差別禁止部会 第18 回(H24.5.11) 資料2 2012年5月11日 「障害者差別禁止法」に障害女性の条項明記を求めて −−「障害のある女性の生きにくさに関する調査」から 提出団体 DPI 女性障害者ネットワーク(代表者 南雲君江) 連絡先: 東京都千代田区神田錦町3−11−8−5F http://dpiwomennet.choumusubi.com/  私たちDPI 女性障害者ネットワークは1986年に発足し、障害女性の自立促進、過去には、優生保護法の撤廃にも取り組んできたグループです。現在は各地の障害女性のグループや個人と、ゆるやかなネットワークでつながり、国内外にむけた情報発信、「第3次男女共同参画基本計画」にかかわる提言や「産科医療補償制度」への問題提起など、さまざまな課題に取り組んでいます。  私たちは、障害女性が受けている差別には、障害をもつことによる差別と性の違いによる差別が複合していると考えています。「障害者権利条約」もこの認識をもって、第6条に「障害のある女性」の項目を設けたことから、私たちも「障害者基本法」改正について「障がい者制度改革推進会議」に提言を送りました。そうした働きかけをしたこともあってか、「障がい者制度改革の推進のための第二次意見」には、障害のある女性に関する施策の必要が書かれ、私たちもとても心強く感じました。しかし改正された基本法には、残念ながら、第二次意見で書かれた障害女性についての記述は反映されませんでした。この経験から私たちは、障害女性の複合差別の実態を明らかにし、それを法律や制度のなかに明確に位置付けていくことの必要性をより強く感じました。  そのため、2011年4月から11月にかけて「障害のある女性の生きにくさに関する調査」を行い、法律による救済を必要とする困難な経験が、いまも数多くあることを明らかにしようとしてきました。  調査は、当事者からの、アンケートと聞き取りによる実態調査とともに、DV防止計画と男女共同参画基本計画について、47都道府県の公式サイトに掲載された計画、年次報告などを調査しました。アンケートには全国から87人の協力が得られ、回答を問題別に分類し分析しました。この結果を2012年3月に「障害のある女性の生活の困難・複合差別実態調査報告書」(以下、報告書)として発行しました。  今日は、私たちの調査の結果から、とくに差別禁止という観点において重要な、性的被害、介助、性と生殖、就労と収入についての回答を紹介し、問題の背景を示す資料を添え、さらに、これらの問題に施策が対応できていない状況を説明します。「障害者差別禁止法」に障害女性の困難な状況を改善し、他者との平等を担保するための条文が必要であることを、理解していただけるでしょう。私たちは、法律の条文をつくる専門性はありませんが、部会の皆様が、知恵と技術をもって形にしてくださることを期待します。 「障害のある女性の生きにくさに関する調査」の結果と問題の背景 1)性的被害について  前回第17回部会で、ハラスメントについての議論がありました。性的被害のありかたはさまざまで、個々のケースが差別なのか、ハラスメントなのか、またハラスメントは差別禁止の枠組みに位置づくのかどうかといった議論はあることは了解しています。しかし解釈がいずれになるとしても、障害女性にとって性的被害は重大な経験であり、解決すべきテーマです。そこで、この問題をまず取り上げます。  調査回答の中で一番多かったのが性的被害に関する記述で、回答者の35%が経験しています。職場で上司から、学校で教師や職員から、福祉施設や医療の場で職員から、介助者から、家庭内で親族からの被害が起きています。これらは、障害女性が居続ける必要があり、容易に立ち去ることができない場です。そして、加害者の立場が強いということが共通しています。したがって、たとえ犯罪に該当するような場合であっても、被害者が被害を訴えにくいことは容易に理解できることです。  また、障害のために逃げることができない、反撃する力がない、知的障害などの場合は訴えても証言が採用されない、声や顔で加害者を特定できないなど、障害女性の属性に加害者がつけ込んでいることも充分考えられます。障害女性の経済的自立の困難も、性的被害が起こる場からの脱出を難しくし、立場の弱さから、訴えをし難くさせている要因と言えます。  性的被害は、女性だけでなく男性も受ける場合があります。しかし女性が被害者である例が圧倒的に多く、そして障害女性が、障害のために被害にあいやすいことも明らかです。以下に、調査の回答事例をあげます。 ・通所授産施設に通う送迎バスで、「乗り降りは自分で出来ます」と断っているのに、男性スタッフが毎日身体に触って介助を行った。(40歳代 精神・知的障害) ・マッサージ師として働く職場で休憩中、上司と2人きりになると後ろから抱きつかれて胸を触られた。白衣をめくられて下着に触れられた事もある。(40歳代 視覚障害) ・母の恋人から性的虐待を受けた。母の恋人が、私のお風呂介護をして胸等をさわられ、非常に辛い思いをした。母にその事を言うが、信じてもらえず最悪だった。(30歳代 肢体不自由) ・義兄からセクシャルハラスメントを受けたが誰にも言えない。自分は自立できず家を出られないし、家族を壊せないから。あまりに屈辱で言葉にできないから。(50歳代 視覚障害) ・子供のころから夜盲で、屋外にある家のトイレに夕方以降付き添いが必要だった。兄が付き添いのとき、暗がりで後ろから抱きつき、羽交い絞めにして自分の陰部を押し付けてきた。混乱して抵抗できなかった。口止めされたが母に訴えた。しかし「そんなことを言うお前こそいやらしい」と言われ絶望した。悩んだ末、夜はトイレを我慢するか深夜に屋外で用を足した。兄は、高校から帰宅のバス停に迎えに来るときも同じ行為をした。夜盲であることは弱みだと思い、人に話せなかった。背後から男性の声がすると震える。(60歳代 視覚障害) ・大学の実習施設で、男性職員によって男性実習生と部屋に2人だけにさせられた。その場は逃れたが、男性職員から「お膳立てしてやったのに、なぜ逃げた」と言われた。(50歳代 視覚障害)  もう一人、30歳代 肢体不自由の女性の回答を、報告書から以下に詳しく紹介する。回答者は就職難の中、障害者はいらない、男性ならまだいいのだがと断られたこともあった。ようやく得た職場は彼女のそれまでの仕事に比べて好条件だったが、そこで性的被害にあった。障害女性であるがゆえの立場の弱さから、上司の言葉を断りにくい上、身体の不自由により逃れることができず、被害を受けやすい状況に置かれてしまった。 ・30歳代 肢体不自由の女性の回答  「私は職場でたった一人の女性、そして障害者、しかも派遣社員でした。子どもたちの暮らしを支えるため、懸命に働いたし、職場の人たちになじもうと努力しました。社員旅行の帰りに、上司から飲みに付き合えと言われ、酔って眠り、ホテルに連れ込まれ性的暴行を受けてしまいました。その後も関係を強要され続け、会社の相談室に訴えましたが、相談員の言葉でさらに傷つけられることになりました。結局加害者の言い分に沿ってストーリーを作られ、「セクハラはなかった」と結論づけられました。  加害者と会社を相手取り裁判を起こしたものの、一審では敗訴、「支える会」が結成され、控訴審は加害者の行為が性的暴行であったことを認め慰謝料の支払いを命じましたが、2度目以降はそれと認めず、会社の責任も問われませんでした。最高裁へ上告しているこの春、会社から雇い止めの通告がありました。「勤務日数が足りない」というのが主な理由ですが、長期の休業を余儀なくされたのは、加害者と会社の責任なのです。」  以上みてきたように、障害女性たちは日常的に、さまざまな人権侵害と暴力にさらされています。こうした障害女性が受けている差別の現状が、障害・女性ゆえの差別であることを認識し、これをなくしていこうという社会規範を形成するために、差別禁止法がはたせる役割は大きいのではないかと私たちは考えています。 2)介助について  性的被害とも近接する領域にあるのが、介助の問題です。私たちの調査においても、男性が女性の介助をする異性介助の問題が、深刻さでも数でも大きなものになっています。  障害者の同性介助の要望は、必ずしも女性には女性を、男性には男性をと、機械的な割り振りを求めるものではありませんが、受ける当事者が、安心できる人からの介助を選べることを求めています。女性からは同性介助の希望が多く、その理由として次のことが考えられます。  介助は身体接触を含む場合が多く、身体接触を含む介助は、性的被害を受けるというリスクとも隣り合わせで、そうした被害は女性が男性から受ける場合が多いという事実です。女性にとって男性から受ける介助は、男性が女性から受ける場合よりも違和感が大きく、リスクが高いです。さらに、女性の身体は、鑑賞の対象、商品として価値付けられる意味をもたされています。これらのことから、身体接触をともなう男性からの介助が、女性にとって脅威であり苦痛であることは理解されると思います。  一方、男性からも同性介助を求める声はあります。家庭を出て自立生活をする障害男性が、女性から、母が接するかのような介助を受けることを苦痛に感じるというケースです。これも理解できることです。  なお、現在でも介助・介護職は、担い手の男女差が大きい職種の一つで、介護・介助職の80.6%が女性、訪問介護では、90.8%が女性という調査結果もあります(財団法人介護労働安定センター『平成19 年度 介護労働実態調査』)。しかし病院・施設に限ると男性の介護従事者も増えており、あとに示す事例のように、障害女性本人が同性介助を懇願しているにもかかわらず、日常的な排泄・入浴介助が男性によって行なわれ、それが規則化されてしまっているという場所もあります。病院・施設においては、介助を受ける当事者の希望よりも、介助職員の配置、労働管理の問題が優先してのことと考えられます。  異性介助をめぐる議論はまた、医療と比較される場合があります。診療や手術を、患者にとって異性である医師や看護師が行うことに、生命と健康を守る観点からの社会的合意があるとの指摘です。しかし、介助は医療行為とは異なり、受ける当事者の日常生活を支えるものであることをふまえる必要があります。以下に、報告書から、介助をめぐる2人の回答を紹介します。 ・50歳代 進行性筋ジストロフィーの女性の回答(国立病院の筋ジストロフィー病棟で聞き取り 聞き手からの質問を含む)  「一番辛いのはトイレ介助です。30歳代から人手を借りるようになって……。施設の中では女性職員にやってもらえるんですけど、男性職員が嫌だとか病院では言えないんですよね。勝手にトイレに入ってくるし、選択はできないんですよね。『女性の方と代わってもらえますか』というと、女性の看護師さんがくるんですけど、『しょっちゅうこんなこと言われたら私たちの仕事が増えて、男性の職員の仕事が少なくなる、職場が成り立たなくなるから、規則に従ってほしい』と言われるんですよ。  最近は慣れてしまうというか、女性としての感情はいくつになっても恥ずかしいとか、あるんですけど、最初にあった感情とか、最近はない。そんな自分が辛いっていう……。最近はお風呂も男性が入れる病棟もあるんですよね。お風呂だけは『代わってください!』って、言いますけどね。言えない人はお風呂も我慢していらっしゃる……。この病棟は自治会があるために歯止めがかかっていると思います。」 聞き手からの質問:同じ患者で、男性と女性で生きにくさは違うと思いますか?  「男の方が生きやすい気がする。できないことが多いから、頼みごとをするけれど、男の方がずばずば言える気がしますね。男性は女性職員に頼んでも、そんなに恥ずかしいってないじゃないですか。女性はトイレにしても、お風呂にしても、気を使う場面が多いんじゃないかって……。」 ・50歳代 筋ジストロフィーの女性の回答  「気管切開して人工呼吸器を着けて、今はほとんど全介助ですね。アパートを改造して自立生活しています。今のヘルパーさんはみんな女なんだけど、入院した時に感じたのは、トイレもお風呂も男性職員が多くて……。入院していたのは私が30 歳の頃。もっと若い子たちはもっと大変だったと思います。病棟内で問題になったんですけど、結局やってもらう立場だから仕方なく……。生理の始末も男性がやるようになって……。」 聞き手からの質問:その病院は前は同性介助だったのですか?  「そうです。でも『体力的に』って言われて……。それもわかるんですけど、嫌ですよね。絶対嫌だって言っていたんですけど、病棟側ができないって言われたら、自分ではできないから、やってもらうんだから、あきらめって言うか……。障害者で、筋ジスじゃなければ、こんな目にもあわなかったかもしれないですよね。今も入院している人は、この生活が続いているんですよ。泣いてた。私の友だちなんですけど、でもどこも行くところがないし、ここで我慢しなくちゃいけないし……。私たちは病棟に訴えたんですけど。もともと筋ジスは男性患者が多くて、私たちがいた時も、入院患者は男性4に対して女性は1。男性患者は女の人の介助でも、文句言う人は少ないですよ。トイレの時間も決まっているんですよ。人間はいつトイレに行くかわからない、それを職員の都合で決められる。人間扱いしてないっていうか、物を扱ってるみたいな……。患者が職員にペコペコしてるんですよ。職員は給料もらってるのに。機嫌悪くしたら頼めないんですよ。私はもう、あの生活には耐えられない。これが人間として見てるのか、女性として見てくれているのか、トイレ中に男の患者が通っているのに、カーテン開けるんですよ。あれは考えられないですよ。」  上記は筋ジストロフィー病棟の事例だが、そこだけの問題ではない。調査では次のような事例も寄せられた。 ・てんかん専門病院に入院中、風呂場で痙攣を起こした。自分に記憶はなく気づいたらタオル一枚ない全身裸で病室のベッドに居た。男性看護師2人が運んだらしい。(40歳代 精神・知的障害) ・養護学校で、知的障害の同級生のトイレ介助を独身の男性教諭がしていた。見ているだけでも不愉快だった。(40歳代 肢体不自由) ・家族と暮らしていた子どもの頃、私の介助を日常的に父親がしていた。高校生の頃から、自立生活センターの存在や「同姓介助」の理念を理解し、早くひとり暮ししたかった。自立生活後も実家へ戻れば介助は父親なので、戻らないようにした。(20歳代 肢体不自由) ・施設で障害女性の入浴介助を、当然のように男性職員が行っていた。(20歳代 肢体不自由) 3)性と生殖について  私たちの調査に、優生保護法のもとで、優生手術を強制された人の回答が寄せられました。また、月経の介助を受けずにすむようにと、子宮摘出を勧められたという回答もありました。子宮摘出が行われている可能性は指摘されてきましたが、これについて公的な調査は行われていません。自分の経験として書かれたことは、たいへん意義があります。  今年4月20日に放送されたNHK Eテレの番組「ハートネットTV」に、障害をもつ一人親の女性と2組のカップルが出演しました。現在子育て中の人たちですが、妊娠時に周囲から出産を反対され、中絶を強く勧められた体験を語りました。まさに今も、障害者とくに女性の「性と生殖の健康と権利」は脅かされており、障害女性の「性と生殖の健康と権利」確立は現在も喫緊の課題です。以下に、調査の回答事例をあげます。 ・10歳代だった63年頃優生手術(生殖を不能にする手術)を受けさせられ、生理の激痛やだるさなど不調が出た。20歳の頃結婚したが離婚。再婚の夫も家を出た。原因は私が子どもを産めないから。(60歳代 精神障害) ・生理が始まった中学生のころ、母親から「生理はなくてもいいんじゃないの」と言われた。子宮を取るという意味だった。子どもを産めない結婚できないと思い同意しなかったが、言われただけで嫌だった。自分より年上の人にはよくあったことらしい。(40歳代 肢体不自由) ・子どもの頃、母が主治医から「子どもは産めない。妊娠したら流産させる」と指導された。産んだ女性がいると後で知った。十代で別な医師に私が子どもを産めるかを聞くと「子どもねー」とだけ言われ、私は妊娠もできないのだと未来が描けなくなった。(40歳代 難病) ・妊娠した時、障害児を産むのではないか?子供を育てられるのか?といった理由で、医者と母親から堕胎を進められた。(40歳代 視覚障害 難病)  こうした状況の下地となってきた「優生保護法」と、この法律にもとづいて本人の同意なしに行われた優生手術について補足します。「優生保護法」は「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的にした法律で、1948年に成立し、1996年に現在の「母体保護法」に改正されました。「不良な子孫」とは、障害をもつ人をさし、「優生保護法」のもとで、遺伝的とされる障害をもつ人をはじめとして、障害児を産む可能性があると見なされた人に対し、優生手術が行われてきました。優生手術とは、妊娠をできなくさせる手術です。「優生保護法」には、第4条と第12条に、本人の同意なしに医師の申請によって優生手術を行うことができる規定がありました。そして、本人の同意のない優生手術の対象となった人の、約7割が女性でした。  このことについては、1998年の国連、人権委員会の第64回会期に、「人権委員会の最終見解」として、「委員会は、障害をもつ女性の強制不妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人たちの補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告する」という勧告文が日本政府に出されています。しかし、その後、この勧告にある「補償を受ける権利」の規定はできていません。  これらが過去の問題でないことは、4月20日のEテレの番組に現れているとおりで、妊娠できなくする手術、中絶の強要が、今も行われているおそれは、否定できないものとしてあります。(優生手術の件数、出典、関連する優生保護法の条文は、最後に掲載します) 4)就労と収入について  私たちが行った調査の回答から、就労を希望する障害女性が多いことがわかります。しかしそれが理解されない状況が見えます。今の社会は、“男性が働いて稼ぎ、女性は養われて家事をする”という性別役割分業を基につくられてきました。この仕組みは、結婚し、夫に養われるという立場にない女性を経済的に困難な状況におく可能性が高い仕組みです。障害女性のなかには、幼いころから、障害ゆえに結婚できない、だから、働いて自分で経済的にも自立しなければ、と感じて育ってきたという人も少なくありません。しかし、こうした女性たちが就くことができる仕事は、女性であるために、低い賃金や不安定な条件ということになりがちです。また、そうした不安定さにつけこむかたちでのハラスメント被害にもあいやすいというのが障害女性たちの経験している現実です。以下に、調査の回答事例をあげます。 ・ある企業の面接で、「うちは本当なら障害者は要らないんだよ。でも社会的立場上、面接くらいはしないとね。だから期待しないでね。まだ男性で見た目に分からん障害やったらエエねんけどな〜。一応は面接はしてあげたからもう良いでしょ。」と言われた。(30歳代 肢体不自由) ・会社で自分の席へ向かう通路を外れて男性社員の席にぶつかった。それを見た上司が「お前、男性のにおいのする方へ近づいていくから、ぶつかるんだよ!」と言った。女性としての自分を汚されたような、自分が薄汚いもののように思えた。(40歳代 視覚障害) ・出産後の職場復帰で正職からパートになり、夫の扶養に入ることを勧められた。半年後、同じ職場の健常女性が出産した時は正職のまま復帰できた。(40歳代 視覚障害 難病) ・勤め先の病院で管理者から、「身体が不自由で子育てが大変だろう」と退職を勧められた。労働組合を通して抗議して就労を続け、増員も実現させた。(50歳代 肢体不自由) ・障害女性だから無理して働く必要ないのでは?と周りに言われた。障害女性は経済的自立を前提とした自己実現が難しい。(30歳代 聴覚障害) ・児童扶養手当で、夫が重度障害で妻が健常の場合「母子家庭に準ずる」として、妻の年収により手当が受けられた。最近、妻が重度障害者で夫が健常者の場合も「父子家庭に準ずる」として手当が受けられるようになった。これはよいと思うが、今の日本社会では多くの場合男性の賃金の方が高く、そのため手当が受けられない場合が多い。夫婦の収入の合計が同じでも「母子家庭に準ずる」と受給できて「父子家庭に準ずる」と受けられない。本人の収入ではなく、配偶者の収入で受給が判断されるのはおかしい。(40歳代 視覚障害) ・収入の少なさが問題。年金がまとめて振り込まれるのもよくない。(30歳代 知的障害)  今の社会が性別役割分業に根ざしているということの反映は、事故などで障害をもったことの保障として支払われる賠償額の男女差というかたちでもあらわれてきました。障害をもった場合の遺失利益は、いまの社会を反映した男女の平均賃金から算定されるためです。それを明らかにする例として、聞き取り調査に応じてくれた20代の女性の言葉を、報告書から紹介します。 ・20歳代 肢体不自由の女性の回答  「左大腿切断で義足を使用して生活しています。交通事故で障害者になったのですけど、遺失利益は現在の男女の就業、賃金から割り出されるので、男性よりかなり低い賠償額になってしまいました。大学に入る前に事故にあったのです。私は男性と同じ仕事をして同じようにお給料を受けとろうと思っていたのに……。顔に障害を負った人は、男性の方が金額が低いと聞いたことがあります。女性は見かけで判断されるってことですよね。同じ障害で同じ状況であっても、男女でまったく違っているのは何なのって……、かなりの差別ですよね。」  他の調査を見ると、「国立社会保障・人口問題研究所」が2005−06年に東京都稲城市と静岡県富士市で行った「障害者生活実態調査」(主任研究者勝又幸子氏)からも、障害女性の就労と収入の格差がわかります。  「障害者生活実態調査」で「仕事あり」と回答した人の割合は、一般男性の約9割、一般女性の6割強、障害男性の4割強、障害女性の3割弱です。年金や手当も含む単身世帯の年間収入は平均で、一般男性が約400万円、一般女性270万円、障害男性181万円、障害女性92万円です。また、年金や手当を含まない就労による収入は、障害女性の約半数が50万円未満、7割が99万円未満です。ここに年金を足したとしても、自立した生活を営むには、低すぎる水準です。(DPIわれら自身の声/Vol.24−3に掲載「障害がある女性の貧困について」より。)これが立場の弱さとなり、性的被害の背景にもなっています。 5)女性施策が障害女性に対応していない現状について  以上の1)から4)まで、障害女性が受けている複合差別の例を示しました。これに対して、国や地方自治体の施策は対応しているのか? 私たちの調査では、そのことも検証しました。  国は、男女共同参画社会基本法にもとづいて、2010年12月に出した「第三次男女共同参画基本計画」で、障害女性を含む、複合的な困難を抱える人たちの課題について書き込み、課題解決の必要性を示しました。また、2001年に制定されたDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)は、2004年の改正時に、新たに、障害がある被害者への配慮も含めた基本的な方針を定めています。ただ、こうした計画があるにも関わらず、具体的な施策があるかというと、ほぼないのが現状です。  男女共同参画施策のなかには、いくつかの自治体で障害女性に言及した施策がありましたが、それらは、「盲女性の家庭生活訓練事業」といったもので、障害女性に家庭内に限定した生活の訓練指導を行うことを目的にしていることから、「社会のあらゆる分野に男女が共に参画し、その責任を担う社会(男女共同参画社会基本法)」という男女共同参画社会の目指すべき方向性との整合性に大きく疑問が残るものでした。  また、ここ1年以内に改訂された新しい計画のなかには、国の第三次基本計画を受け、障害女性も含む複合的な困難を抱えている人たちへの対応が必要であるとしているものもありましたが、現状で展開されている施策には、女性と障害の両方の立場にある人の課題や、障害者施策のなかの障害のある女性(男性)の課題に言及し、その課題を解決していくための計画をもっているところはありませんでした。  DV防止施策では、障害がある被害者が想定されているにも関わらず、実態を示すデータがなく、都道府県のなかで、障害がある人からの相談や一時保護の状況を記載しているのは4県にとどまっています。全般的に、障害者には必要な情報が届いておらず、DV 被害を受けていても、相談にもたどりついていない人が相当数いることが予想されます。実際、DV相談は電話や面談が主で、面接相談の手話通訳について県の計画で記述しているのは19県、筆記通訳(文字通訳)は2県です。  また、多くの都道府県が、障害者や高齢者の一時保護には、DV 被害者の一時保護施設のようなセキュリティがない、社会福祉施設やデイケア施設を使うことを想定しており、一般のDV シェルターを含む保護施設の物理面や情報面のバリアの解消が進まないという状況が続いていることも明らかになりました。  これから実施される「障害者虐待防止法」はどうでしょうか。残念ながら防止すべき虐待の定義が狭いため、障害女性が直面している幅広い暴力に充分な対応は期待できません。 6)まとめ  以上1)から5)で見たように、障害女性が受けている差別には、障害をもつことと性の違いによる差別が複合しています。しかし、障害者施策は性による格差に認識がなく、対応していません。女性施策は障害女性についての記述をもつものの、障害女性が利用できる具体的な施策にはなっていません。結果として障害女性は、合理的な配慮を受けられず、障害のない女性と比べても障害男性と比べても、不均等な待遇を受けています。これを差別と認め、「障害者差別禁止法」に他者との平等を担保するための条文を入れるよう求めます。  「障害者基本法」の昨年の改正で、施策を講じる上で配慮すべき事項として「性別」の文字が3つの条文に入りましたが、これではたいへん不十分です。たとえば「性別に応じた自立のための支援」は、性別役割分業のもとでは“男性には就労の支援、女性には家庭を守るための支援を”と読まれる心配があります。障害をもつことに加え、性別によって格差が生じていることを認識し、これを是正する配慮を行うべきと、読める文章であって欲しいと私たちは考えます。  障害女性の困難の多くが、これまで社会的に認識されず、あるいは無視されてきました。障害女性は自らの努力でこれに対処してきましたが、社会全体がこの問題に認識をもって対処できるように、強いスポットライトを当てることが必要です。  「障害者差別禁止法」は、差別を受けた人が同法に基づいて訴訟を起こすことを可能にします。しかし、法律が実現するのは、裁判の場においてだけではないでしょう。法律は、書かれたことによって社会規範を形成し、世論を動かすこともできるものです。  この部会の皆さんが知恵を集めて、「障害者差別禁止法」に障害女性のための条文を書き入れることを実現してくださるよう、期待しています。 *−* 「2)性と生殖」に関連する資料 *−* *優生保護法第2章第4条と第12条にもとづいて1949年〜1996年に、本人の同意なしに、医師の申請によって行われた優生手術の件数、出典は以下のとおりだ。全体の約7割り、第12条にもとづく場合は8割り以上が女性だ。 第4条にもとづく手術件数 合計14,568 男性4,856 女性9,712(66.6%) 第12条にもとづく手術件数 合計1,909 男性 308 女性1,601(83.8%) 第4条、第12条の合計 合計16,477 男性5,164 女性11,313(68.6%) 出典:『医制八十年史』(厚生省1955年)ならびに各年次の『優生保護統計報告』(厚生省、厚生労働省)  上記は、優生保護法にもとづく正規の手続きを経て行われた優生手術の件数だ。さらに、あきらかな違法行為も行われていた。優生保護法は第28条で、同法の規定による以外の方法で生殖を不能にする手術又はレントゲン照射を禁じ、第34条には、第28条に違反した者に対して懲役を含む罰則規定がある。にもかかわらず、実際には放射線の照射、あるいは子宮の摘出によって生殖を不能にされた障害女性が存在する。国が調査を行わないため、この女性たちについて、統計の数字はない。本人が同意した優生手術も、周囲からの圧力は否定できない。  また、優生保護法は第14条で人工妊娠中絶について、「医師は、該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。」としていたが、ハンセン病療養施設において療養中の女性に対し、本人の同意がない中絶が多数行われたことは良く知られている。 *優生手術の根拠となった条文 優生保護法(旧法、昭和23 年法律第156 号) 第1章 総則 第1条(この法律の目的) この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。 第2条(定義) この法律で優生手術とは生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもつて定めるものをいう。 第2章 優生手術 第4条(審査を要件とする優生手術の申請) 医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹つていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない。 第12条(精神病者等に対する優生手術) 医師は、別表第一号又は第二号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱に罹つている者について、精神衛生法(昭和二十五年法律第百二十三号)第二十条(後見人、配偶者、親権を行う者又は扶養義務者が保護義務者となる場合)又は同法第二十一条(市町村長が保護義務者となる場合)に規定する保護義務者の同意があつた場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる。 第28条(禁止) 何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行つてはならない。 第34条(第28条違反) 第28条の規定に違反した者は、これを1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。そのために、人を死に至らしめたときは、3年以下の懲役に処する。 *1953年「優生手術の実施に関する厚生省通知」  1953年(昭和28年)6月12日厚生省事務次官通知は、[第一 優生手術について]の[三 審査を要件とする優生手術]の4項で、審査を要件とする優生手術は、審査の手続きを経て優生手術を行うことが適当である旨の決定が確定した場合、本人の意見に反してもこれをおこなうことができるものであるとしている。さらに、次のように述べている。「この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限のものでなければならないので、なるべく有形力の行使はつつしまなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用または欺もう等の手段をもちいることも許される場合があると解しても差し支えないこと。」 (平成8年版保健医療六法) *DPI女性障害者ネットワークの「障害のある女性の生活の困難―人生の中で出 会う複合的な生きにくさとは―複合差別実態調査報告書」については、下記に 案内があります。http://dpiwomennet.choumusubi.com/houkokusyo.html