差別禁止部会 第6回(H23.7.8) 資料1 「差別」の定義を巡る論点(その1) 第1、直接差別 1、差別的取扱の理由付けの多様性 ≪検討に当たっての背景や視点≫  障害者に対する差別と思われる事例には、様々なものがあります。以下の事例はいずれも障害者に対する事例です。そのなかで、差別的取り扱いの理由とされるものを突き詰めていくと、機能障害が問題とされているのか、能力障害が問題とされているのか、障害者そのものが忌避されているのか、障害者の置かれている社会状況そのものが問題とされているのか、必ずしもはっきりしない場合もありますし、また、いろいろなパターンがあるように思われます。 ≪質問≫  そこで、以下の事例では何が相手方から問題とされているのか、言葉を換えて言えば、何が差別的な取扱の理由付けとされているのか、ご意見を伺いたい。  (なお、ここでは下記の事例が最終的に差別に当たるのか否か、正当理由があるのか否か、等といった議論を求めるものではありません。もっぱら理由付けの内容についてご検討ください。) @ 障害があるということで、養護学校へ行くことが決めつけられた。 A 脳性まひの人には不随運動などがあり、適切な治療ができない恐れがありますので、当医院では歯科治療はできません。 B 多動のお子さんはお客さんの迷惑になりますので、別のレストランに行ってください。 C この遊園地のレストランでは、電動車いすに乗っておられる方にアルコール類を提供することはできないことになっております。 D 重度障害のある車いす利用者は、緊急時の安全上、当社の航空機には単独搭乗できません。 E 仕事は人並み以上にやってもらっておりますが、養護学校の高等部の卒業では一般の中学卒の賃金しか払えません。 F お客さんの中には、障害者がいると楽しめないとかくつろげないという方もいらっしゃいますので、入店をお断りします。 G 車椅子でレストランに入ろうとしたら、満杯だと断られた。しかし友人に中をのぞいてもらったら、十分空いていた。 H 精神障害者は、傍聴規則で入れないことになっているので、議会の傍聴はできませんと断られた。 2、差別的取扱い「理由」と「障害」の関係 ≪検討に当たっての背景や視点≫ (1)実際の場面では、行為者が当該行為に至った理由について述べるところは、さまざまであり、表示した理由と内心の意図とが異なる場合もあり得るように思われます。  しかし、表示された理由をだけを見ても、それが機能障害だけでなく、能力障害、障害者の置かれた社会的状態などが理由となっている場合のほか、疾病や障害者に対する固定観念や偏見などの主観的な動機に基づく場合などもあります。  このように、障害者に対する差別的取扱いにおいては、実際上多様な理由付がなされるわけですが、これらの場合を差別の問題に取り込むためには、以下の方法があり得ると思われます。 @ 障害の内容そのものに取り込む形で対処する方法 A 定義上必ず登録する「を理由にする」とか「に基づく」といった「障害」と「差別」を結ぶ言葉の使い方やその言葉の意味をどう解釈するかといった観点から対処する方法 B 理由付けの多様性に応じて差別類型自体を複数用意する方法 (2)@の問題は6月10日の部会で議題としておりますので、Aの課題から検討していただきたいのですが、これまでの国際人権規範や外国法制度を見ると、障害と差別を関連づける言葉遣いとしては、以下の通り、さまざまですし、その訳もいろいろです。中には同じ英語でも違う日本訳も見られます。 法典 文語(原語) 文言(和訳) 訳者 世界人権宣言 on the basis of 基づく 政府仮訳文 市民的及び政治的権利に関する国際規約 on any ground 理由による 政府訳 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約 on the basis of 基づく 政府訳 あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約 based on 基づく 政府訳 障害者の権利に関する条約 on the basis of 理由とする 政府仮訳文 基づく 川島・長瀬訳 EU雇用機会均等一般枠組み指令 on any of the grounds 基づいて 川島聡訳 1990ADA(米) because of ゆえに 斉藤明子訳 1992障害者差別禁止法(豪) on the ground of 理由に WIPジャパン株式会社訳 1993人権法(NZ) by reason of 理由として WIPジャパン株式会社訳 また、憲法を含む日本の法律用語としては、以下のとおりです。 法典 文言 憲法英語原文 because of 憲法 により 教育基本法 によって 労働基準法 理由として 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 理由として  これらの異なる言葉が、実質的な意味においても異なったものとして解釈されているのか、同一なのか、研究を待つ必要があると思われます。ただ、一般的な語感としては、「Aを理由とする」という表現の場合、A以外の事由は含めにくいと思われますが、「Aに基づく」という表現の場合、Aに基づいて発生するその他の事由も含めて差別の定義の中に読み込める余地もあるように思われます。  また、この問題は、行為者の主観としていかなるものが必要となるのかといった問題にも連なる問題であると思われます。ですので、障害と差別を関連づける用語として、どのような言葉が適当であるか、そしてその際その言葉にどのような意味付けをすべきか、検討が必要だと思われます。 (3)また、Bの課題は、Aの課題と同じ側面の問題とも思われますが、イギリスでは、すでに廃止された1995年障害者差別禁止法において、【for a reason which relates to】(に関連する理由に基づいて)といった規定がなされておりました。  ところが、2010年平等法では、障害以外の保護事由も含めて禁止される共通の一般的な直接差別(direct discrimination)の類型では、【because of】(を理由として)という規定の仕方をしています。  注目すべきは、これに加え、この一般規定とは別個独自の直接差別類型として、「障害に起因する差別」(Discrimination arising from disability)という形態を設け、そこでは、障害の「結果として発生する事由を理由として」(because of something arising in consequence of)という規定の仕方がなされております。  この規定は、1995年の障害に特化した差別禁止法がベースとなったと思われますが、これにより、幅の広い関連づけが可能となっているように思われます(なお、両類型は、例外事由について、異なる書き振りとなっている点にもご注意ください)。 ≪質問≫  そこで、以上を念頭に置いて、差別的取扱いの理由付については、多様性があるなかで、どのような場合まで差別の守備範囲とするのか、そして、その方法としてはいかなる手段が妥当か、ご意見を伺いたい。 3、直接差別とされる行為をどう捉えるか ≪検討に当たっての背景や視点≫  何が直接差別といえる行為であるのか、突き詰めると、2つの側面が問題となると思われます。  1つ目の要素は、異別取扱いすなわち他人と異なる取り扱いであり、2つ目の要素は、不利益取扱いであります。  ところで、障害者の権利条約第5条では、差別の例外として、積極的差別是正措置が差別には当たらず、例外として許容される旨を規定しております。これは異別取り扱いが差別であることを前提にしているからであると思われます。不利益取り扱いを差別行為だとすると、そもそも差別には該当しないことになるので、例外としてわざわざ書くまでもないことになります。  また、日本の憲法学でも取り扱い上の差異が合理的か、不合理かといった観点から、合理的区別は差別ではなく、不合理な区別が差別であると論じられてきました。平等権が「区別されない権利」として理解されるべきであると、その点を明確に指摘する学者もおられます。これらも異別取扱いに念頭に置くものです。  さらに、一般に間接差別といわれる概念は、アメリカにおいてはdisparate impact(異なる効果)と言われるのに対し、直接差別についてはdisparate treatment(異なる取り扱い)と言われており、異別取扱いかどうかで、直接差別かどうかが議論されていると思われます。  もっとも、障害者の権利条約約第2条の差別の定義では、あらゆる差別類型を包含するような形でできておりますので、異別取扱いの要素(区別、排除、制限)と不利益取り扱いの要素(人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するもの)の両者を内包している形となっています。  ところが、外国法制の多くは、不利益取り扱いを差別の定義としております。  このような中にあって、どちらを基本的な要素と考えるかは、そもそも差別が禁止された理由が何であるのか、機会の均等という古典的ではありますが、基本的な価値をどう考えるのかといった視点から取扱の差異に焦点を置くか、結果としての不利益に焦点を置くのか、問われているようにも思えます。また、差別の定義としての明確性、立証の容易性と可能性、積極的差別是正措置などの優遇措置との関係、間接差別や合理的配慮の否定との関係をどう考えるかなど、様々な観点からの議論が求められると思われます。 ≪質問≫  そこで、以上を念頭に置いて、直接差別の基本的な概念や定義をどう考えるか、ご意見を伺いたい。 ≪質問≫ 4、その他、直接差別において、論議すべき点があれば、ご意見を伺いたい。 なお、例外事由や挙証責任、さらには直接差別と間接差別と合理的配慮の三類型の相互の関係などの問題は、後日、論じていただくつもりです。 第2、間接差別 1、間接差別という差別類型の必要性 ≪お願い≫ ア)間接差別に当たると思われる事例として具体例をお持ちの方は紹介していただけませんでしょうか。 ≪質問≫ イ)以下の事例について、間接差別の類型として把握すべきか否かについて、事例ごとに、ご意見を伺いたい。 一般採用試験で受験または採用の要件として以下の規定を障害の有無にかかわらず適用すること (1)一般公共交通機関を利用すること。 (2)活字印刷物の判読が可能であること。 (3)電話対応、面談が可能であること。 (4)自家用車通勤が不可であること。 (5)試験申込書・受験票の記入は、自筆であること。 ≪質問≫ ウ)合理的配慮を差別類型に取り入れれば、間接差別の概念は必要性がないのではないかという意見もあるかとは思います。そこで、合理的配慮の問題とは、別個の問題として、間接背別の概念が必要か否かについて、前記の事例、もしくは委員のお持ちの事例を通して、ご意見を伺いたい。 2、間接差別における差別とは何か、 ≪検討に当たっての背景や視点≫ 外国法制度を参考にすると、間接差別という概念は、大まかに言うと A)中立的、または、一般的な規定、基準、慣行などの適用行為 B)他の人との比較 C)不利益な結果 D)例外事由 などを構成要素としているように思われます。  しかし、日本の雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律は、第6条において事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならないとしたうえで、第7条では、「男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについて」「これを論じてはならない」(例外事由は省略)としている。 ≪質問≫ ア)そこで、まず、上記Aの要件との関係で、障害者に対する間接差別類型を考えるときに、上記雇用機会均等法のように政令レベルで限定例挙された事由だけを間接差別の適用対象とすべきか否か、その根拠をどう考えるか、女性に対する差別に関する外国法制との比較だけでなく、性別と障害という属性の違いや特色も念頭において、ご意見を伺いたい。 ≪質問≫ イ)次に、上記B及びCの要件との関係で、誰と誰を比較し、不利益を判断するのか、ご意見を伺いたい。 ちなみに、 @ EUの「雇用と職業における均等待遇のための一般枠組みに関する指令」(2000)では、外形的に中立的な規定、基準又は慣行が、特定の宗教若しくは信念、特定の障害、特定の年齢又は特定の性的指向をもつ人びとに他の人びとと比較して特定の不利をもたらすであろう場合とされ、一定の層に属する人々が相互に比較対象されます。 A EUの「年男女均等待遇指令改正指令」(2002)では、外見上は中立的な規定、基準、または取扱いが、ある性に属する者に対して他の性に属する者と比較して、特定の不利益を与えるだろう場合とされており、上記と同様だと思われます。 B しかし、「イギリス性差別禁止法(2005年改正後)」では、男性たちと比較して女性たちが特定の不利益を与え、あるいは特定の不利益を与えるだろう場合であって、かつ、それが当該女性に不利を与える場合であるとされています。ここでは、一定の層に属する集団を相互に比較をした後、当該女性との関係でも不利益かどうかを判断することになります。 C 2010年平等法(英)では、これを受け、上記と同様、Bの特性を共有する人々を、Bの特性を共有しない人々と比較し、特定の不利な立場に置く、又は置くであろう場合であり、かつ、Bをその不利な立場に置く、又は置くであろう場合であるとしております。 ≪質問≫ 3、その他、間接差別において、論議すべき点があれば、ご意見を伺いたい。 なお、例外事由や挙証責任、さらには直接差別と間接差別と合理的配慮の三類型の相互の関係などの問題は、後日、論じていただくつもりです。