音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

検証ADA新時代

ADAと自治体

関川芳孝

●オンボロ、バークレー市立図書館の最新装備

 3月の中旬から高校生の姪が2週間ほどわが家にホームステイし、アメリカの生活を楽しんで帰っていった。来年には大学受験を控えているので、そうそう遊ばせるわけにもいかず、バークレー市立図書館に幾度か通わせた。彼女にバークレー市立図書館の印象を尋ねると、なんと「田舎のオンボロ中学校の図書館」のようだという。それと比べて、彼女が住む新潟の図書館は、オーディオ・ルームもあり、自習室のライティング、椅子や机などに至るまで最新式のもので整備され「あっちは、とっても快適だよ」と自慢していた。

 ところが、ある日彼女が図書館から帰ってくると、「あの図書館ね、古いんだけど、すごいんだよ。これが……」と話し始めた。車いすを利用する障害者がボタンを押すと開くドア、特別に設置された障害者用エレベーター、しかもそれらを使って誰の介助も受けずに図書館にやってくる重度障害者の姿をみて感動したらしい。「オンボロだと思っていたけれど、お金をかけるところには、ちゃんとかけているんだね。驚いちゃった」 という。「新潟の図書館もそうなっているはずだよ」というと、「車いすの人が図書館を利用するのはみたことがないから、気がつかなかった」とけろっとしていた。

●バークレー市はADAの遵守に熱心でない?

 障害者の権利擁護については最も革新的な市のひとつといわれるバークレー市では、既に1980年代にはいってまもなく、障害者のアクセスを阻む市の建物を洗い出し改修するプロジェクトをスタートさせている。ADAが成立し頭を抱える自治体とは少し事情が違う。市立図書館はもちろん、銀行やレストランの入り口の至るところで「障害者マーク」をみることができる。私自身も、バークレー市を訪れて、まち自体が障害者にとってアクセシブルになっているという印象をもっていた。

 ところが、しばらく住んでいると、地元コミュニティ新聞「バークレー・ボイス」に「バークレー市はADAの遵守に熱心でない」との記事が掲載され、驚かされた。新聞記事によると、バークレー市も、必ずしもADAが定める基準に十分対応できていないとある。

 先月号でも紹介したように、ADAは、政府および自治体が提供する様々な行政サービスについて、障害者に対する差別的取り扱いを禁止している。各自治体は、これと関連して、アクセスを阻む建物の構造を含め、行政サービス全体を自己点検し、問題指摘事項については必要な改善措置をとることが義務づけられている。なかでも、各自治体は、物的な改修工事を必要とする部分については、1992年1月末までに具体的な改善計画をとりまとめ、1995年1月末までに必要な改善措置を完了するものとなっていた。

 ところが、バークレー市の改善計画は、デット・ラインを大幅に遅れ、私がバークレーを訪れた昨年の10月でもいまだ作成されていなかった。「バークレー・ボイス」は、ここまで計画の作成をせずに放置してきた市の姿勢を批判しているのである。結局、改善計画は専門のコンサルタントに依頼して、なんと95年の末にようやく改善計画案が作成された。

 改善計画案が作成されたと聞いて早々に、バークレー市庁舎に改善計画案のコピーをもらいにいったが、幸いにもアポイントなしに担当者に話を聞くことができた。担当者は極めて好意的に対応してくれたので、少し意地悪いかなと思いつつも、「ADAが定めるデッド・ラインを大幅に遅れて作成されており、これは違法ではないのか」と尋ねてみた。

 担当者は、これをバークレー市の法的責任についてどう考えているかと受け取ったようだ。

 「ADAは、改善計画の作成を義務づけているが、作成が遅れた自治体に対して罰則などの制裁措置を設けているわけではない。改善計画を検討している期間においても、アクセスの確保のため必要と認められる建物については暫時改修している。作成が遅れたからといって、ただちに法的責任を追及されるような違法な行為はないと考えている」

 「しかも、バークレー市が特別に改善計画の作成を延ばしてきたという訳ではない。他の自治体でも、サンフランシスコ市のようにいまだ改善計画案すら作成されていないところが多いのが実情さ」と弁解ありありの表情で、応えてくれた。どうやら彼は、本音がすぐに顔にでるタイプらしい。

●アクセスは確保されたか

 バークレー市のように、障害者のアクセスの確保に積極的に対応してきた自治体であっても、ADAと現実の世界とのギャップはいまだ存在する。私も、手渡された改善計画案をみて改善すべき部分が「こんなにあるのか」と驚いてしまった。市の担当者も、「基本的には対応できていると考えていたが、実際にADAの基準に照らして市の関係するすべての建物や道路をそれぞれ個別に調べると、まだ改善するべき部分がかなり残っている」と素直に認めていた。外見からは入り口に「障害者マーク」があり、アクセス可能な建物にみえても、個別に検討すると障害者にアクセスを阻んでいる障壁が残っているのが実態のようだ。

 また、連邦政府が1992年にADAの遵守状況について実態調査をしているが、調査報告書でも同じような分析がなされている。ここでは、「大部分の建物は、概してアクセスしやすいものとなっているが、なお幾つか重要な部分に障壁が残っている」と報告している。調査対象とされた事業所全体の平均でみると、調査項目の67%が遵守されているとあるので、約3割の部分について改善が必要とされている。

 なかでも、障害者の利用を阻む重大な障壁として報告されているのは、次のようなものである。「入り口のドアが重くて簡単に開かない」、「サービス案内カウンターが高すぎる」、「トイレが狭すぎる、十分プライバシーに配慮されていない」、「公衆電話に届かない」、「水飲み場が高すぎる」などである。これら改善を必要とする部分の多くは、「使い勝手」すなわち「ユーザビリティ(usability)」に問題があるため、ADAのアクセス基準を満たしえていない。障害者が「建物のなかに入れる」ことと、「アクセスが確保されている」こととは、決して同じ意味ではない。どうやら、このことがアメリカにおいても十分理解されていなかったようだ。

 ADAに対する理解が必ずしも十分ではなかったことを裏付けるように、実態調査では建物を改修したと報告された部分についても、訪問調査によってADAの基準に合わないものが多数確認されている。たとえば、「車いすの障害者のアクセスを確保するため、入り口の幅を広げる改修工事をしたというが、実際に調査してみるとまだ基準より狭すぎる」など、当惑する担当者の顔が目に浮かぶような話もある。さらには、「改修の必要のない部分を工事してしまった」などのケースも少なくない。ADAは、いまだ現実とのギャップを必ずしも十分に埋めえていないが、少なくとも適用事業者に「もはや棚上げにできない」と覚悟を決めさせ、「重い腰をあげさせる」ためには十分なインパクトがあったといえるだろう。

●ADA第2編の概要

 アメリカではADAの成立以降、州および地方自治体も自ら実施するプログラム、サービス、行事などにおける障害者による平等な参加を確保するため、行政組織全体の見直しが行われている。というのも、ADA第2編が、「州および地方自治体が自ら実施するプログラム、サービス、行事などにおいて、障害者を差別したり排除したりしてはならない」と定めているからである。

 しかも、ADA第2編の行政規則は、①障害者をもつ住民に対する差別的取扱総則、②障害をもつ住民とのコミュニケーション、③障害をもつ住民に対するアクセス確保、④障害をもつ職員の雇用上の取扱いについて、各差別的取扱いの具体的な内容を細かに明らかにしている。

 どこの自治体でも、これら基準に照らして差別的な慣行を見直すために、①ADA担当の責任者を定め、②ADAの概要を地域住民に周知させ、③ADAについての苦情申立手続きを設け、④行政サービス全体について自己点検を行い、⑤必要な改善策を決定し、これを実行する、⑥また、改修工事が必要なものについては、「改善計画」を作成し暫時計画的に実行することなどが義務づけられている(図)。

図 ADA、自治体の対応・フォローチャート

図 ADA、自治体の対応・フォローチャート 
出典:ADA第二編アクションガイド

 問題となったバークレー市の改善計画は、かかる一連の見直し作業のなかで、最終的に建物および道路などのアクセス確保のために改修工事が必要な部分について、どのようなスケジュールで進めていくかを明らかにするものである。

 点検し改善するべき項目については、行政規則において具体的な基準が細かに示されている。自治体といえども、これを遵守しないと、法的責任が問われる。ADAは、違反する自治体に対する罰則こそ定めていないが、障害者は見直しを怠る自治体から差別的な取扱いを受けた場合には、当該自治体に対し不服申立ができる。さらには、当該自治体が誠実に不服申立に対応しない場合でも、連邦司法省に訴えることもできる。しかも、障害者は、行政救済による裁決に不満があるのであれば、直接連邦裁判所に対して訴訟を提起することもできる。これら救済手続きをつうじて、違法な差別による存在が確認されたならば、違法な取扱いの差し止め、必要な改善措置の実行、損害賠償などの支払いなどの救済命令が、自治体に対して下されることになる。

 したがって、自治体といえども、誠実な対応をせずに形ばかりの回答を繰り返していると、連邦司法省から事件についての照会があったり、連邦裁判所に出頭を求められたりすることにもなりかねない。バークレー市についても、実際に「市に対して訴訟も辞さない断固とした態度を示す必要がある」との強硬派の意見もあったようだ。バークレー市は改善計画を明らかにせずに障害者団体から本当によく訴えられなかったものだ。おそらくは、フォローチャートにもあるように、当初からバークレー市は障害者団体と幾度となく誠実に意見調整を繰り返してきており、かかる過程で培われた自治体との継続的な信頼関係が障害者団体に訴訟を思いとどめさせたのではなかろうか。

(せきがわよしたか 北九州大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年6月号(第16巻 通巻179号)71頁~74頁