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概要
障害に関する世界報告書

翻訳:国立障害者リハビリテーションセンター

著作権表示

World report on disability: summary
世界保健機関発行2011
© 世界保健機関2011

世界保健機関事務局長は日本国立障害者リハビリテーションセンターに
日本語翻訳ならびにその出版の権利を付与しました。
同センターは日本語訳に関してのみ責任を有します。

前書き

スティーヴン・ウィリアム・ホーキング教授

障害は、必ずしも成功を妨げる障害物ではない。私の成人してからの人生の大半は、運動ニューロン疾患に罹っていた。しかし、この疾患によって、宇宙物理学の分野で大きな仕事をすることや幸せな家庭生活を送ることが妨げられることは なかった。

私は、「障害に関する世界報告書」を読んで、自分自身の経験との深い関連性を感じた。私は、一流の医療へのアクセスによる恩恵を受けている。また、快適に尊厳を持って生活や仕事ができるようにしてくれる個人的な介助者のチームに支えられている。私の家や職場は、私がアクセスしやすいように作られている。コンピュータの専門家には、講義や論文の構成や、様々な聴講者とのコミュニケーションを可能にしてくれるコミュニケーション支援システムやスピーチ・シンセサイザーを作ってもらった。

しかし、私は多くの点でとても恵まれていることを実感している。理論物理学の分野での成功によって、私は生き甲斐のある人生を送るための支援を確実に受けられている。世界中の障害のある人々の大部分が、生産的な雇用や個人的な満足感どころか、日々の生存に非常に苦労されていることは明らかである。

私はこの「障害に関する世界報告書」の初版を歓迎する。この報告書は、障害についての我々の理解に大きく貢献し、そうした理解の個人や社会への影響は大である。この報告書は、態度のバリアや物理的バリアや経済的バリアなど、障害のある人々が直面する様々なバリアを浮き彫りにしている。これらのバリアへの取り組みは我々の手の届くところにある。

つまり私たちには、参加を妨げるバリアを除去して、障害のある人々の潜在能力を引き出すように資金や専門知識を十分に注ぎ込む倫理的義務がある。保健、リハビリテーション、支援、教育や雇用へのアクセスを拒まれて、輝く機会を一度も得たことのない何億人もの障害のある人々を、世界中の国々の政府は、もはや無視することはできない。

この報告書では地域レベル、国レベル、国際レベルでの活動についての提言が行われている。こうしたことからこの報告書は、障害に関わる政策立案者や研究者や実務者や権利擁護者やボランティアにとって非常に貴重なツールとなる。国連障害者権利条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)に始まり、そして今日のこの「障害に関する世界報告書」の刊行によって、今世紀が障害のある人々の社会生活へのインクルージョンの転換点となることが私の願いである。

スティーヴン・ウィリアム・ホーキング教授

序文

マーガレット・チャン医師世界保健機関 事務局長

世界では10億人以上の人々が何らかの障害のある人生を送っており、そのうちの2億人近くの人々が機能面における大きな困難を経験している。障害比率が上昇傾向にあることから、今後、障害はこれまで以上に大きな関心事となる。この上昇の原因は、人口の高齢化と高齢者における障害のリスクの高さ、さらには糖尿病、心疾患、癌や精神疾患などの慢性的な健康不良状態の世界的な増加である。

障害のある人々は、障害のない人々と比較して、健康成績が不良で、教育達成率が低く、経済活動への参加が少なく、貧困率が高い状態にある。その原因のひとつは、我々の多くがこれまで当たり前であると考えてきた保健や教育や雇用や輸送機関や情報などのサービスへのアクセスにおいて、障害のある人々はバリアを経験することにある。これらの問題 は、貧しいコミュニティにおいて深刻である。

2015年のミレニアム開発目標とそれ以降(2015 Millennium Development Goals and beyond)の中核にある、長期的で非常に優れた開発展望を達成するために、我々は障害がある人々に活力を与えて、コミュニティへの参加、すなわち質の高い教育を受けたり、満足できる仕事を見つけたり、自分たちの意見を聞いてもらうことの妨げとなるバリアを除去しなければならない。

こうしたことから世界保健機関(WHO)と世界銀行グループ(World Bank Group)は、障害のある人々の生活を改善する先進的な政策やプログラムの根拠となり、2008年5月に発効した国連障害者権利条約(United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities)の実施の促進を可能にするこの「障害に関する世界報告書」を共同で作成した。この画期的な国際条約は、人権や開発における最優先事項としての障害についての我々の理解を強固なものとした。

「障害に関する世界報告書」は、政府や市民社会団体や障害者団体をはじめとする全ての関係者が、障害のある人々やより広域のコミュニティのために、自己実現を可能にする環境作り、リハビリテーションと支援サービスの開発、適切な社会的保護の確保、インクルーシブな政策や計画の策定、既存および新規の基準や法律を強化する各段階を示唆する。これらの取り組みでは、障害のある人々がその中心におかれなければならない。

我々が目指すのは、我々全員が健康的で、快適で、尊厳ある人生を送ることができるインクルーシブな世界である。この展望を実現する手助けとして、この報告書で示されている証拠を活用して欲しいものである。

マーガレット・チャン医師
世界保健機関 事務局長

ロバート・B・ゼーリック
世界銀行 総裁

概要

障害とは人間の状態の一部であり、ほとんど全ての人はその人生のある時点において一時的に、あるいは恒久的に正常な機能を喪失し、高齢期まで生存する人々は生活機能面で困難が増大することを経験する。障害は複雑で、障害に伴う不利を克服するための介入は多様かつ全体的で、状況によって異なる。

2006年に採択された国連障害者権利条約(United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities (CRPD))は、「障害のある全ての人々による、全ての人権および基本的自由の完全かつ平等な享受を促進し、保護し、および確保すること、ならびに固有の尊厳の尊重を促進する」ことを目的としている。この条約は、障害に対する全世界的な理解と反応が大きく変化していることを反映している。

「障害に関する世界報告書」では、障害についての利用可能な最も有力な科学的情報がまとめられており、障害のある人々の生活を改善して、国連障害者権利条約の実施を促進することを目指している。この報告書の目的は次の通りである:

  • 利用可能で最も有力な証拠に基づいて、障害の重要性および提供された対応の総合的な分析を、政府や市民社会へ提供すること
  • 国内外における活動を提言すること

本報告書の概念的枠組みとして採用された国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health (ICF))では、障害を機能障害、活動制限、および参加制約を意味する包括的用語であると定義している。障害とは、疾患(脳性麻痺やダウン症候群や鬱など)のある個人と、個人因子と環境因子(否定的態度、アクセスすることができない輸送機関や公共施設、限定的な社会支援など)の間の相互作用の否定的な側面を指す。

障害について判明している事柄

より高い推定障害比率

10億人以上の人々、すなわち全世界人口の約15%(2010 年の世界人口推計に基づく)は何らかの障害を抱えて生活していると推定されている。この値は、以前のWHO の推定よりも高く、1970 年代に遡る先の推定では約10%とされていた。

世界健康調査(World Health Survey)によると、15歳以上の人々の7億8500万人(15.6%)が障害を抱えて生活しており、世界疾病負担(Global Burden of Disease)研究では約9億7500万人(19.4%)という値が推定されている。このうち、世界健康調査では1億1000万人(2.2%)の人々が機能面における重大な障害を抱えていると推定されており、世界疾病負担研究では1億9000万人(3.8%)に、「重篤な障害」があると推定されおり、これは四肢麻痺や重度の鬱病や全盲などの状態の障害に相当する。世界疾病負担研究のみが調査を行っている子ども(0.14歳)の障害については、9500万人(5.1%)と推定され、このうちの1300 万人(0.7%)の子どもたちに「重篤な障害」がある。

増加する障害者数

障害のある人々の数は増加している。この増加の原因は、人口の高齢化(高齢者は障害のリスクが高いこと)と、糖尿病や心疾患や精神疾患などの障害を伴う慢性的な健康不良状態の世界的増加にある。慢性疾患は低所得諸国および中間所得諸国では障害のある全生活年数の66.5%を占めると推定されている(1)。特定の国における障害のパターンは、健康状態における傾向や、路上での交通事故、自然災害、紛争、食生活や薬物濫用などの環境・その他の傾向に左右される。

さまざまな体験

固定観念に基づいた障害についての見解では、車いす利用者や、盲人や聾者などのその他の「典型」グループが強調される。しかし、健康障害や個人因子や環境因子の相互作用によってもたらされる障害体験は大いに異なる。障害は不利益と関連づけられるが、障害のある全ての人々が等しく不利な立場におかれているわけではない。障害のある女性は、障害となるバリアに加えて性別による差別も受けている。就学率も障害によって異なり、一般的に身体的障害のある児童は、知的障害や感覚障害のある児童よりも良好な状態にある。労働市場から最も排除されている人々は、多くの場合、精神的健康障害や知的障害のある人々である。グアテマラの田舎(2)からヨーロッパ(3)までの範囲での証拠が示すように、より重篤な障害のある人々ほどしばしばより大きな不利益を被っている。

弱い立場にある集団

障害は弱い立場にある人々に偏った影響を及ぼす。世界健康調査の結果は、高所得諸国よりも低所得諸国において障害の存在比率が高いことを示している。また、富の5 段階グループの中で最も貧しいグループの人々や女性や高齢者での障害の存在比率が高い(4)。所得の低い人々や無職の人々や学歴の低い人々は障害のリスクが高い。主要国における多重指標クラスター調査(Multiple Indicator Cluster Surveys)のデータは、貧しい家庭の児童や少数民族グループに属す児童は他の児童よりも有意に障害のリスクが高いということを示している(5)

障害となるバリア

障害のある人々の参加を促進あるいは制限する環境の役割は、国連障害者権利条約と国際生活機能分類の両方で強調されている。本報告書には、以下をはじめとする広域に渡るバリアの証拠が記されている。

  • 不適切な政策および基準 政策設計には必ずしも障害のある人々のニーズが考慮されているとは限らず、また既存の政策や基準の強化も行われていない。例えば、万人のための教育ファスト・トラック・イニシアティブ・パートナーシップ(Education for All Fast Track Initiative Partnership)に参加する28カ国のインクルーシブな教育政策についての調査では、18カ国が障害のある児童を学校に含める戦略案の詳細をほとんど提供していないか、障害やインクルージョンについて全く言及していないことが明らかにされた(6)。教育政策における一般的な格差には、障害がある児童の就学についての財政的奨励策やその他の目的のしぼられた奨励策の欠如、ならびに障害のある児童やその家族のための社会的保護と支援サービスの欠如が含まれる。
     
  • 否定的な態度 信条や偏見が教育、雇用、医療や社会参加を妨げるバリアを形成する。例えば、教師や学校管理者や他の児童や家族の態度が障害のある児童の普通学校へのインクルージョンに影響を及ぼす。障害のある人々は障害のない人々と比較して生産能力に劣るという雇用主の誤解や、労働形態の調整が利用可能なことについての無知が雇用機会を制限する。
     
  • サービス提供の欠如 障害のある人々は、医療、リハビリテーション、支援サービスや介助の欠如に対して特に脆弱である。南部アフリカの4カ国から得たデータでは、わずか26-55%の人々しか必要な医療リハビリテーションを受けておらず、17-37%しか必要な支援機器の提供を受けられておらず、5-23%しか必要な職業訓練を受けておらず、5-24%しか必要な福祉サービスを受けていないことが明らかにされた(7-10)。また、インドのウッタル・プラデーシュ州およびタミル・ナドゥ州における調査では、障害のある人々が保健施設を利用しない理由は、費用に次いで地域におけるサービスの欠如が最も多いことが明らかにされた(11)
     
  • サービス提供における問題点 サービスの調整不足やスタッフ不足やスタッフの能力不足が障害のある人々を対象としたサービスの品質、アクセスのしやすさ、および妥当性に影響を及ぼす恐れがある。51カ国から得た世界健康調査のデータでは、医療提供者の技能がニーズを満たすのに不十分であったと報告する傾向が障害のある人々の場合に2倍以上、不適切な扱いを受ける傾向が4倍、必要な医療の提供を拒否される傾向が3倍近いことが明らかとされている。多くの個人的な介助者は賃金が低く、十分な教育研修を受けていない。アメリカ合衆国での調査では、ソーシャルケアワーカーの80%が正規の資格を持たない、あるいは教育研修を受けていないことが明らかとされた(12)
     
  • 資金不足 政策や計画の実施に割り当てられている資金は多くの場合に十分ではない。有効な資金調達が十分でないことが、あらゆる所得状況における持続的サービスの大きな障害物となっている。例えば、高所得諸国では、障害のある人々の20%から40%は、日常生活での介助に関するニーズが一般に満たされていない(13-18)。また低所得や中間所得諸国の多くでは、政府は十分なサービスを提供することができず、サービス業者は利用不可能、またはほとんどの家庭にとって高額すぎて手が届かない。51 カ国を対象とした2002年~2004年の世界健康調査の分析では、障害のある人々は障害のない人々の場合よりも医療費免除や割引を受けるのがより困難であったことが示された。
     
  • アクセスしやすさの欠如 多くの建築環境(公共宿泊施設を含む)や輸送機関や情報が、万人にとってアクセスしやすいものになっていない。輸送機関へのアクセスの不足は、障害のある人々の職探しをする意欲をそいだり、あるいはこれらの人々の医療へのアクセスを妨げたりする一般的原因とされている。アクセスしやすさについての法律を有する国々の報告では、20年~40年前からこうした法律を定めている国であってもその準拠レベルが低いことが確認されている(19-22)。アクセスしやすい様式についての情報はほとんど皆無であり、障害のある人々のコミュニケーションにおける多くのニーズは満たされていない。聾者は手話通訳へのアクセスに多くの場合に苦労しており、93カ国の調査では、31カ国で通訳サービスが存在せず、30カ国には有資格通訳が20人以下しかいないことが明らかにされた(23)。障害のある人々の情報通信技術の使用率は、障害のない人々の場合よりも有意に低く、電話やテレビやインターネットなどの基本的な製品やサービスにさえもアクセスすることができない場合がある。
     
  • 相談や関与の欠如 障害のある多くの人々は、自分の生活に直接関わる物事についての意思決定から除外されており、例えば、障害のある人々には自宅での支援の提供のされ方について選択肢や管理権が与えられていない。
     
  • データや証拠の欠如 障害についての正確な比較可能なデータや有効なプログラムの証拠の欠如が、理解や行動の妨げとなる可能性がある。障害のある人々の人数やその環境を理解することで、障害となるバリアを除去し、障害のある人々の参加を促すサービスを提供する取り組みを改善させることができる。例えば、費用効率の高い環境的介入の識別を促進するには、環境や障害のさまざまな側面への環境の影響に関する、より優れた尺度を開発する必要がある。
     

障害のある人々の生活への影響

障害となるバリアが、障害のある人々が被る不利の原因となる。

好ましくない健康成績

障害のある人々の健康レベルが一般と比較して低いことを示す証拠が増えている。グループや状況により、障害のある人々は、予防可能な二次的な疾患や合併症や年齢が関係する疾患に関して、より脆弱である可能性がある。障害のある人々は喫煙や貧しい食生活や運動不足などのリスクの大きい行動をとる比率が高いことを示す研究もいくつかある。さらに障害のある人々は、暴力の被害を受けるリスクも高い。

リハビリテーションサービス(支援機器を含む)のニーズが満たされないことは、全身の健康状態の悪化や活動の制限や参加の制約やQOL の悪化をはじめとする好ましくない成績を障害のある人々にもたらす恐れがある。

低い教育達成率

障害のある児童は、障害のない同学年の児童と比較して就学しない傾向が強く、通学し続けても進級する比率が低い。学業修了に関する格差は低所得諸国と高所得諸国の両方で全ての年齢グループにおいて見られるが、その傾向は低所得諸国においてより顕著である。小学校に通学する障害のある児童の比率と障害のない児童の比率の差は、インドにおける10%からインドネシアにおける60%まで幅がある。中学校における就学率は、カンボジアの15%からインドネシアの58%まで幅がある(24)。東ヨーロッパ諸国などの小学校在籍率の高い国であっても障害のある多くの児童は学校に通っていない。

低い経済参加

障害のある人々は無職である傾向が強く、たとえ就職していたとしても一般的に所得が少ない。世界健康調査の全世界のデータには、障害のある男性(53%)や障害のある女性(20%)の就職率は、障害のない男性(65%)や障害のない女性(30%)の場合よりも低いことが示されている。また、経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development (OECD))の最新の研究(25)では、27 カ国において就労年齢にある障害のある人々が、就労年齢にある障害のない人々よりも労働市場での有意に不利な状況や労働市場での悪い成績を経験したことが示された。これらの人々の就職率は平均44%で、障害のない人々の就職率(75%)の半分超であった。非就労率(inactivity rate)は、障害のない人々の場合の約2.5 倍高かった(それぞれ49%および20%)。

高い貧困率

こうしたことから障害のある人々の貧困率は、障害のない人々の場合よりも高い。平均して、障害のある人々や障害のある家族を含む家庭は、障害のない人々や家族に障害者のいない家庭よりも、食料不足や粗末な住居や安全な水と衛生へのアクセスの欠如や医療へのアクセスの不適切を含めて貧困の比率が高く、資産が少ない。

障害のある人々には、個人的支援や医療や支援機器などに余分に費用がかかる場合がある。これらの高い費用のために障害のある人々とその世帯は、所得が同等で障害のない人々よりも貧しい傾向がある。低所得諸国の障害者は、障害のない人々よりも破滅的な高額医療費を支払う可能性が50%以上もある(4)

高い依存度と限定的な参加

障害のある人々は、施設による解決への依存や、コミュニティでの生活の欠如や、不十分なサービスによって、孤立し、他人に依存するようになっている。アメリカにおける1505人の障害のある非高齢成人を対象とした調査によると、助けてくれる人が誰もいなかったことからベッドへの出入りや、椅子に座ったり、立ち上がったりすることができなかったことがあると42%の人が報告していた(26)。自律性の欠如や障害のある人々の広域コミュニティからの隔離やその他の人権侵害は、居住型施設が原因となっていると報告されている。

ほとんどの支援は家族や社会的ネットワークによって提供される。しかし、非正規の支援を唯一の頼りとすることは、ストレスや孤立や社会経済的機会の喪失などの悪影響を介護者にもたらす可能性がある。これらの問題は家族の高齢化と共に増大する。アメリカでは、発達障害のある子どもを持つ家族は、他の家族よりも労働時間が短く、退職している傾向が強く、より深刻な経済的問題を抱えて、新たに就職することがない傾向がある。

バリアや不平等への対処

本報告書には、障害のある人々が直面する健康、リハビリテーション、支援と介助、環境、教育、雇用におけるバリアをいかにして克服するかについて、利用可能で最も有力な科学的証拠がまとめられている。詳細な情報は、この報告書の各章に見ることができるが、ここでの概観は、国連障害者権利条約に沿った障害のある人々の生活の改善の方向性を示している。

保健医療におけるバリアへの対処

既存の保健医療システムをあらゆるレベルでよりインクルーシブなものにして、公共の保健医療プログラムを障害のある人々にとってよりアクセスしやすいものにすることが、保健医療の格差や満たされていないニーズを縮小させる。主流の保健医療状況では、物理的バリアや意思伝達や情報におけるバリアを克服するさまざまな方法が採用されている。これらには施設の構造改修、ユニバーサル・デザインの装置の使用、適切な様式での情報伝達、予約システムの調整、サービス提供の代替モデルの使用などがある。資金力のない環境では、障害のある人々の既存サービスへのアクセスの促進や、予防的保健医療サービスのスクリーニングや促進のために、コミュニティに根ざしたリハビリテーションが功を奏している。高所得諸国では、障害者アクセスや品質基準が公共、民間、ボランティアのいずれのサービス提供業者との契約にも組み込まれている。サービスに的を絞る手段や個別介護計画を作成する手段や介護コーディネータを明らかにする手段などが、複雑な保健医療ニーズのある人々や手の届き難いグループへの到達を可能にする。障害のある人々はプライマリケア・チームのサービスを受けるべきであるが、包括的な保健医療が確実に必要とされる場合には専門職のサービスや組織や施設が利用可能でなければならない。

保健医療サービス提供業者の態度や知識や技能を向上させるためには、保健医療専門家の教育に障害関連の情報を含める必要がある。教育や研修の提供者として障害のある人々を関与させることが知識や姿勢の向上を可能にする。自己管理研修や当事者同士による支援や情報提供を通して、自分自身の健康管理をより上手く行うことができるように障害のある人々のエンパワーメントが、健康成績の改善に有効であり、保健医療費用の削減を可能にする。

幅広い資金調達の選択肢が保健医療サービスの範囲や価格を改善させる可能性がある。これらには保健医療サービスに係る保険や患者負担金を障害のある人々にとって確実に負担可能な価格にすることが含まれる。保健医療サービスについて他の資金調達手段を持たない障害のある人々については、自己負担分の削減や、間接費用を埋め合わせる所得補助の提供が保健医療サービスの利用を向上させる可能性がある。奨励金は保健医療の提供者によるサービスの改善を促進することができる。有効なプライマリケアと支払いメカニズムを有する発展途上諸国では、保健医療の利用に結びついた条件付き現金給付制度がサービスの利用を改善させる可能性がある。

リハビリテーションにおけるバリアへの対処

リハビリテーションは人間の能力を形成することから良い資本投資である。リハビリテーションは、保健、雇用、教育および社会サービスに関する一般的な法律と、障害のある人々を対象とした特定の法律とに組み込まれるべきである。政策対応では、早期介入や、さまざまな健康状態にある人々が生活できるようになることを促進するリハビリテーションの恩恵や、人々の生活の場に可能な限り近い場所でのサービスの提供が強調されなければならない。

サービスの確立のためには、適応範囲の拡大や、品質や価格の手頃さの改善による効率と有効性の改善に焦点を絞るべきである。資金力のない状況では、二次的サービスへの紹介によって補完されるコミュニティに根ざしたリハビリテーションを通じて、サービスの供給を加速することに焦点を絞るべきである。一次および二次保健医療場面へリハビリテーションを統合することは、利用しやすさを改善する可能性がある。サービス提供の異なるモード(入院、外来、在宅介護)や保健医療サービス提供の異なるレベル(一次、二次および三次介護施設)の間での紹介システムは、アクセスを改善することができる。コミュニティで提供されるリハビリテーション介入は、連続した介護の重要な一部である。

支援技術へのアクセスを増やすことは、自立性を高め、参加を改善し、介護や支援費用を削減する可能性がある。支援機器の適合を確実にするために、環境と利用者の両方に適合させる必要があり、フォローアップを十分に行う必要がある。支援技術へのアクセスは、規模の経済性を模索して、製品の生産と組立を地域で行い、輸入関税を削減することによって改善することができる。

世界的にはリハビリテーションの専門家の数が少ないことから、教育研修能力を大きくする必要がある。混合レベル、または段階的レベルの教育研修を必要とすることが多い。資源の乏しい条件での仕事の複雑さから、大学や強力な技術免許レベルでの教育が要求される。中間レベルの教育研修プログラムは、発展途上国におけるリハビリテーション職員の格差に対処するための第一歩として、また先進国におけるレベルの高い専門職採用の難しさを代償するための第一段階とすることができる。コミュニティに根ざしたワーカーの教育研修により、地理的なアクセスに対処することが可能で、労働力不足や地理的なばらつきに対応することができる。職員を確保するための仕組みや奨励策を用いることでサービスに継続性をもたらすことができる。

資金調達戦略には、保健医療におけるバリアの克服のための戦略に加えて、既存のサービスの再分配および再編成(例えば、病院からコミュニティを拠点としたサービスへ)、国際協力(人道の危機についての支援でのリハビリテーションを含む)、官民のパートナーシップ、および障害のある貧しい人々を対象にした資金提供が含まれる。

支援・援助サービスにおけるバリアへの対処

コミュニティでの生活への移行、さまざまな支援・援助サービスの提供、および非正規の介護者への支援は、障害のある人々やその家族の自立を促進して、経済活動や社会活動に参加する力を与える。

障害のある人々がコミュニティで生活できるようになるには、これらの人々が施設から出て、デイケアや里親制度や在宅支援などのさまざまな援助サービスにより支援されることが必要である。国は、資金や人的資源を十分に用意して、コミュニティを拠点としたサービスモデルへの移行に向けて適切に計画する必要がある。コミュニティ・サービスは、綿密に計画して、しっかりと資源を整えれば、よりよい結果をもたらすが、安価にはならない場合がある。政府は、さまざまな資金調達法を考えることができる。それらには、民間提供業者へのサービスの委託や税制上の優遇策の提供、サービスを直接購入するために障害のある人々やその家族への予算を創設することが含まれる。

有望とされる政府の戦略には、公平な障害評価の手法と明確な適格基準を開発すること、基準の設定とその施行を含めたサービス提供を統制すること、金銭面でサービスを購入することができない障害のある人々のために資金提供サービスをすること、必要に応じてサービスを直接提供すること、が含まれる。保健、社会、および住宅部門の協力により、十分な支援を保証して、脆弱性を減らすことが可能である。サービスの成績は、提供業者が利用者に対する説明責任を果たして、提供業者と利用者の関係が正規のサービスの取り決めを通して統制される場合、支援のタイプに関する決定に利用者が関わる場合、サービスが「一サイズで全てに適合」といった業者を基盤として画一的にコントロールされるのではなく、個別化される場合に、改善することできる。支援ワーカーや利用者の研修は、サービスの品質や利用者の体験を改善することができる。

低所得諸国や中間所得諸国では、市民社会団体を通じたサービス提供を支援することでサービスの適用や範囲を拡大することができる。コミュニティを拠点としたリハビリテーション・プログラムは、非常に貧しく、十分なサービスが行われていない地域でのサービス提供に有効であった。全世界で障害のある人々への支援の大部分を提供しているのは非正規介護者であり、情報提供や経済的支援やレスパイト・ケアはその人たちの利益となる。

自己実現を可能にする環境作り

公共施設や輸送機関や情報通信におけるバリアを除去することは、障害のある人々の教育や雇用や社会生活への参加を可能にして、これらの人々の孤立や依存を軽減する。全分野にわたって、アクセスしやすさに取り組み、否定的な態度を減少させるための重要要件は、アクセス基準、公共部門と民間部門間の協力、実施を調整することに責任を負う先導的機関、アクセスしやすさに関する研修、企画者や建築家やデザイナーのためのユニバーサル・デザイン、利用者の参加、そして公共教育である。

建造物におけるバリアの除去には、立法措置を通じで執行される強制的必須基準が必要であることは過去の経験から明らかである。基準作りには、系統的な証拠に基づき、さまざまな状況に適した、障害のある人々が参加するアプローチが必要である。障害者団体によるアクセスしやすさの監査によって法令順守を促進することができる。限られた資源は、優先順位と徐々に大掛かりになる目標を定めた戦略的な計画によって最大限に活用することができる。例えば、当初は新規の公共建造物のアクセシスしやすさを対象にするとして、新規公共建造物におけるアクセス基準への準拠に要する1%の費用増過分は、既存の建造物に適用する場合よりも安価であることから、その後、法律や基準の適用範囲を拡大して、既存の公共建造物におけるアクセスの改善を含めるようにする。

輸送機関では、目標は全輸送機関のアクセシスしやすさの連続性であるが、障害のある人々とサービス提供業者間の協議を通して初期の優先項目を明らかにして、定期的な保守事業や改修事業にアクセシスしやすさの特性を導入して、さまざまな乗客に明らかな恩恵をもたらす低価格なユニバーサル・デザインの改善を開発することにより、達成することができる。発展途上国では、アクセスしやすい高速バス輸送システムが次第に導入されつつある。アクセスしやすいタクシーは、需要対応であることから、アクセスしやすい総合輸送システムの重要な一端を担っている。障害のある人々の運賃割引や無料化のための政府による資金供与に加えて、輸送機関職員の研修も必要とされる。歩道や縁石の切り込み(傾斜路)や横断歩道は、安全性を高めてアクセシスしやすさを確保する。

情報通信技術における前向き手法としては、認識の喚起、法律や規則の採択、基準作り、および研修の提供が含まれる。電話中継、字幕付き放送、手話通訳やアクセスしやすい情報様式などのサービスは、障害のある人々の参加を促進する。情報通信技術のアクセシスしやすさを改善することは、消費者保護や公的調達に関する適切な判断によって、市場規制と差別禁止のアプローチを組み合わせることにより、達成することができる。強力な法律とフォローアップの仕組みを備えた国々は情報通信技術へのアクセスに関して高いレベルを達成する傾向にあるが、規制は常に技術革新と足並みをそろえる必要がある。

教育におけるバリアへの対処

普通学校への障害のある児童のインクルージョンは、全ての児童の小学校課程修了を促進させて、費用対効果を高めて、差別の排除に寄与する。

教育に、障害のある児童を含めるには、制度や学校の改革を必要とする。インクルーシブな教育制度の成功は、適切な法律の採択、明確な政策の方向性の提示、実行計画の作成、実行のための基盤整備と能力の構築や、長期的資金提供による利益享受といった積極的な国の取り組みに大きく左右される。障害のある児童が同級生と同等程度の標準的教育を確実に受けるようにするには、多くの場合に資金の増加を必要とする。

インクルーシブな学習環境の構築は、全ての児童の学習や潜在能力の発揮の支援につながる。教育制度に、カリキュラム、指導方法、教材、評価や試験制度を改革して、より学習者中心の手法を採用する必要がある。多くの国々は、教育の場で障害のある児童のインクルージョンを支援する手法のひとつとして個別教育計画を採用している。教育において障害のある児童が直面する多くの物理的バリアは、教室のレイアウトの変更といった簡単な対策で容易に克服することができる。児童によっては、特殊教育の専門教師や教室支援員や治療サービスといった付加的な支援サービスへのアクセスを必要とする。

普通学校教師への適切な研修は、障害のある児童の教育における教師の自信や技能を向上させることができる。教師の研修プログラムにはインクルージョンの原則を組み込むべきであり、またこの原則はインクルーシブな教育に関する専門知識や経験を共有する機会を教師に提供する別の新たな取り組みを伴わなければならない。

雇用におけるバリアへの対処

差別禁止法は、雇用への障害のある人々のインクルージョンの促進の出発点となる。募集や採用手続きをアクセスしやすいものにしたり、労働環境を適切にしたり、労働時間を変更したり、支援技術を提供したりするなどの合理的配慮を図ることが法律で雇用主に求められる場合には、これらが雇用差別を減少させて、職場へのアクセスしやすさを向上させて、障害のある人々の能力についての考え方を生産性のある労働者へと変化させることを可能にする。さもなければ雇用主や従業員が負担することになる追加的費用を削減するために、税制上の優遇策や合理的配慮のための資金提供などのさまざまな財政的措置を考慮することもありうる。

主流の職業訓練に加えて、当事者同士の研修や社内指導教育や早期介入が障害者の能力の向上に効果を発揮する。コミュニティを拠点としたリハビリテーションも技能や態度を向上させて、実地訓練を支援して、雇用主にアドバイスを提供することができる。利用者管理型の障害者雇用サービスが複数の国々で訓練や雇用を促進させている。

就業中に障害を負った人々については、ケース・マネージメント、管理者教育、職場の宿泊設備、そして支援付き早期職場復帰などの障害管理プログラムが職場復帰率を向上させている。重度の機能障害のある人々を含めて障害のある人々のためには、支援付き雇用プログラムが技能開発や雇用を促進させる。これらのプログラムには雇用コーチング、特別職業訓練、個別に工夫された指導監督、移動や輸送、支援技術が含まれる。非公式の経済が優勢である場合には、障害のある人々の自営を推進して、より優れた支援活動やアクセスしやすい情報やカスタマイズされた信用貸し条件を通じて、小額の短期融資へのアクセスを容易にすることが重要である。

主流の社会的保護プログラムは、障害のある人々を含めなければならず、一方でその復職を支援する必要がある。政策の選択肢には、通勤費や補装具費など障害のある人々が負担する追加費用を補償する分を所得補助金から分離すること、時限給付金を利用すること、そして労働に見合った報酬を保証することが含まれる。

提言

多くの国々では障害のある人々の生活を向上するための行動がとられ始めているが、やるべきことが未だ多く残されている。本報告書で示されたエビデンスは、障害のある人々が直面する多くのバリアは回避可能であり、障害による不利は克服可能であることを示している。下記の行動のための9 つの提言は、各章の終わりにある具体的な提言によって導かれた分野横断的なものである。

これらの提言の実行には、保健、教育、社会的保護、労働、輸送、住居などのさまざまな部門と、政府、市民社会団体(障害者団体を含む)、専門家、民間部門、障害者とその家族、一般市民、メディアなどのさまざまな関係者の関与が求められる。

各国は、その国の固有の事情に合わせて行動を調整することが不可欠である。資源の制約によって国が限られる場合は、いくつかの優先すべき行動、特に技術的支援や能力構築が必要とされるものに関しては、国際協力の枠組みの中に含めることが可能である。

提言1:全ての主流の制度やサービスへのアクセスを可能にする

障害のある人々には、健康や幸福感のため、経済的および社会的安全のため、技能の学習と開発のためといった一般的なニーズがある。これらのニーズは主流のプログラムやサービスを通じて満たすことが可能で、また満たされねばならない。

社会主流化とは、障害者が一般市民向けの活動やサービス(教育、保健、雇用、社会サービスなど)に他の市民と同じように参加することを阻むバリアに対して政府や他の関係者が取り組むプロセスである。その達成には、法律、政策、機関や環境の改革が必要とされる場合がある。社会主流化は、障害者の人権を満たすのみならず、費用対効果をより高める可能性がある。

社会主流化には、あらゆるレベルで積極的な取り組みが必要とされ、それらは全ての部門横断的に考慮され、新規および既存の法律、基準、政策、戦略および計画に組み込まれる。ユニバーサル・デザインを採用することと合理的な配慮を実行することが、重要な2 つのアプローチである。また社会主流化には、効果的な計画、十分な人的資源、および潤沢な財政投資が必要とされ、対象が絞られたプログラムやサービスなどの特別な手法(提言2を参照)を伴って、障害のある人々のさまざまなニーズが十分に満たされるようにする。

提言2:障害のある人々のための特別なプログラムやサービスに投資する

障害のある一部の人々は、主流サービスに加えて、リハビリテーションや支援サービスや訓練などの特別な対策へのアクセスを必要とする場合がある。

リハビリテーション(車いすや補聴器などの支援技術を含む)は生活機能や自立性を向上させる。コミュニティにおけるさまざまな、よく統制された援助や支援サービスは、介護ニーズを満たし、自立した生活やコミュニティにおける経済的、社会的そして文化的活動への参加を可能にする。職業リハビリテーションや訓練は、労働市場への機会を開くことが可能である。

より多くのサービスが必要とされる一方で、特に児童期サービスから成人期サービスへの移行時には、より優れた、アクセスしやすく、柔軟性のある、総合的で、よく調整された学際的サービスが必要とされる。既存のプログラムやサービスは、実績評価のための審査を行い、改良を加えて、範囲や効果や効率を向上させなければならない。なおこれらの改良は、確かなエビデンスに基づいたもので、文化、その他の地域の背景に適していて、現地で試されたものでなければならない。

提言3:国家的な障害戦略および実行計画を導入する

国家的な障害戦略は、障害のある人々の幸福感を向上させるための確固とした総合的で長期的なビジョンを示し、主流の政策と計画分野および障害のある人々のための特別なサービスの両方を網羅しなければならない。国家戦略の開発、実施およびモニタリングは、あらゆる部門や利害関係者を団結させるものでなければならない。

実行計画は、戦略の短期的運用及び中期的運用を可能にする。そのためには、具体的な行動と実施スケジュールを提示し、対象者を定義して、担当する関係機関を割り当てて、必要となる資源を計画し配分する。戦略および実行計画は、さまざまな要因(障害の存在比率、サービスのニーズ、社会経済的状況、現行サービスの有効性と格差、環境および社会的バリアなど)を考慮しての状況分析によって説明されなければならない。調整、意思決定、定期的なモニタリングと報告、および資源管理の責任の所在を明確にする仕組みが必要である。

提言4:障害のある人々が関わる

多くの場合、障害のある人々は、自分たちの障害や状況についてユニークな見識を有している。政策や法律やサービスの作成および実施では、障害のある人々の意見を求めて、積極的に関わってもらう必要がある。障害者団体には、障害のある人々に力を与えて、ニーズを擁護するための能力強化や支援が必要となる場合がある。

障害のある人々にはその生活を管理する権利があることから、保健や教育やリハビリテーションやコミュニティでの生活など、直接関係する諸問題については意見を聞く必要がある。一部の人々の場合、そのニーズや選択についての意思表示を可能にするには、支援付きの意思決定が必要となる場合がある。

提言5:人的資源開発能力を改善する

人的資源の能力は、効果的な教育や研修や採用活動を通じて改善することができる。関連分野のスタッフの知識および能力の見直しは、これらを改善する適切な手法の開発の出発点となり得る。人権の原則を取り入れた障害についての関連研修が、現行カリキュラムや認定プログラムに統合されるべきである。現在、サービスの提供と管理を行っている実務者には、現職研修を提供すべきである。例えば、プライマリ・ヘルスケアのワーカーの能力を強化することや、専門スタッフを必要な場所に確保することが障害のある人々のための有効で手頃な価格のヘルスケアに寄与する。

多くの国々ではリハビリテーションや特殊教育などの分野で働いている職員の人数が少なすぎる。さまざまな種類やレベルの教育研修の基準を作成することが資源格差への取り組みの支援となり得る。スタッフの確保を向上させる対策はいくつかの状況や分野では関連する場合がある。

提言6:十分な資金を提供して、サービス料金を改善する

対象とされる全ての受益者に質の高いサービスを確実に提供するには、公的に提供されるサービスについての十分かつ持続可能な資金提供が必要とされる。サービス提供を外部委託することや、官民パートナーシップを育むことや、消費者主導型介護のために障害のある人々に予算を創設することで、より優れたサービス提供に寄与することができる。国の障害戦略および関連する実行計画の策定中に、提案された手法の入手可能性と持続可能性を考慮して十分な資金提供を行わなければならない。

障害のある人々のための物品やサービスの料金を改善して、障害によって生じる余分な費用を相殺するには、健康保険および社会保険の適用範囲を拡大したり、障害のある貧しい人々や弱い立場にある人々が貧困者を対象としたセイフティーネット・プログラムの恩恵を確実に受けられるようにしたり、料金免除、割引輸送料金、および耐久医療消費材や支援技術についての割引輸入税額を導入したりすることを考慮すべきである。

提言7:一般の認識や理解を高める

相互尊重と相互理解がインクルーシブな社会に寄与する。こうしたことから障害についての一般の理解を高めて、否定的な認識に立ち向かい、障害を公平に表すことが不可欠である。障害に関する知識や信条や態度についての情報を収集することは、教育や公共情報を介して解消することが可能な一般の理解の格差を明らかにするのに役立つ。政府やボランティア団体や専門家協会は、HIV や精神疾患やハンセン病などのようなスティグマ・イメージの強い諸問題への姿勢を変化させる社会的マーケティング・キャンペーンの実施を検討すべきである。これらのキャンペーンの成功や、障害のある人々やその家族に関する肯定的な物語を確実に普及するには、マスコミの関与が欠かせない。

提言8:障害のデータ収集を改善する

障害のある人々についてのデータ収集のための方法論を国際的に開発して、異文化間で試験して、確実に実施することが必要とされる。データは、標準化され、基準に従って国際的に比較可能なものである必要があり、国内外での障害政策や国連障害者権利条約の実施についてモニタリングする必要がある。

全国的に、障害がデータ収集に含められるべきである。国際生活機能分類に基づく統一された障害の定義によって国際的にデータの比較が可能となる。第一ステップとしては、国連の障害に関するワシントングループ(United Nations Washington Group on Disability)と国連統計委員会(United Nations Statistical Commission)の提言にそって、国勢調査のデータを収集することが可能である。費用対効果の高く、効率のよいアプローチは、既存の標本調査に障害の質問、あるいは障害モジュールを含めることである。またデータは、人口特性ごとに分けて、障害のある人々の下位集団についてパターンや傾向や情報を明らかにすることも必要である。

また障害に特化した調査でも、障害比率、障害に伴う健康状態、サービスの利用および必要性、QOL、機会やリハビリテーションのニーズなどの障害の特徴について、より総合的な情報を得ることが可能である。

提言9:障害についての研究を強化して支援する

研究は、障害問題に関する一般の理解を向上させて、障害政策やプログラムに情報提供し、資源を効率的に割り当てる上で不可欠である。

本報告書では、環境要因(政策、物理的環境、態度や姿勢)の障害への影響およびその測定法、障害のある人々のQOLおよび幸福感、さまざまな文脈でのバリアの克服に何が有効であるか、そして障害のある人々を対象としたサービスやプログラムの有効性および成績、といった障害の研究分野を推奨する。

障害について経験のある研究者を必要最低限確保する必要がある。研究技能は、疫学、障害学、保健、リハビリテーション、特殊教育、経済学、社会学、そして公共政策といった、さまざまな分野で強化を図らなければならない。また、発展途上国の大学と高所得諸国及び中間所得諸国の大学とが連携しての国際的な学習や研究機会も役立つ場合がある。

提言の実行に向けて

提言の実行には、幅広い利害関係者の強い決意と行動が要求される。各国の政府が最も大きな役割を果たすが、他の関係者にも重要な役割がある。以下にさまざまな利害関係者がとることのできる行動のいくつかを示す。

各国政府ができること:

  • 既存の法律や政策の国連障害者権利条約との整合性を見直し、改訂する。国連障害者権利条約の順守や執行メカニズムを見直し、改訂する。
  • 主流の政策や障害に特化した政策や制度やサービスの見直しを行い、格差やバリアを明らかにして、これらを克服する活動を計画する。
  • 国の障害戦略および活動計画を策定し、部門間連携の責任や方法の明確な方針を定めて、それをモニターし、各部門に報告する。
  • サービス基準を導入して、その順守のモニタリングおよび実施によってサービスの提供を管理する。
  • 既存の公的資金よるサービスに十分な資源を割当て、国の障害戦略および活動計画の実施に適切な資金提供を行う。
  • 全国的なアクセスしやすさの基準を導入し、新規建築物、輸送機関、そして情報通信での順守を確実にする。
  • 障害のある人々が確実に貧困から護られて、主流の貧困救済プログラムの恩恵を十分に受けられるようにする対策を導入する。
  • 全国的なデータ収集システムに障害を含めて、可能な限り障害ごとのデータを提供する。
  • 一般人の障害に関する知識および理解を向上させるためにコミュニケーション・キャンペーンを実施する。
  • 障害のある人々や第三者が人権問題についての苦情や実行されていない法律について申し立てを行うチャンネルを確立する。

国連機関や開発組織ができること:

  • 2本立てのアプローチを用いて、障害を開発支援プログラムに含める。
  • 新しい取り組みの優先順位について合意し、教訓を学び、取り組みの重複を減らすために、情報交換を行い、活動を調整する。
  • 例えば、良質で有望な実践を共有することによって、能力を構築して、既存の政策や制度やサービスの強化を図るように技術的な援助を諸国に提供する。
  • 国際的に比較可能な研究の方法論の開発に寄与する。
  • 定期的に、統計的な出版物に障害に関連するデータを含める。

障害者団体ができること:

  • 障害のある人々が自分たちの権利を自覚し、自立して、自分たちの技能を身につけるよう支援する。
  • 教育におけるインクルージョンを確実にするように、障害のある児童とその家族を支援する。
  • 国際的、全国的および地方での政策決定者とサービス提供者に対して、障害者の後援者としての見解を示し、障害者の権利を擁護する。
  • サービスの評価およびモニタリングに寄与して、研究者と協力して、サービス開発に貢献する応用研究を支援する。
  • 障害のある人々の権利に関する一般の認識および理解を促進する―例えば、キャンペーンや障害平等の研修を通じて。
  • バリアの除去を促進するために、環境、輸送機関、その他のシステムおよびサービスの監査を行う。

サービス提供業者ができること:

  • 地域の障害者団体と提携して、アクセスの監査を実施し、障害のある人々を排除する恐れのある物理的および情報上のバリアを明らかにする。
  • 必要に応じて研修会を実施し、研修会の構築と提供ではサービス利用者を含めることにより、スタッフが障害について十分な研修を確実に受けられるようにする。
  • 障害のある人々や、必要に応じてその家族と相談して個別サービス計画を立てる。
  • ケース・マネージメント、紹介システムおよび電子記録管理を導入して、サービス提供を調整し統合する。
  • 障害のある人々が、自分たちの権利や苦情申立ての仕組みについて説明を確実に受けられるようにする。

学術機関ができること:

  • 障害のある学生や職員の募集や参加を妨げるバリアを除去する。
  • 専門職の教育研修コースには、人権の原則に基づいて、障害に関する十分な情報が確実に含まれるようにする。
  • 障害のある人々の生活および障害となるバリアについての調査研究を障害者団体と協議して実施する。

民間部門ができること:

  • 障害のある人々の雇用を促進するために、募集が公平であることを確認し、合理的な配慮が確実に提供されるようにし、障害を負った従業員が復職支援を確実に受けられるようにする。
  • 障害のある人々が自らビジネスを開拓することができるように、小規模金融へのアクセスを妨げるバリアを除去する。
  • 障害のある人々やその家族に、人生の異なる段階での質の高いさまざまな支援サービスを開発する。
  • 公共の宿泊施設や事務所や住宅などの建設事業に、障害のある人々のための十分なアクセスが確実に含まれるようにする。
  • 情報通信技術の製品やシステムやサービスを、障害のある人々が確実にアクセスできるようにする。

コミュニティができること

  • コミュニティ自体の考え方や態度に挑戦して、改善する。
  • コミュニティにおける障害のある人々のインクルージョンおよび参加を促進する。
  • 学校やレクリエーション区域や文化施設を含むコミュニティの環境を、障害のある人々が確実にアクセスできるようにする。
  • 障害のある人々に対する暴力やいじめに異議を唱える。

障害のある人々およびその家族ができること:

  • 当事者同士の支援、教育研修、情報、助言を通じて、他の障害のある人々を支援する。
  • それぞれの地域のコミュニティ内で、障害のある人々の権利を促進する。
  • 意識向上と社会的なマーケティング・キャンペーンに関わるようにする。
  • フォーラム(国内外や地域レベルの)に参加して、改革の優先順位を決定し、政策に影響を及ぼし、サービスの提供法を形成する。
  • 調査研究事業に参加する。

結論

国連障害者権利条約は改革のための計画を確立した。「障害に関する世界報告書」は障害のある人々の現状について説明している。そして本報告書は、知識の格差を明らかにし、更なる調査研究と政策開発の必要性を強調している。ここでの提言は、障害のある人々が活躍することができるインクルーシブで自己実現を可能にする社会の確立に寄与することができる。

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裏表紙

10億人以上の人々が障害を経験している。そして、人口高齢化の世界的な傾向と慢性的な健康不良状態の世界的な増加は、障害の存在比率が上昇していることを意味する。世界中で、障害のある人々は、健康成績が不良で、教育達成率が低く、経済活動への参加が少なく、貧困率が高い常態にある。
国連障害者権利条約(CRPD)の発効以来、差別への闘い、アクセスしやすさとインクルージョンの促進、障害のある人々への尊重を促進するための方法に注目が集まっている。

この先駆的な報告書は、障害のある人々の生活を改善することができる政策やプログラムを支援するための根拠を提供する。最も有力な科学的証拠に基づいて描かれているこの報告書は、政策担当者、サービス提供者、専門職、そして障害のある人々自身にとって貴重な資源である。

World Health Organization
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www.who.int/disabilities

WHO/NMH/VIP/11.01


掲載者注

「障害に関する世界報告書の概要」は、国立障害者リハビリテーションセンターがWHOの正式な許可の下に、日本語翻訳版を作成し、障害の予防とリハビリテーションに関するWHO指定研究協力センターのページでPDF版で公開しています。 http://www.rehab.go.jp/whoclbc/japanese/worldreport.html

このページでは、国立障害者リハビリテーションセンターの許諾をいただき、「障害に関する世界報告書の概要」(日本語翻訳版)をHTML化して、転載しています。

「障害に関する世界報告書」の全文および概要の原文は、WHOの以下のサイトをご参照ください。

World Health Organization. Disabilities and rehabilitation:World report on disability.
http://www.who.int/disabilities/world_report/2011/report/en/index.html