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列島縦断ネットワーキング

[神奈川県]

楽しい手作り楽器

福澤範一郎

 自作の楽器を演奏する。こんな楽しいことが出来たら……、と考えたことはありませんか? それを実現させたのが1986年9月に開催された、神奈川県ライトセンターの教養講座「楽器の製作」でした。

 講座終了後、受講者の有志が集まって「手作り楽器クラブ」が結成されました。現在の会員数は18名、視覚障害者は、私を含めて8名で、毎月1回ライトセンターに集まって楽器の製作や、演奏練習を行っています。

●楽しさいっぱいのクラブ

 発足以来、教養講座の時の講師、加藤一雄先生にご指導いただいています。先生のお人柄そのままに楽しさいっぱいのクラブです。

 入会者には、目が見える人は勿論、目の見えない人にも、自分の楽器は自作してもらっています。「私は目が悪い上に、工作は苦手だから…」などと心配しないで下さい。加藤先生のご指導で、誰でも必ず完成させることが出来ます。

 製作する楽器は主にシュトライヒ・プサルタというヨーロッパの民俗楽器です。高さ60㎝、底辺の長さ21㎝、厚さ2.5㎝の二等辺三角形の木箱に、24本の細いピアノ線を張り、これを弓で弾いて演奏します。つまり、ヴァイオリンの祖先のような楽器なのです。

 他に、全く同じ楽器で、サイズを1.5倍に拡大したものも製作しています。こちらは、サイズが大きいので、ぐっと低い音色です。既成の楽器に例えると、小さいほうがヴァイオリン、大きいほうがチェロの役割を引き受けることになります。

 楽器を作る、というと大概の人は、キットを組み立てるものと思われるかもしれません。しかし、シュトライヒ・プサルタのキットは市販されていません。手作り楽器クラブの楽器製作は、素材を切り出すところから始めます。鋸を使って、板や角材を所定の寸法に切り、表面をきれいに仕上げるためには、鉋を使うこともあります。また、24本のピアノ線を張るためには、それを支えるピンを48本立てる必要があります。このピンを立てる穴を48個あけなければなりません。それには、電動式のボールバンを使用します。視覚障害者が刃物や電動工具を使うのは危険と思われがちですが、工夫ひとつで安全で正確に作業が出来るのです。

 例えば、鉛筆でひいた線に沿って、板を鋸で切断するときには、角材をその線の位置にあてて、それをガイドに鋸を動かせば、目が見えなくてもうまく切ることができます。また、電動式のボールバンは、使い方を間違わなければ、決して怪我をするものではありません。

●サウンドホール

 シュトライヒ・プサルタには、ヴァイオリンやギターと同じようにサウンドホールがあります。サウンドホールはどんな形でもあまり音質に影響がないので、私たちの楽器のサウンドホールは円形あり、ハート形あり、鳥や蝶など生き物の形ありというわけで、皆それぞれ自分の好みのサウンドホールがあけてあります。また、サウンドホールの中をのぞくと、楽器の内側には思い出の写真がはり付けてあったり、絵が描かれたりしています。出来上がった楽器を持ち寄ってみると、全く同じデザインのものは一台もありません。つまり、世界にたった1台しかない、自分だけのシュトライヒ・プサルタなのです。

 手作り楽器クラブでは、シュトライヒ・プサルタ以外の楽器も製作しています。

 アフリカにサンサという民俗楽器があります。椰子の実のような木の実を半分にわって中をくりぬき、木の実の切り口には、薄い板がはり付けてあります。この板は、こうもり傘の骨を利用した、7~8本の、それぞれ長さの違うバネ材が取り付けてあります。サンサを両手で持ち、親指でバネ材を弾くと「ぺこん、ぽこん」と、おどけた音がします。

 加藤先生のご発案で、大きなサンサを作りました。椰子の実の代わりに、直径30㎝、高さ43㎝のコーヒーの空き樽を、こうもり傘の骨の代りに幅6㎜の平たいバネ材を使いました。

 バネ材を指で弾くと、本物のサンサよりずっと低音が出て、コントラバスのような音がします。現在、手作り楽器クラブでは、この樽をリズム楽器として使用しています。

●民俗衣装を着込んで演奏会

 シュトライヒ・プサルタは、1人だけで弾いても楽しめますが、皆で合奏すると一層、気分のよいものです。月1回の例会には、ヨーロッパの民謡、動揺、唱歌、アメリカのポピュラーソングなど、誰でもよく知っている曲を合奏して楽しんでいます。

 珍しい楽器であることに加えて、すべて手作りという面白さから、時には演奏会への出演依頼を受けることもあります。そういうときには、ネアカぞろいの手作り楽器クラブの会員たちは、全員がチロルの民俗衣装を着込んで、大喜びで演奏を楽しみます。

 「視覚障害にもめげず、歯を食いしばり頑張って、楽器を作った」などという表現を耳にすることがあります。しかし、手作り楽器クラブにはそういう人はいません。むずかしいところは、お互いに助け合いながら、楽器の完成を目指して、楽しく作業をしています。

 人は、生きて行くためには時として、歯を食いしばって頑張らなくてはならないこともあります。けれども、趣味を楽しむ時ぐらいは、明るく、朗らかにしたいものです。

 手作り楽器クラブでは、これからも楽しく、朗らかに楽器の製作や演奏をつづけていくつもりです。

 入会、見学をご希望の方は、045-364-0023神奈川県ライトセンター、または、044-966-8059(福澤)まで。

(ふくざわはんいちろう 手作り楽器クラブ代表)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年5月号(第16巻 通巻178号) 53頁~55頁