会環境からして、家族、社会的・教育的・職業的統合の目的にとって、また、人権の効果的享受にとって、かなりの不利を生じ、さしつかえがあると見なされるような、身体的にせよ精神的にせよ、恒久的もしくは長期化した機能障害に苦しめられている人。」繰り返しになるが、こう規定することは、臨床的側面を考慮に入れるだけでなく、障害者に影響を及ぼし、人権の享受や機会や処遇の平等、社会への参加、自立になんらかの妨害となる特有な問題も考慮に入れることになる。

  3.統計的推定

105.各国内(また、ときには国内の諸機関の間)や各国内で定義が相違していること、国勢調査の技術的欠点(国によっては、国勢調査で障害者数さえはっきりさせていない)、またとりわけ障害者に対する不安もしくは恥とする社会的態度が、この人びとの人権や、問題の起源、障害が時とともに進展する仕方に関する信頼できる統計を確立するのをきわめて困難にしている。このため、各国政府は、この点についてたいへんさまざまな報告をしており、それらに共通する唯一の特徴は、すべての国々がWHOの推定を妥当なものとして受け入れていることだけである。
106.もしも世界で5億人の障害者がいるということが正しく、これを妥当なものとして受け入れるならば、それらのうち、1億4千万人は子どもということになる。さらに、3億人ほどが開発途上国で生活しており、そこで、通例、経済的にも社会的状況もよくないなかで障害に対処しなければならないのである。これら3億人のうち、1%だけが支援サービス、リハビリテーションサービスおよび適切なサービスにアクセスできると推算されており、これらの国々にいる残りの2億9千7百万人の障害者は、品位を保つ 生活を送ったり、社会に完全参加したり、機会が均等である可能性がないままになっている。ILOの推定によれば、障害者全体の3分の1、すなわち1億6千万人は女性である。次の章で障害の原因を扱うさい、もっと十分な統計像を示すことにする。
107.多くの返答、とりわけ開発途上国からのものは、総人口のパーセントとしての障害者数は、-現在、6~10%の間と推定されている-保健やリハビリテーション面で進歩がみられるとしても、今後も増加するであろうとみなしている。その理由の一つは、世 界的に平均余命が長くなる傾向がみられ、障害者数も高齢化に伴い増加するからである。さらに、開発途上国では、人口の急激な増大が考慮されなければならない。次の40年 間に、世界の人口は50億から80億よりもいくらか多いくらいに増加するであろうと推定されており、また、65歳以上の人びとは先進国で倍に、開発途上国では4倍になり、世界的にこの人びとが障害者の最大グループになると推定されている。
  また、経済的・技術的進展が交通事故、工場事故、心臓・循環器系疾患、薬物乱用、環境汚染のような新しい障害原因を誘起することが指摘されなければならない。このことは、諸進歩の結果として、いくつかの障害原因(栄養失調、ポリオ、風疹など)の除去が始まりつつある国々があること、しかし、新しい原因が出現しつつあり、それらがこれまでと異なる予防策を必要とするようになることを意味している。
108.障害者に関する世界行動計画が、各国政府に対し、国勢調査、世帯調査などを通じて障害者に関するデータの収集をすべきであり、また、得られた情報を普及させるべきである、と勧告していることも想起されるべきである。この勧告にそい、国連統計局は1988年、「国連障害統計データベース(United Nations Disability Statistics Database: DISTAT)」と呼ばれる、マイクロコンピュータ・データベースを完成した。そして、障害者に関する最初の統計概要が1990年に出版された{34)}。そこには、55か国にわたり、12の人口統計学的ならびに社会-経済的トピックス、すなわち年齢、性、住居、教育レベル、経済活動、婚姻状態、家族環境、障害の原因ならびに使用している特別な補助具などに関する詳細な情報が含まれている。出版の主目的は、障害者のために国家レベルでなされつつある仕事に関心を向けさせることと、とりわけ、国際的統 計{35)}の準備作業を前進させることにある。おそらく、この概要の中心点は、データの比較を促進する新しい統計を得るさまざまな方法ならびに、立案や政策の策定や調査研究に責任をもつ人びとによる結論の幅広い利用に関し、価値ある情報を提供することである。

 注
 * See note 2.
  9) See Official Journal No.L225/443 of 12 August 1986.
 10) For the texts of the Conventions, see United Nations, Treaty Series, vol.7 5, Nos.970-973. For the texts of the Protocols, see International Committee of the Red Cross, Protocols additional to the Geneva Conventions of 12 August 1949, Geneva, 1977.
 11) League of Nations, Treaty Series, vol.XCIV, No.2138, p.65.
 12) See also resolution 32/2 of 24 April 1991 of the Commission for Social Development in document E/1991/26-E/CN.5/1991/9.
 13) E/CN.4/Sub.2/1985/32, paras.8 and 9.
 14) 9 November 1990.
 15) Disability prevention and rehabilitation. Report of the WHO Expert Committee on Disability Prevention and Rehabilitation, (World Health Organization, Technical Report Series No.668, 1981) and ICIP/RHB/920, pp. 1-11.
 16) Ibid.
 17) Mary Chamie,“The status and use of the international classification of impairments, disabilities and handicaps (ICIDH)”, World Health Statistics Quarterly, 43(1990), p.273.
 18) Ibid.
 19) See Summary document No.1, Concepts of Disability, prepared by WHO, fifth interagency meeting (Vienna, February 1987) and documents E/CN.5/1987/7 and A/41/605 and Corr.1.
 20) See Official Records of the Economic and Social Council, 1987, Supplement No.7, paras. 92-101, and draft resolution IX, and CSDHA/DDP/GME/7.
 21) Belgium, Bulgaria, Canada, Chile, Cyprus, Czech and Slovak Federal Republic, Finland, Netherlands, Paraguay.
 22) Bangladesh, Belgium.
 23) Ethiopia, USSR.
 24) China, Cyprus, Finland, Netherlands.
 25) Chad, Jordan, Kenya, Singapore, Uruguay.
 26) Norway.
 27) Czech and Slovak Federal Republic, Finland, Romania.
 28) China, Morocco.
 29) Bangladesh, Trinidad and Tobago.
 30) Norway, Trinidad and Tobago.
 31) China, Ethiopia, Finland, Jordan, Mauritius, Norway, poland, Singapore.
 32) Czech and Slovak Federal Republic, Jordan, Kenya.
 33) E/CN.4/Sub.2/1988/SR.11, para. 29, and SR.12, para. 9.
 34) See ST/ESA/STAT/SER. Y/4.
 35) For a discussion of this matter see Development of Statistics of Disabled Persons: Case Studies (United Nations publication, Sales No.E.86.・XVII.・17 ).


主題 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -
編者 中野善達 (Yoshitasu Nakano)
発行日 1997年6月25日 第一刷
発行所 エンパワメント研究所

第II章 障害をもたらす諸要因

国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -

中野 善達 編
エンパワメント研究所

第II章 障害をもたらす諸要因

 A.多様な原因

109.各国政府および非政府組織から送付された返答によると、最も頻繁にあげられた障害の原因は以下のようである。すなわち、遺伝、出産時障害、妊娠中のケアの欠如、準 備なしもしくは無知なままの出産、不衛生な住居、自然災害、識字能力がない、そのため利用できる保健サービスに関する情報が得られない、貧弱な下水設備や衛生状態、先天性疾患、栄養失調、交通事故、労働関連の事故や疾病、スポーツ事故、いわゆる「文明化」病(心臓血管障害、精神・神経疾患、ある種の化学物質の使用、常食や生活スタイルの変化など)、近親結婚、家庭内での事故、呼吸器疾患、代謝障害(糖尿病、腎不全など)、薬物、アルコール、喫煙、高血圧、高齢、シャガス病(Chagas' disease)、ポリオ、風疹などである。非政府組織からの情報にはまた、全体的な人権や人道的法の侵害と同じく、環境、空気や水の汚染、犠牲者へのインフォームド・コンセントなしで行われた科学実験、テロリストの暴力、戦争、当局による意図的な身体切断、人の身体的・精神的統合に及ぼす他の攻撃に関する要因に特別な強調がなされている。
110.WHO によって準備された次の表は、この研究で使用されるものからのきわめて多様な規準に基づいたものであるが、さまざまな原因が引き起こす多数の障害事例について、ある概念を与えてくれる{36)}。

単位:100万
非伝染性身体疾患 100(1億人)
外傷/障害 78(7千8百万人)
栄養失調 100(1億人)
機能性精神医学的障害 40(4千万人)
慢性アルコール中毒・薬物乱用 100(1億人)
先天的障害 100(1億人)
伝染性疾患 56(5千6百万人)

111.まったく便宜的な理由から、特別調査報告担当官はその予備的報告で、可能な限り障害の原因を、自然災害、非可逆的疾病、高齢のような必ずしも人権の侵害を生じさせはしない原因という一般的性格のものと、拷問、虐待、切断、環境汚染など、障害が人権侵害の直接的もしくは間接的結果であるような「特殊な」原因によるものを区別するため、一般的原因と特殊な原因に分けることにした。この区別の目的は、単に後者の原因に強調を置き、後者の二つの側面、すなわち、障害の原因としての人権侵害(第II章 )及び、障害者が犠牲者となる侵害(第III章)に焦点をあてることにある。

  必ずしも人権侵害によるものではない一般的原因

112.実例として、きわめて頻繁にみられたり、非常に重いため、特別調査報告担当官の注意を特にひいた、障害の一般的原因のいくつかについて簡潔に記述する。例えば、受領した報告書のいくつかは、心臓血管障害が障害のきわめて多数の事例の原因とみなしている。大きな都市の生活方法とそれが生み出す緊張は、絶えずつくり上げられる新しいニーズや消費社会における厳しい競争と同じく、通常、文明、開発や都市生活による疾患とみなされ、こうした疾患は先進工業国により頻繁にみられるのである。
113.神経筋疾患もまた、多数の障害の原因である。不幸にして、これらの多くは、予防 したり治癒したりする方法が存在していない。これら疾患に最もよくみられる症候は、出生時に明らかであったり、もしくはだんだんとある年齢になって発現する持久力の喪失である。最もよく知られている一つが、まだ原因が不明で骨格筋の進行性崩壊に導くドゥシャンヌ型ジストロフィーである。
114.交通事故はほとんどすべての報告で、障害の一原因としてあげられている。
 もっとも、先進工業国でそれが明らかにずっと多い。WHOによれば毎年、50万人が交通事故で重い傷害を受け、この50万人の重度傷害者のうち多くの者がおそらく恒久的もしくは一時的な障害者となっている。働く場での事故もまた、交通事故ほどではないが、多くの報告で障害の原因としてあげられている。ILOによれば毎年、働く場で5千万人が事故にあい、多くが障害を引き起こしている。働く場での事故は先進諸国ではほぼ同じレベルで推移しているが、工業化の過程にある国々で増加をみている。これは、先進 国と開発途上国間に、労働安全基準の厳格な適用という点で相違がある結果である。それはまた、ある国が産業セクターに年々、多くの労働者を抱えていっているさい、多くの事故が起こっているのを、(安全対策の)学習の期間にあるのだとみなしている事実の結果でもある。
115.地震、洪水、その他の災害の結果として障害者となった人びとは、その障害の原因によって認定されるわけではないので、その人数は不明なのだが、自然災害もまた、障害のきわめて重要な原因の一つである。国際障害者年の間に、「国連災害救済調整官事 務所(Office of the United Nations Disaster Reief Coordinator: UNDRO)」は、災害の結果としてなんらかの点で障害者となった人びとの状態を研究する目的で1976年から1980年の間に生じた災害に関し、開発途上国における研究を実施し、科学界や医学界が障害者となった犠牲者に、あまりもしくはほとんど関心を向けていないという結論に到達した。対象となったのは4か国で、地震に遭遇したアルジェリアとグアテマラ、ハリケーンにみまわれたサン・ドミンゴとハイチであり、報告(災害と障害に関する
 UNDRO刊行物に収められている)によると、健康に及ぼす災害の長期的影響ははっきりしていないが、これは、災害に襲われた国々の再建プランが、復興に向けた多くの側面を含んではいても、しばしば、人びとの身体的・精神的リハビリテーションを対象にしていないことによる。災害の結果は通例、短期間に報告され、人的被害は死者、家財を失った人、傷害を負った人といった人数で数量的に報告される。しかし、傷害を負った人というのは規定するのが困難であり、一時的であれ恒久的であれ、なんらかの障害を受けた多くの人びとを含んでいる、かなりあいまいなカテゴリーである。地震があると、ふつう、傷害を受けた人が3人に対し、死者が1人ぐらいの割合のようである。1963年のユーゴ、スコピエ(Skopje)の地震では、1070人が死亡し、3500人が傷害を受け、うち1200人が恒久的な障害者となった。
116.報告にはまた、世界の多くの地域で撲滅されたが、まだ、毎年、アフリカ、アジア、ラテンアメリカでは40万人以上が罹患しているポリオといった疾病があげられている。主として子どもに影響を及ぼす疾病のなかには毎年、200万人の子を死亡させている だけではなく、盲、聾、知的障害の主な原因の一つである風疹もある。また毎年、破傷風の結果として800名以上の新生児が死亡しており、さらにずっと多数の子が障害をもちながら生活している。ドイツはしか(風疹)も、盲と聾の主たる原因となる。また、知的障害の原因の一つにヨード不足があり、これはとりわけ山岳地帯で、乳児たちを聾や唖、さらには知的障害に導くことになる。ヴィタミンAの欠乏は、開発途上国における盲の別の主要な原因であり、子どもの抵抗力を弱め、多くの場合、死を招くあらゆる種類の感染を生じやすくさせている。
117.シャガス病は、障害の原因の一つとして唯一の国(アルゼンチン)だけがあげているが、ラテンアメリカ全体に広まっており、数百万の人びとに生じている。このシャガス病は、ブラジルでは400万人、アルゼンチンでは300万人、コロンビアでは70万人に生 じている。エクアドルでは、人口の10%から12%の間の人たちが罹病していると推定されており、一方、チリでは30万人が、ベネズエラでは120万人が罹病しているといわれる。専門家によれば、全体として、クルーズトリパノソーマ:寄生性原虫はラテンアメ リカ総人口の約30%の血液中に寄生していると算定されている。罹病した人たちの20% から30%の人だけが疾病の徴候を示すだけであるが、アルゼンチンではふつうヴィンチ ューカとして知られている病原菌運搬昆虫によって広まるのに、最もありふれた方法の一つが輸血を通して寄生虫が伝播されることが明らかとなっているので、重大な潜在的危険性があるわけである。疾病というものは、人びとが通常の生活を送ることを、とりわけ働くことを妨げてしまい、死亡の原因にもなる。
118.いくつかの国は、子どもに生じ、かつ予防も治療もできない疾患として、ダウン症候群(モンゴリズム)や「軟骨形成不全症(achondroplasia)」をあげている。他の国々は、人が年をとるにつれ、さまざまな能力がしだいに衰えていくことから、障害の一つの原因として高齢をあげている。

 B.障害を引き起こす要因としての人権や人道的法の侵害

119.障害の原因としての人権や人道的法の侵害がもつ役割は、この章の中心点であり、その複雑な問題全体を扱うため、いくつかのトピックスに分け、人の身体的もしくは心理的統合性に及ぼす拷問や他の攻撃といった、最も明確な現れをするものを最初に取り上げ、ついで栄養失調、下水設備や適切な医学的ケアの欠如、全般的な低開発を取り上げ、その後、移民たち(immigrants)、難民たち(refugees)、などのような、他のとりわけ傷つきやすいカテゴリーやグループに属する多くの障害者の悲惨な状況を考察す る。
120.二つの現象(侵害と障害)間に因果関係が存在することは、小委員会および人権委員会によって任命された特別調査報告担当官らによって強調された。彼らは委託された主題(例えば拷問、任意の拘禁)もしくは委任事項内での国々(チリ、イラン、アフガニスタン、エル・サルバドルなど)の状況を取り上げた多くの機会に、この二重の問題に関心を向けた。関心を示した非政府組織の強力な主張をもとにこの問題が認識され、障害の問題が人権侵害の見地から、また人権侵害と結びつけて、人権保護に責任を負う機関によって考慮されてきたのである。
121.現存し、われわれが人権侵害と障害間の関係について参照した報告や研究をあげている長々とした参考書誌に加えて、人権保護に関わる機関の命令が拡大されてきており、いまや、以下のような特別な企てさえ含むことをしていることを指摘しておきたい。 例えば、「エル・サルバドルにおける人権状況(The situation of human rights in El Salvador)」と題された決議1988/13、これによって小委員会が、人権と障害に関する特別調査報告担当官に以下を要請したことである。すなわち、「戦傷者や障害者を戦場から敏速に正規に離脱させるためにとりうる範囲内でのあらゆるその人道的努力の結果に関し、…小委員会に報告すること」が要請された。エル・サルバドル政府は特別調 査報告担当官に協力し、法的面と実際面に特別な注意を向けながら、実施した手段について特別調査報告担当官に報告をした。
122.一時的もしくは恒久的な障害をもたらすかもしれない人道法の原則の広範な侵害や、障害者に及ぼすその影響に関してはほんの僅かな例しか指摘されていない。第I章(第61-64項)で、障害をもたらすかもしれない、もしくは障害者に特別な衝撃 を与える人道法の侵害を禁止することに特別な強調点をおいた、1949年の「第3、第4ジュネーブ条約(Third and Fourth Geneva Convention)」および「第I、第II議定書 (Protocols I and II)」について言及した。
123.国連障害者の10年促進のための事務総長特別代表ハンス・ヘーグ(Hans Hoegh)によると、通常の状況下では、障害者は開発途上国の総人口のおよそ7%ほどである{37)}。しかし、紛争事態では、この数字は約10%に増大する。例えば、カンボジアでは、1000人のうち10人が、1970年以来に受けた重い戦傷の結果として障害者となってしま った。戦争による肢体不自由者の人数に関し役立つ、国としての統計はないが、地方の統計によれば、肢体を切断された人たちは障害者のかなりの割合(80%以上)を占めている。難民キャンプにいる障害者は6000人ほどと推測されている。
124.暴力や武力紛争状況の犠牲者たちがこうむる被害の性質や程度は、戦いの方法や特 定の有害な火器、爆弾、爆薬などの使用に大きく依存している。地雷はイラン-イラク紛争のような国際的武力紛争においても、エル・サルバドルの紛争のような国内の武力紛争においても、さらに、ソビエト軍の撤退前のアフガニスタンにおける紛争のような混合型の紛争においても、最も頻繁に障害をもたらすものの一つである。不幸にして、この紛争は市民戦争の形で継続しており、犠牲者の人数が増大しつつある。アフガニスタンにおいては、とりわけパキスタンにおいては、病院内に炸裂性地雷で傷害を受けた人でいっぱいの特別病室がある{38)}。
125.生命、環境、生存者の健康に及ぼす化学兵器使用の破壊的な影響は、国際社会とりわけ国連にとって関心が高まってきている主題である。そこで、その第40会期に、小委員会は1988年9月1日、「生存する権利の尊重:化学兵器の除去(Respect for the right to live: elimination of chemical weapons)」と題する決議1988/27を採択した。この決議によると、小委員会は化学兵器によってもたらされる生命の破壊、生涯にわたる障害や大きな被害に深刻なショックを受け悲嘆にくれること、また、生命を保護 するため、人道的法を侵害する化学兵器の今後の使用を防ぐための緊急で効果的な手段をとることが国際社会にとって必要なことを示唆した、ということを述べている。
126.国際的人道法の侵害に関して特別に準備した報告の中で、「障害者インターナショナル(Disabled Peoples' International: DPI)」は以下のことを示している。戦争はすべて破壊的なものであるが、きわめてしばしば生ずる多数の恒久的な障害は、不法な 軍事作戦や戦時における受刑者への虐待、文民を看護することの拒否の結果である。この報告は、難民に対する攻撃のひどさや頻度を示したり、無防備な難民たちの居住場所 ではしばしば、食糧援助がなかったり、医療が供給されないことを指摘している。また、外傷者、病人もしくは障害者に割り当てられた病院や保健スタッフに武力攻撃が繰り返しなされたことが指摘されている。これらは、あらゆる観点から非難されるべき行為であり、なんら弁解できないものである。重い外傷を受けた者や、なんらかのタイプの障害をもつ者は、無防備なだけでなく、明らかに、攻撃から逃れるという点でも不利な状況にある。

 C.武力紛争や内乱事態で非戦闘員がこうむった被害

127.戦争というものがふつう戦場でおこなわれ、ほとんどの犠牲者は軍人や戦闘員であった過去と異なり、現在は内乱の急増(そこでは文民がずっと多く被害を受ける)の結果として、また、大量殺傷力をもつ武器の開発のため、暴力の影響をこうむる多数の文民が戦闘員自体の人数よりもずっと多くなっている{39)}。利用可能な情報によれば、女性と子どもが50以上もの国々の武力紛争の犠牲者のうち、4分の3以上を占めているという{40)}。過去10年間に、貧困な国々で100万人の子どもたちが戦争の直接的結果として死亡している。1人の子の死亡あたり、3人以上の子が外傷を受けたり、身体障害となっていて、さらに多くの子どもたちが心理的な外傷経験をもっていると推定 されている{41)}。
128.女性や子どもについて最も関連のある側面は特に本章のD節で扱われるものであるが、上記の情報は障害を生み出す武力紛争や暴力事態のとてつもない影響を明 確に示しているし、一般の人びとへの、とりわけ障害者へのマイナスの影響をはっきり と示している。そのため、こうした紛争中になんらかのタイプの知的障害をもつ人びと は、しばしばきわめて複雑でデリケートな状況に置かれるということを強調するのが妥 当だと思われる。こうした状況下では、障害をもつ人びとはしばしばあらゆるケアを奪 われ、彼らの最も生死にかかわるニーズさえも放置されることになる。明らかに、こうした事態では孤独、抑うつ、懊悩をもたらし、そこで精神障害を増加させることになる。ときには、人びとは潜伏したり、弾圧をうけたり、いつも安全というわけではなく、なんらかの助力を得ることが困難な場所に避難所を見つけ出す希望をもって現在の場所から遁走したりする。
129.非戦闘員がこうむる被害に関して、特別調査報告担当官は、アフガニスタン、アンゴラ、カンボジア、東チモール、エル・サルバドル、エチオピア、モザンビーク、スリランカなどにおける出来事について広範な情報を受けていた。しかしながら、彼がこの問題に関して受け取った情報のほとんどが、イスラエル占領下のアラブ領における事態に関するものであった。それによると、インティファダ(Intifada)が始まって以来、数千人のパレスチナ人が死亡し、数万人が戦傷をこうむったという。国連のパレスチナ代表部から特別調査報告担当官への書簡によると、1987年12月から1991年2月までの間に、占領地におけるイスラエル政策の結果として、8000人以上のパレスチナ人が恒久的な障害者となったという{42)}。

 D.子どもや女性に対する不十分なケアや残酷な行為

130.非政府組織が強調するところによると、テロの蔓延はある地域での軍事力による抑圧、高度の破壊力をもつ武器の頻繁な使用を増大させ、戦争によってもたらされる物資不足は、女性や子どもといった社会で最も傷つきやすく、無防備なグループに対して、真に破壊的な結果をもたらしている。アフガニスタン難民に関する最近の調査によると、彼ら自身の国内で移動させられた人びとは、空爆の犠牲者が女性、子ども、青年、高齢者に集中していたという事実を明らかにしている。

  1.子どもたち

131.非常事態に関する特別調査報告担当官は最近の報告で、組織的非常事態手段の採用に頼っている南アフリカでは、1986年6月から1987年8月までの間に、およそ3万人が30日以上もの間にわたって監禁されたが、その40%が18歳以下の子どもたちであった。「南アフリカに関する諸専門家による特別明示のない特別作業部会(Ad Hoc Working Group of Experts on Southern Africa)」の報告は、市民や子どもに対する拷問や非人道的取り扱いの多くの事例をあげている。イラン、アフガニスタン、世界の他の多くの国々で、無数ともいえる子どもの兵士たちが、他の子どもたちに対する残虐な行為のある部分を担っているのである。
132.今日、1500万人ほどいる居住地を移動させられたり、難民となっている子どもたちは、紛争それ自体の危険に加えて、追い立てられているという悲痛な心的外傷を受けなければならない、という悲劇的状況を無視することは許されないことである。多くの場合、彼らはまた頻繁に滞在先の変更を余儀なくされている。一時的なあるキャンプから他のキャンプへの移動のさいには、しばしば軍事力による支配に従属させられ、彼らの通常の生活にもどることなど許されないのである。国境を超えて移動し、「国連難民高等弁務官(United Nations High Commissioner for Refugees)」の直接の支援と保護 を受けることができる難民と異なり、居住地を移動させられるだけの人たちは通常、自分たちの国内にいるのであるから、国際的保護を得るのがたいへん困難である。このため、紛争中のある党派もしくは両党派が援助やリハビリテーションへのアクセスを制限したり、妨害するといった一連の問題を生じさせている{43)}。
133.武力紛争中における子どもの恒久的障害の通常の原因である戦傷のなかには、脳、脊髄の損傷、脳や足の骨の奇形、視力や聴力や知的能力の剥奪がある。髄膜炎、結核、ポリオなどのような、未だ根絶させられないでいる障害を生み出す疾病が、いまや戦争やケアの欠如の結果である次のような疾患と合併するようになっている。すなわち、医学的ケアの遅れや適切な治療・措置に欠けていることによる複雑骨折、骨や腱の感染症や奇形などである。子どもの場合、奇形化した肢体内で骨が成長しはじめることがとりわけ深刻な問題である。
134.心理社会的見地からすると、武力紛争によって子どもに引き起こされる心的外傷は、彼らに対し心理的にきわめて有害な影響を及ぼしている。子どもの自然な発達の基礎 である安全を奪われ、長期にわたって常に緊張を強いられてきた多くの子どもたちは、慢性的に悲しそうな様子であり、不安げであり、さまざまな強度の行動障害を示すようになる{44)}。
135.不幸にして、武力紛争の間、開発途上のある国々は、すべての現存するリハビリテーションサービスを成人、とりわけ戦闘員や軍人にだけ振り向けている。こうした場合、子どもや女性は一般にまったく援助がなされなかったり、ほんの僅かな援助しかされなかったりしている。例えば、アンゴラやモザンビークの武力紛争のさい、安価な補装 具を手に入れられたのは、必要としている子どもたちの10~20%以下であった。ニカラグアやエル・サルバドルでは、必要としている子どもたちの20%だけが、必要なサービスを提供されていた。アフガニスタンでケアを受けているアフガン難民のうち、子どもはわずか1~10%だけであった{45)}。
136.特別調査報告担当官は、障害予防に対するユニセフの方略に敬意を表したい。というのも、ユニセフの方略は、障害を早期に検知する度合いが高く、外傷を負った子どもたちの事例に適切に反応するため、地域社会レベルで働きかけをおこなうものだからである。これにはまた、補装具をより多く供給すること、車椅子や安価な補装具や整形外科的装具の生産、非常事態に対処できる高度に熟練した治療士の養成も含まれている。
137.暴力支配の事態と、その子どもたちへの影響に加え、児童労働といった、子どもたちに悪影響をもたらすであろう他の要因に関しても強調がなされなければならない。子どもが働くということは、子どもの精神的・身体的発達へのおそるべき結果をもたらし ている。子どもというものは、心身を消耗させ、単調でもある労働に長時間耐えられる だけの身体ができてはいないのである。彼らの身体は成人と比較すると、疲労や努力の影響にあまり抵抗できないのである。すでに彼らの多くは、スタミナをさらに弱め、疾 病にかかりやすくさせる栄養失調になっているのである。重い物を運んだり、小規模工場の快適でない環境で働くことは、怪我とりわけ骨折を引き起こしがちである。工場で働いている子どもたちは、成人に比べ事故に遭遇しやすいし、職業的危険にも出くわしやすい。彼らは成人に比較すると、道具を扱う経験に乏しいし、疲れやすいし、注意の範囲が狭いし持続力も少ない。ほんの一瞬間の不注意が、恒久的な障害を生み出しがちである{46)}。
138.世界の多くの地域で、胎児の疾患や栄養失調の結果としての疾病が子どもたちの障害の主要原因としてあげられている。栄養価の低い食物を食べたり、ひどい下痢を起こす飲用不適の水を飲んだりしている幼児は、生存を続けたとしても、全般的に弱々しい健康状態となり、学習障害(learning disorder)の一要因でもある鉄分の欠乏による慢性貧血となってしまう。各国からの返答のうち大多数に、適切な栄養の欠如は、子どもの精神的もしくは身体的成長に最も影響を与える要因の一つという指摘がなされている。前述のように、ビタミンAの欠如は毎年、その数千人のうち数百人に盲を招来し、ヨード不足は聴力の喪失、甲状腺腫、知的能力の顕著な減退、クレチン病を引き起こす。これに関連し、子どもの権利条約の第24条は第2項(c)で、「十分な栄養のある食物及び清潔な飲料水の供給を通じて、疾病及び栄養不良と戦うこと」という、子どもの権利を認識したことは、たいへん勇気づけられるものである。
139.人権保護機関やとりわけ小委員会は、女性の陰核または小陰唇の切除といった、いくつかの伝統的風習の予防に強い関心を払ってきている。これは、子どもたちに傷害をもたらすため、子どもへの重篤な虐待とみなされている。このことが、子どもの権利条約の中のさまざまな規定の採択にかなり影響した。これらの一つが、第19条に含まれている。すなわち、子どもはあらゆる形態の身体的もしくは精神的暴力、損傷もしくは性 的虐待を含む…虐待から保護されるべきだ、と規定されている。同様に、第24条第3項では、締約国は、「児童の健康を害するような伝統的な慣行を廃止するため」あらゆる効果的かつ適当なすべての措置をとるべきである、としている。最後に、家族の内外において、子どもへの身体的・心理的虐待は、過去にはあまり理解されていなかった問題であったが、いまや先進国においても開発途上国においても、障害にとってきわめて深刻な原因であることが認識されている。叩いたり、恥ずかしめたり、屈辱的な目にあわされたり、虐待したりする多くの場合、精神疾患、社会的不適応、学校や労働の場合で の困難、性的障害などを引き起こすことが大 である。別個に研究する必要のある複雑な 別の問題は、とりわけ開発途上国で生じている、子どもの諸臓器の売買である。

  2.女性

140.武力紛争中の子どもたちの状態について述べられたことの多くがまた、とりわけ暴力によって影響をこうむる市民の一部である女性にもあてはまる。そこでいまや、女性として、また障害者として二重の犠牲者にする、ある種の文化的障壁が持続することが女性にマイナスの影響をもたらすことに注意を向けることにする。女性に対する差別に関しては、多くのことが書かれている。しかし、障害をもつ女性の問題について適切に扱っているものはきわめて僅かしかない。女性に対する差別という一般的なトピックの一部として障害の厳しい問題を扱うといった、誤ったアプローチに基づくいくつかの試みがなされてきたが、しかし、性と障害というのは二つの別個の要因なのであり、それらが同一人に合併されたさいには、通常、相互を強化しあい、偏見が複合される。
141.多くの国々で、女性は男性に比較して、社会的・文化的・経済的観点から不利な状態に置かれており、保健サービス、教育、職業訓練、雇用などへのアクセスがきわめて困難であることが明らかになっている。総体的に、女性に対し妥当なこの記述は、障害 をもつ女性にもあてはまる。しかし、障害をもつ女性にとって保健サービスへのアクセスがしにくいことは、その障害を確実に悪化させてしまうであろうし、あるいは、地域社会に参加することにより多くの問題を生じさせることになり、すみやかにリハビリテーションを受けることを困難にさせてしまうであろう。
142.文化的・政治的・経済的生活などさまざまな面での女性の完全参加に賛同するすべての論議が、障害をもつ女性にも二重に適用可能である。すなわち、平等な権利に関してだけでなく、人的資源を無視している一般の地域社会にとってマイナスの結果になることに関しても、適用が可能である。地域社会が人的資源の活用に失敗するならば、その地域社会には大きな負担がめぐってくることになる。この問題と、それがあらゆる開発問題と密接に関連していることの重要性を理解するには、世界中で2億5千万人以上の者が女性だということを認識すれば十分である。女性は開発途上国で生活している障 害者の4分の3を占めており、アジアでその割合が最も高い。それらの65%から70%、すなわち大多数が地方で生活している{47)}。
143.「女性の前進のためのナイロビ積極的方略(Nairobi Forward-looking Strategies for the Advancement of Women)」は、「特別な関心分野」というテーマの下で、身体的・精神的障害をもつ女性を取り上げている。障害者の人数増大をもたらしている諸要 因をはっきりさせたのち、第296項は、彼らの人としての尊厳と人権、社会への障害者の完全参加がまだ限定されていることを述べている。これらは、家事や他の責任を担っている障害をもつ女性にとっての付加的な問題である。各国政府への勧告のなかには、「障害者の権利に関する宣言」や、とりわけまだよく知られておらず、理解されてもいないため、社会に十分に認識されていない女性に特有な諸問題に関して、全般的な行動の枠組みを提供している、「障害者に関する世界行動計画」の採用がある。
144.第296項は、以下のことの勧告で結ばれている。「社会のあらゆる側面に障害をもつ女性が参加する機会と同じく、地域社会に根ざした職業的・社会的リハビリテーション手段、彼らの家事責任について助力する支援サービスが提供されるべきである。保健情報や助力を得たり、医療に同意したり拒否したりすることへの知的障害女性の権利が尊重されなければならない。同じく、知的障害をもった未成年者の権利も尊重されるべきである。」
145.最後に、特別調査報告担当官は、障害をもつ女性に特有な問題に関し、実際のところほとんど文献がないことに失望を表明せざるをえない。差別についてきわめて十分に通暁している女性問題の文献中に、こうした障害をもつ女性に関する文献が欠けていることを知り、驚かざるをえないのである。


主題 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -
編者 中野善達 (Yoshitasu Nakano)
発行日 1997年6月25日 第一刷
発行所 エンパワメント研究所