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資料4

「障害を理由とする差別の禁止に関する法律の制定等」
に関する差別禁止部会の意見(部会三役の原案4の修正1)(各論前半)
【雇用、司法手続き、政治参加(選挙等)、公共的施設・交通機関、情報・コミュニケーション】(修正反映版)

第1節 雇用

第1、はじめに

 雇用の分野の差別に関して、障害者権利条約は、締約国に対して、「あらゆる形態の雇用に係るすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進並びに安全かつ健康的な作業条件を含む。)に関し、障害を理由とする差別を禁止すること。」を求めている。すでに障害分野の差別を禁止する国内法を有している諸外国において、雇用の分野に言及していない立法例はないと思われる。
 これは、雇用が障害者の自立や社会参加にとって極めて重要な分野であるにもかかわらず、世界的にこの分野に多くの差別的取扱いが存在しているからに他ならない。本法においても、障害者の自立と社会参加を実現するうえで、雇用分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 雇用の分野においては、障害者は障害があるというだけで採用されない、給料が他の従業員より少ない、昇進できない、あるいは、退職を強要される等の扱いを受けることがある。このような事項を挙げると、以下のようにいわば、入り口から出口まで広範囲に及ぶ。
 募集、採用、賃金、労働時間、配置、研修、昇進、昇格、降格、福利厚生、職種及び雇用形態の変更、労働契約の更新、退職の勧奨、定年、解雇、整理解雇、再雇用、その他の労働条件
 こうした現状を改め、障害者が、他との平等に社会参加をするためには、これらのすべての事項における差別の禁止が求められる。以上のことから、差別が禁止される事項には、募集、採用から解雇、退職、再雇用に至るまで雇用に関わるすべての事項を含めることが求められる。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 この分野において、差別禁止が求められるのは、雇用分野における契約の相手方である事業主である。これに関し、労働基準法のように使用者まで相手方の範囲を広げるべきかについては検討を要する。
 なお、労働者派遣法に基づく派遣労働者は、派遣元と雇用契約を結び、派遣先の指揮命令の下で働くことになる。そうした場合、派遣元であれ、派遣先であれ、いずれの場面においても、不均等待遇や合理的配慮の不提供という障害に基づく差別に該当する行為を受ける可能性があり、いずれの事業主も含むものと解するのが妥当である。したがって、いずれの領域で発生した事案であるのか、その事案に権限と責務を有する者がいずれの側であるのか等について詳細に検討することが求められる。

3、福祉的就労

 福祉的就労については障がい者制度改革推進会議等でも、労働の実態がある場合にも労働法が適用されないという指摘がなされている。したがって、少なくとも、福祉的就労のうち、いわゆる就労継続支援A型事業で働く障害者はもちろんのこと、就労継続支援B型事業で働く障害者であっても実体として労働者性が認められる場合には、本法の対象とすべきである。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 不均等待遇について総則で述べたことが、この分野でも適用されるべきである。したがって、本法において、先に述べた雇用に関わる全ての事項に関して、障害及び障害に関連する事由を理由とする不均等待遇が禁止されることを明記すべきである。

2、不均等待遇と労働能力

 雇用に関しては、障害の有無にかかわらず、職務遂行能力が問われる。このことが前提となる雇用分野については、例えば、アメリカのADAが新規採用の拡大につながるものではなかったといった批判がなされたり、逆に、このことが、割当雇用制度の存在価値が強調されるゆえんともなっている。
 そこで、不均等待遇と労働能力の関係について、特に採用の場面で、整理する必要があるであろう。
 まず、障害があることにより、当該職務の遂行に必要とされる本質的な能力がなく、これが理由で採用が拒否された場合、他の障害のない応募者に対しても、そういった能力判断がなされるのであるから、障害者が職務に必要な本質的な労働能力がないことを理由に採用拒否されても、他と異なる取扱いをされたということにはならないであろう。
 また、本質的に必要とされている能力を備えている場合であっても、50人の採用に100人の応募があり、応募した障害者の成績が51番目であるという理由で採用されない場合、競争試験の結果であるから、これについても、他と異なる取扱いとは言えないであろう。むろん、これらの能力の判定は、その前提として試験等の方法や実施に際して合理的配慮が提供される等、適正なものでなければならない。
 次に、例えば、競争試験で一次試験は合格したとしても、面接等がある場合、そもそも採用に関しては、法律その他による特別の制限がない限り、事業主に採用の自由があるとされている(三菱樹脂事件最高裁判決)。この採用の自由を全く無制約のものと捉えれば、一般的な判断基準である応募者の職務に対する意欲や考え方、職務との関係で必要とされる職務適性などの要素のほかに、障害という属性を採否の判断要素に組み入れることも許されることになろう。
 しかし、採用職種との関係で障害がその職務遂行の本質に何ら影響を与えず、あるいは、影響があったとしても、合理的配慮を行えば、職務の本質に影響を与えず、職務に必要な適性があるような場合までも、これが許されるとなると、障害者は障害があるというだけで、働く機会を奪われるという結果を甘受しなければならなくなる。
 したがって、一般論としては、面接等で一般的に障害の有無にかかわらず採否の判断基準とされる応募者の職務に対する意欲や考え方、職務との関係で必要とされる職務適性などの要素だけで判断されれば、採用されてしかるべきであったところ、障害があるというだけで採用拒否されたと言える場合には、不均等待遇に該当すると言わざるを得ない。こうした場合を不均等待遇として禁止しても、法律による制限として、先の最高裁判決にも矛盾しないものと思われる。
 ただ、職務内容を特定しない募集が多いが、このような場合であっても、一方で障害のない人に果たして何処までの職務適性を求めているのか、他方で、障害の存在がどの程度、その実質的に求められる職務適性の程度に影響を及ぼすものであるのか、合理的配慮の提供も踏まえた上で、実質的な判断がなされなければならないであろう。

3、不均等待遇を正当化する事由

 以上の例は、採用を巡って、そもそも不均等待遇に該当するのかといった問題であるが、不均等待遇に該当した場合においても、総則で述べたように、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、当該取扱いがやむを得ないとされる正当化事由がある場合においては、不均等待遇の例外として許容されることになる。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、事業主に合理的配慮 の提供義務が発生すること、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事 由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとお りである。この点は、障害者権利条約を批准するうえでも必要である。なぜなら、 障害者権利条約は合理的配慮をしないことも差別であるとしたうえで、職場にお ける差別を明示的に禁止しているからである。

2、事業主の合理的配慮義務についての公的支援と過度の負担

 厚生労働省の「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会」では、合理的配慮に係る経済負担の調整や助成について検討がなされているが、仮にこのような助成を受けた事業主が障害のある労働者から合理的配慮の提供を求められた場合に、助成を受けてもなお過度の負担であることを主張できるのかどうか、差別禁止の観点から検討が必要である。
 そもそも、合理的配慮は過度の負担が生じる場合を除いて、相手方の負担を伴うことが前提となっているのであるから、過度な負担の軽減を目的とする場合はもちろんのこと、過度な負担とは言えない費用についての助成を目的とする場合においても、助成の目的が合理的配慮を行うことにある以上、助成を受けたことは過度の負担であるかどうかの判断にあたって、消極の要素の一つになるであろう。

3、合理的配慮とガイドライン

 合理的配慮は個別具体性が高い反面、法律の文言は一定程度抽象的であることを避けられない。そこで、事業主や障害のある労働者にも分かり易い具体例をともなうガイドラインが必要になり、この分野における関係当事者である労働者側の委員、使用者側の委員、障害者側の委員、公益委員の参画の下で、政府においてこれを策定することが求められる。

第5、その他の留意事項

1、合理的配慮の実現に向けた事業所内部における仕組み

 雇用の場における合理的配慮が迅速に実現するためには、事業所の内部に実現に向けた仕組みが用意されておくことが望ましく、この仕組みの在り方については、「簡易迅速な裁判外紛争解決の仕組み」で述べたことも含め、上記の枠組みのもとで政府において引き続き検討することが求められる。

2、紛争解決

 障害のある労働者が職場で差別を受けた場合の解決の在り方には、以下の3つが考えられる。
1)職場内の相談機関等を通じての自主的解決
2)既存のADR(行政型裁判外紛争解決制度)による解決
3)司法による判断
 このうち、1)、2)については、「簡易迅速な裁判外紛争解決の仕組み」で述べたことも含め、上記の枠組みのもとで政府において引き続き検討されることが求められる。なお、本法による横断的な解決の仕組みも選択可能とすべきであるが、それらを通じても問題が解決しない場合には、本法に基づき3)に向かうことになる。

3、通勤支援等

 通勤時の移動支援や職場内での身体介助が事業主のなすべき合理的配慮であるのか、行政による福祉サービスであるのかについては、障害のある労働者にっては、働く上で不可欠な支援であることから、政府において引き続き検討することが求められる。

4、公務員

 国家公務員または地方公務員は、法律により民間とは異なる取扱いがなされているが、ともに、本節の適用において民間における労働者と同等の取扱いがなされるべきである。

第2節 司法手続き

第1、はじめに

 司法へのアクセスに関し、障害者権利条約は「障害者がすべての法的手続(捜査段階その他予備的な段階を含む。)において直接及び間接の参加者(証人を含む。)として効果的な役割を果たすことを容易にするため、手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により、障害者が他の者と平等に司法手続を効果的に利用することを確保する。(第13条1項)」ことを締約国に求めている。
 これは、たとえば、憲法や刑事訴訟法が被疑者・被告人に黙秘権を初めとする様々な権利を付与し、その結果として被疑者・被告人は自己を防御する機会を得ているが、障害者の存在が必ずしも想定されていないため、障害者は、このように一般に与えられている手続き上の権利等が実質的に見ると与えられていないのと同様な状態が世界的に存在するからに他ならない。

第2、手続き上の配慮

 障害者権利条約が、司法へのアクセスに関して「手続き上の配慮」を求めているのは、これを欠くことになれば、実質的に見ると、一般に与えられている法的保護を障害者には与えないという、他と異なる取扱いをしたのと同様の結果を生じることになるからである。したがって、「手続き上の配慮」は、合理的配慮が司法分野に特化された概念であると考えられる。ただ、障害者権利条約が司法分野に特化した表現をとったのは、合理的配慮の例外を示す「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」に該当する場合であっても、適正な手続きが求められる司法分野においては、かような抗弁については原則として認めるべきではないという判断があったからである。
 したがって、本法においては、司法分野においても合理的配慮という言葉を使用するが、この分野においては、それが手続き上の配慮に当たる場合、過度の負担が問題とされるのは権利の性質上原則として適切であるとは言えない。それらを前提として、本法においても不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第3、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、対象となる手続き

 障害者権利条約上、司法分野において、手続き上の配慮が求められるのは、「すべての法的手続(捜査段階その他予備的な段階を含む。)」となっている。
 この中で、例示でも解るように刑事手続きについては、裁判所が関与する前の捜査段階だけでなく、同条約13条2項において、研修が求められる範囲として摘示してある司法に係る分野に携わる者の中に「刑務官」が含まれていることからすると刑を受け終わるまでが対象範囲となる。
 また、すべての法的手続きとあるので、刑事手続きのみならず、民事訴訟法、行政事件訴訟法、人事訴訟法、民事調停法、家事審判法、少年法、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律、その他の法律に基づいて裁判所が関与する司法手続き全般に及ぶことになるであろう。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 司法手続に関わり職責を有する機関や個人は、上記手続に登場する弁護士、警察署、警察官、検察庁、検察官、裁判所、裁判官、刑務所、刑務官、拘置所等であるが、様々な立場を含むものであるから、本法における相手方としてどのように捉えるべきかについては、整理する必要がある。

3、法的保護の対象

 本節によって保護される障害者は、上記手続の当事者(たとえば、被疑者、被告人、原告、被告、受刑者)のほか、証人である場合も含む。
 なお、傍聴者は「公共的施設」の利用者として、物理的アクセス及び情報アクセスのための合理的配慮が求められる。また、裁判員の場合、障害を理由にして就任を拒否されることは不均等待遇に当たる場合もあり、審理への有意な参加が阻害されないためには、情報とコミュニケーションにかかる合理的配慮が求められる。

第4、この分野で禁止が求められる差別

 障害者権利条約上は、手続き上の配慮といった形で特化された合理的配慮について言及するだけであるが、司法手続きの分野においても、障害及び障害に関連する事由を理由とする不均等待遇といった事態がありえるので、これも含めて、差別が禁止される必要がある。ただ、この分野において実際上最も大きい問題は合理的配慮の不提供の問題である。

第5、合理的配慮が求められる事項や場面

1、刑事手続き(捜査段階)

 先に述べた対象手続きにおいて問題となる場面を網羅的に摘示することは困難であるが、例えば刑事手続きにおいては、主に以下の点が問題となる。
 捜査段階では、逮捕理由の告知においては被疑者が何の理由で逮捕されるのか、何を防御して良いのかについて、また、弁護人選任権や黙秘権の告知においてはそのこと自体の意味について、たとえば発達障害者、知的障害者、精神障害者、聴覚障害者、視覚障害者等に正確に伝わらなければ、こういった防禦権の保障は機能しない。視覚障害がある場合には、そもそも逮捕しようとする者が警察官であるのか、令状が発布されているのかさえ、確認できない場合もある。
 また、取り調べにおいては、聴覚障害者の場合、取り調べの段階で手話通訳者が立ち会うとは限らず、筆談などでは事情が飲み込めないまま取り調べが進行し、出来上がった調書の意味も正確に理解できないまま署名押捺してしまう可能性がある。視覚障害者の場合、調書の朗読を受けても、書面通りに朗読されているのかどうかの確認は出来ない。発達障害者の発することが間違って受け取られることもある。知的障害者の場合、相手方に迎合的な性格が強ければ強いほど、質問の内容や意味を理解できないまま、うなずいたり、ハイと答えたりすることが多く、冤罪の要因ともなりかねない。
 このような捜査段階での諸手続において、本来刑事訴訟法上被疑者に認められた諸種の防禦権が障害のない者と同様に保障されるための合理的配慮が求められる。

2、刑事手続き(公判段階)

 公判段階では、被疑者の供述調書が証拠として取り調べられるが、その際、自白の任意性がチェックされることになる。その場合、一般の任意性の判断に加えて、捜査段階での諸手続において、本来刑事訴訟法上被疑者に認められた諸種の防禦権が障害のない者と同様に保障されるための合理的配慮がなされて得られたものであるのかどうかをチェックすることが求められる。なぜなら、合理的配慮がないまま取り調べがなされたとすると、それは、実質的に刑事訴訟法が被疑者に与えた防禦権が奪われた状態での取り調べであるからであり、質問等の意味が分からないままの取り調べは、そもそも取り調べとは言えないからである。手段としては、ビデオ撮影などによる取り調べの全面可視化の方法などが検討されるべきである。
 また、被告人質問や証人尋問等の手続きにおいては、聴覚障害者の場合、手話通訳によっても、擬声音の表現、過去の仮定、抽象的な概念を伝えることが困難な場合もあると指摘されており、それらが理解されているのかなどの検証をしながら、尋問を進めることが求められる。知的障害者の場合も同様と思われる。さらに、視覚障害者に対し、図面を示したり、証拠物の形状を示しながら尋問が行われても、答えるのは困難であるので、それに代替する手段が合理的配慮として用意されることが求められる。

3、刑事手続き(判決)

 判決は、宣告により告知されることになるが、裁判官の朗読では意味が伝わらない聴覚障害者には手話通訳、知的障害者等の言葉の理解に困難がある障害者にはその内容を分かり易く伝える支援者などによる伝達、控訴期限内に控訴するかどうかの判断ができるように、視覚障害者の場合には点字で翻訳された判決文を交付すること等、障害の特性に配慮した在り方について検討されることが期待される。

4、受刑又は身柄拘束中の処遇

 障害者の中には、介助者の支援を受けて生活する者や日常的に医療的ケアを受けながら生活している者も存在するが、身柄拘束を受けるとそういった日常の支援から切断されることになる。しかしながら、これらの支援は生活を維持する上で、必要不可欠なものであり、拘束されることでこれらの支援が切断されることは、受刑や身柄拘束そのものより、心身の苦痛を伴うものとなる。
 このような苦痛は、他の被拘禁者が負担しない不利益であるため、他の被拘禁者と実質的に同等の扱いを行うためには、合理的配慮として、障害のある被拘禁者に対して必要な介助や医療が継続されなければならない。
 また、更生プログラム等において、障害のない受刑者に提供されると同質・同程度のプログラムを提供するには、障害の特性に配慮した形で提供される必要がある。

5、民事手続き、その他

 以上が、刑事手続きにおいて合理的配慮が必要とされる場面であるが、民事訴訟その他の手続きにおいても、相手方から提出された書面や証拠という情報の伝達や証人尋問や調停などにおけるコミュニケーションの保障など、権利の性質に鑑みて刑事手続きに準じた合理的配慮が求められる。
 以上の手続き上の合理的配慮に加え、裁判所内での移動、法廷へのアクセス面 での合理的配慮は、公的施設における合理的配慮とも重なる。この場合は手続き 上の合理的配慮とは言えなかもしれないが、司法へのアクセスを確保する重要性 に鑑み、代替手段も含め可能な限り配慮されることが求められる。

6、合理的配慮の具体例

 以上のように、司法手続において障害者に合理的配慮が提供されなければ、障害のない者以上の不利益を被ることにつながる。従って、この分野における合理的配慮として、考えられる主な具体例は以下のとおりである。
 1)情報伝達にかかる合理的配慮
 例えば、判決文、その他の訴訟関係書類の点字化、正当な権限ある者による取り調べや逮捕であることを確認できる方法の確保、逮捕事由、黙秘権、弁護人選任権等の告知が理解し得る形で伝えられるような適切な形での情報提供
 2)コミュニケーションにかかる合理的配慮
 例えば、取調べ、証人尋問、本人尋問における手話通訳者、知的障害や発達障害の特性について理解のある人の立ち会いによる通訳支援、外部からの接見、面接時の手話による会話の許可や手話通訳者による通訳、弁護人を専門的な見地から補佐する特別代理人等の選任
 3)処遇における合理的配慮
例えば、刑事施設やその他の収容施設での知的障害や発達障害を含む様々 な障害特性に配慮した介助や医療の提供、日課や刑務作業等の処遇、更生プ ログラムの導入

7、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 先にも述べてはいるが、司法の分野は私人間の問題ではなく憲法が保障する適正手続に関わる分野であり、問題となり得る権利の性質に鑑みると、原則として過度の負担を問題とするのは適切ではない。

第6、関係者への障害特性等に関する研修等

 司法手続において、障害者が差別されることなく、効果的に適正手続きの保障を受けるためには、一連の手続に携わる者が障害特性を含む障害への理解を深めることが不可欠である。従って、本法において、対象となる手続の関係者すべてに対する研修等が求められる。

第3節 政治参加(選挙等)

第1、はじめに

 障害者権利条約は、政治的及び公的活動への参加に関し、「障害者が投票し、及び選挙される権利及び機会」を確保すること、「投票の手続、設備及び資料が適当であり、利用可能であり、並びにその理解及び使用が容易であることを確保すること」、「必要な場合には、障害者の要請に応じて当該障害者が選択する者が投票の際に援助することを認めること」等を締約国に求めている。
 これは、選挙が民主政治の根幹となっているからである。障害者権利条約は、この分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。
 本法においても、このような重要な権利である選挙の意義に照らせば、本法においてこの分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野では、特に選挙に関して、選挙権や被選挙権に関わる資格、選挙に関する公的機関による情報の提供、政見放送、投票方法、投票所における物的人的支援等が問題とされる事項である。

2、差別をしてはならないとされる団体や個人の範囲

 選挙を含む政治参加に関しては、中央選挙管理委員会、都道府県選挙管理委員会、市町村選挙管理委員会、特別区選挙管理委員会、政令指定都市選挙管理委員会のほか、関係機関がその相手方となる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

 選挙等の分野においても、障害及び障害に関連する事由を理由とする不均等待遇は、禁止されるべきである。
 例えば、選挙権や被選挙権の欠格事由のひとつとして成年被後見人であることが掲げられている。是非弁別の判断能力は心身の機能障害、あるいは能力障害にあたると考えれば、これは、障害及び障害に関連する事由を理由とする不均等待遇に該当することになる。
 これについては、不均等待遇の禁止といった面から見て、これを正当化する事由があるのかについて検討する必要がある。現在、これを違憲として選挙権があることの確認を求める訴訟が全国で4件起こされている。これらの訴訟の動向を見て判断される必要がある。

第4、合理的配慮及びその不提供を正当化する事由

1、合理的配慮が求められる場面と具体例

 選挙に関しては、政見放送における字幕や手話の付与については、従来と比べると多くの選挙に取り入れられるようになってはきたが、残された課題も指摘されている。点字及び音声による選挙公報等の発行については、必ずしも十分になされているとまでは言えないと思われる。選挙葉書や投票用紙等に漢字が使われており知的障害のある人等には意味が分からない場合、投票所まで又は投票所内の移動や情報に係るアクセスが困難な場合、入院・入所中の障害者の投票の機会も不十分である場合もある等、障害者は、選挙の分野においても障害のない人に比べこのようなバリアに直面しているとの指摘がなされている。
 この分野では、障害のある人に、他との平等に基づく政治参加の機会を保障する観点から、たとえば、以下のような合理的配慮を提供することが考えられる。

1)投票の機会
a)政見放送における手話通訳・字幕の付与
・すべての選挙における政見放送への手話通訳・字幕の付与
b)選挙情報の提供
・選挙公報等における視覚障害のある人が必要とする配慮(点字版、テキスト版、音声テープ版等の整備等)
・知的障害や発達障害のある人が必要とする配慮(分かり易い表現を工夫したもの、振り仮名を付したもの等)
c)投票所のバリアフリー
・投票所における段差の解消
・車いす利用者が記入できる机の設置
・視覚障害者のための点字板又は照明具の設置
・その他、投票所における障害者の負担を軽減するために利用可能な物理的環境の提供、投票所における手助けや案内等の人的配慮
d)投票方法
・知的障害者や発達障害者等に分かり易い投票用紙の様式
・代理による投票や自宅での投票等障害特性に応じた適切な投票方法の整備及びそれを利用するための手続の簡易化等の配慮
・代理による投票の際のプライバシーへの配慮
・最高裁裁判官の国民審査投票において、視覚障害者のみに負担となることのない投票方法の実施

2)入院・入所中の投票の機会
・投票所への移動の支援、出張による投票、その他投票の機会を確保するための配慮

3)政策決定過程への参画の機会
・国や地方公共団体が実施しているパブリックコメントをアクセスしやすいものにする、また政策に関する公聴会での情報保障を行う等の配慮

2、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 一般的に合理的配慮の提供が過度の負担を生じる場合は、これを提供しないことが差別には当たらないとされるが、民主制の根幹をなすこの分野に安易に適用すべきではない。

第5、その他の留意事項

1、政治参加

 障害者権利条約は、選挙の機会の確保とともに、障害者が国の公的及び政治的活動に関係のある非政府機関及び非政府団体に参加し、並びに政党の活動及び運営に参加することができる環境の整備を求めている。
 したがって、政治的活動に関係する団体や政党への参加等に関する障害者への必要な配慮について、各党各会派における真摯な議論が求められる。
 なお、言語障害者などが言語に代わる文書による選挙活動などをすることができるように、障害者自身の政治活動についても、同様の議論が求められる。

2、政見放送における手話通訳・字幕の付与

 政見放送における手話通訳・字幕の付与については、放送局の人的物的整備、通訳にかかる人材の確保等の体制整備が必要であり、また、公職選挙法に関わる事項もあるため、この分野における合理的配慮の実施には一定の期間を要するであろうが、政府及び国会での早急な対応が求められる。なお、国会中継等における手話通訳・字幕の付与も政治参加において重要であり、放送局の体制整備が求められる。

3、介助体制

 障害に関連する理由で入院・入所している人が、投票の際の介助体制がないことや外出できないこと等により投票できないことがある。在宅の重度の障害者を対象とする郵便による不在者投票の制度も代理記載による投票も可能となっているが、投票に至るまでの手続が煩雑で、実際には適切な支援者がいない場合には利用できないこともある。
 このような場合の介助体制について、障害者に対する公的サービスの仕組みとの関連も含め、今後、政府において検討されることが求められる。

4、政治活動による情報の提供

 政見放送のみならず、その他の選挙演説や日頃の政党主催の講演会などにおける手話通訳者や要約筆記者の配置、政党機関誌等による情報提供における点字または利用可能な電子データの提供については、政党の政治活動の自由や公職選挙法の制約があると思われるが、この点についても、各党各会派の真摯な議論が求められる。

第4節 公共的施設・交通機関

第1、はじめに

 障害者権利条約は、公共的施設および交通機関の利用にかかる分野に関して、「公衆に開放され、又は提供される施設及びサービスを利用することができることを確保するため」、その「利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること」などを含む措置を取ることを締約国に求めている。
 これは、これらの利用ができなければ、障害者の社会生活への完全参加は極めて困難に陥るからである。障害者権利条約は、この分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。
 本法においても、障害者の社会生活への完全参加を実現するうえで、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野で問題とされるのは、公共的施設及び交通機関の利用における不均等待遇および合理的配慮の不提供であるので、禁止される事項はこれらの利用に関する事項である。

1)公共的施設

 公共的施設の場合、たとえば、障害を理由に宿泊を断わられる、知的障害者というだけで公営プールを利用できない、あるいは、精神障害者というだけで議会の傍聴を禁止されるといったことがあるが、これらは当該施設の利用自体を制限するものである。この場合、当該利用が契約に基づくものである場合には契約の拒否といった形で利用が制限されることになる。
 また、利用が認められた場合でも、他人の同伴を条件に許可されるといった利用の制約や当該施設の物理的な障壁によって、利用が制限される場合もある。段差や階段、エレベーターの使用時間規制、障害者に使えないトイレ等が典型であり、障害者用の座席しか利用できない劇場やバリアフリーな部屋は高額な部屋しかないホテルでは、障害のない人と比較すると選択肢が限られるといった場合もある。
 さらには、当該施設を利用する上で必要なアナウンス情報や案内表示板が障害者には分からないといったことによって、当該施設の利用上困難を伴うことや施設案内に障害者の利用に関する情報が載せられていたいため、利用の機会を逸するといったこともある。その他、施設利用者一般に提供しているサービスに合理的配慮がないため、これを受けられないといったこともあり得る。
 したがって、公共的施設の利用において、差別禁止の対象となる事項としては、施設利用契約の締結、利用の許諾、利用に必要な手続や条件の付加、付加的料金の設定、施設内やその敷地内における移動や施設に付属する設備等の利用、施設やその利用に伴う情報の提供、施設利用に伴う役務の提供などに関する事項も含まれる。

2)交通機関

 交通機関の場合、たとえば、車いす利用者だからといってタクシーの乗車を拒否される、「通勤時は込み合うので無理」という理由でバスの乗車を断られる、ハンドル型電動車いすやストレッチャー型車いすは安全でないといった理由で鉄道利用を断られる等、利用そのものを拒否される場合や長距離列車に設置してあるトイレが使えなかったりする場合のように、交通機関に付属して設置してある設備などが使えず、交通機関そのものを利用できないといった場合もある。
 また、利用申込みにおいて、一般よりも早い事前の利用申込み、一般とは異なる利用申込み、一般にはないプライバシーに関わる個人情報の開示、介助者の同伴、医者の診断書の添付などを求められる等のように利用に条件が課されることもある。さらに、利用ができる場合でも駅舎にエレベーターがなかったり、隣接ビルのエレベーターを経由する場合には、隣接ビルの営業時間の制限を受ける場合もある。また、プラットホームと電車のステップの間が広かったり、かなりの高低差がある場合もある。しかし、このような物理的障壁をなくす何らかの合理的配慮がなされていない場合も多い。障害者が使用できるよう配慮された座席は指定のみで、自由席を選択できないといった制約があることもある。加えて、交通機関を利用する上で必要な駅や空港のアナウンスによる運行状況の情報や行き先等の案内表示板が障害者には分からないといったことによって、当該交通機関の利用に困難を伴うこともある。
 したがって、交通機関の利用において、差別禁止の対象となる事項としては、運送契約の締結、運送に必要な手続や条件の付加、外部からの交通施設への経路、施設内やその敷地内における移動、施設に付属する設備(たとえば券売機、改札、トイレ)等の利用、交通機関の運行に伴う情報の提供、交通機関の利用に伴う役務の提供などに関する事項も含まれる。

2、対象物と差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 本法における公共的施設とは、障害者の社会参加といった視点と他者との平等を図るといった視点からすると、対象物は、不特定または多数の者の利用に供される建物、施設、設備(たとえば、学校は特定の者の利用に供されるものであるとしても、多数であるのでここに含まれる)であれば足り、不特定かつ多数の者の利用に供されるもの(たとえば、デパートや公会堂)だけに限定するのは妥当でない。しかし、特定された者でかつ少数の者だけの利用に供されるもの(たとえば、戸建ての個人住宅やそれほど大きくはない共同住宅)は除外するのが妥当である。
 また、交通機関とは、上記同様の視点からすると、不特定または多数の者を想定した旅客の運送を行うための車両その他の運搬手段、駅舎等の運送のために供される建物と建物内に設置された設備、付属の駐車場やバス停などの路外設備などを含むものである。
 なお、不特定または多数の者の運送を想定したものであれば、実際の運行において、少人数であるタクシーであるとか、多数ではあるが特定の者だけを運ぶ貸し切りの場合もここに含まれる。
 そこで、この分野における相手方としては、上記公共的施設及び交通機関をその目的・用途の下に管理・運営する事業者であり、所有権の有無または官民を問わないことになる。

3、国のバリアフリー施策との関係

 国は以前よりこの分野におけるバリアフリー化を図るため、法に基づいてこの ための施策を推進している。これは「はじめに」において述べたように、障害者 権利条約が求める施設等の利用可能性に関する最低基準及び指針を設定して実施 するための措置と言える。
 ただ、これらは、障害者全体の利便性確保といった観点から行われるものであ る以上、全体的に必要性が高く、障害者の利用が多いと思われる対象に絞って、 実現可能性の高いところから行うことにならざるを得ないといった側面がある。 したがって、公共的施設及び交通機関の範囲、既存のものであるか否か、または その規模などにおいて、求める施策の内容が異なることになる。
 こういった施策は障害者権利条約が求めるほどに重要なことではある。しかし ながら、
・バリアフリー基準はハード面に焦点があり、バリアフリー基準を満たしてい る場合であっても、個別的接遇においては不均等待遇といった事例が起こり 得ること、
・一般的なバリアフリー基準が障害の多様性とか個別の状況に沿った合理的配 慮を満たすとは必ずしも言えないこと
・施策の対象範囲外である場合には、何ら合理的配慮をしないといった事例の 発生を防止するのは困難であること
・バリアフリー施策では、差別事案が生じた場合の紛争の解決の仕組みが提供 されていないこと
 等に鑑みるとこの分野における差別を防止するには、本法により差別を禁止す ることが求められる。そうした場合、国のバリアフリー施策と本法による差別禁 止は、障害者の社会参加を確保するための両輪であるといえる。
 そういう観点からすると、本法においては、対象物の規模の大小等は経営規模 に関わるので、不均等待遇や合理的配慮の不提供における正当化事由として考慮 される要素にはなるであるだろうが、本法の適用対象自体としては、既存か否か、 規模の大小等は問わないことになる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 この分野においては、前述のとおり、公共的施設及び交通機関の利用における不均等待遇および合理的配慮の不提供が禁止されることになる。
 不均等待遇の事例としては、先に述べたとおりである。障害者が他との平等に基づき社会参加できるようにする観点から、これらの障害及び障害に関連する事由を理由とする利用の拒否、利用の制限、利用に条件を課すこと、その他の異なる取扱いをすることを差別とし、これを禁止することが求められる。

2、不均等待遇を正当化する事由

 この分野における不均等待遇における正当化事由は、総則で述べたとおりであるが、建物または交通に供される車両等の構造上、安全上やむを得ないと認められる場合などの理由がある場合は、差別に当たらない場合もある。
 ただし、以下の点に留意すべきである。
 すなわち、安全性に関して、たとえば、交通機関の運行に際して事故の発生の根絶は困難であり、そういった意味で抽象的なリスクは誰に対しても負わされていると言える。しかし、可能な限り、安全性は誰に対しても保障されなければならないものである。したがって、障害者が交通機関を利用する場合も他の利用者と同等の安全性が確保されるための合理的配慮がなされなければならない。
 にもかかわらず、交通事業者が安全確保のための合理的配慮を提供することなく、障害者自身の独力では安全性を確保できないといった理由で利用が拒否される場合もある。そういった点に鑑みると、安全性は、個別具体的な状況を踏まえ、必要な合理的配慮がなされることを前提にして判断されるべきである。

第4、合理的配慮及びその不提供を正当化する事由

 合理的配慮の内容や例外として正当化される場合があることについては、総則で述べたところがこの分野にも当てはまる。
 合理的配慮の具体的な内容としては、たとえば、移動においては物的障壁を除去すること、または人的支援を提供すること、接遇においては障害特性に配慮した対応をすること、設置してある設備の利用においては障害者にも可能となるような手段を提供すること、当該施設の利用に必要な情報においては容易に理解したり、受け取れるようにするための手段を提供するなどが考えられる。

第5節 情報・コミュニケーション

第1、はじめに

 障害者権利条約は、その前文において、情報及び通信についての機会が提供されることの重要性に触れたうえで、情報、通信その他のサービス(電子サービス及び緊急事態に係るサービスを含む。) へのアクセスに関して、その「利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること」などを含む措置を取ること等を締約国に求めるとともに、コミュニケーション(意思疎通)の手段等に関しては、それは自ら選択すべきものであって、他から強制されるべきものではないということを前提に様々な手段や態様があることを示している。
 これは、情報が利用できず、またはコミュニケーションが制約されるならば、障害者の日常生活や社会生活は極めて困難に陥るからである。障害者権利条約は、この分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。
 本法においても、情報とコミュニケーションがあらゆる生活分野における基礎としての重要であることに鑑みると、本法においてこの分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野で問題とされるのは、情報の取得や利用及びコミュニケーションにおける不均等待遇および合理的配慮の不提供である。
 情報はすべての人が日常生活及び社会生活を送る上で不可欠なもので、情報が提供されない、あるいは提供されても理解が得がたい等の場合には、生活が大きく制約されることになる。
 ところが、社会にあふれている様々な情報の多くは、障害者がアクセスすることを想定していないため、障害者にとっては手話通訳、要約筆記、知的障害者又は発達障害者の支援者などの情報を受け取る上で必要な支援なしではこれを利用できないことが多い。
 また、点字文書、振り仮名の付与、イラストや絵記号など構造化された形での情報提供などの障害特性に配慮した形の情報提供を受けることはほとんどないために、他の市民が得ることのできる情報を障害者は得ることができないということも少なくない。
 とりわけ、緊急地震速報や避難及び被害に係る災害時の緊急情報等は極めて重要なものであるにもかかわらず、障害の特性に配慮されているとはいえず、障害者の生命を一層危険にさらすこともあり得るのである。
 さらに、情報や意見等のやり取りを行うコミュニケーションについても、その手段を利用できなかったり、手話通訳等の手段を使うことを拒否されれば、生活に不可欠な人とのつながりに困難を生じるということも少なくない。
 したがって、この分野で禁止の対象とされる事項は、情報に関しては、その取得や伝達といった情報の利用に関する事項であり、コミュニケーションに関しては、その手段の選択やその使用に関する事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 情報のやり取りは個人と個人のやり取りからインターネットの利用に至るまで 多様な過程や形態があることから、相手方として想定すべき範囲は広範なものと なる。

1)一般公衆へ提供される情報
A)一般公衆へ情報を提供する相手方
(A-1)情報の提供自体を主たる目的とする事業者
○ 報道機関(テレビ、ラジオ、新聞)
○ 出版社(本、雑誌等)
○ 大容量記憶装置により情報を記録した媒体(CD、DVD)を販売する事業者
○ 一定の施設においてその管理に係る情報を提供することを目的とする事業を営む者(図書館、美術館、博物館、映画館)
○ インターネットを通じて情報を提供する事業者
(A-2)情報を添えた商品を一般消費者に販売する事業者
○ 一般公衆に提供する商品に付随して情報を提供する事業者
(A-3)国及び地方自治体
○ 国民に情報を提供又は開示する国又は地方自治体
B)上記Aと比較すると少数を対象とするが不特定の者に情報を提供することを主な業務とする相手方
○ メディアを介在せずに直接さまざまな情報が提供される演劇の公演、寄席、音楽ライブ、スポーツ観戦等の情報を提供する事業者
○ 各種の公開講座、公開授業、公開シンポジウム、集会等における情報を提供する事業者または主催者

2)特定の者に提供される情報
○ 職場、学校、その他の団体もしくは会議体等が構成員に情報を提供する場合の事業者

3)一般公衆との意思の疎通
○ 事業活動において一般公衆との意思疎通が必要となる事業者

第3、この分野で禁止が求められる差別

 この分野においても、不均等待遇や合理的配慮の不提供及びそれらを正当化する事由については、総則で述べたとおりであるが、上記区分にしたがって、それぞれ、検討することが求められる。

1、上記のA(一般公衆への情報提供)の場合

 このAにおいては、一般公衆へ情報を提供する場合であるので、個別的に情報の提供を拒否するあるいは制限するといった不均等待遇の事例は想定しにくい。
 問題となるのは、情報提供にあたっての合理的配慮である。現在、IT技術の進歩とともに、様々な情報伝達手段が開発され、従来のマスメディアの形態も変わりつつあるなかで、たとえば新聞にしても、従来の活字を印刷した紙ベースの情報伝達形式に加え、インターネットを活用した電子媒体での提供も同時的に行われるようになっている。これは新聞のみならず、マスメディアの全体的な変化であり、このような技術革新を応用することで、障害特性にマッチした代替的な情報伝達技術も開発されるようになってきている。
 テレビに求められる手話や字幕付放送、解説放送の中でも字幕付放送は実際にも多くなってきており、出版物についても、ページ毎にQRコードを付したり、出版物を購入した障害者にはテキストデータを配布する等の代替手段が開発され、文字の読み上げソフトを利用することで、視覚障害者でもこれを利用できるような状態になってきている。

 ただ、このような代替手段による合理的配慮は、情報提供の形態や性格によって、様々のものがあり、どのような手段が技術上可能であるのか、どのような手段が適切であるのか、また、技術的困難さや提供のための体制整備に要する期間や経済的負担の度合い、どのような場合には過度な負担となるのかなど、様々な違いがあるので、現状として提供できる合理的配慮としてどのような手段や方法があり得るのかも含め、政府においては、障害者、専門家、事業主の参画を得て、ガイドラインを作成することが求められる(この点に関しては、以下の場合も同様である。)。
 以上を踏まえ、現状において、技術や体制の整備ができるにも関わらず、これを提供しないことは、合理的配慮の不提供と考えるのが妥当である。なお、国及び地方自治体による情報提供の場合、国民や住民を対象とするものである以上、原則として過度の負担について問題にするのは適切ではない。

2、上記B(少数を対象とするが不特定の者への情報提供)の場合

 この場合、障害又は障害に関連する事由を理由として観劇を拒んだり、受講を断るなどの異なる取扱いをすることは不均等待遇となる。ただ、合理的配慮に関しては、生の情報を同時的に提供することの技術的困難さであるとか、演劇や音楽鑑賞などの芸術性、提供する側の表現の自由との関係もあり、適切な代替手段は上記Aの場合に比較し、限られたものとなる可能性があるにしても、少なくとも有償でかかる情報を提供する事業者が、合理的配慮として実施できる手段があるにも関わらず、これを提供しない場合は差別と考えるのが妥当である。

3、上記の2)(特定の者への情報提供)の場合

 この場合、障害者はその事業の構成員となっている場合であるので、情報の提供において合理的配慮がなければ、構成員としての役割を果たすことは極めて困難となる。したがって、たとえば、手話通訳、要約筆記、ノートテイク、筆談、知的障害者や発達障害者の特性を配慮した通訳者の立ち会いなどを含む対応、点字文書、振り仮名付の文書など、様々な手段を検討して障害の特性に応じた情報提供及びコミュニケーションのための合理的配慮が求められる。

4、上記の3)(一般公衆との意思の疎通)の場合

 ここでは、事業活動において一般公衆との意思疎通が必要となる事業者の場合である。たとえば、レストランでは、お客の注文を聞いて食事を提供することになるが、そのような役務を提供する事業者の場合、コミュニケーションなしには、役務の提供とはいえない、または不十分であることがある。
 この場合、コミュニケーションが取れないことを理由として役務の提供自体を断ったりするなどの異なる取扱いをすることは不均等待遇となる。
 また、合理的配慮に関しては、上記例示の手段の提供や障害者の発することが間違って受け取られることがないようにすること等を含め、障害に配慮した方法、手段等の提供が求められる。

第4、その他の留意事項

 「第1、はじめに」で述べたとおり、障害者権利条約は、情報へのアクセスに関して、その利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視することなどを含む措置を取ること等を求めている。これは、公共的施設や交通施設へのアクセスと同様、情報におけるバリアフリー化に向けた施策がなければ、個別的な紛争解決を図ろうとする本法だけでは、情報における障壁を全般的に無くしていくことは困難であるからに外ならない。
 したがって、政府は、障害者権利条約を踏まえて、このための施策を検討し、必要な措置を取ることが求められる。