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特集/「障害者の機会均等化に関する基準規則」から見た日本の現状

日本の現状

規則5 アクセシビリティ

 (a)物理的環境へのアクセス

三澤 了

1 障害者の完全参加と平等を実現するための環境整備の経過と取り組み

 日本の社会では長年にわたり障害を持つ者を社会的な弱者として位置づけ、恩恵的な福祉の対象として扱ってきたという歴史的な経過がある。その経過の中では障害者の生活圏は極めて狭い範囲に限られ、大きな社会的な広がりを持つものとはなり得なかった。完全参加と平等を旗印にした「国際障害者年」の前後から社会的な自立を目指そうとする障害者の意識の変化があり、従来は家や施設の中に閉じこもっていた障害者が様々な目的で社会との接点を求め、多様な形での社会進出の機会を摸索し始めてきた。

 一方、社会は障害者のそうした願いや試みを受け入れる準備が十分に整ってはいない状況にあった。特に障害者を取りまく生活環境、例えば住宅、建築物、交通機関、道路などの整備に関しては各方面から整備の遅れが指摘されていたが、障害当事者もこの分野の体制の整備に向けて運動のうねりを起こしていった。まちを自由に歩きたい、どんな建物でも不自由なく利用したいという福祉のまちづくりを求める運動や、電車やバスを自由に利用し目的の場所に行けるようになりたいという交通機関の改善を求めるねばり強い運動と高齢化社会の到来という事態が、国や自治体の中に従来のまちのあり方や建築物、そして交通機関の現状に対する見直しを行わざるを得ないという認識を生み出していった。

2 福祉のまちづくり条例の制定

 障害者を取りまく物理的な環境整備の面で最も重要な位置を占めるものとして1993年に大阪府と兵庫県で制定され、その後多くの自治体で制定される運びとなった「福祉のまちづくり条例」がある。従来も「福祉のまちづくり」に関する事業は国や自治体において実施されていたが、それらは法的な強制力を持たない理念的な指針にすぎず実効性に乏しいものがほとんどであった。大阪府や兵庫県を始めとする各自治体の「福祉のまちづくり条例」では、従来の建築基準法関連条例による建築物のアクセス保障にとどまらず、既存の建築物を含む各種の都市施設や道路並びに交通関係施設の物理的バリアを解消する方向を打ち出し、都市や地域を障害者や高齢者を含む全ての人が基本的人権を保障されて生きていくことの出来る空間とすることが謳われている。

 これらの「福祉のまちづくり条例」はその対象とする特定施設に対して、条例に沿った工事の届出、改善勧告・命令、違反者の氏名の公表等の強制力をもって福祉のまちづくりを進めようとしているが、その対象とする都市施設の特定や規模の設定等では、障害者や高齢者の日常的な施設の利用という観点からすると不十分な部分が多く、現在の物理的なバリアがどこまで解消されるのかは疑問な部分も多い。いずれにしても「福祉のまちづくり条例」を制定した自治体がどこまで条例を有効に活用しようとするのかが厳しく問われることになるが、障害者、高齢者等の当事者を含む市民を組み込んだ「福祉のまちづくり」の推進、監視機構を設け、それぞれの地域全体で「福祉のまちづくり」を積極的に進めるための財政措置を含めた施策化が必要不可欠である。

 こうした自治体等のまちづくりの動きと並行して国レベルでの物理的な環境整備に向けた動きもようやく具体的なものとなりつつある。多くの障害者にとって大きな課題である公共交通システムに関しては、この五、六年の間に環境改善に対する認識が関係省庁並びに交通事業者の中にも芽生え始めている。都市施設や交通システムにおけるバリアの解消を図るための法制度はまだまだ未整備な状態にあるが、こうした意識の変化に伴い、1992年頃から「鉄道駅におけるエレベーター整備指針」や「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(ハートビル法)」等が運輸省や建設省から出され、整備体制が整えられつつあるという現状にある。しかしながらこれらの指針や法律は義務規程がなかったり、対象となる範囲が極めて限定的であったりするということで、どこまで実効的なものになるかどうかは、今後の行政姿勢と深くかかわり合うことであり、当事者運動がどこまで行政を動かすことが出来るかに懸かっていると言えよう。

3 アクセシビリティの保障のために

 このような国や自治体の法制度の整備はあるものの、日本の社会の現状は障害者の生活や移動に対するバリアがまだまだ数多く残されている。物理的な環境面だけで見ても日本の多くの都市や地域は障害者にとって決して暮らしやすく、利用しやすいまちではない。電車やバスといった交通施設は障害者の存在を無視したところで成り立ってきており、改善の動きはみられるものの、現実には利用しにくい電車やバスを、時には命がけで利用しているという状況は変わっていない。また各種の建物は階段や段差、その広さという点で障害者の利用を著しく阻害するものとなっている。さらにマンション等の集合住宅や個人の住宅に対する物理的環境整備といった面での配慮は制度的にほとんど行われておらず、多くの住宅は個人的な対応の域を出ないものとなっている。公営、公団などの公的住宅に関しても、これから新しく建てられるものを除いては物理的環境整備の規定はなく、障害者の住宅取得を困難にする一因となっている。

 こうした状況を改善していくためには、障害者や高齢者を含むすべての人の移動の権利、住まう権利、社会参加の権利を護るという社会意識を醸成し、財政的な裏付けを持った的確な施策展開を行う必要がある。

(みさわりょう DPI日本会議)

規則5 アクセシビリティ

政府は社会の全ての領域での機会均等化の過程でアクセシビリティの総合的な重要性を認識すべきである。どのような種別の障害を持つ人に対しても、政府は(a)物理的環境を障害を持つ人が利用できるようにする行動計画を開始すべきであり、(b)情報とコミュニケーションへのアクセスを提供するための方策を開始すべきである。

(a)物理的環境へのアクセス

1.政府は物理的環境面での参加への障壁を取り除く方策を開始すべきである。方策は基準と指針を策定するものであるべきであり、例えば住宅、建造物、公共輸送サービスや他の輸送手段、街と他の屋外の環境に関する社会の様々な分野へのアクセシビリティを保障する法律の施行を考慮すべきである。

2.政府は、物理的環境の設計と建築に職業的に携わる設計家・建築技師・その他の者が、アクセシビリティを達成するための障害政策と方策に関する適切な情報を入手できるよう保障すべきである。

3.設計段階当初からアクセシビリティの要件が物理的環境の設計と建設に含まれるべきである。

4.アクセシビリティの基準と標準を策定するに当たって障害を持つ人の組織は相談にあずかるべきである。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年3月(第16巻 通巻第176号) 18頁~19頁