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特集/「障害者の機会均等化に関する基準規則」から見た日本の現状

基準規則をどのように現実化するか

佐藤久夫

基準規則のモニター活動の動き

 1993年12月の国連総会で「基準規則」が採択され、その後スウェーデンの全盲の国会議員ベンクト・リンドクビスト氏が3年任期の特別報告者として事務総長より指名された。スウェーデン政府が事務所を提供することとなり、日本を含む11か国からの活動資金援助が確定した段階でリンドクビスト氏はこの指名を受諾、ようやく1994年11月から本格的な「基準規則の実施状況モニター活動」が開始された。国連の一般会計からの支出もなされる予定とはいうものの、とりあえず3年間で約5800万円という予算で出発することとなった。この中から特別報告者の手当、旅費、その下で協力する専門家への手当、後述の国際NGOのメンバーからなるパネル(委員会)のための旅費を含む開催費、地域ごとの評価活動の費用などをまかなわねばならず、けっして楽ではない。

 とはいえ、1982年の国連総会決議「障害者に関する世界行動計画」との最も大きな違いの1つが、実施状況を評価し、各国での実施を促進するための特別報告者やそれに協力するパネルの設置にあるので、その活動に期待が寄せられている。

 さてリンドクビスト氏はさっそく94年11月、各国政府に「特別報告者からの第1の手紙」を送り、「基準規則」の宣伝・普及がどうなされたか、いままでにどう使われたか(法律制定など)、今後の活用計画、政府として「基準規則」に関する情報をさらに望むか、と四点のアンケートをとった。95年4月までに回答したのは25か国と国連加盟国の1割強にすぎなかった(日本は回答国の中に入っておらず、残念である)。

 95年2月にはニューヨークで第一回目の専門家パネルが開かれ、DPI、インクルージョン・インターナショナル、RI、世界盲人連合、世界ろう者連盟および世界精神保健ユーザー連盟の代表らが集まった。ここでは、22の規則の全部について調べるのではなく、当面、法制、国内調整機構、障害者団体の参加、アクセスおよび雇用の6点に焦点をあてた方がよいなどの、モニターの進め方についてのアドバイスを行った。

 こうしてアンケートの結果やパネルからの提言、そして各種の国際会議やセミナーへの参加の経験を踏まえて、リンドクビスト氏は1995年4月の第34回国連社会開発委員会で報告をし、今後のモニターのあり方に関する提言を行った。

 その後、95年末から「特別報告者からの第2の手紙」が出され、回答率を高めるべくNGOにも協力してもらうなどの努力が続けられている。1996年2月にはリンドクビスト氏自身が来日し、東京と大阪で講演するとともに政府にも協力を依頼するとのことである。

なによりもまず普及と宣伝

 以上のような国際的な動きを念頭において、日本で取り組むべきことを考えてみたい。まず第1に、(前述の第34回社会開発委員会での報告の中で強調されているように)「基準規則」そのものを多くの関係者が知らねばならない。

 筆者には、1995年7月の障害者保健福祉推進本部の「中間報告」には「基準規則」に共通する哲学や理念が相当濃く反映されていたように思われるのに対して、その「最終報告」にあたる12月の「障害者プラン」では、多くの意欲的な施策展開の課題を提起してはいるものの全体的には個別の施策の目標数値の提示という性格になっており、基本的な考え方、あるいは「何のために」という部分が希薄になってしまっているように思われる。日本政府も賛成し、世界の障害者団体も支持している「基準規則」は「障害者プラン」実行のための理念面での社会的合意を準備するものであり、その普及・周知は非常に重要である。

 リンドクビスト氏の報告で紹介されているように、各国では「基準規則」の翻訳と普及に力を入れている。デンマークでは日本の20分の1の人口であるがデンマーク語の翻訳版が1500部配布され、テープや点字版も活用されている。日本の人口の15分の1のスウェーデンでは「基準規則」関係の情報普及のために2億5千万円(1千万スウェーデンクローネ)がふりあてられた。

 日本ではいくつかの文書や雑誌に「基準規則」の名前については触れられているものの、完全な日本語訳を手にするのは極めて難しい。幸い長瀬修氏の正確でよく配慮された訳が日本障害者協議会から「JDジャーナル増刊、№174, 1995. 3」として出版されているが、必要とする人のおそらく1%にも届いていないものと思われる。すべての自治体の主要部局、一定規模以上の民間企業、教育・医療・福祉の機関・施設、地域レベルを含むすべての障害者団体には一部以上の「基準規則」が配布されることが望まれる。国と障害者団体とが協力してこの程度のことを実現できないようであれば、両者は本気で国民の理解を得ようとしていないものと思われてしまう。

国内民間団体によるモニターを

 前述の「第2の手紙」の回答期限は1996年3月とのことである。第2の課題として、政府が回答するだけでなく、民間団体、とくに障害をもつ当事者団体が問われている6項目についての評価をして独自の回答をすることがあげられる。この「当事者による評価」は「基準規則」自体が求めていることであって、「政府は障害関連の計画とサービスの評価のために、用語と基準を開発し、採用すべきである。この基準と用語は、その最初の概念・計画段階から障害をもつ人の組織との密接な協力の下で作成されるべきである」(規則20抄)、「障害をもつ人の組織はすべてのレベルでのモニタリングの過程に積極的に関与するよう奨励されるべきである」(モニタリング機構9抄)などと書かれている。

 障害者団体(の代表)が政策決定に関与することの必要性は、日本でもすでに障害者基本法などでも認識されるに至っているが、その関与が例えば「障害者プラン」の実施状況評価などに限定されるならばあまり意味はない。予定の目標数値が予定年度に達成できたかどうかを見るだけであれば、事務的な確認にすぎないからである。

 重要なのは政策の立案過程であり、「障害者プラン」の見直しへの関与であろう。これはほとんどそのまま「基準規則」の実施状況評価となる。というのは「基準規則」では、主に各国の中央政府の責任を述べており、政府が機会の均等化を実現するために可能なあらゆる方策をとるよう求めている。その方策には豊富な例示が含まれており、近年の各国の経験からして必要であり有効であると試されてきたものが掲げられている。こうした「基準規則」の評価は政策立案への参加となるものである。

 しかしなお、「基準規則」の評価が、そのまま障害者の機会均等化が本当に実現されたかどうかを評価するものであるかといえば、疑問である。「基準規則」は政府の行う「対策」を述べたものであり、機会の均等化が実現した状態とはどのようなものであるかという「結果」を示してはいない。「対策」の有効性は「結果」によって判定されるべきであり、我々はまだそのものさしをもっていない。しかしそれはそれほど難しいものではなく、障害をもつ人ともたない人の間で、スポーツへの参加状態がどう違うのか、仕事の選択の実質的な自由がどう違うのか、等々を測定し、経年的に、地域的に比較をすることができれば、障害者の現実、対策の結果を測定することができる。このような次の段階の評価を念頭におきつつ、「基準規則」の評価を民間団体として実施し、政府の評価とも照らし合わせて、認識の相違を議論することを通じてよりしっかりとした政策を確立することができるものと思われる。

 したがって「基準規則」の評価(モニター)は国内の主要な障害者団体が協力して取り組むべき仕事であろう。あるいはノルウェーの障害者審議会が「基準規則」の実行状況のモニターを任務の1つと定めているように、日本でも中央障害者施策推進協議会の任務の1つに加えることも検討されるべきであろう。いずれにせよ、国も民間も「評価」の仕事をもっと重視しなければ、しっかりした障害者施策は行えない時代に確実に入りつつあるように思われる。

(さとうひさお 日本社会事業大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年3月(第16巻 通巻第176号)13頁~15頁