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「障害者リハビリテーション」入門………17

呼吸機能障害

森山 豊

はじめに

 ヒトは呼吸により大気中の酸素を体内に取り入れ、組織の細胞レベルでの化学的燃焼により生じた炭酸ガスを対外に放出することで生命を維持しており、この酸素と炭酸ガスのガス交換の過程のどこに障害があっても呼吸機能に障害が起こり得ます。「呼吸機能の障害」を表す概念はこのように広範囲なため、Lung impairment,Lung insufficiency,Lung failureなどに分類する意見もありましたが、近年は「原因のいかんを間わず、動脈血ガスが異常な値を示し、それがために生体が正常な機能を営み得なくなった状態」を呼吸不全と定義し(笹本、村尾1969)、この定義を軸に呼吸機能障害を考えることが多いといえます。

 従ってここでは「呼吸不全」について述べます。

一 呼吸不全とは

 呼吸不全の本態はすでに述べた定義が示すように血液ガスレベルの異常、すなわち低酸素血症及び高炭酸ガス血症をきたす病態です。

 肺炎、気胸、ギランバレー症候群、手術後の合併症など健康な肺に急激に起こるものを急性呼吸不全と呼びます。

 一方、肺気腫、慢性気管支炎、肺結核後遺症など慢性の肺疾患や、進行性筋ジストロフィー、重症筋無力症などの神経・筋疾患等基礎疾患を持ち、その悪化に伴ってもたらされ、血液ガスの異常が1か月以上続くものを慢性呼吸不全と呼びます。

 表1に呼吸不全の診断基準・分類を示します。


表1 呼吸不全の診断基準と分類(厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班)
1 室内気吸入時の動脈血酸素分圧が60Torr以下となる呼吸障害またはそれに相当する呼吸障害を呈する異常状態を呼吸不全と診断する。

2 呼吸不全を動脈血炭酸ガス分圧が45Torrを越えて異常な高値を呈するものとそうでないものとに分類する。

3 慢性呼吸不全とは呼吸不全の状態が少なくとも1か月持続するものをいう。

(注)動脈血酸素分圧が60Torrを越え、70Torr以下のものを”準呼吸不全状態”として扱うことにする。

表2 呼吸困難度の分類(Hugh-Jones)
1 正常

2 同年齢の健常者と同様の歩行はできるが、階段や坂は健常者なみに登れない

3 平地でも健常者同様には歩行できないが、自分のペースでなら歩ける

4 休みながらでなければ歩けない

5 話をしたり、衣服の着脱をするにも息切れがする、外出もできない

二 Ⅰ型呼吸不全とⅡ型呼吸不全

 慢性呼吸不全には低酸素血症をきたすものと、これに高炭酸ガス血症が加わったものとがあります。それぞれI型呼吸不全、Ⅱ型呼吸不全と呼んでいます。

(一) 炭酸ガス蓄積を伴わない低酸素血症(Ⅰ型呼吸不全)

 次のようないくつかの発生機序があります。

①換気血流比不均等分布

 肺の血流に見合うだけの換気が行われない部分が存在するため、肺動脈と肺静脈の間に一種のシャント(短絡)効果が現れることによるものです。急性では肺炎、気胸、肺塞栓症などがこれに相当し、慢性では肺気腫、慢性気管支炎、びまん性汎細気管支炎、気管支拡張症などが主としてこのタイプの呼吸不全を示します。

②拡散障害

 肺でのガス交換は肺胞中のガスと肺胞を取り巻く毛細血管血(ガスがへモグロビンに結合した状態で存在)との間で行われ、これを拡散といいます。両者を隔てている組織を肺胞間質といいますが、肺胞間質の病変のためにガス交換が障害されるものは肺胞─毛細管ブロックと呼ばれ、拡散障害の代表的な機序です。急性ではオウム病、カリニ肺炎、ARDS(成人呼吸窮迫症候群)、過敏性肺臓炎などが、慢性では特発性間質性肺炎、肺線維症、塵肺症などがこれに相当します。

 肺胞間質の病変の他に、肺胞気と毛細管血との接触面積が減少した場合にも拡散障害をきたします。肺気腫がこれに当たります。

(二) 高炭酸ガス血症を伴う低酸素血症(Ⅱ型呼吸不全)

 これは肺胞低換気(ガス交換に有効な換気量が減少すること)が原因となります。肺胞低換気をもたらすものは、肺結核後遺障害や脊柱側湾後湾症、高度の肥満などの拘束性障害(肺の拡張が制限され肺活量が減少すること)が代表的です。

 他に、脳の病変や、ギランバレー症候群、重症筋無力症、筋萎縮性側索硬化症のような神経・筋疾患など、呼吸中枢や呼吸筋の障害によって引き起こされるものも含まれます。

 また進行した肺気腫や、びまん性汎細気管支炎、喘息発作重積状態などの高度の閉塞性障害(気管支狭窄のため、主に呼気が制限される換気障害)でも肺胞低換気をきたします。

三 呼吸不全の症状と身体所見

 呼吸困難のほかに、チアノーゼ、頻脈、血圧などの循環系の異常、意識や精神状態の異常などのほかにも多くの身体所見があり得ます。

 概して急性呼吸不全では症状が激しく、呼吸状態や脈拍、血圧などの生命徴候も変化しやすいため集中的管理が必要になる場合が多いのに対し、慢性呼吸不全では同じ血液ガス値でも、少なくとも安静時には症状が乏しいのが普通です。しかし長い経過のうちに多くの臓器に深刻な合併症(多臓器障害)をきたすようになります。

(一)呼吸困難

 「息苦しい」と感じる自覚症で、呼吸不全の典型的な症状です。急性呼吸不全では必発で、Pao(動脈血酸素分圧)60Torr以上でも訴えることが多いのに対して、慢性呼吸不全の場合、安静時ではPao 40Torrでもあまり訴えません。しかし労作時には訴えるようになり、その程度の判定には表2に示すヒュージョーンズの呼吸困難度分類がよく用いられます。

(二) チアノーゼ

 これはガス交換の障害により、毛細血管を流れる血液に酸素化されない血色素(還元へモグロビン)が増えるため、皮膚や粘膜が青紫色に見える状態です。このようなチアノーゼは中心性チアノーゼとも呼ばれ、左右短絡のある心臓病でもみられます。チアノーゼはPao 55Torr以下で現われはじめます。

(三) 循環器症状

 呼吸不全では頻脈になります。血圧の変動や不整脈などもみられます。

(四) 多臓器障害

 すでに触れたように慢性呼吸不全にみられる多臓器にわたる深刻な合併症です。肺性心は肺疾患のため肺動脈圧が上昇し、心臓右室の肥大拡張を引きおこすものです。精神-神経系の異常は肺性脳症として知られており、高炭酸ガス血症の場合COナルコーシスと呼ばれる重篤な状態もあります。そのほか胃潰瘍や肝臓、腎臓の障害があります。

四 呼吸不全をきたす代表的な疾患

 これまでに述べたように呼吸不全の原因となる疾患は広範囲にわたります。ここでは慢性呼吸不全をきたす主要な疾患について概説します。

(一) 肺結核(後遺障害)

 肺結核は結核菌による慢性の肺感染症です。わが国では1950年にストレプトマイシンなどの化学療法が取り入れられてから死亡者が激減しました。しかし現在でも罹患率の低下はゆるやかで、とりわけ糖尿病や老人、アルコール多飲者などが罹息の危険にさらされています。また化学療法導入以前の結核の再燃や、結核後遺症としての慢性呼吸不全がなお深刻な問題を残しています。

 結核による呼吸不全は、胸膜炎による胸膜の肥厚や、肺切除術、化学療法導入以前の胸郭形成術や人工気胸術後の胸郭の変形などが、肺の拡張制限や肺活量の低下などをもたらし、これが加齢により進行することによるものです。慢性呼吸不全の原因としては、わが国では最も多いのが現状です。

(二) 慢性閉塞性肺疾患(COPD)

 肺気腫、びまん性汎細気管支炎(DPB)、慢性気管支炎、気管支喘息は何れも気道に広汎な狭窄をきたす疾患で、合わせて慢性閉塞性肺疾患と呼びます。この中で慢性呼吸不全の原因として重要なのは、肺気腫とびまん性汎細気管支炎、及び慢性気管支炎です。

①肺気腫

 肺気腫は肺胞の壁が破壊されて、肺が全体として異常に膨張する疾患です。

 原因は単一でなく、喫煙、粉塵、大気汚染、性(男女比10対1以上)、年齢(ほとんどが60歳以上)などが挙げられています。

 症状は呼吸困難が特徴的で、はじめは階段や坂道を上るときに自覚する程度ですが、進行すると平地でも休み休みしなければ歩けなくなり、さらに進行すると屋内での日常生活にも困難を感じるようになります。身体所見は努力呼吸、呼気延長(息を吐くのに時間がかかることでCOPDに共通します)。胸郭の拡大(ビール樽胸郭と呼ばれる)、ばち状指(手の指先が三味線のばち先のように幅広くなること)などがあり、低酸素血症が進むとチアノーゼを示すようになります。

 経過は慢性、進行性で、進行すると感染などによる急性増悪のために生命が危険な状態に陥りやすくなります。

 治療は1つには気道を清浄に保ち、感染などによる急性状悪を予防することです。この目的のためには痰の多い患者では排痰につとめ、また状態によっては気管支拡張剤や抗生物質などの薬も使われます。治療のもう1つは効率の悪い呼吸パターン(速くて浅い呼吸など)を是正して残存機能を引き出し、そのよい状態をできるだけ長く維持することで、この目的のためには呼吸理学療法がその中心となります。

②びまん性汎細気管支炎(DPB)

 その特異な病理形態学的特徴などから1969年に山中らによって初めて提唱された疾患です。完成された病理組織像では、呼吸細気管支炎と細気管支周囲炎が著明に見られます。

 原因は不明ですが家族発生が多い傾向があります。わが国に多く、年齢や性差はなく、よく慢性の副鼻腔炎を合併します(約80%)。

 症状は咳で始まり、労作時呼吸困難が現れ、感染をくり返して、しばしば喘鳴を伴う強い呼吸困難をきたし、多量の膿性痰を排出するようになります。

 呼吸機能では著しい閉塞性障害と中等度の拘束性障害を特徴とし、レントゲン写真上では下肺野に密な小粒状影がびまん性に見られます。

 低酸素血症と、時に高炭酸ガス血症を伴う呼吸不全をきたし、致命的疾患でしたが、近年はエリスロマイシンやニューキノロン剤の長期使用が有効なことが分かり、生命予後は著しく改善しました。

五 呼吸不全の治療

(一) 急性呼吸不全の場合

 原疾患の治療とともに、集中的呼吸管理が求められます。各種の薬物や酸素療法が行われ、人工呼吸器を使用することも多くなります。また、排痰を促すため、肺理学療法も行われます。

(二) 慢性呼吸不全の場合

 慢性呼吸不全はその基礎疾患の多くが、治療により一応の安定が得られたとしても元の健康な状態に戻すことはできません。従って、治療の目標は表3に示すように、最終的には「息苦しさを」取り除き、障害の許す範囲で、できるだけQOLを高めるように援助することになります。

 この目的のためには、吸入療法や、肺理学療法、運動療法、患者・家族教育、在宅ケア、在宅酸素療法、社会資源の利用などを含む一貫した援助のシステムであるリハビリテーションが必要になります。


表3 呼吸器疾患のリハビリテーションの目的
1 疾患を治療し、呼吸機能をできるだけ健康な状態に近づけること

2 病態の進行を阻止し、残された呼吸機能を効果的に使うこと

3 衰えた体力と器量区の改善と向上

4 家庭生活や社会生活への復帰とその持続

 なお慢性呼吸不全は、しばしば急性増悪と呼ばれる危険な状態に陥り、急性呼吸不全と同様の治療が必要になります。

 リハビリテーションの内容の詳細については成書に譲ります。

(もりやまゆたか 国立身体障害者リハビリテーションセンター)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年10月号(第15巻 通巻171号)78頁~81頁