差別禁止部会 第5回(H23.6.10) 資料1 アメリカの障害者差別禁止法制 植木淳氏資料 「障害」の定義 ― ADAにおける障害差別禁止法理 北九州市立大学 植木淳 T.アメリカ合衆国憲法における平等保護法理 1.アメリカ合衆国憲法修正14条1節「平等保護条項」(1868年) 「いかなる州も、各州の管轄権において、何人に対しても法の平等な保護を否定してはならない」 2.平等保護理論の展開 ― 「疑わしき区分」 (1)「切り離され孤立したマイノリティ」 ・合衆国対カロリーヌプロダクツ(304 U.S. 144(1938)) 「切り離され孤立したマイノリティに対する偏見は〜厳格な審査が必要と される特別な条件となりうる」 (2)人種区分 ― 「疑わしき区分」 ・マクローリン対フロリダ(379 U.S. 184(1964)) 「修正14条の中心的目的は人種差別を除去するものであったという歴史的事実」にてらして、人種的区分は「憲法上疑わしい」ものであるとされ、「最も厳格な審査」が適用される(厳格審査基準)。 (3)性区分 − 「準・疑わしき区分」 ・クレイグ対ボーレン(429 U.S. 190(1976)) 性区分は、重要な政府利益の達成のために、実質的に関連するものでなければならない(厳格な合理性の基準・中間審査基準) (4)国籍・年齢・経済状況による区分 ・国籍による区分 → 政治的権利に関しては「疑わしき区分」ではない ・年齢・経済状態による区分→「疑わしき区分」ではない(合理性の基準) 3.「障害による区分」の憲法的評価 (1)「疑わしき区分」とは何か? @修正14条の制定意図、A差別に歴史性があること、B「劣位の地位」にお き、スティグマ(心理的害悪)を与えるものであること、C生来的・不変的特徴であること、D政治過程への参加を阻害されてきたこと → 「障害による区分」は、@を除けば、人種区分・性区分と同じく、「疑わしき区分」あるいは「準・疑わしき区分」であるように思われる (2)連邦最高裁の立場 ― クレバーン判決 ・クレバーン市対クレバーンリビングセンター(473 U.S. 432(1985)) @「日常世界に適合して役割を果たす能力が劣っていることは否定できない」ため、障害のある人に対する適切な処遇は、立法府の裁量に委ねられるべきである。A連邦議会における保護立法の存在からすれば、障害のある人々が「法律制定者から配慮を受けることもできないほど政治的に無力であるという主張は否定される」。 → 「障害による区分」は「疑わしき区分」「準・疑わしき区分」ではない。 (3)「障害のあるアメリカ人に関する法律」(ADA)(1990年) ・事実認定(2条) @「社会は歴史的に障害のある個人を切り離し孤立させる傾向」があり、「障害のある人に対する差別の形態は深刻で継続的な社会問題でありつづけている」、A障害のある人は、人種差別・性差別の場合には存在しているような法的救済手段を有していない、B障害のある人々は集団として「劣位の地位」におかれている、D「障害のある個人は、当該個人によってはいかんともしがたい特徴に基づいて〜意図的な不平等取扱の歴史にさらされ、社会において政治的に無力な地位に置かれつづけてきた切り離され孤立したマイノリティである」。 → 障害のある人々が、平等保護法理において特別な保護と関心の対象たるべき「切り離され孤立したマイノリティ」であることを強調する U.「障害のあるアメリカ人に関する法律」の規範構造 1.ADAの全体構造 (1)全体構造 第1編 「雇用」(employment)(42 U.S.C. §12112) 〜 「雇用」における差別の禁止(cf.市民権法7編) 第2編 「公的機関」(public entity)(42 U.S.C. §12131) 〜 州・地方自治体の提供する「サービス・活動・プログラム」における差別の禁止(cf.市民権法6編) 第3編 「公共施設」(public accommodation)(42 U.S.C. §12181) 〜 民間事業者の運営する公共施設(店舗・宿泊施設)における差別の禁止(cf. 市民権法2編) 第4編 「電気通信」(telecomunication)(47 U.S.C. §225) (2)「障害」の定義(42 U.S.C. §12102) @個人の主要な生活行動を実質的に制約する心身の機能障害 Aそのような機能障害の記録 Bそのような機能障害を有するとみなされていること 2.ADA各編の規範構造 ― 障害差別禁止法理 (1)「障害のある個人」であっても、「合理的配慮」があれば、特定の社会活動の「本質的機能」を遂行・参加することが可能な場合には、「資格を有する個人」であるとみなされる(42 U.S.C. §12111(8),12131(2)) (2)差別禁止規範 @「障害」のみを理由とした不利益取扱は「差別」であるとみなされる(「直接差別」の禁止)(42 U.S.C. §12112(a),12132,12182(a)) A「障害のある個人」を排除する傾向にある基準・運用方針を採用することは「差別」であるとみなされる(「間接差別」の禁止)(42 U.S.C. §12112(b)(3)(A),182(b)(2)(A)(@)) B「障害のある個人」の完全で平等な参加を保障するための「合理的配慮」「合理的変更」を提供しないことは「差別」であるとみなされる(「合理的配慮」の提供義務)(42 U.S.C. §12112(b)(5)(A),12182(b)(2)(A)(A)) (3)抗弁事由(使用者、公的機関、公共施設の所有者・管理者) @障害のある個人の参加が、他者の生命・安全に対して「直接の危険」を及 ぼすような場合には、別異取扱が正当化される( 42 U.S.C. §12113(b),12182(b)(3)) A当該社会活動の提供主体に対して「不当な負担」を負わせるものである場合、あるいは、当該社会活動の性質の「本質的変更」をもたらす場合には、「合理的配慮」あるいは「合理的変更」の提供義務は免れる(42 U.S.C. §12112(b)(5)(A),12182(b)(2)(A)(A)(B)) 3.平等保護法・市民権法としてのADA ― 意義と限界 ・ADAは、「資格を有する個人」(本質的機能の遂行能力)であることを前提として、「差別」を禁止するというものであって、直接には社会的給付を受ける権利や優先処遇を要求する権利を含むものではない。 V.ADA訴訟の展開 1.ADA第1編訴訟における「裁判所の反動」 (1)「障害」の定義 @緩和手段の存在 ・サットン対ユナイテッド航空(527 U.S. 471(1999)) (事案)原告らは、被告会社のパイロットに応募したが、裸眼視力0.2以上を要求する同社の基準に適合しなかったために、採用を拒否された。 (判旨)「主要な生活行動を実質的に制約する心身の機能障害」が存するか否かは、機能障害に関する「緩和手段」の存否を考慮して判断される。 → 本件原告らはメガネ・コンタクトレンズによって「心身の機能障害」が緩和されているため、「障害のある個人」に該当しない A「主要な生活行動」「実質的制約」の判断基準 ・トヨタモーター対ウィリアムズ(534 U.S. 184(2002)) (事案)原告は、手根管症候群に罹患したことに起因する問題のため、被告会社を解雇された。 (判旨)@「特定の仕事に関連する業務の遂行が不可能になっている」だけでは「主要な生活行動」に対する制約とはいえない。A原告が、「自分自身の衛生を管理することができ、個人的なあるいは家事的な仕事を行うことができる」ことは、「障害」の存否に関する判断において考慮されるべきであった。 → 本件原告を「障害のある個人」とした原審判断を破棄した 《批判》 原告は、自分自身が「資格を有する個人」である(職務の「本質的機能」を遂行しうる)ことを証明しながら、「障害のある個人」(「主要な生活行動」が「実質的に制約されている」)ことを証明することが要求されるという「二律背反」な立場に立たされる。 → 連邦最高裁は、ADAの市民権法的性格を理解していない。 (2)「合理的配慮」「直接の加害」 @「合理的配慮」 ・U.S.エアウェイズ対バーネット(535 U.S. 391 (2002)) (事案)障害のある原告が、「合理的配慮」として、先任権を有する他の労働者に優先して特定の職務にとどまることが認められるかが争われた。 (判旨)通常の場合には先任権制度と矛盾する措置は「合理的配慮」とはいえない。 A「直接の加害」条項の解釈 ・シェブロン対エチャザバル(536 U.S. 73(2002)) (事案)肝臓疾患のある原告が、被告会社の石油精製所におけるフルタイムでの勤務を拒否された。 (判旨)当該職務の遂行が本人の健康に対して危険を及ぼす場合であっても、「直接の加害」条項に基づいて採用を拒否しうる。 (3)2008年法改正 − 「障害」概念の拡張 ・ADA改正法2条(a) 「最高裁がサットン判決及び関連判決で判断した内容は、ADAによって保障されることが意図された広範囲な射程を狭めるものであって、連邦議会が保護することを意図した多くの人々の保護を剥奪するものである」 ・ADA改正法4条(a)(4)(A) 「本法における障害の定義は、本法における語句から最大限許されうる範囲で、本法の適用対象たる広範囲な個人に有利に解釈されなければならない」 ・ADA改正法4条(a)(4)(E) 「ある損傷が主要な生活行動を実質的に制約するか否かの判断は」、当該損傷を「補正するための努力や緩和手段とは無関係になされなければならない」 2.ADA第2編・第3編訴訟における市民権法理の展開 (1)ADA第2編訴訟の展開 @道路の構造バリア ・キニー対イエルサリム(9 F.3d 1067(3rd Cir. 1993)) (事案)市が街路を「再舗装」する行為が、司法省規則において「縁石カット」の設置が要求される「改造」に該当するか否かが争われた。 (判旨)「改造」とは「施設の有用性(usability)に影響をもたらすような変化である」。「何らかの変更によって街路が現在よりも『利用しやすい』(usable)ものとなるような場合には、そのような有用性(usability)の向上という利益の享受に関しては、縁石カットの設置によって、障害のある人に対しても完全にアクセス可能なものとされなければならない」。 → 「再舗装」は、街路の「有用性」を高める「改造」であって、縁石カットを敷設しないことは違法である。 A刑務所・刑事手続 ・ペンシルバニア対イェスキー(524 U.S. 206(1998)) (事案)受刑者が、高血圧を理由として「ブートキャンプ」(初犯の受講者は早期に仮釈放を受けられる)への参加を拒否された。 (判旨)現代の刑務所においては、受刑者に対して、リクリエーション、医療サービス、教育・職業訓練プログラムなどの「利益」を提供している。更に、ADA第2編における「参加」とは必ずしも「自発的参加」を意味するものではないばかりか、刑務所における全てのサービス・プログラム・活動が強制的なものとはいえない。そのため、「ADA第2編は明文から疑いなく州刑務所受刑者に適用される」。 ・ゴーマン対バーチ(152 F.3d 907(8th Cir. 1998)) 〜 車椅子利用をしていた原告が、逮捕・移送される際に、車椅子未対応の車両に乗せられたために転倒して怪我を負うなどした事案に関して、ADA第2編から「障害に対応した安全で適切な方法による取扱と移送」が要求されていると判断された。 (2)ADA第3編訴訟の展開 @建物の構造バリア ・リーバー対メーシーウェスト(80 F. Supp.2d 1065(N.D. Cal. 1999)) 〜 大規模商業施設における玄関、通路、会計場所、試着室、トイレなどがADAAG(ADAアクセス可能化ガイドライン)に適合していないとして訴訟提起された。連邦地裁は、売場の通路幅が常時36インチ幅以上に保たれていないこと、会計場所に床面から36インチ以内の高さのカウンターが設置されていないことなどがADAAGに反すると判断した。 A商品・サービスの提供 ・アリゾナ対ホーキンズアミューズメント(603 F.3d 666(9th Cir. 2010)) 〜 映画館において、聴覚障害のある人に対する字幕サービス、及び、視覚障害のある人のための音声説明サービスが提供されていないことの合法性が争われた。連邦控訴裁は、映画館における字幕サービス(クローズドキャプション)及び音声説明サービスはADA第3編の要求する「補助的な援助及びサービス」に該当すると判断した。 B情報サービス ・・・ 「公共施設の場所」は物理的構造物に限定されるか? ・トーレス対AT&Tブロードバンド(158 F.Supp.2d 1035(N.D.Cal. 1001)) 〜 視覚障害のある原告は、被告・ケーブルテレビ運営会社が、視覚障害のある人にアクセス可能なサービスを提供しないことはADA第3編に反すると主張した。連邦地裁は、デジタルケーブルシステムは、ADA第3編における「公共施設の場所」ではないとして、訴えを退けた。 ・NFB対ターゲット(452 F.Supp. 2d 946(N.D. Cal. 2006)) 〜 小売店チェーンを展開するターゲット社の開設する「ターゲット・ドットコム」に視覚障害のある人がアクセスできないことがADA第3編に反すると主張された。これに対して、連邦地裁は、「原告がターゲット・ドットコムに対するアクセスが妨げられることによって、ターゲットストアで提供されている商品及びサービスの完全な享有が妨げられていると主張する限りにおいて」、ADA第3編違反を主張しうるとした。