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場所:戸山サンライズ 大研修室
 

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障がい者制度改革推進会議 第31回(H23.4.18) 勝又幸子委員提出資料

第30回 推進会議において提示された、障害者基本法改訂(案)に関する意見

構成員 勝又幸子

「障害のある女性」を新たに追加することを提案

<総則更新案>

(4)(差別の禁止)下線部分の追加

1.何人も、障害者に対して、障害を理由として、加えて性別により差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならないこと。

<基本的施策>

(新設)

障害のある女性への支援

国及び地方公共団体は、障害のある女性が、複合的な差別を受けていることを認識し、すべての施策において、合理的配慮をもって彼らの完全な参加を実現すべく必要な支援をしければならないこと。

提案理由:

第30回の改訂案において、障害のある女性については、(施策の基本方針)の1で「性別」をいれたこと、基本的施策の(14)の4で「性別」を加えたことで言及しているという説明だったが、これだけでは、第2次意見で表明された視点の反映が不足している。

したがって、総則(差別禁止)で、性差別の禁止を明示する必要がある。また、基本的施策においては、新設として「障害のある女性への支援」を加え、その中で、障害者権利条約においても明示されている「複合的な差別」をいれ、障害のある女性の完全な参加が保障されるよう、支援していくことを、国及び地方自治体にもとめる必要がある。

なお具体的に想定している支援とは、役割への支援として、障害のある女性が妊娠・出産・子育てすることへの支援、加えて就労や家族の介護などの一般の女性が担っている役割を遂行できるようにすること等を含んでいる。

参考資料として障害当事者の声を次ページから添付する。


勝又構成員提出参考資料(第31回推進会議)

自分の家族をもつ障害者の立場から

広沢里枝子

私は進行性の網膜の病気のために、大学入学後に急に視力が落ちた。そんな学生時代に、私は障害者運動の中で夫と出会った。夫は非障害者である。私たちは大学を卒業してから3年をかけて、双方の両親に結婚を認めてもらった。そして私は山村にある夫の実家に嫁ぎ、義父たちと棟続きの家で、半ば同居の生活を始めた。当初は義母に「いいからいいから」と言ってもらい、座敷にずっと座らせてもらっていた。外出はほとんどできず、自分の考えは言えない。気持ちを聞いてもらえるのは、夜遅く帰宅する夫だけという閉ざされた状況からの出発だった。

だから、私が「自分の家族」と言える関係をもつためには、夫婦や親子の関係を育むと共に、必要な援助を見つけだし、つくりだしながら、自分なりに家族の中での役割を担うこと。そうして、少しずつ家族との関係を対等なものにつくり変えることが不可欠だった。

長年失明への不安を抱え、自分の存在の意味を自覚できないところのあった私が、何としても生きたい、自分の手で子どもを育てたいと強く願うようになったのは、長男を産んでからのことだ。

私は家族に頼みこんで自分たちの台所を作ってもらった。それによって私は好きなだけ試行錯誤をしながら、自分なりの家事ができるようになり、少しずつ義父たちから独立した生活ができるようになった。

義父から「おっかさんも手を出していいだか、悪いだかと思って、あれでも気をつかってるだぞ」と言われたことがある。そうやって義父たちが忍耐強く見守ってくれたお陰で、そして、私を必要としてくれた夫と息子たちのお陰で、私は段々と妻になり、母になり、嫁になれた気がする。

ただ、息子たちが幼かった頃を振り返ると、困難なことや、今思ってもひやっとするような危うい場面がいくらもあった。

特に困難だったのは外出である。「幼い子どものいる母親が外出できないのは、見えても見えなくても同じよ」と人に言われたことがある。だが、必要があれば買い物にも行ける非障害の母親と、闇の檻に閉じこめられたように、家から一歩も出られない見えない母と子の暮らしがはたして同じだろうか。

私たちの逆境を救ってくれたのは、制度や仕事の枠からこぼれた所で、自発的に動いてくれた人びとだったと思う。たとえば授乳に苦労していた私のために、個人で指導に通ってくれた看護師の方がいた。また当時、県は仕事をもった人だけに盲導犬を貸与していた。主婦である私が盲導犬をもてたのは、地元の点字図書館長が精力的に動いてくださったお陰である。盲導犬をもつことによって、私たち親子は、自然の中へ、人の中へと出かけられるようになった。しかし息子たちが目の放せなかった時期は、盲導犬がいても一瞬にして息子を見失ってしまい、蒼くなって探し回ったことや、危険に気づけず怪我をさせそうになったことがある。その時期にも息子たちを部屋に閉じこめずにすんだのは、近所の人たちが、自分の子どもや孫を遊ばせながら、うちの息子たちに気を配ってくれたお陰だった。

盲児のために手でみる絵本を作っていたボランティアの方たちが、工夫して沢山の点訳絵本をつくってくれたり、広報の朗読をしていた朗読ボランティアの方たちが、家まで対面朗読に来てくれるようになった。そうした関わりの中から、ボランティア活動を越えて、互いに助け合える友人ができた。その後、支援費制度が始まるまでの期間は、障害のある仲間と運営していた介護派遣センターの協力会員の人たちが、息子たちを連れての通院や学校行事への参加など、車を使っての移動介助を低額の料金で引き受けてくれた。

お陰で息子たちは無事に成長し、自立の時期を迎えている。私は息子たちを多くの人との関わりの中で育ててこれたことに深く感謝している。

しかし私は、これからの障害者も、この状況で子育てをすれば良いとはけっして思わない。実際に困難や危険も体験してきたからだ。

私の身近では、さまざまな障害をもちながら子育てをする人が増えてきた。視覚障害をもつ親の会「かるがもの会」では、多くの視覚障害の親に出会った。だが、日本ではまだ、障害者が子育てをするという認識そのものが不足していると感じる日本にどれだけの障害をもつ親がいて、それら親子がどんな支援を必要としているかという調査研究が、まず必要ではないだろうか

当事者の声が集まれば、保育園への優先入所だけでは解決しない、もっとさまざまなニーズが明らかになるはずだ。特に子どもを連れての移動支援は、日々必要であり、経済的負担に苦しむことなく活用できる制度がほしい。私も子育てを経験した当事者として、同じ立場の仲間とともに、自分たちに何ができるかを考えて行きたい。

ところで今、我が家は、老人介護という新たな課題に直面している。

5年前に、義母が入院し、義母が長年介護してきた寝たきりの叔母の介護をひき受けた。実際にやってみると、私なりにできることもあるが、手助けが必要な場面は非常に多い。しかし、当時の支援費制度でも現在の障害者自立支援法でも、私の介助に来たヘルパーに、私が叔母の介護をするための介助を頼むことはできない。「老人は介護保険でみることになっているから、障害者のための介助の中で老人をみるのは、制度として矛盾する」との説明を受けた。とはいえ、介護保険の在宅介護は家族介護を前提としているとしか考えられないほど、家族に負うところが大きい。障害のある家族が、その介護を担うためには介護をするための介助が必要になる。義父や実父が病んでいた頃にも、私は少しでも自分の手で看護をしたい、そのための手助けがほしいと切実に願った。

自分の家族をもつ障害者の立場から、私が必要性を訴えたいのは「役割への支援」である。

(注)文中の下線は、勝又が追加。本エッセイは、執筆者の許可を得て、参考資料として第31回障がい者制度改革推進会議に提出しています。

出典:社会福祉の新潮流③ 障害者福祉論 007年5月25日 第一版 第一刷発行 編著者 旭洋一郎 吉本充賜 発行所 ㈱学文社