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特集/「障害者の機会均等化に関する基準規則」から見た日本の現状

日本の現状

規則5 アクセシビリティ

 (b)情報とコミュニケーションへのアクセス

森 壮也

 1993年国連総会によって採択された本基準規則のうち、ろう者・難聴者に関係した箇所についてわが国の現状と照らし合わせながら今後の課題について考えたい。また本規則は、政府がとるべき行動について、障害者本人及びその家族、障害者団体などの関係者にガイドラインを示すものであり、その機会均等化へ向けて政府がとるプロセスにおいてパートナーとしてどう行動しなければならないかを示しているものであるから(規則英語原文 8~9頁、「規則の目的と内容」の項)、そうした主旨に沿って考えていくことにする。

 この規則はろう者・難聴者に限らず、すべての障害者について、社会への完全参加とそこでの機会均等が達成された平等な市民となる前に満たされなければいけないニーズについてこれを列挙したものである。

 まず最初は、第2章、平等な参加への目標分野の規則5アクセシビリティの(b)「情報コミュニケーションへのアクセス」である。この第6項では晴眼者に提供される墨字情報が視覚障害者にも同様に提供されるように述べると共に、ろう者・難聴者についても、音声言語情報へのアクセスを可能にする適切な技術が利用されるべきであると述べている。同じ(b)の第9項で、テレビ、ラジオ、新聞のようなメディアでのアクセシビリティの保障が求められているが、現在、テレビひとつとってもろう者・難聴者がそこで提供されている情報を聴者と等しく亨受できているかどうかは、関係者の努力によって若干の環境整備の努力はされているものの、テレビ会社にこれを義務づけるには至っていないため、字幕放送の達成率が非常に低いことを見ても分かるようにまだまだ大きな課題である。

 また阪神大震災の折りに震災関係の音声言語によるニュースの編成を理由として、ろう者・難聴者にとって情報の命綱とも言えるNHK教育TVの手話ニュース番組が一時、中断された。これも放送局側の認識不足と同時に、こうした番組が放送局側の努力だけでなされており、放送法などで重要・緊急情報の文字や手話による提供を義務づけていないという問題があるからだろう。

 こう言うと、そこまでやる必要があるのだろうかという意見があるかもしれないが、例えばもしシンガポールのような多言語国家で緊急情報が英語のみで流され、他の公用語である北京語、タミール語、マレー語で流されなかったら大問題になることを考えてみればよい。例えば日本で手話が公用語でないからかまわない、あるいは文字というような二次言語に対して付属品という認識でいるとしたら、それは同時に政府がろう者・難聴者を日本国民ではないと言っているに等しいのだということを理解しなければならない。

 第2に同じ(b)の第7項ではまず、耳の聞こえない子供の教育に際しては、家庭やその子供が属するコミュニティで手話の使用が考慮されるべき選択肢のひとつとして明確に位置づけられなければならないと述べている。具体的にはろう児の親に対する手話指導、手話によるろう教育、ろう学校の存在が否定されてはならないということである。わが国では、文部省によって近年、ようやく手話の使用が中等教育以後の段階で認められるようになってきたが、ここで述べられているのはもっと強い要求である。もちろん、すべてを手話によるものにする必要はないが、もし親や本人が望めば、手話による教育、またそれをサポートする両親への手話指導などが学校によって提供されなければならないし、その選択肢を保障しなければならないということである。

 またこの項では、後半で手話通訳サービスもまたろう者・難聴者が聴者との間で直面する様々な局面で、提供される選択肢のひとつとして選択可能でなければならないとしている。現在、手話通訳派遣事業は全国的に整備されてきているが、そのサービスが提供される局面はまだまだ制限されており、公的な場面での設置はかなり前進が見られるものの、学校教育や企業内でのコミュニケーションの場面で手話通訳が必要であっても、費用等の負担原則などが明確に法制化されていない。このために結局、通訳派遣の断念や泣き寝入りをさせられたり、費用は低廉だが技術が未熟な通訳者しか派遣されない、手話通訳者に応分の保障がなされない・過重負担となる等の問題がある。

 この(b)の最後の第11項では、以上のような問題に対する方策の策定に際しては、障害者団体、つまりろう者・難聴者の例で言えば、ろう団体、難聴者・中途失聴者団体が専門家、コンサルタントとして機能することが前提とされていることが述べられている。わが国では、政府、地方公共団体との交渉等でこうした団体がよく努力してきている。しかし、では専門家集団としてはどうかということになると、よりいっそうの努力が必要というのも事実であろう。またそうした専門家集団としても機能しうるような政府等による側面援助もよりいっそう求められよう。

 もうひとつ本規則には、ろう者・難聴者に関連して特記すべき項目がある。それは規則6の「教育」第9項である。規則6では障害児一般に関して、インテグレーション教育の保障などいくつかの原則が述べられているが、ろう児・難聴者児、及び盲ろう児に関しては、そのコミュニケーションニーズの特殊性から、ろう学校や難聴学級などのこれらのこうした子供達だけによるクラス・学校がむしろふさわしい場合もあることを認めている。またこうした子供達の教育の初期の段階では、効果的なコミュニケーション技術と最大限の自立につながるという理由で(ろう者・難聴者の)文化に細心の注意を払う必要性があると述べている。

 わが国ではこの認識は未だ極めて弱い。ここで述べられている文化(カルチャー)という概念の定着が遅れているせいもあるが、ろう・難聴団体によるこれらへの認識に向けてのよりいっそうの啓蒙も望まれるところである。

(もりそうや アジア経済研究所)

(b)情報とコミュニケーションへのアクセス

5.障害を持つ人と、適切な場合における、その家族と権利擁護者は、全ての段階における診断・権利・利用できるサービスと計画に関する十分な情報を入手できるべきである。このような情報は障害を持つ人が利用できる形態で提示されるべきである。

6.政府は障害を持つ人の多様なグループが情報サービスと文書を利用できるようにする戦略を策定するべきである。点字、テープ、拡大印刷、他の適当な技術が視覚損傷を持つ人用に墨字の情報・文書を提供するのに利用されるべきである。同様に、聴覚損傷もしくは認識の困難を持つ人向けに言語情報へのアクセスを提供するために適切な技術が利用されるべきである。

7.ろう児の教育、ろう児の家庭・地域社会での手話の使用が考慮されるべきである。手話通訳サービスがろう者とろう者以外の人間とのコミュニケーションを促進するためにも提供されるべきである。

8.これ以外のコミュニケーション障害を持つ人のニーズも考慮されるべきである。

9.政府はメディア、特にテレビ、ラジオ、新聞がそれぞれのサービスを障害者の利用が可能にするよう奨励すべきである。

10.公衆に提供されている新たにコンピューター化された情報・サービス体系は当初から、もしくは、変更を加えた後に、障害を持つ人が利用できるようにすべきである。

11.情報サービスを障害を持つ人が利用できるようにする方策を策定するにあたっては、障害を持つ人の組織が相談にあずかるべきである。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年3月(第16巻 通巻第176号) 20頁~21頁