差別禁止部会
第3回(H23.4.8) 資料1
アメリカの障害者差別禁止法制
長谷川珠子氏資料
Ⅰアメリカにおける差別禁止法の構造
1.歴史的背景
- 1964年 公民権法(Civil Rights Act of 1964)
- 1973年 リハビリテーション法(Rehabilitation Act of 1973)
- 1975年 全障害児教育法(Educational for All Handicapped Children Act, EAHCA)
- →1990年 名称変更(障害者教育法(Individuals with Disabilities Education Act, IDEA))
- 1990年 障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act of 1990, ADA):包括的障害者差別禁止法
- →2008年改正(Americans with Disabilities Act Amendment Act of 2008, ADAAA)
- 2008年 遺伝子情報差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act of 2008)
2.アメリカ労働法における差別禁止法の役割
アメリカ:随意的雇用の原則(employment at will)・雇用差別禁止法
日本:解雇権濫用法理(労働契約法16条)・安全(健康)配慮義務(労働契約法5条)・雇用率制度
ⅡADA の概要
1.障害者差別禁止法の特徴
①障害の定義:柔軟性・包括性⇔曖昧さ・不確実さ
②差別の定義:合理的配慮を提供しないことが差別に該当する
③能力要件:(合理的配慮があれば、あるいはなくとも)職務の本質的機能を遂行できる者
2.障害の定義
ADAにおける障害とは、以下の3 つのいずれかを意味する(ADA3条)
①その人の一つ又はそれ以上の主要な生活活動(one or more major life activities)を実質的に制限する(substantially limits)身体的又は精神的機能障害(a physical or mental impairment)
②そのような機能障害の記録(record)
③そのような機能障害をもつとみなされること(being regarded)
連邦最高裁判決:障害の範囲を狭める
→2008年ADA改正(ADAAA)
- 障害の範囲を明確化
- 緩和措置・矯正器具の取扱い(障害認定の際に考慮しない)
- 最大限広く解釈すべきことを明記
- みなされる障害への合理的配慮は不要 等
3.禁止される雇用差別
(1)一般原則
いかなる適用対象事業体も、応募手続き、労働者の採用、昇進、解雇、報酬、職業訓練、並びにその他の雇用上の規定、条件及び特典に関して、適格性を有する人を障害を理由として差別をしてはならない(ADA102条(a))。
*ADAが禁止する差別は、採用から退職・解雇に至るまでの雇用の全局面に及ぶ。
(2)具体的な雇用差別類型
*直接差別(差別的取扱い)・間接差別(差別的インパクト)、合理的配慮の否定という3類型がADA上明記されているわけではない。
①応募者又は労働者を、その障害を理由として、その応募者又は労働者の機会又は地位に不利な影響を及ぼす方法で制限、分離又は分類すること(ADA102条(b)(1))。
例)障害に対する一般的な憶測・推測に基づいて能力判断をし、昇進させない、職務の変更を認めないなど。善意から障害者の責任を軽減(制限)することも差別となりうる。
②使用者が、その使用者の応募者又は労働者である適格性をもつ障害者を差別の対象とする契約上等の協定又は関係に関与すること(同項(2))。
例)従業員に訓練を提供するため、使用者が訓練提供企業と契約を締結する場合、当該訓練から障害者が排除されることのないようにしなければならない。
③障害を理由とする差別を引き起こす、又は、共通の管理下にある他の人々の差別を永続的にする管理上の基準(standards)、項目(criteria)、方法(methods)を用いること(同項(3))。
④ADAは、適格性を有する人が交際している又は関係をもっている人の既知の障害を理由として、当該適格性を有する人を差別すること(同項(4))。
例)応募者の配偶者が障害者である場合に、応募者が配偶者の看護等で頻繁に欠勤・早退するであろうと使用者が考え、不採用にする場合。
⑤「(A)応募者又は労働者であるその他の点では適格性をもつ障害者の既知(known)の身体的又は精神的機能障害に合理的配慮を提供しないことは、障害を理由とする差別に当たる。ただし、その配慮を提供することが、使用者の事業の運営にとって過度の負担(undue hardship)を課すことを使用者が証明できる場合はこの限りではない」、及び、「(B)労働者又は応募者の身体的又は精神的機能障害に合理的配慮を提供する必要があるという理由によって、適格性をもつ障害者である応募者又は労働者の雇用機会を否定することは、障害を理由とする差別に当たる」(同項(5))。
⑥障害者又は障害者集団を排除する又は排除する傾向のある(tend to)適格性基準、試験、その他の選考項目を用いることは、障害を理由とする差別に当たる。ただし、当該基準、試験又は選考項目が当該職務に関連し、業務上の必要性に合致することを、適用対象事業体が証明できる場合は、この限りではない(同項(6))。
⑦感覚、手作業又は発話技能が損なわれた障害をもつ応募者又は労働者に試験を実施する際に、その試験が測定することを目的としている技能、適性、その他の要素を、結果が正確に反映されるようにするのに最も効果的な方法によって、雇用に関する試験を選択したり実施したりしないことは差別に当たる(同項(7))。
例)障害のため読むことができないことを試験実施前に使用者に告げていた人に対して、書面による採用試験を実施すること。
(3)その他の禁止(規制)される取扱い
- 健康診断
- 報復差別
(4)許される行為
- 職場における他者又は障害者自身の健康又は安全に対して直接の脅威(direct threat)を及ぼさないことという資格基準を設定すること(ADA103条(b))。
- 合理的配慮を提供してもなお、食品を取扱うことにより他者に感染するような感染症を患う人に対し、採用又は雇用継続を拒否すること(同条(d))。
- 現在薬物を不法使用している人に対し、その使用を理由として、不利益取扱いをすること(ADA104条(a))。
4.合理的配慮の内容
(1)合理的配慮概念の形成
- 1972年公民権法第7編改正:「宗教」差別に関し合理的な配慮を規定「宗教」には、「信条のみならず、使用者が過度の負担(undue hardship)なしに、合理的な配慮を提供すること(reasonably accommodate)ができないことを証明しない限り、全ての宗教上の儀式や慣行が含まれる」
- リハビリテーション法504条の行政規則に、過度の負担とならない範囲において、合理的配慮を講じることを義務付け。
(2)ADAにおける合理的配慮
- ADA101条(9)
- (A)労働者が使用する既存の施設を、障害者が容易にアクセスし、かつ使用できるようにすること。
- (B)職務の再編成(job restructuring)、パートタイム化又は勤務割(work schedules)の変更、空席の雇用ポストへの配転、機器又は装置の購入又は改良、試験、訓練材料又は方針の適切な調整又は修正、資格をもつ朗読者又は通訳者の提供、及び障害者に対する他の類似の配慮。
- EEOC規則1630.2条(o)
- ①採用プロセスにおける配慮(障害者であり適格性を有する応募者の採用の可否を検討するために必要となる採用プロセスにおける変更又は調整)
- ②職務遂行に関する配慮(適格性を有する障害者がそのポストの本質的機能を遂行するために必要となる、その人が就いている又は希望するポストにおける労働環境若しくは通常の実施方法又は状況の変更又は調整)
- ③均等な利益及び特典の享受に関する配慮(障害をもつ労働者が、障害をもたない同じ条件の労働者と均等な利益及び特典を享受することを可能にする変更又は調整)
(3)使用者が合理的配慮義務を負わない場面
- 合理的配慮を提供しても障害者が職務の本質的機能を遂行できない場合
- みなされる障害の場合
- 「過度の負担」(著しい困難又は費用を必要とする行為)となる場合
判断基準(ADA101条(10))- 配慮の性質及び費用
- 当該事業所の財政状況、従業員数、事業への影響
- 企業全体の財政状況、等
(4)合理的配慮を講じる際の財政的支援
- 中小企業(総利益が100万ドル以下又はフルタイム従業員が30人未満):合理的配慮にかかったコストについて年間5,000ドルを上限に税額控除
- それ以上の規模の企業:建物の改築、交通・移動手段に関するバリア除去の費用を対象として、年間15,000ドルを上限に所得控除
Ⅲ差別に対する救済
1.行政上の救済
(1)EEOCとは
雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Committee)
- 1964年、公民権法第7編制定時に同法を実施する機関として創設。連邦の雇用差別禁止法(公民権法第7編、雇用における年齢差別禁止法、同一賃金法、ADA、GINA)の内容について各種のガイドラインを作成する権限及び差別救済に関する権限を有する。
- ADA第1編違反に関する救済及び手続きについては、公民権法705条以下に定める規定を適用する(ADA107条(a))
- スタッフ数:約2,200名(全米)
- 予算:約3.5億ドル
(2)手続
- EEOCへの申立(申立は、原則として差別があった日から180日以内に行う)。
*EEOCへの申立を経ずに、直接裁判所に提訴することはできない。
- EEOCによる申立内容の書面化。
- 申立から10日以内に使用者への書面提示、「調査」開始の報告。
- 調査官による情報収集。
- ADA違反があると考えるに足る合理的根拠がある場合:
- ①EEOCが「調整」(協議、説得)を通して、当事者間での差別の自主的解決を図る、又は、
- ②当事者の同意が得られた場合にはメディエーションに付す(EEOCからの働きかけがない場合でも、事案によっては当事者の要請でメディエーションが可能。メディエーションが失敗した場合には、通常の救済手続きに戻る)。
- 自主的解決が困難な場合
- ①EEOCが自ら原告となって提訴を行うことができる(少数)
- ②多くの場合、申立人に訴権付与状(Notice of Rights to Sue)の送達→訴権付与状を受け取ることにより、提訴可能になる。
(3)申立件数・内容
種別 | 全体 | 障害 | 人種 | 性 | 出身国 | 宗教 | 報復 | 年齢 | 同一賃金法 | 遺伝 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
件数 | 99,922 | 25,165 | 35,890 | 29,029 | 11,304 | 3,790 | 36,258 | 23,264 | 1,044 | 201 |
割合(%) | 25.2 | 35.9 | 29.1 | 11.3 | 3.8 | 36.3 | 23.3 | 1.0 | 0.2 |
【2010年処理内容(障害関連24,401件)】
- 和解 10.6%
- 有利な条件での申立取下げ 6.0%
- 行政的終結 16.3%
- 合理的根拠なし 62.2%
- 合理的根拠あり 4.9%
- →自主的解決に至った件数1.8%
- →自主的解決に至らなかった件数3.1%
2.司法上の救済
- エクイティ上の救済:差別行為の差止め、採用命令、職場復帰命令、バックペイ、フロントペイ、合理的配慮の提供、弁護士費用等(公民権法706条(g)
- 金銭的救済:意図的な差別に対する補償的損害賠償、違反者に積極的な悪意又は労働者の権利の甚だしい軽視があったことを原告が証明した場合に与えられる懲罰的損害賠償(1991年公民権法102条(a)(1)及び同条(b))。
- 合理的配慮の提供に関して、使用者が障害者に「誠実に」対応していたことを証明できる場合には、補償的・懲罰的損害賠償は認められない(1991年公民権法102条(a)(3))。
従業員数 | (原告1人あたりの)損害賠償額の上限 |
---|---|
15~100人 | 5万ドル |
101~200人 | 10万ドル |
201~500人 | 20万ドル |
501人以上 | 30万ドル |