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検証ADA新時代

新連載

ADAの施行状況について

関川芳孝

 ADAが成立してから5年以上が経過しており、最近の施行状況が知りたくて、カリフォルニア州サンフランシスコ市の対岸にあるバークレー市を訪れた。幸いにも、カリフォルニア大学バークレー校(University of California Berkeley:UCB)から客員研究員として招聘されたので、昨年の10月からバークレーに滞在することができた。私は、わが国では、北九州大学法学部に所属し、福祉政策などの研究を専門としている。バークレー校のロースクールでの研究テーマも「アメリカにおける障害者の権利保障」である。ADAの成立は、わが国でも「アメリカで画期的な法律が成立した」と紹介され、「新しい時代の幕開け」と騒がれた。しかし、障害者が直面している理想と現実とのギャップは、ADAの施行によって本当に埋められるのか。本稿では、かかる問題意識から、ADAをめぐる最近の施行状況を中心に、バークレーから連載でレポートしたい。

「変態のるつぼ」バークレーにて

 まず、最初にカリフォルニア大学バークレー校について簡単に紹介したい。カリフォルニア大学は、カリフォルニア州立の大学で、カリフォルニア大学(UC)リーグに名を連ねる姉妹校が11校もある。このなかで、バークレー校は、1873年に創設され、UCリーグのなかでも最も古い大学である。サンフランシスコ中心地からベイ・ブリッヂを車で渡り20分ほどのところ。サンフランシスコ湾岸東部の学園都市バークレー市に位置し学生数も約2万3000人を超える。

 バークレー校というと、学生運動をテーマとした『いちご白書』という映画が思い返される。バークレー校が、1960年代後半の学生運動発祥の地であり、大学周辺の通りにはいまでも当時のヒッピー風の若者も数多く見受けられる。また、黒人やヒスパニック系、アジア系も多い学園都市バークレー。障害者が電動車いすで風を切って駆け回る街でもある。

 職業柄、日頃から学生諸君と接する機会が多いので、たいていのことには驚かないが、バークレーにおける一種独特なサブカルチャーを形成する学生のパワーには、来た当初は戸惑いを感じた。なにしろ、へそだしルックや鼻輪は当たり前、ホモセクシャルやレスビアンの人権が真剣に語られるところである。実際に、近所のスーパーなどにも、一見してそれとわかる二人連れの男が仲良く買い物に来ているのを見かけるが、周囲の人もあまり気にかけないのがアメリカ流なのである。「人種のるつぼ」という表現があるが、バークレーをもって語るならば、「変態のるつぼ」といったほうがぴったりという印象をもった。しかも「正常」と「異常」との境界が、限りなく曖昧になっている都市である。バークレーが、全米で最も革新的な街といわれているのも頷ける。

凄腕のネゴシエィター

 私がバークレー校を選んだのは、障害者を含むアメリカにおける少数グループの差別問題に関心があったからである。1990年に成立した障害者に対する様々な差別を禁止する法律、ADA(障害をもつアメリカ人法、American with Disability Act)も、かかる問題を背景にしている。アメリカでは、障害者は「最後の少数グループ」といわれている。障害者を「社会的弱者」とみないところが、いかにもアメリカ的である。

 バークレーは、自立生活センター(Center of Indipendent Living:CIL)発祥の地としても有名である(写真)。かつてバークレー校の障害をもつ学生が地域で自立して生活するために必要な支援を求めたことを契機とし支援体制が組まれて、それがCILとして全米に広がっていった。もっとも、法律家としての私の関心は、障害者が地域社会のなかで生活する上で立ちはだかる様々な社会的障壁に対して、平等保護の立場から法的にどのような解決が与えられるかにある。アメリカにおける障害者の市民権擁護のあり方について関心をもっている。

 バークレーには、障害者の権利擁護団体(Disability Right Education and Defense Fund:DREDF)がある。このCILやDREDFのスタッフが、全米に広がる各障害者団体に呼びかけて、連邦議会に対しADAの制定を要求する運動を押し進めたことでも有名である。私が客員研究員としてバークレーを訪れた目的を友人に話したところ、「それなら、バークレー校を選んで正解だよ。何しろバークレーを中心とするベイ・エリアにはADAの施行にも目を光らせている凄腕の交渉者(ネゴシエィター)がいるからね」と話していた。

新保守主義の風

 しかし、全米で最も革新的な街バークレーですら、アメリカ全土において顕著となっている新保守主義の風が吹いている。カリフォルニア大学リーグが、連盟総会において、黒人やヒスパニック系人種などの少数グループの学生に対する優遇取り扱い(アファーマティブ・アクション)を廃止することを提案したことがあげられる。差別を撤廃し機会の均等を積極的に推進しようというのは、リベラルを掲げる左派の民主党の政策テーマの要でもある。リベラルな学風を誇っているカリフォルニア大学リーグが優遇取り扱いを廃止しようというのであるから、アメリカ全体に衝撃が走ったのも当然というべきであろう。

 少数グループの学生に対する優遇取り扱いとは、大学に入学している学生の構成にアンバランスがあり、かかるアンバランスが過去の差別が原因となっているものと考えて、これを是正するため黒人、ヒスパニック系、アジア系などの少数グループに属する学生を特に優先的に入学させようというものである。確かにバークレー校のキャンパスを闊歩する学生をみると、黒人が多いというだけでなく、人種や国籍などについては、極めてインターナショナルな様相を呈しているなという印象を受ける。実際に白人でない学生が、UCのキャンパスでは過半数を占めており、多数グループを構成している。

 しかし、かかる優遇取り扱いは、多数グループである白人にとっては評判が悪い。不合格になった当人より成績の悪い学生が数多く入学するからである。にもかかわらず、カリフォルニア大学は、少数グループに積極的に教育上の門戸を開くという配慮から、これを続けてきた。かかる優遇取り扱いの役割も、そろそろ見直す時期にきているというのが、UCリーグ総会の考えである。

 障害者も優遇取り扱いの対象とされてきたが、障害者は「最後の少数グループ」といわれるように、最も遅れて優遇取り扱いの列に加わっている。キャンパスで車いすの学生の一人が、UCリーグの提案に反対するビラを配布していたが、全体として学生のなかで少数グループの構成が既に多くを占めているという理由からこれを廃止されたならば、障害者の教育を受ける機会に与える影響が最も大きいと訴えていた。UCリーグの提案のように今梯子を外されたら、ようやく障害者に開かれつつある大学進学の機会も、再び「狭き門」に阻まれてしまうからである。

福祉先進都市バークレー?

 ところで、「障害者の権利保障について研究している」というと、日本から来ている知人などから「バークレーは障害者の福祉が進んでいるのでしょう。実際に住んでみてどうですか」と尋ねられることが多い。なるほど、地下鉄バートも、障害者の利用に十分配慮している。街を走るバスはすべてリフトが配備されている。しかも、バス路線までのアクセスが著しく困難な地域には、バス停までのバンによる移送サービスもある。歩道の段差解消などは、20年も前から取り組んでおり、ADAが成立する以前から解決済みであるという。比較的古いレストランやバーが立ち並んでいるテレグラフ通りでも、店の入り口に段差などは見あたらない。夜がふけると車いすの集団が、テーブルを囲んでビールやワインをあおる姿を目の当たりにすると、地域で自立して生活する彼らのバイタリティを垣間みた思いがし、さすがバークレーと感心させられたものである。

 ところで、わが国では、バリア・フリーに代表される「障害者に優しいまちづくり」などは、障害者に対する福祉政策のひとつとして考えられている。そのため、ADAの制定に象徴されるアメリカの実験も、わが国では障害者福祉の枠組みのなかで受けとめられ、バークレーなどはバリア・フリーが徹底している福祉先進都市として紹介されることが少なくない。事実、テレグラフ通りにあるCIL自立生活センターにも、数多くの日本の福祉関係者がアメリカの障害者福祉事情の調査のため見学に訪れており、CILのスタッフがADAに対する日本人の感心の高さに驚いていた。

 しかしながら、しばしば「ADAは福祉立法ではない」と語られるように、障害者に対する徹底したバリア・フリーの社会環境は、福祉とはまったく違った発想から築き上げられている。したがって、かかる生活環境をみて、バークレーを福祉先進都市と評するのは、必ずしも適切ではない。ADAなどは憲法が要請する基本的人権のひとつである「平等保護」を基礎としており、かかる観点からバークレーをみるならば、むしろ「障害者に対する人権擁護の先進都市」というべきであろう。

(せきがわよしたか 北九州大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年4月号(第16巻 通巻177号)38頁~40頁