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資料1

「障害を理由とする差別の禁止に関する法律の制定等」に関する差別禁止部会の意見(部会三役の原案3)【はじめに】

第1、はじめに

1、推進会議と当部会における検討の経緯

 障害者の権利に関する条約(仮称)(以下、「障害者権利条約」という。)は平成18年12月に第61回国連総会で採択され、平成20年5月に発効した。政府は平成19年9月に同条約に署名し、平成21年12月、障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備等を行い、障害者施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置した。同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害当事者、学識経験者等からなる「障がい者制度改革推進会議(以下、「推進会議」という。)」が開催されることとなった。

 推進会議は、平成22年1月から6月までの14回の会議を経て同年6月に第一次意見「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」をとりまとめた。この第一次意見を最大限に尊重した改革の工程表として「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」が同年6月29日に閣議決定された。

 この中で、横断的課題の一つとして「障害を理由とする差別を禁止するとともに、差別による人権被害を受けた場合の救済等を目的とした法制度の在り方について、第一次意見に沿って必要な検討を行い、平成25年常会への法案提出を目指す。」とされたことを受けて、同年11月から推進会議の下で差別禁止部会が開催された。

 差別禁止部会では、障害を理由とする差別の禁止に関する法制(以下、「差別禁止法」という。)について議論を行った。諸外国の法制度についてのヒアリングに始まり、差別禁止法の必要性、差別の捉え方やその類型といった総論的な議論を踏まえ、雇用・就労、司法手続、選挙、公的施設及び交通施設の利用、情報、教育、日常生活(商品、役務、不動産、医療)といった各分野について検討し、平成24年3月に論点の中間整理を行った。その後、ハラスメント、欠格事由、障害のある女性といった残された課題や差別を受けた場合の紛争解決の仕組みの在り方について検討し、同年6月から部会の意見のとりまとめに向けた議論を行った。

 同年7月に、障害者基本法の改正に基づき推進会議の機能を発展的に引き継ぐものとして障害者政策委員会(以下「政策委員会」という。)が発足したことから、差別禁止法の在り方の検討の場も、推進会議から政策委員会に移ることとなった。政策委員会の下に新たに設置された差別禁止部会は、推進会議の下で開催されてきた差別禁止部会におけるこれまでの21回の議論も踏まえて、平成24年7月から○回の議論を経て、同年9月○日に差別禁止部会としての意見をとりまとめた。

2、障害分野における差別禁止法の世界的広がり

 ところで、世界で最初に障害分野に関して実効的な差別禁止法制を産み出したのはアメリカであった。1973年、リハビリテーション法に504条が追加され「障害があるという理由だけで、連邦政府の財政的補助を受けているプログラムや活動、又は行政機関及び米国郵便公社のプログラムや活動において、その参加から排除され、利益の享受を否定され、差別を受けることはない。」とされ、行政機関と連邦政府の財政的補助を受けたプログラムや活動といった幅広い分野における差別が禁止された。

 その後、たとえば、航空アクセス法(1986年)等、個別分野で差別を禁止する法律が制定され、1990年には連邦政府の財政的補助を受けていない雇用の分野も含む形で包括的に差別を禁止した「障害のあるアメリカ人のための法律(ADA)」が制定されるに至った。このADAは、その後各国の差別禁止法制に大きな影響を与えたと言われている。

 まず、1992年にはオーストラリアで「1992年障害差別禁止法」が制定され、【雇用】【教育】【施設へのアクセス】【商品、サービス及び設備】【建物】【クラブ及び法人格のある団体】【スポーツ】【連邦法及び連邦プログラムの施行】等の分野における差別が禁止され、ニュージーランドにおいては、翌年に制定された「1993年人権法」が、障害を性別等の差別禁止事由に加える形で様々な分野における差別を禁止した。

 さらに、1995年には、イギリスで「障害者差別禁止法」が制定されたが、2010年には障害が他の差別禁止事由とともに「2010年平等法」に盛り込まれ、【サービスと公務】【不動産】【労働】【教育】【団体】【契約】【公的機関の平等義務】【交通機関】等の分野における差別が禁止されるに至った。

 また、現在27カ国で構成されているヨーロッパ連合(EU)では、障害者権利条約が制定される以前からインクルーシブな社会構築に向けた取組みがなされ、特に「雇用・就業と職業における均等待遇のための一般的枠組み設定に関する指令(2000/78/EC)」が採択された後、これを加盟国の国内法に置き換えるための雇用分野における差別禁止の法制化を端緒にして労働分野以外の他の分野にも広げる取組みがなされている。

 更に韓国では2010年に「障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律」が制定されている。この法律では【雇用】【教育】【財と用益の提供及び利用】【司法・行政手続き及びサービスと参政権】【母・父性権・性等】【家族・家庭・福祉施設・健康権等】【障害女性及び障害児童等】等を対象分野として、網羅的に差別が禁止されている。

 このように、西洋先進国といわれる国においては、障害分野の差別を実効的に禁止する何らかの法律を持たない国はないといった状態となっており、その波は韓国をはじめ、アジアにも広がりつつある。
 とくに、アジア太平洋障害者の十年の最終年にあたる本年、この「十年」の検証を行うハイレベル政府間会合の開催が予定されているが、すでに、障害者権利条約批准の進捗を確認する指標として差別禁止法の制定を掲げる「アジア太平洋障害者の権利を実現するためのインチョン戦略」と題する草案が用意されており、それをもとに成果文書となるよう議論される予定である。

3、日本における立法事実の存在

 ADAの制定以降、障害分野にかかる差別禁止法制が国際的な広がりを見せる中で、日本においても、とくに障害者権利条約の採択の前後からは、差別禁止法制を求める障害者、家族等の関係者の取組みが全国的に広まってきた。
 その結果、現在、4道県と1政令市1市において障害者に対する差別をなくす条例が制定(平成18年~24年)され、各地にこうした動きが広がっている。

 これらの条例制定過程においては、行政あるいは障害者団体によって、「こんな差別を受けた」「差別かどうかわからないがこんな悔しい納得できない扱いを受けた」等の体験事例の募集がなされ、これらの体験事例等について議論し、整理分析した成果が条例制定に結びついている。

 千葉県では行政により「差別に当たると思われる事例」を募集し、県内各地から【福祉】【呼称】【労働】【教育】【不動産の取得・利用】【建築物】【交通アクセス】【サービス提供】【医療】【知る権利・情報】【参政権】【司法手続】【所得保障】【その他】の分野で事例が800件近く寄せられている。
 北海道では行政により【相談のしやすさ】【就労・企業の理解促進】【権利擁護】【住宅の確保】【コミュニケーションの確保】【情報提供】に関連して約970件の意見や要望が集められ、この中には差別に関する事案も含まれている。
 熊本県では障害者団体により、差別と思われる事例が、【教育】【労働】【商品及びサービスの提供】【公共交通】【建築・道路・トイレ】【福祉】【医療】【情報保障】【不動産の利用・取得】【選挙及び政治参加】【人間関係】の分野で800件を超えて集められている。
 さいたま市では行政により「障害者差別と思われる事例」として、【行政関連(福祉サービスや所得保障等の制度の利用、行政書類の記入と手続き、警察・交番、消防・救急対応、補装具や日常生活用具の支給、議会の傍聴等)】【医療】【教育】【子育て】【就労】【生活(防災・安全等を含む)】【交通(電車・バス・駅・道路・タクシー)】【家族の無理解】【一般市民の偏見・差別】の分野で521件の事例が集められている。

 また、内閣府では、政府による障害者権利条約の署名後、平成20年から21年にかけて「障害者に対する障害を理由とする差別事例等の調査」が全国の障害種別ごとの団体や家族団体等の協力を得て実施された。
 同調査では、【福祉サービス】【保健・医療】【雇用・就業】【教育・育成】【建物・公共交通機関】【情報・コミュニケーション】【商品サービス提供】【政治・行政・司法】【その他(結婚・出産・性・家族・団体組織・町内会)】の項目にわたって行い、その結果、8,000件を超える事例・事案が寄せられている。

 これらの事案は、差別と思われる事案として集められたものではある。これらのなかには、いじめや侮蔑といったハラスメントと思われる事案等も存在する一方、誰が見ても差別としか言いようのない事例も多い。これらを通して見ると、障害者が日常生活及び社会生活の様々な場面で、障害のない人であれば何も問題にならないことが、障害があるということをもって様々な制約に直面している実態が浮かび上がってくる。

 このような事実は、これまで、あまり、社会からは見えない、表面化することのない社会的障壁として存在してきた。
 誰に相談しようもなく、あきらめるしかない、しかし、決して消し去ることのできない記憶として、障害者や家族の胸の奥深いところに仕舞い込まれてきた事実であり、障害者の人格を傷つけ、生きる力やいきいきと個性と能力を発揮する場を奪い、ひいては社会に貢献する機会を奪ってきた事実であった。

 このような事実の存在は、これまでの人権教育や障害者に対する福祉施策などでは限界があることを物語るものであり、差別の禁止によってこういった事実に正面から取り組むことの必要性を示しているものと考える。

4、障害に基づく差別の禁止に関する法制はなぜ必要か

 「障害者への差別を禁止する」と聞くと、身構えてしまう人も少なくないだろう。これは「差別禁止と言われても何が差別か分からない」「知らないうちにしてしまったことでも差別として罰せられるのか」といった不安によるところが大きい。さらに、こうした不安の源をたどると、障害のある人と接する機会が少ないために「障害や障害者のことがよく分からない」という声が聞こえてくる。

 それでは、障害者と障害のない人が社会の中で接する機会を今以上に増やせば、差別はなくなるだろうか。これまでも家庭や教育の場を始め、地域や職場等、様々な場面で障害者への思いやりの気持ちを持つこと等の重要性が強調されてきた。とりわけ国際障害者年以降はそうした努力が社会の中に広がり、障害や障害者への理解は前進してきたといってよい。

 しかし、前項で見たように今もなお、障害者は様々な差別的取扱いに直面しており、障害や障害者への無理解を嘆く声も途切れない。
 そうした意味で、障害のない人が障害について知ること、理解することの重要性は誰も否定しないだろう。ただ、こうした現実はそれだけでは差別が解消されないことを示している。

 それでは何が必要なのだろうか。実は、この法律を制定する最大の眼目はここにある。
 前項に述べたように、差別的取扱いと思われる事例が多数存在するという現実がある一方で、しかし、多くの国民が「差別は良くないし、してはならない」「障害者には理解をもって接したい」と考えているのも事実であり、好んで差別をしているわけではない。

 そこで、「差別はよくないことだ」という国民誰もがもつ考えを形あるものにして生かすためには、具体的に何が差別に当たるのか、個々人で判断することは困難であるので、その共通の物差しを明らかにし、それをしないことを社会のルールとして共有することが極めて重要であると考える。もちろん、実際に差別を受けた場合の紛争解決の仕組みを整えることもこの法律の目的に据えなければならないが、これも、決して差別した人をつかまえて罰を与えようとするものではないのである。

 障害者権利条約の前文には、この条約が「障害者の社会的に著しく不利な立場を是正することに重要な貢献を行うこと並びに障害者が市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的分野に均等な機会により参加することを促進することを確信」するとあり、また障害者基本法の目的には「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する」とある。この法律が目指すのは、この条約と基本法が示したように、障害の有無に関わらず全ての人が、「市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的分野」、すなわち国民のあらゆる生活分野において「均等な機会により参加すること」を保障することであり、それによって、障害の有無で分け隔てられることなく共に生きることのできる差別のない社会の実現である。

 以上を踏まえ、この意見書は障害に基づく差別の禁止に関する法制がどのような理念・目的で制定されるべきなのか、どのような差別が許されないのか、誰に向けての法制なのか、差別を受けた場合の紛争解決の道筋はどうあるべきなのかといったことの基本的な考え方について、差別禁止部会で重ねてきた議論をまとめたものである。

 障害者権利条約の批准という大きな課題に真摯に向かい合うとすれば、障害分野にかかる差別禁止法の制定は、必要不可欠の課題である。この意見書で提案されている内容は、これまでの障害施策にはなかったあらたな分野を切り開くものであるがゆえに、その実現には多くの困難が予想されるが、それでも一歩前に進めるために、新たな法律がここに述べられた意見書を踏まえて制定されること、そして障害者権利条約の批准と真に差別のない社会の実現につながることを心から願ってやまない。

平成24年9月 日

障害者政策委員会差別禁止部会一同