第13回差別禁止部会 (H24.2.10) 池原毅和委員 提出資料 労働雇用分野・教育分野における「合理的配慮」について検討すべきこと 2012.2.6 差別禁止部会委員 池原毅和 平成24年1月27日第12回差別禁止部会において、厚生労働省から労働雇用分野について、文部科学省から教育分野について、それぞれの「合理的配慮」の検討内容に関してヒアリングをおこなったところですが、両省において検討されている「合理的配慮」が障害者権利条約およびそれを受けて策定されるべき障害のある人に関する差別禁止法が求める「合理的配慮」と似て非なる法概念となることが考えられるため、以下の点について内閣府障がい者制度改革推進会議差別禁止部会においてご議論いただきたいと存じます。 1 厚生労働省・文部科学省における「合理的配慮」の特色 (1) 厚生労働省 @ 障害者雇用促進法(行政的規制の枠組み)の見直しに係る議論に資する観点から検討されていること A 用語上「合理的配慮義務」とはせず「合理的配慮」とするにとどめ、義務性が明確にされていないこと B 「合理的配慮」の内容については「多様かつ個別性が高い」ものであり、「法律では合理的配慮の概念を定め、具体的な配慮の内容等については、配慮の視点を類型化しつつ、指針として定めることが適当である」として、合理的配慮が一人一人の障害のある人に見合ったものであることについては理解が示されていること、なお、合理的配慮の定義は示されていない。 C 「合理的配慮」の権利義務関係(権利義務の主体)については、「障害者に対して職場における合理的配慮の提供を事業主に義務付ける」とする一方、「あまり確定的に権利義務関係で考えるのではなく・・・当事者間の話し合いや第三者が入ってのアドバイスの中で、必要なものを個別的に考えて行くことが適切である」とし、事業主に義務があることは明言されているが、これに対応して障害のある人に権利があるのか否かについては明確にされていないこと D 合理的配慮の内容について「企業内で自主的に解決しない場合は、第三者機関による解決を図るべきであるが、刑罰法規や準司法的手続のような判定的な形で行うのではなく、調整的な解決を重視すべきである」とされ、裁判外手続においては、合理的配慮は何らかの合意を前提にしないと実現されない方向性を示唆していること (2) 文部科学省 @ 「特別支援教育の在り方」の一つとして「合理的配慮等環境整備」が検討されていること A 用語上「合理的配慮義務」とはせず「合理的配慮」とするにとどめ、義務性が明確にされていないこと B 「合理的配慮」の定義は示されているが、合理的配慮の権利義務関係は示されていないこと C 「基礎的環境整備」は、国・都道府県・市町村が主体となって、法令又は財政措置に基づいて行うものであって、「合理的配慮」の基礎となる環境整備であるとするのに対して、「『合理的配慮』は、『基礎的環境整備』を基に個別に決定されるもの」であるとしている。両者の違いは、基礎的環境整備は、@整備を行う主体は国、都道府県、市町村であり、Aその内容は個別の障害のある人に対応するものではなく一般的標準的な整備であること、Bその根拠は法令又は財政的措置であることに対して、「合理的配慮」は、@提供主体は学校の設置者または学校であること、Aその内容は個別的であること、Bその根拠は三者の可能な限りの合意形成によることの3点である。しかし、基礎的環境整備が行政施策として行われ、個々の障害のある人が権利として施策を求めることはできないものであるのに対して、合理的配慮は個々の障害のある人が権利として個別的な配慮を求めうるのであるというような本質的な法的性質の違いを説明はしておらず、むしろ、両者の違いは提供主体の違いと一般性と個別性の違いにとどまっているようにも読める。 D 「合理的配慮」の権利義務性については、「学校の設置者・学校は、個々の障害のある子供に対し、『合理的配慮』を提供する」とし、権利義務については明言していないこと E 「合理的配慮」の決定方法は、「設置者・学校と本人・保護者により、・・・『合理的配慮』の観点を踏まえ、『合理的配慮』について可能な限り合意形成を図った上で決定し、提供されることが望ましく」(4頁下段)、「意見が一致しない場合には、第三者機関により、その解決を図ることが望ましい」(5頁上段)として、「合理的配慮」の決定権限の所在を明確にしていないが、他方で、「設置者・学校が決定するに当たっては、本人・保護者と・・・『合理的配慮』の観点を踏まえ、『合理的配慮』について可能な限り合意形成を図った上で決定し、提供されることが望ましい」(11頁D)として、最終的な決定主体は設置者・学校であることをうかがわせる記述がなされている。 F 「合理的配慮の決定方法等」の項(4頁2)の中に、「学校・家庭・地域社会における教育が十分に連携し、相互に補完しつつ、一体となって営まれることが重要であることを共通理解とすることが重要である」(同項(2)B)との意図不明な記述があり、就学における合理的配慮の義務主体が不明確化される可能性がある。 G 同項(5)C(6頁)においても、「通常の学級に在籍している障害のある児童生徒に支援員を配置したものの、・・・十分な教育を受けられるようにするための支援になっていない場合などは、通級による指導を行ったり、特別支援学級、特別支援学校と連携して指導することの方が効果的と考えられる」とする記述があるが、これが「合理的配慮」の決定にいかなる意味を持つのか、設置者等が抗弁とできる趣旨とまでは読めないものの、こうした事例はむしろ通常学級にける適切な合理的配慮がなされていない事例とされるべきものであり、これを合理的配慮をするよりも通級の方がよいとする事例としてあげることには、統合化に消極的な姿勢が垣間見える。 (3) 小括 @ 合理的配慮義務が、事業者や学校設置者等の義務であり、障害のある人がその義務に対応して合理的配慮請求権を有することは明確化されていない。 A 用語上「合理的配慮」とするにとどめ、「合理的配慮義務」とはしていない。 B 合理的配慮を行う義務は、行政法上の義務であり、これに対応して個々の障害のある人に権利が認められるものではないとされる可能性がある。合理的配慮は行政法規上の義務にとどまり、個人の権利を付与したものではなく、また、その義務に対応して反射的に権利が認められるわけでもない。また、行政法規違反(合理的配慮違反)が私法上の効果として法律行為の無効や損害賠償の違法性を直ちに基礎づけるものともならないという解釈を生む余地を大きく残している(参照:個人情報保護法とプライバシー権の関係)。あるいはむしろそれを狙っているとも思われる。 C 裁判外手続においては、障害のある人が合理的配慮請求権を貫徹する(作為請求を実現する)ことはできないものとなっている。 D 教育分野では、合意に至らない場合、最終的には学校の設置者・学校が合理的配慮のあり方を決定する余地が残されている。 2 差別禁止部会において検討すべき点 以上の点を踏まえて、差別禁止部会において、以下の点を検討されることを提案します。 ○ 厚生労働省、文部科学省において、合理的配慮を行政法規上の義務、規制の在り方として定めるのであれば、それは障害者権利条約の求める「合理的配慮義務」とは異なるものだから、用語の混乱を避けるために別の用語を用いることを申し入れるべきではないか。 ○ 仮に他省庁の用語例に内閣府として介入できないのだとすれば、差別禁止部会としては、障害者権利条約のReasonable Accommodationを受けた用語として、新たな用語(例えば「平等化のための配慮義務」、あるいは、特別支援教育に振り分けたうえでの「合理的配慮」は機会均等化を否定することを補強することになるのでまったく障害者権利条約が求めるものとは異なる概念になることを明確化する意味で「機会均等化のための配慮義務」とすることも考えられる)を用いて、行政的な義務(違反した場合、行政指導、行政罰、免許の取り消しなどが伴うが、個人の合理的配慮請求権を認めるものではなく、その違反は私法上当然に違法性や法律行為の無効性を基礎づけない)と明確な区別をし、障害のある人が個別に合理的配慮請求権を有し、事業者や学校設置者、国、自治体などがそれに対応した義務を負うという、権利義務関係の明確化をおこなうべきではないか。 ○ 上記のような合理的配慮をめぐる行政法規上の義務と差別禁止法上の権利義務が明確に区別されれば、障害者雇用促進法や教育関係法制に「合理的配慮」や「障害差別禁止」の規定があっても、差別禁止法が同一分野について別個の観点・次元(個人の主観的権利を保障し、その侵害に対して損害賠償や法律行為の無効、作為請求を認める)で合理的配慮と障害差別禁止を定める意義があることになるのではないか。 ○ 厚生労働省においても文部科学省においても、第三者機関の必要性は認められており、 いまだ検討中ということであるから、内閣府として障害差別問題とりわけ合理的配慮に関しては、障害者政策委員会のもとで第三者委員会を一括して引き受けることを先んじて提案してはどうか。