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高度情報化社会にむけて

体験・漢字との格闘の日々

中田和己

 私は、生まれつきの視力障害者である。小学校から高校までは盲学校で学んだ。盲学校には弱視者がおり、拡大本などを使って墨字(一般文字)で学習しているが、私自身は点字だけで育った。自分の名前や平仮名・片仮名などは書けたほうがよいということで、レーズライター(ゴム板の上にセロハンの用紙をのせて上からペンで字を書くと形が浮き出る仕組みの筆記具)という特殊な物を使って練習した。洋服の袖口を墨で汚しながら習字も練習し、市のコンクールで努力賞をもらって喜んでいたこともあった。しかし、漢字文化には触れずに過ごした。

 一般の大学に進学して、初めて漢字文化の壁の厚さに気づいた。私は法学部に進んだのだが、まず六法全書の点字版がほとんどない。試験やレポートの提出も点字で受け付けてもらえないので、友人やボランティアに代筆をお願いすることになる。そこで同音異義語や法律の専門用語について聞かれ、答えられず、何度国語事典を引いてもらったことか。

 大学を卒業後、何年かブランクがあり、公務員の就職が決まり、当時盛んになっていた点字ワープロを始めた。もとが機械音痴なため、パソコンなどというものに触れるのは初めてであり、気が引けた。ただ、給料をもらって仕事をするからには仕方がないと割り切ったつもりだった。

 就職後、1年かけて上司などをくどいて、パソコン・プリンタなど一式を購入してもらった。私の給料何か月分にも相当する値段だったと記憶している。

 現在の私の仕事は、心に悩みごとをもつ本人や、アルコール依存症や薬物依存症の家族をかかえた方からの相談を受けることである。相談を受けた内容を記録に残したり、カンファレンスといって職場内で検討するために資料を作成しなければならない。音声をたよりにワープロを使って資料を作成するのだが、同音異義語で悩まされることが多い。一例をあげると、「労災病院」と書こうとして「老妻病院」と書いたり、「地方出身者」と書こうとして「痴呆出身者」と書いたりした。これらは私が少し気をつければ済むことである。しかし、他の人に見せる文章は、だれかに目を通してもらってからでなければ提出できない。

 テレビ・新聞などマスコミで、漢字仮名混じり文が完全な点字に訳せるソフトが開発されたとよく報道され、それを見聞した職場の上司や同僚が報告してくれる。

 しかし、日本が漢字文化である以上、完全な物は期待できない。

 点字はすばらしい文字である。我々が大切にしていくとともに、一般社会にも普及を働きかける必要もあるのではないか。

(なかだかずみ 東京都中部総合精神保健福祉センター)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年8月号(第16巻 通巻181号) 51頁