第11回差別禁止部会 竹下委員、池原委員、大谷委員提出資料 司法における差別の事例 2011年11月7日 差別禁止部会副部会長 竹下義樹 同部会員 池原毅和 同部会員 大谷恭子  以下の事例は、日弁連人権擁護委員会障害者差別禁止法特別部会の協力を得て、次回11月11日当部会における「司法における障害を理由とした差別」の討議の参考資料とするために、急遽取りまとめたものである。よって網羅したものではなく、弁護士の業務の範囲で知り得たものとして参考にしていただきたい。 ●知的障害、発達障害関係 <刑事事件> ○冤罪 1)宇都宮事件(強盗事件) 平成16年8月、療育手帳A2の男性が、強盗容疑で逮捕・起訴された。当初障害はまったく問題とされずに、自白事件として結審しそうになったが、真犯人が別に現れたため、検察官が無罪の論告をして、平成17年3月10日、宇都宮地裁は無罪を言い渡した。後に、知的障害の特性に配慮しないでなされた警察・検察の取調や起訴自体につき国賠が認められた。 2)奈良の少年の強制わいせつ致傷事件 平成16年5月、16歳の自閉症の高校生が強制わいせつ致傷容疑で逮捕された。この少年は、選択的緘黙証のため、取調べで全くコミュニケーションがとれず、アリバイを主張できないでいたため、奈良家裁に送致されたが、アリバイ証人が現れ、非行事実なしとされた。この結論は、大阪高等裁判所でも維持された。 3)発達障害男性盗撮事件 平成20年6月、都内の地下鉄駅エスカレーターで前の女性のスカートを盗撮したとして、都迷惑防止条例違反で在宅起訴された。男性は裁判で、盗撮はしておらず、調書の訂正を何度も求めたが認めてもらえなかったと主張したが、平成21年3月東京地裁は男性に罰金30万円を言い渡した。これに対する控訴審で、男性のアスペルガ―障害の特性が丁寧に調べられ、結果自白調書は捜査官の作文であると認められ、平成22年3月、東京高裁は無罪を言い渡した。男性は、エスカレーターで携帯電話で大好きなガンダムのアニメの画面を見ていたが、それを自分のスカートを盗撮していると誤解した女性の一方的な証言に引きずられた自白調書が作成されていた。 ○公訴棄却 1)堺支部(貝塚放火)事件 平成22年1月、現住建造物等放火で逮捕・起訴された中度知的障害(療育手帳B1)の男性に対し、同年11月大阪地検堺支部は、公判前整理手続きの段階で、検察官が自白調書を誘導している様子が取調べDVDに納められていたことが明らかになったため、公訴を取下げ、大阪地裁堺支部は公訴を棄却した。 2)若年性認知症窃盗事件 平成19年4月、59歳の男性が赤い女性用のショルダーバックを万引きしたとして現行犯逮捕された。大阪地検堺支部が実施した簡易鑑定では、「軽い認知症の症状はあるが責任能力に問題はない」として起訴された。しかし、その男性は警察での取調べも覚えておらず、裁判所にいることさえわかっていなかったので、公判で訴訟能力を争い、精神鑑定をしたところ「早発性アルツハイマー型認知症」であることが判明した。その結果、心神喪失状態で訴訟能力がないとして公判が停止された。大阪地裁堺支部は刑事訴訟法に規定がないとして、公訴棄却も免訴もせず、結局、検察官が公訴取消をした1年6カ月後、ようやく公訴棄却とした。 ○不適切な取調等 1)知的障害のある男性(療育手帳B1)が、府迷惑防止条例違反容疑で在宅で取調べを受けた。男性は視力が弱いため、人をじっと見る癖があり、それで、女性に文句を言われたが、顔を覚えるのも苦手なため携帯電話でその女性の顔を写真にとったところ、警察に通報された。結局、不起訴となったが、男性の検察官に取調時に大きな声できつく叱責されたため、以降不安障害となり、しばらく心療内科に通院した。 2)アスペルガ― 障害のある男性が、キャッチセールスの女性に呼び止められ、余りにしつこいので、逃げようとその女性をついたところ、女性から暴行で通報された。駆けつけた警察官は、一方的にその女性の言い分のみを聞き、男性の言い分をまったく聞き入れようとせず、男性に対して威圧的かつ大声で事情聴取を続けた。女性がその場から逃走したため、結局逮捕されることはなかったが、以降、その男性は怖くて強迫神経症が悪化し、しばらく家で引きこもる状況が続いた。 3)佐賀県佐賀市で、平成19年9月、知的障害のある男性が自転車で帰宅途中、蛇行していたので、酒か薬物を摂取していると思った警察官数名が、大声で停止を求めた。いきなり大きな声をだされ事情が分からず驚いた男性が全速力で自転車を走らせたところ、信号待ちをしていて停車中のバイクにぶつかり、パニックになってしまった。その状態を見て追いかけてきた警察官ら数名が寄ってたかって押さえつけ、結果その男性は圧死した。押さえつける前に警察官が殴っていたという目撃証言もあったため、平成21年3月、佐賀地裁は特別公務員暴行陵虐罪につき付審判を決定した。 4)奈良県で、平成23年10月、絵画教室に行く途中の自閉症者が、下校中の女子小学生に「こんにちは」と挨拶したところ、無視されて挨拶を返してくれないので、なんども繰り返し「こんにちは」と言ったため、巡回パトロールをしていた自治会の人に不審に思われ、警察に通報された。支援者の同行もゆるされないままパトカーに乗せられ警察署に連れて行かれ、駆けつけた母親に会わせない状態で、2度としないという「誓約書」を書かされた。 ○勾留 1)平成23年7月、地下鉄のホームから男性を突き落としたとして、殺人未遂で重度知的障害(療育手帳A)と自閉症の重複障害の男性が逮捕された。その男性は、コミュニケーションがほとんどとれず、訴訟能力がないことは明らかであったが、勾留決定がなされた。弁護人は速やかに被害男性と示談し、男性の障害の状況やその後の支援体制について検察官に疎明したうえで、早急に不起訴として釈放するよう申し入れをしたが、検察官は2か月間の鑑定留置を申立てた。結局、鑑定の結果心神喪失で、かつ治療反応性もないとされ、不起訴処分となり医療観察法の申立もなされなかった。しかし、男性は鑑定留置中、拘置所内で不適応状態を起こし、何度も暴れては保護房に入れられていた。弁護人から拘置所に対して障害を考慮するよう何度も申入れたが、男性の拘禁反応は悪化する一方で、最後には、房の床に寝そべったままで、接見室までも出てこられない状態であった。 2)平成21年8月、てんかんを持病にもつ男性が現住建造物等放火で逮捕された。鑑定留置をされ、知的障害があることが判明したが責任能力に問題はないとして同年12月現住建造物等放火未遂で起訴された。てんかんはストレスにより頻発するので、すぐに保釈申立てを行った。保釈は一旦許可されたが、検察の準抗告が認められ、却下された。理由は、重大犯罪であることであるが、男性に知的障害があることから親宅に戻すと再犯のおそれがあると思われたことと出頭の確保に疑問があったためと思われる。その後、精神科病院への入院や知的障害者更生施設への入所の環境を整備して保釈申請したが、ことごとく却下された。その間、男性は拘置所内で頻繁にてんかんの発作を起こし、そのうえ、不適応状態を起こして暴れ、拘置所内で「てんかん性精神病」と診断された。結局保釈が認められるまで2年8カ月も勾留された。被告人に障害がなかったら、最初の保釈申請で認められたはずである。判決は懲役3年、執行猶予5年であった。 ○服役 1)アスペルガ― 障害を有する男性が窃盗で服役した。雑居房で、同房の者とコミュニケーションがとれず、誤解され、胸倉をつかまれることは頻繁にあった。ストレスにより、壁をたたいたり、大声を出すとすぐ保護房に入れられた。保護房に入っている間は、母親が面会に来ても会わせてもらえなかった。せっかく楽しみにしていた面会日が何回もダメになった。仮釈放も認められず、満期出所となった。 2)知的障害がある少女が少年院に入院した。少年院は不定期なので、課題をクリアすることで段階が上がっていき、早く課題をクリアすると、早く退院できる仕組みとなっている。ところが、課題について知的障害があることは何ら考慮してもらえなかったため、課題をクリアするのが他の者より時間がかかり、同時期に入院した者の中で一番遅くまで退院できなかった。 ○その他 1)長崎県在住の発達障害がある男性が、放浪して滋賀県で賽銭盗を行った。被疑者国選人から長崎県地域定着生活支援センターに連絡が行き、同センターから検察官に、同人は発達障害があること、福祉的な支援体制があることなどを伝えたところ、同事件は勾留延長もせず不起訴処分となった。ところが、検察官から釈放につき弁護人に連絡があったのは、既に釈放をした後であった。慌てて弁護人から長崎県に連絡が行ったが、迎えに行くには地理的に遠かったのと、ちょうど5月2日で連休にかかる日だったので、対応が遅れた。一応保護観察所に行くようは行ってくれたので、緊急更生保護で、2泊だけ更生施設に泊めてくれたが、5月4日早朝長崎までの電車賃を渡してそのまま一人で帰らせた。男性は、大津から電車に乗ったものの、大阪駅で途中下車し、放浪を再開し、結局、姫路で賽銭を窃取したとして逮捕・起訴され、実刑判決を受けた。検察官が、身柄釈放につき、地域生活定着支援センターの職員が迎えに行くまで待つなどの調整をして、配慮してくれていたら窃盗は起きていなかったと思われる。 ○被害者 1)平成21年10月、宮崎地裁延岡支部は、強制わいせつ罪により起訴された男性に対して公訴を棄却した。理由は、被害女性には軽度知的障害のために告訴能力がないためとしている。告訴能力についてはおよそ争点とはなっていなかったが、合意の有無が争点となっており被害女性の証人尋問が行われた。その際裁判官が補充尋問をしたところ、被害女性はしどろもどろになり、裁判官の質問にうまく答えられなかった。裁判官は公訴を棄却した理由として、公判廷における被害女性の証言を聞く限りおよそ告訴能力があるとは思えないとしたのである。検察側が控訴し、控訴審で鑑定等が行われた結果、平成22年12月、福岡高裁宮崎支部は、被害女性には十分告訴能力はあるとして、地裁に差し戻し、差戻審では、有罪となった。 2)平成7年に発覚した企業における知的障害者虐待の事例。社長が会社において知的障がいある従業員達に暴力を振るい、夜、会社の寮において知的障害ある女性従業員達を強姦していた。平成8年に多数の告訴が行われたが、性犯罪は全て不起訴となり、目撃証言か診断書のある暴行事件2件と傷害事件1件だけが起訴された。平成8年に、性犯罪を含む被害について損害賠償請求の民事裁判を始め、平成16年に知的障害ある成人女性の訴えるとおりの性被害事実が認められ、高裁で確定した。  知的障害のある被害者からの事情聴取においては、聞き方を間違えると違う答えになってしまったり、日時場所の特定が難しいなどの要配慮事項が多数ある。刑事で不起訴とされたのは、捜査機関に、知的障害ある犯罪被害者から事実を聞き取る技術、その前提となる知識や経験などがなく、知的障害ある被害者に対する合理的配慮が欠如していたからである。この件については、警察はそもそも捜査に対する意欲を持っていなかった(知的障害に対する無知と偏見が背景にある)。  全ての警察官と検察官が、知的障害について十分な知識を得るための教育・研修を受けなければならない。 3)平成15年に、公立小学校特殊学級で担任が知的障害ある女児にわいせつ行為を働いていたことが発覚。被害届が出され、熱心な捜査の結果、加害教諭は逮捕・起訴されたが、一審で無罪判決が出され、平成18年に高裁で無罪確定。同年、わいせつ被害について損害賠償請求の民事裁判を提起。平成20年に性被害の一部( 起訴された事実)が事実認定される一審判決が出て、平成22年にさらに多くの性被害の事実を認める高裁判決が出て確定。  刑事で無罪とされたのは、日時の特定があいまいな部分があったことや、被害女児の証言に非現実的と思われる内容が含まれることなどが理由とされた。知的障害がある児童に日時を特定させるのは難しいし、証言の信用性については専門的知見を用いることで正しく判断できるところ、捜査機関にも刑事の裁判所にも、こうした知識や配慮が欠如していた。民事裁判ではこうした専門的知見を踏まえた判断がなされた。  知的障害のある人は、障害のない人より、かなり高い確率で犯罪被害に遭うことが海外の研究結果から明らかになっている。それにも関わらず、捜査機関も裁判官も知的障害についての基礎知識すら持っていない。知的障害のある被疑者・被告人や、知的障害ある被害者が関わる司法手続に関与する全ての専門職は、知的障害について十分な研修を受け、知識と技術を身につけなければならない。 <民事事件> 1)知的障害と発達障害の重複がある男性が、自己破産をして免責決定を受けた。ところが、債権者一覧表にうっかりして乗せていなかった業者から、立替金請求訴訟を起こされた。その男性は、本当に破産申立の際にはその業者のことを失念していたのであるが、被告本人尋問の際に、裁判官からの質問に対して、誘導される形で、わかっていたがわざと言わなかったと述べてしまった。そのため、免責の効力が及ばないとして、支払いを命ずる判決がでた。男性の代理人は、男性に知的障害があるため、誘導されやすいことや述べていることの意味の理解が困難であること、わざと債権者一覧表に載せないことは考えられないことも訴えたが、裁判所は、男性が療育手帳を取得したのが、免責決定の後であることと、男性が簿記2 級を取得していることを理由に、債権者一覧表を作成した時は知的障害ではなかったと認定した。知的障害や発達障害に対する理解がまったくない判決である。 2)平成14年頃、発語障害のある知的障害者が、水戸地裁の民事訴訟で証言をする際、発語不明瞭で聞き取れない証言を通訳する人をつけるよう裁判所に申し入れたが、法的根拠がない、解釈が入り込む余地があるのではないか、等と言われ、ついに実現しなかった。聞き取れない証言を何度も聞き返したり、「○○と言ったのですか?」などと確認することになると、「誘導的な尋問」として証言の信用性が問題視される危険があった。  民訴154条本文は「口頭弁論に関与する者が日本語に通じないとき、又は耳が聞こえない者若しくは口がきけない者であるときは、通訳人を立ち会わせる。」と定めており、日本語がわかり、耳が聞こえて口もきけるが発語障害のある人を対象外としているためである。移動支援費支給量をめぐる東京地裁での二つの訴訟において、脳性まひで言語障害のある原告の本人尋問において、同条を類推適用したと思われる、通訳を付した事例が存在するものの、裁判所の裁量的運用に任せるべき問題ではない。 3)2)と同じ裁判で、性被害を訴える事件であったため、証言に際し付添人を希望したところこれは認められたが、裁判所の「付添人は親がなるべき」という意見に対し、親の前では性被害について語りにくいという知的障害ある成人女性の心理を理解してもらうのに時間がかかった(最終的には親ではない付添人が認められた)。知的障害のある人であっても年齢相応の羞恥心や気兼ねがあるという事実への無理解や知的障害者を子ども扱いする偏見がうかがわれた。 <家事事件> 1)離婚調停 ADHDの女性が、夫よりDVを受け、離婚調停を申し立てた。夫はDVを否定し、逆に妻が家事を放棄し、家の中は散らかり放題だ、それでも自分は我慢しているのだと主張した。調停委員は、夫の言を受けて、妻を非難した。成人のADHDの障害特性のひとつに片付けが苦手であることを知らなかったもので、その女性は、調停委員から円満調停を勧められた。 2)成年後見 成年後見人に選任された親族の女性には重度の知的障害があったが、調査官も書記官も気づかなかった。被成年後見人に多額の保険金が入ったが、それを知的障害のある成年後見人には管理できるはずもなく、騙されたりして費消してしまい、業務上横領罪で起訴された。結局、実刑となったが、申立時点のみならず、財産管理の報告がなされないところで、もっと早い段階で成年後見人の不適格性を家庭裁判所が把握できたはずである。そもそも知的障害のある者を成年後見人にしなければ犯行は起きなかったものであるし、そうでないとしても、被害額をもっと少なくできたはずで、実刑にはならなかったはずである。 ●精神障害関係 (1)起訴前段階 1)被疑者勾留中の医療提供の欠如事例:主治医の診療を受けられない、診断、治療の過誤・不十分。 2)鑑定留置中の医療提供の不十分性( 精神鑑定に支障をきたすとして症状を軽減する投薬が控えられる)、他の者に比べて身柄拘束が長期化する:必要的に未決拘留に数の参入をする、不起訴の場合刑事補償をするなどの対処が必要ではないか。 (2)公判段階 1)訴訟能力の欠如から公判停止が無期限に継続する事例(資料1):訴訟能力が回復せず、検察官が公訴取り消しをしない限り、公判停止状態が永続する。 2)被告人勾留中の医療提供の欠如事例(資料2) (3)刑の執行段階 1)精神症状を規律違反として懲罰を受ける事例(資料3) 2)刑事施設内での医療の不十分性(資料4) 資料1  強盗殺人罪で92年に逮捕、起訴された千葉県内の男性被告(48)が、刑事裁判中に統合失調症による「心神喪失」と診断されながら、十分な治療を受けることなく現在まで拘置施設に勾留(こうりゅう)されていることが朝日新聞の調べで分かった。被告は、一度も裁かれること無く16年以上も勾留され続けていることになる。  被告は92年10月、千葉県松戸市のガソリンスタンドで店長を鉄パイプで殺害し、現金約56万円を奪ったとして逮捕された。過去に統合失調症で通院歴があり、起訴前の2回の精神鑑定は、刑事責任能力がない「心神喪失」と責任能力はある「心神耗弱」とで結果が割れた。千葉地検松戸支部は「心神耗弱」の鑑定結果を採用し、逮捕から1年後に起訴に踏み切った。  ところが、裁判が始まると被告は通常の受け答えもままならず、再び精神鑑定したところ、「心神喪失」と診断された。これを受けて千葉地裁松戸支部が94年12月、公判停止を決定した。  一般的に、被告人が病気などの理由で公判が停止し、逃亡や証拠隠滅のおそれが無い場合は、病状回復を図るため、裁判所が検察側の意見を聞きつつ勾留を停止し入院させるなどの手続きを検討する。  被告の弁護人は95年6月に<勾留執行の停止>を申し立てたが認められなかった。理由について、弁護人は「被告は攻撃性が強く、(社会に出れば)他害のおそれもある。もし同じような事件を起こしたら、社会の非難は避けられない。裁判所はそう考えたのだろう」と語る。  また97年5月には、改めて訴訟能力の有無を調べるため、地裁が精神鑑定を実施したが、やはり心神喪失との結果が出たという。その後は特段の動きはなく、被告は刑務所内にある拘置施設に勾留され続けた。  裁判が再開できず勾留も長引く中で、被告を一時的に入院させたり、裁判そのものを打ち切って措置入院させたりする選択もあり得た。しかし重大犯罪の被告に判決が下されないことなどに、地裁、地検、弁護人のそれぞれがちゅうちょし、今日の長期化につながった模様だ。  被告は現在、独房で生活し月1 回程度の診察と注射による治療のみがなされているが、病状は回復しておらず、妄想や幻覚の症状も強いという。刑務所に勤務経験のある精神科医は「統合失調症患者にとって他者との接触は大切な治療でもある。医者とも接触機会が少ない独房生活では回復が期待できない」と話す。一方、弁護人は「勾留が続くことは決していいとは思わないが、再犯の心配は私にもないわけではない。本人との意思疎通が難しく、家族も連絡が取れない状態では判断が難しい」と語った。  千葉地検は「被告は心神喪失の状態が続いているとの認識だ。現時点で、公判を再開したり公訴を取り消したりする新たな対応は検討していない」としている。千葉地裁は「個別の裁判についてコメントできない」としている。その後、被告人は自殺して手続を終了させた。 資料2 1)水野訴訟 長年服用していた薬を拘置所が一方的に打ちきったために、被告人が自殺した事件について、遺族が国の責任を追及して提起した訴訟。被告人(当時45歳)は、精神疾患の治療のため長年投薬を受けてきたが、2002年6月26日に八王子拘置支所から東京拘置所に移された際、一方的に投薬を打ち切られたために、不眠、不安な状態になり、メモを看守に渡して、同月30日未明、独房内で雑巾を飲み込み窒息死した。2005年1月31日の東京地裁判決は、1)投薬を勝手に中止したこと、2)自殺の危険を認識して半タオル等を撤去しながら雑巾を撤去しなかったこと(自殺防止義務違反)、3)意識がない被告人を発見しながら気道確保等の救命措置をとらなかったことの拘置所の責任を認めた。国が控訴したが、東京高裁の2006年11月29日判決は、地裁と同様に国の責任を認め、過失相殺をも否定する全面勝訴判決。 2)人権救済申し立て事件:大阪弁護士会2005.1.14、大阪拘置所あて要望書うつ病・非定型精神病で障害年金受給していた勾留中の者について、拘置所の医師が本人が症状等を述べないことからパニック障害にとどまると診断を変更した。 資料3 ○(平成7年(行ウ)第3号懲罰処分取り消し等請求事件/京都地裁平成10年5月8日判決、大阪高裁平成12年6月15日判決)  しょっちゅう手を洗うという覚せい剤精神病あるいは強迫神経症の者に対して、獄中での水の無駄遣いということで懲罰の対象とされた例。一審では原告敗訴だったが、二審では逆転勝訴。 資料4 1)人権救済申し立て事件島根県弁護士会1998.10.29、松江刑務所警告アルコール依存症に基づく離脱症状で大声を出すなどしたため、保護房に拘禁、医師等の診察をしないままにおいたところ心肺停止状態で発見された。 2)死亡帳整理番号913(京都拘置所11‐1)  自傷行為、騒音などを理由に保護房収容、精神科医の診察必要と認識しながらそれを怠っていた。被告人は拒食し、意識障害、体温低下などで発見され、多臓器不全で死亡。 参考文献 「刑事施設内医療を考える」( 近畿弁護士会連合会人権擁護委員会編、現代人文社) 「拘置所と刑務所における精神科医療サービス」( 木下顕監訳、新興医学出版社) ●視覚障害関係 1)障がいを持つ弁護士への差別事例(平成19年11月 大阪家庭裁判所における事例)  全盲の視覚障がいを持つ弁護士が、遺言書検認手続きに立ち会うため裁判所に出頭し、家事審判官に対し、同弁護士が検認の対象となっている遺言書の記載・筆跡を確認するには視覚を補う補助者の同席が不可欠である旨説明し、自ら同伴した補助者の同席を許可するよう求めた。  しかし、再三の申し入れにもかかわらず、家事審判官はこれを認めなかった。そのため、同期日には検認手続を行うことができなかった。 2)障がいを持つ弁護士への差別事例( 平成2 2 年8 月 警視庁本部留置施設東京湾岸分室における事例)  全盲の視覚障がいを持つ弁護士が被疑者への弁護人接見のため留置施設を訪れた。当日、同弁護士は、被疑者に証拠書類を読み聞かせながらこれを検討する予定であったので、留置担当者に対し、自ら同伴した視覚補助者を接見室内に同席させることについて許可を求めた。  しかし、留置担当者がこれを認めなかったため、同弁護士は、当日予定していた打ち合わせを行うことができず、以後の弁護活動にも支障をきたすこととなった。 ●聴覚障害関係 ○拘置所での弁護人以外の者との面会時における手話の使用について  2011年4月に殺人罪他で逮捕されたろう者が,5月26日に大阪拘置所に移管された。その翌日から,知り合いのろう者が面会に訪れたが,手を挙げて挨拶を交わしただけで手話の使用とみなされ即時面会禁止となった。翌週30日に再度面会に赴いたが面会許可とならなかった。31日にも訪れ面会を申し込み,筆談することを堅く言い渡されて面会許可となった。  ろう者の中には,現状のろう教育の問題のために十分な読み書きをできない者が少なくない。そういう者でも手話なら十分な意思疎通ができる場合が一般的である。今回の被収容者のろう者も,読み書きは不得手で,筆談での会話では,単語を並べたり,絵を描いたりしかできず,十分な意思疎通ができなかった。しかし,拘置所は2ヵ月半以上の期間40数回の面会をすべて筆談でさせていた。  8月になって手話のできる聞こえる者など別の者が面会に入り,手話での面会ができた。しかし,ろう者だけで面会すると筆談を強要されていることがわかり,拘置所側と交渉したり, 新聞報道されたりした(9月17日読売関西地域版夕刊,18日朝日・毎日関西地域版朝刊等)。それを受けて,大阪拘置所に,近畿矯正管区や法務省本省から指導が入り,対応を検討した結果大阪拘置所としては以下のような対応を執ることとなった。 1.手話が必要な面会の場合は, 手話のできる職員が通訳者として立ち会う。 2.上記の職員が休暇などで対応ができないときは外部に派遣を依頼する。よって,曜日を限定することなく随時手話による面会を可能とする。 3.上記によっても通訳者の手配ができない場合は,筆談での面会となる。筆談具としてホワイトボードを用意する。 4.面会時間は通常10分程度のところ,手話面会の場合は15分程度に筆談面会の場合は20分程度にそれぞれ延長する。 5.今後, 手話のできる職員を養成する。 6.手話の面会についての説明文を面会所受付に貼りだし告知する。また,聴覚障害者が来たときには,面会方法として手話・筆談・口話の希望を尋ねる用紙に記入してもらう。 以上のとおりとして10月3日から実施している。  以上で大阪拘置所での一般面会における手話使用は解決ができ, 基本的に拘置所側で手話通訳者の準備をするということで「合理的配慮」といえる対応を執ることとなった。しかし,これはあくまでも大阪拘置所限りの対応である。この「大阪方式」を基本として全国の刑事施設で同様の対応を執るべきである。  ちなみに,東京拘置所は, ろう者だけで面会に来ると筆談を強制し「次回来るときは手話通訳者を同行するように」と案内するそうである。神戸拘置所は筆談のみの対応とのことである。 ●肢体不自由関係(主として車いす利用) <裁判所> 1)東京簡易裁判所においては、法廷入口のドアからバーの内側に入るのに通路が狭くて車いすの大きさによっては入れない場合がある。また、出頭カードを置くための台が設置してあり、法廷入口のドアから法廷内に入るのが困難な場合がある。 2)東京地裁においても、法廷によっては傍聴席に車いす用の席がなくて、同時刻に複数事件の弁論が開催される場合の待機が困難な場合がある。  車いす用にスペースを空けることが出来るようになっている法廷は限られていて(708号法廷が車いすスペースが十数名分はあるようだが)、車いすの傍聴者希望が多数いる場合には入廷を制限される場合があった。固定の席が空いていても車いす用スペースが足りない場合があることも想定すると、柔軟に固定席を車いす用のスペースに変換できるような配慮が必要と考える。これは、特定の法廷だけの問題ではなくすべての法廷に同様の配慮が必要と考える。 3)過去に熊本地裁、千葉地裁では、固定席と廊下の幅が狭くてバーの内側に入ることが出来なかったため急遽ねじ止めしてある固定席のねじを外して対応したことがあったが、次に同じ法廷に行ったときは席のねじが外してあり、すぐに席を移動できようにされていた。 4)大阪の裁判所のHPでは「傍聴席には,車椅子スペースを設けています。」と明記されおり、ほとんどの法廷でスペースがあるとのこと。 5)地方裁判所の支部によってはエレベーターが設置させておらず、車いす利用の当事者及び弁護士が2階の法廷に行くことが出来ない場合がある。  急遽弁論を1階の空いている部屋で行ったり、裁判所職員に階段を担ぎ上げてもらったりした結果、裁判自体に支障はなかったといえる例はある。しかし、例えば車いすの当事者が裁判所に行って戸惑うこと、ひいては裁判自体を差し控えることなどは十分に考えられる。 6)平成14年頃、水戸地裁の裁判で、知的障害者に対する虐待事件の民事裁判が行われた際、毎回車いすの人が4名傍聴に来ていたが、裁判所は「車いすは防災上、3台まで」という内規があるということで、3名までしか車いす傍聴が認められなかった。3名のうち1名だけは何とかイスに移ることができたため、車いすから法廷のイスに移って傍聴をしたが、身体的な負担は大きかった。また防災上も、イスに移った肢体不自由者が避難しようと思ったら車いすに移ってから避難することになり時間がかかって危険であった。同じ頃既に大阪地裁では、傍聴席のイスを外して車いすスペースを作ることができ、事前連絡すれば何人でも車いす傍聴ができる運用になっていた。 <警察署> ○警察署によっては、主として建物が古いことから接見室に行くのにエレベーターがない場合がある。警察署職員に担ぎ上げてもらって接見している例がある。しかし一般の車いすの人が接見する場合に警察署が弁護士に対するのと同様の対応をするのかは疑問である。